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アセンブル2 ― 14days  作者: 桜木樹
第四章 磯山みなよ 編

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10月7日

 目を覚ますと日付が7日になっていた。私は丸一日眠っていたらしい。そしてどうやら私は死ねなかったようだ


 人はそんなに簡単には死ねないってことだ。


 ベッドから身を起こすと床にはカバンが散乱していた。


「なんでこんなとこに?」


 それを拾い上げると、チャックが開いていたらしく中身が散らばった。出てきたのはハロウィン用の小道具と思われる白い仮面に黒いマント。そして新品の包丁……


「なに……これ……?」


 わけがわからなかった。


 ううん……なんとなく自分で買った記憶があるような気がしないでもない……


「ぅぐ――」


 思い出そうとして記憶を手繰り寄せようとすると頭痛と吐き気が押し寄せる。急いで洗面所に行って吐いた。

 しばらくして落ち着いて部屋に戻る。だけど頭痛だけは鎮まる気配はない。


 ベッドに腰掛ける。視線は自然とサイドテーブルへ。そこにあるのは例のクスリ。私はごく自然にそれに手を伸ばし一錠摂取した。


 咀嚼し嚥下すると、口いっぱいに甘い匂いが広がり鼻を抜けていく。


「――はぁ……」


 とても気分がいい。心がふわふわする感じ。体中が多幸感に支配され頭痛が消える。


 苦しくなったりとかそういうのは……ない。


「ああ……あああ!!」


 目を瞑って、瞼の裏に現れる彼の姿に全身を委ねると天にも昇るような気分になる。


 このまま……このまま――!! 身体から魂の抜けるような感覚。フワリと宙に浮いて、このまま私は死ぬのかもしれない――!?


 ……と、


『お主……』


「うひゃああ!!!!!!」


 渋い声が聞こえてきて私は思わず叫び声を上げてしまった。


 見れば、床に胡座をかいて座っているニコチンさんがいた。彼はタバコを吸いながらジト目で私を見ていた。


『何も成し遂げぬうちから死ぬのは感心せんのう』


「べ、別に本当に死ぬなんてことは――!!」


『これから行くんじゃろ? だったら死んでいる暇などないぞ?』


「あ、そうだった!」


 ニコチンさんに言われてようやく思い出す。今日は決戦の日だ。


『残念じゃが、某は共にゆくことはできん。せいぜい気張るんじゃな!』


「う、うん」


『ひとつ助言をやろう。――殺るからには必ず仕留めるんじゃ、決して情けを掛けてはならんぞ。良いな?』


 真剣な表情の中にどこか優しさを感じる言葉。


 私はカバンの中に道具を詰め直して意を決して立ち上がる。


「――っと、」


 大事なものを忘れるところだった。それは彼からもらったお守りだ。


 いつもは制服のポケットに入れているそのお守りを抜き取る。


 ――これは強力な力を秘めている。ちゃんと持っていかないと。


 もちろん神頼みなどではない。言うなれば私と朝倉くんの愛の力だ。私はお守りにそっと口づけしカバンの中にしまった。


「行ってくる!」


 ニコチンさんに向かってしっかりとうなずいて、私は上納市へと向かった。


 …………


 戸浪さんにイジメられるようになってから何度か街を連れ回されたことがある。当然一緒に遊ぶためなんかじゃない。財布としてだ。そのおかげというのも癪だけど、休日の彼女の行動範囲に大体の予想がついていた。


 上納市駅前か歓楽街のどちらかだ。


 まずは駅前から戸浪さんの捜索を開始する。数時間ほど捜し回った結果戸浪さんを見つけることはできなかった。次に私は歓楽街へ移動した。


 歓楽街に着く頃には夕方の5時を過ぎていた。私は普段、歓楽街に来たりしない。そもそも学校以外のときは大半が家に引きこもってる。それでも、なんだか妙な空気を感じていた。

 歓楽街っていうのはその名の通り歓びと楽しみを求めて人がやって来る場所だ。だけど今はちょっとしんみりした空気がこの場を支配しているように感じた。

 往来する人たちもどこか周囲を警戒しているようなオーラを纏っていた。


 一般的には明日は祝日でお休みなのにね……


 そもそも私が知らないだけで歓楽街ってこんなものなのかも。


「って……」


 そんなことは今はどうだっていい。戸浪さんを捜さないと――


「……あれ?」


 私はアホだ。


 戸浪さんを殺すと決意したのはいいけど、彼女をどうやって殺すかをまったく考えていなかった。いや、もちろん持ってる包丁を使うんだけど、そもそもとして私は戸浪さんに勝てるのかが問題だった。

 ナンパしてきた不良の人を返り討ちにしたって話も聞いたことがあるし、何より彼女の強さは私がこの身を持って知っている。


 そして場所も問題だ。仮にここで戸浪さんを見つけたとして、歓楽街の中心で事を起こせば私が犯人だということが丸わかり。それじゃあなんのために朝倉くんに予言のメールを送ったのかわからない。


「う……」


 だんだんと不安になってきた。


「あー……」


 しかも、こういうときに限って戸浪さんを見つけてしまうんだから……


 ――運がいいのか悪いのか……


 しかも、彼女は3人連れだった。ひとりは美守さん。あの2人はほとんどいつも一緒にいるから特別不思議なことじゃない。問題なのはもうひとり、一緒にいる男の人だった。


 ――お父さん……


 いつも夜遅くに帰ってきてると思ったら、こんなところで油を売っていたみたいだ。


「サイッテー」


 小さく漏らし、軽蔑の眼差しを向ける。


 こっちの事情なんて何も知らないだろうけど、自分の娘を虐めている人間にデレデレしている姿を見て無性に腹が立った。しかも、2人は未成年だ。これに関しては、戸浪さんたちが年齢を偽ったのかもしれないけど、それでも、容姿がギャルなんだから少しは疑うべきだ。


 辟易としながらも、私は3人の動向を見守ることにした。


 しばらく歩いて、3人はそのままカラオケ店に入っていった。もうすぐ夜の7時。未成年の遊べる時間はあと2時間もない。戸浪さんたちが成人だと偽っているならこのまま7時になっても店から出てこない可能性はある。そうなると、私のほうがピンチになる。

 私は鞄の中に包丁を隠し持っているから、警察に声を掛けられでもしたら下手な言い訳なんてできない。だけど、ここで戸浪さんを逃せばもうチャンス巡ってこないかもしれない。


 ――弱気はダメ……ヤるって決めたんだから……。ニコチンさんとの約束。何よりも朝倉くんに送った予言のメールを現実にしないといけないんだ。ほかの誰に嫌われたっていいけど朝倉くん位だけは嫌われたくないもん。


 道を挟んで反対側に位置する店の脇の影に隠れ、カラオケ店の入り口をじっと見張る。


 監視すること約1時間半、夜の7時を過ぎてメインストリートは完全に別物と化す。


 それから約15分後、カラオケ店から出てくる2人の姿があった。お父さんは一緒じゃなかった。中で何があったのかはしらないけど、私は道の反対側から2人を見失わないように後を追う。途中コンビニの前を通りかかったとき、そちらに向かって何かを投げていたけれど、その行為に何の意味があるのかはわからなかった。


 そして、そこから少し進んだところで、2人は警察に呼び止められた。反応が早い戸波さんは瞬間的に逃げ出していた。まさか、こんな形でチャンスが巡ってくるとは思ってもいなかった。


 私は戸波さんを追いかけた。


 …………


 歓楽街のストリートを抜けると、戸波さんは走るのをやめて歩き出した。何度か後ろを振り返りながら歩いている。私の尾行がバレたとかではなく、単純にさっきの警官が追いかけてこないかの確認だろう。戸波さんは家に帰るつもりらしく、高級住宅街の方に向かって進んでいく。

 暗い夜道にはまだ人がまばらに歩いている。車も普通に走っている。事に及ぶのはまだ早い。


 でもこのまま戸波さんが家に着いてしまったら……そう思うと私の心に焦燥感が生まれる。


 ――焦りは禁物。とにかく冷静に。


 なんとか自分に言い聞かせるも、色んな意味での緊張感までは消せない。高級住宅街に近づくに連れ少しづつ人通りが少なくなっていく。


「ん……?」


 冷たい水滴が額に落ちてきた。天を仰ぐと、上空は暗い雲に覆われ星の輝きが失われていた。


 雨……


 けど、この雨は私にとって恵みの雨だ。


 鞄から黒いマントを取り出して服の上からそれを着た。平時ならこんなものを着ていたら明らかに目立つだろうけど、雨が降っていればこれは雨合羽として通用しないこともない。

 雨脚が徐々に強くなってくると、前を歩く戸波さんが空に向かって悪態ついて走り出す。すかさず私は追いかける。戸浪さんと私では、私のほうが走るのが速い。雨は激しさを増し一瞬の明滅の後、遠くの方で雷が鳴った。

 激しい雨は人の気配、物音をきれいに消してくれる。また相手の視界を奪う効果もある。私は鞄から白い仮面を取り出し顔に装着して、右手に包丁を握った。


 今走っている道に人の気配はない。


 ――ここしかない!!


 走る速度を上げて戸波さんの背中に追いつく。緊張と追走で動悸が早くなる。それすらも復讐の糧とする。

 激しい雨を遮ろうと前傾姿勢で走る戸浪さん。おあつらえ向きとはまさにこのこと。逆手に握った包丁を振り上げ、戸波さんの背中に向かって振り下ろした。


「ぐえ――ッ、くっ……」


 私の力がなさすぎたのか、包丁は先の方しか刺さらなかった。


 それでも、戸波さんは不意の出来事に走る勢いを殺せず地面に転ぶ。彼女の背中に刺した包丁に体重を乗せていたた私もつられて転んだ。


 その衝撃で私は戸波さんの背中に刺さった包丁から手を離してしまった。


 浅くしか刺さっていなかった包丁は地面に転がった。


「なに、が!? うっ……」


 戸波さんが起き上がろうとすると、隣で転んでいた私と目が合った。もちろんこっちは仮面を付けているので顔はバレてはいない。驚愕の表情で私を見る戸浪さん。


「アンタ、まさか!?」


 怒りを露わにするけれど、いつものような凄みはない。きっと背中に刺さった包丁が効いているのだ。

 痛みを堪えながら立ち上がろうとする戸浪さん。だけど私のほうが立ち上がるスピードが速かった。


 落ちていた包丁を拾う。


「ぐふっ……」

 

 戸浪さんがよろめいた。彼女の服は激しい雨で背中が張り付いていて、そこには雨で滲んだ真っ赤な染みができあがっていた。彼女を見据えるようにして正面に立つ。


「お前が……殺人犯か、よ。捕まえ……っから……」


 正気を保っているのが精一杯という感じだった。


 そこで私の中にちょっとした遊び心が芽生えた。


「驚くよ。きっと」


 そう言って、私は仮面を外してみせた――


「……はぁ?」


 暗がりでもちゃんと私の顔を認識できたみたいだ。彼女はひどく間抜けな顔をしていた。きっと、こんなヤツにとか思っているに違いない。私は仮面を付け直して、唖然とする戸浪さんを後ろに突き飛ばした。


「いだッ!」


 戸波さんは仰向けで背中から地面に倒れて声を上げた。


 さっき包丁が刺さっていた部分をぶつけたのだ。そりゃさぞ痛いだろう。


 でも――


「――そんなの関係ないから!!」


 戸波さんに馬乗りになって包丁を握った手を振り上げた。


「タ、タンマ。これまでの……ことは、謝る。だから――」


 そう言って、痛みに耐えながらこちらに手を伸ばす。情けない顔で許しを請うその姿はひどく滑稽だった。


 この女は何もわかってない――!!


 これまでのイジメの光景がまるで走馬灯のように思い出される。


 ――そのセリフ、私がどれだけお前に言ったと思ってるの?


 何十回も、何百回も言った……


 けど――


「お前は一度もやめてくれなかっただろおおっぉぉぉぉぉ!!!」


 肩口に思いっきり包丁を突き立てた。


「ぎいぃぃやぁぁぁぁぁぁぁっぁぁ!!」


 今度は深く突き刺さった。その痛みは一入だろう。


 相変わらずの激しい雨で、きっと今の叫び声も雨音にかき消されて遠くには聞こえていないはずだ。


 戸波さんは虫の息だった。かろうじて胸が上下している。でも……まだ生きている。


「安心してね。簡単には殺さないからね。――あ、そうだ! 思い出した!」


 私はお腹に乗せていたお尻を太ももの方にずらして、戸波さんの上着をめくり、お腹を晒した。


「あ……や、ぅ……」


 彼女がうわ言のようになにか言った。


 包丁の先でおへその周りを円を描くようにして撫でる。


「ねえ、覚えてる? 夏休みのときに私を助けてくれた朝倉くんのこと殴ったでしょ? あのとき戸浪さん、朝倉くんの大事なところ思いっきり蹴っ飛ばしてたよね? あれさぁ、もし使い物にならなくなってたら、どうするつもりなの? 私と朝倉くんの明るい家族計画では子どもは3人って決めてるんだから――」


「う……あぁ?」


 戸波さんが口から空気を漏らした。


「――台無しになったらどうするつもりだっ!! 責任取れよクソ女っ!!」


 なでていた包丁っを思いきり下腹部にブッ刺した。


「うっ、ぐふっ――」


 両手で柄を握り、お腹に押し込んでいくと、戸波さんが口から血を吐き出した。


 ――こいつでっ! これでっ! これがっ!


 それから戸波さんのお腹に向かって包丁を抜いたり刺したりを繰り返し、ときに力を込めて皮膚を割いた。


「一生っ! 子どもっ! 産めないっ! 体にっ! してやるっ!」


 でも死んだら子どもを産むも何もないことに気がついた。けど、やめなかった。やめられなかった。


 戸波さんに対する恨みはいつしか快感に変わっていた。


「ハハハっ!!!」


 さらに包丁を振り上げたとき、一瞬だけ辺り一面が青白い光に包まれた。その光で地面に人の影が映る。私がゆっくりと顔をあげるとそこには呆然とする傘を差した女性の姿があった。


「あ……」


 と小さく声を漏らしたのはおそらく両方。


 女性の手から傘が滑り落ち、腰を抜かしたのかその場に尻餅をついた。彼女が甲高い悲鳴を上げる。その声と重なるように雷鳴が轟く。


 そこでようやく自分の思考が追いつく。私は立ち上がり急いでその場から立ち去った。


 …………


 大丈夫、見られてない。見られたのは黒いコートに白い仮面の姿だけ。男か女かもわからないはず――


 激しい雨の中をひた走る。仮面を外しコートを脱いでカバンに押し込む。ずぶ濡れになるのも構わず私は走った。とにかく駅の駐輪所まで走って、そこからは自転車で家に――


 家に着く頃には夜の11時近くになっていた。中に入るとすぐに脱衣所に向かい、私はシャワーを浴びる事にした。


 ――――


「ふぅ……」


 シャワーを終えて自室のベッドに身を投げる。


「はは……」


 笑みが漏れる。自然と頬が緩む。


「……勝った。私はあの女に勝った!」


 こんなに心が晴れやかな気持ちになったのはどれくらいぶりだろう。久しぶりに気持ちよく眠れそうだった。


 それにしても……


「人を殺すのってこんなに簡単だったんだ。しかも、ちょっと楽しかった。アッハハ――!」


 寝る前にもう一仕事。私はカバンの中の荷物を整理することにした。


 血がついた包丁は今度きれいに洗うとして、ずぶ濡れのマントは天井に広げて吊る。ところどころ赤いシミがついてしまっているけどこれはもうどうしようもない。そして白い仮面。これもちょっと血がついてる。けど、こっちは洗えば問題ない。


「あとは……あれ?」


 カバンを逆さにして振る。水滴がパラパラと跳ねるだけで何も出てこない。


「うそ……朝倉くんからもらったお守りがない!?」


 ――失くした……でもどこで?


 考えられるのは、鞄からコートや仮面を取り出したときか、もしくは戸浪さんを刺して転んだあのときのどちらかだ。


「そんな……」


 もし落としたのなら警察に回収されてしまうだろう。だったらもうそれを取り戻すことは不可能だ。さっきまではあんなに晴れやかな気持ちになっていたのにいっきに憂鬱になった。


 そんな憂鬱な気持ちを忘れるため私は“精神安定剤”に手を伸ばした。

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