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アセンブル2 ― 14days  作者: 桜木樹
第四章 磯山みなよ 編

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10月4日 前編

 最近なにかと話題の殺人事件の話で盛り上がっている教室内。そっと息を潜めるようにして教室に入り自分の席に座る。たとえ堂々と教室に入ったとしても私に視線を向けるクラスメイトはいないのだけど、何となくそうしなきゃいけないような気がしていた。


 チラリと視線をある方向に向ける。そこには友だちと会話する朝倉くんがいる。騒がしい教室の中でその会話に耳を傾けると、朝倉くんもまた殺人事件に関する話をしていた。


「実は、殺人事件で殺されている人の名前がメールで送られてくるんだ――」


 ……うん?


 その話に興味を引かれた私はずっとその会話を盗み聞きしていた。


 …………


 今日の五限目は体育。もともと体を動かすことは好きだから、体育は数ある教科の中でも好きな方の授業に部類する。けど、イジメを受けるようになってからはどんな時間も憂鬱だった。


 着替えを持って更衣室に移動すると、後ろからいきなり肩に手を回してくる生徒がいた。今の私が置かれている状況でそんなことをする人は一人しかいない。


 戸波さんだ――


「ねぇ? お願いあるんだけどいい?」


 彼女が訊いてくる。戸波さんのお願いがお願いじゃないことくらいわかってる。


「えっと、その前に……着替えない、と……」


 なるべく視線を合わせないように俯き、自分の身に起こるであろうことを先延ばしにしようと試みる。先延ばしにしたところで意味なんてないけど……


「あぁ、そんなのあとあと」


 戸浪さんは私が手にしていた体操着の袋を奪い取ると、ポイッと放り投げる。


「あ……」


「で、お願い聞いてくれる?」


「……なん、ですか?」


 ちらりと戸波さんの方を見る。イタズラな笑みを浮かべる彼女。


「こいつ飲んでみてくんない?」


 そう言って私の前にかざしたのは薬の錠剤が入ったブリスタだった。丸い錠剤が13錠……本来は14錠だったらしく一つだけ使用された形跡がある。


「く、すり?」


「そうそう、クスリ」


「何の……くすり、ですか?」


 嫌な予感がする。私の本能が警鐘を鳴らす。


「それがわっかんないから飲んでみてほしいんじゃん」


 え――?


 嫌な予感はしていたけど、何なのかわからないようなものを飲ませようとするなんて……驚きを通り越してただ呆然としてしまう。


「え……わかってないって……。むっ、無理です! 絶対無理です! だって、変な……くすり、だったら――」


 自分なりの必死の抵抗。


「そこを何とかってお願いしてんでしょ?」


 無理なもの無理だ。だって薬だ。体にどんな影響があるかわかったものではない。殴られたり蹴られたりするのとはわけが違う。


「……無理です。こんなの!」


 戸波さんの腕を振りほどき更衣室の扉に向かって駆ける。


 薬っていうのは病気を治すためのものだ。健常者が飲むものじゃない。


 それに、さっきの戸浪さんのニヤけた顔。薬は薬でも、そっちの意味でのクスリの場合だってある。それが悪いものだって、みんな知ってるはずだ。


 扉に駆け寄った私は急いで外に出ようとする。だけど扉が開かなかった。


 ――なんで!? カギ!?


 私は急いでカギに手を伸ばしたけど、その手は私に近づいてきていた美守さんに払われてしまう。


「あっ――、きゃあ、痛い!!」


 私の髪の毛が思いっきり後ろに引っ張られる感覚がった。


 そのままものすごい力で転倒させられ、髪の毛をつかんだまま部屋の中央まで引きずられる。


 そして、仰向けになった私の上に戸浪さんが乗っかってきた。戸浪さんが鬼のような形相で私を睨んでいる。それから私は思いっきり頬を叩かれた。


「うぐ――ッ!」


 打たれた頬が熱を持つ。


「逃げようとかどういうつもり!? ねえ!? アタシ怒ったから、マジで」


 ドスの効いた低い声。


「ごめ、なさ……」


 あまりの恐怖に、反射的に謝罪の声が出る。


「無理。許さない!」


 冷たく言い放ち、ブリスタからクスリを押し出す。


「ちょっとちょっと玲香、ヤバイって」


 美守さんが止めに入る。


 ――ヤバい? やっぱり危険なクスリなの?


 私は身を捩るようにして暴れる。


 ――危険だと言われて、何もせずにいられるわけない。


「うっさい!! それよりこいつ暴れるから体押さえて」


「でもそんなにたくさんだと――」


「黙れ!! いいから押さえろ!! 早く!!」


 美守さんが私の腕をつかんでくる。


 そして、戸浪さんがクスリを飲ませようと無理やり私の口に押し付けてくる。それをさせまいと私は口をしっかりと閉じ首を左右に振って逃れる。


「クソっ! うぜぇ女!」


 戸波さんがクスリを握っていない方の手で私のアゴをつかむ。彼女がぐっと力を込めると私の口は自然と開いてしまう。隙間ができると、そこにクスリを1錠づつ落とし込まれる。

 何錠か口に入れられたあと、今度は水の入ったペットボトルの飲み口を私の口に突っ込んできた。戸波さんがボトルを抑えつけたまま私の頭を思いっきり振る。


「ん!? ん――っ!!」


 クスリを飲み込まないようにと必死で水を押し出す。その水が鼻に入って痛みが襲う。鼻に入った水が、気持ち悪いほどの甘い匂いを放つ。

 それでも必死に抵抗するけど、押し込まれる水の勢いの方が速くすべて防ぐことなど不可能だった。また、頭を回すように振られているため脳が揺れて抵抗する力がなくなっていく。


 そして、徐々に私の意識が薄れていった……


 …………


 意識を取り戻した私は荒野に佇んでいた。


 空は快晴。時折吹く埃っぽい風は甘ったるいニオイをはらんでいた。


「どこ……ここ……?」


 私の声はお風呂の中で喋ってるみたいに反響していた。


『お主ここで何をしておる?』


「きゃっ!」


 突然の声にビックリ。


 後ろを振り返るとそこには変な生物がいた。


 一言でいえば白い円柱。まるでタバコを人間サイズにしたみたいなかんじで、そこに目と鼻と口にカールした口髭――いわゆる顔がついている。手と足は円柱から直接生えていて、まるでカートゥーンに出てくるキャラクターのよう。タバコの擬人化(?)みたいな感じ。

 さらにその円柱人は腰(?)にサーベルを吊っている。


『ふむ。どうやらヒンコウホウセイ軍の者ではないようだな』


 円柱は口元(あご?)に手を当て私を舐めるように見る。


「ヒンコウホウセイ軍?」


 初めて聞く単語に首を傾げると、円柱人は驚愕の表情を浮かべる。


『なにっ!? お主ヒンコウホウセイ軍を知らぬのか?』


「はい」


『まさか異国のものか? 確かに身に纏っている服も妙だしな』


 私の着ている服は学校の制服だ。こっちにしてみればそれを知らないってことのほうが驚きだ。


 そもそも異国とか言ってたけど……


 ここはどこなの? なぜ私はこんなところにいるの?


『事情を知らぬなら説明するほかないな。――(それがし)の名はニコチンと申す。コールタール国の命を受け、ヒンコウホウセイ国にいる魔王ケンコウの討伐を命じられた者だ』


 と、円柱――ニコチンさんが説明するが、その説明が全然説明になってなかった。私の頭の中ははてなマークで埋め尽くされていた。


 ニコチンさんは地面から顔を出している瓦礫にちょこんと腰を落ち着け、どこからかタバコを取り出して、これまたどこからかライターを取り出し火をつけた。私の目の前にはタバコがタバコを吸うというなんともシュールな光景が出来上がっていた。


『争いの原因は、環境問題だ』


 ニコチンさんはふぅと煙を吐き出した。その匂いはとても甘い香りがした。


『このホシは今、温暖化に悩まされていてな、見ての通り草木がほとんど枯れ、水源の数も少なくなっている』


 たしかに、ここ一帯は見渡す限りの荒野で、少なくとも見える範囲には緑が存在しない。水源もまた然り。


『その温暖化の原因が二酸化炭素だとする派閥とそうではないとする派閥が不毛な争いを続けているのだ。その争いが激化し、肝心の温暖化対策そっちのけで今も争い続けているといった感じだ。――ちなみに緑や水源が少なくなった原因は温暖化のせいではなく、戦争によって焼かれ、埋め立てられた結果だ……本末転倒というやつだな』


 ニコチンさんはフッと自嘲して、『ちなみに某は後者の派閥に属している』と続けた。


 どこの世界でも環境問題ってあるんだなと思いながら、ニコチンさんの言葉の中に気になる発言があったので、私はそれを訊ねた。


「あの、温暖化の原因って二酸化炭素じゃないんですか?」


 するとニコチンさんは『本気で言っておるのか!?』と驚愕の表情を見せた。咥えていたタバコがポトリと地面に落ちた。そして、『これも固定概念による弊害か』と誰に言うでもなく呟いていた。


『一般的に、酸素は善いもので二酸化炭素は悪いものだとされておる』


 なにを当たり前のことを言っているのか。人間が生きていく上で酸素は必要不可欠なものなんだから、一般的にも何もない。酸素がいいものなのは常識だ。


『しかし、実際はそうではない!』


 ニコチンさんがカッと目を見開く。


『物が腐る原因は酸素である。鉄が錆びる原因は酸素である。いわゆる腐敗や腐食の多くは酸素が原因で引き起こされる。さらに言えば、ニンゲンの肌の劣化の原因も酸素だったりする』


 そう言われればたしかにそうだ。


『ニンゲンは酸素を取り込み二酸化炭素を吐き出す。このことが酸素が善、二酸化炭素が悪という誤解を生んでいるのだな。で、ここからが重要なのだが、現在このホシの空気中の二酸化炭素濃度は1パーセントに満たない。しかし、このホシが誕生した頃の空気中の二酸化炭素濃度は90パーセント以上もあったと言われておる』


『え!? それじゃあ、人間が生きられないじゃないですか!?』


『何を言っておる。ニンゲンは疎か哺乳類と呼べる者など存在してなかったんじゃからな、なにも問題はない』


 それもそうだ……


『詰まるところ、このホシの二酸化炭素の量が増えることは、このホシが元の状態に戻るということだ。もしこれがこのホシの意志ならばそれを妨げることは悪だと思わんか?』


 なんとなく言いたいことはわかる。だけどそれだと、この世界に人間が住めなくなってしまう。それにほかの動物や虫たちも。


『もしも、このホシが二酸化炭素を減らしてくれと言っておるのなら、某は喜んで協力しよう。じゃが、実際にホシの声を聞いたものはおらん。それもそのはず、なぜなら、二酸化炭素の量が増えたところでこのホシは何一つ困らないんじゃからな』


「た、たしかに……」


 ニコチンさんの話には妙な説得力があった。


『二酸化炭素が増えて困るのは、あくまで我々ニンゲンなんじゃよ。それをこのホシのためにと、環境のためにと美辞麗句を並べるから話がややこしくなるんじゃ。最初からニンゲンのためにと謳っておればこんな不毛な争いは生まれなかったかもしれん』


 我々人間という言葉に引っかかりを覚えたもののニコチンさんはニコチンさんなりにちゃんと考えて行動しているようだ。


『それに、なにも温暖化することによってすべてのニンゲンが困るとは限らん。例えば極寒の地に住む者はその気候故になかなか作物を育てられない。じゃが、温暖化して気温が上がれば作物を育てられるようになるじゃろ?』


 私は自分の無知さを恥ていた。


『さて、良い休憩になった。――そろそろ行くとしようかの』


 ニコチンさんは瓦礫から降りて、先ほど落としたタバコを拾う。そしてどこからともなく携帯灰皿を取り出し、その中に吸い殻を入れた。


『でわな――』


 私は去ろうとするニコチンさんを呼び止めた。


「ついて行ってもいいですか?」


 彼(?)が目を丸くする。


 どうせここにいてもやることはないし、そもそも元の世界に戻る方法だってわからない。だったらここにひとり置き去りにされるよりましだ。


『道は険しいぞ? 覚悟はできておるか?』


 ニコチンさんは髭を撫でながら、真剣な表情で言った。


 私はしっかりとうなずく。


『では、ゆくぞ……』


 そう言うと、ニコチンさんは関所の扉を開けた。


 ――あれ? さっきまでこんなのあったけ?


 こうして、ニコチンさんと私の旅が始まった……?

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