10月11日
特別扱いを受けると言っても、やることは今までとほとんど何も変わらなかった。ただひとつ、聞き込みの際に『米座五郎という人物を知らないか?』という文言が付け加えられた。しかし市内にいる人間の中からたったひとりの人間にたどり着くことは生半可なことではない。
数百、数千の世界ならあるいは可能かもしれないが現実は数十万分の一だ。もちろん本人を捜す必要はない。米座さんを知っている人物さえ見つけ出せればそれでいいのだが、それでも確率的には相当低い。ほとんど自分が言い出したことなのに、これはこれでかなり無謀にも思えた。
だが気落ちしている余裕などない――そう自分に言い聞かせる。
場所を上納駅周辺に移し聞き込みを再開する。
「すいません。ちょっといいですか?」
2人組の主婦に声を掛けた。警察手帳を見せると、「ああ、もしかして例の連続殺人? 物騒よねぇ」と、何も言わずともこちらの事情を察してくれる。
「それで、お訊きしたいんですが、『米座五郎』という人物に心当たりはありませんか?」
「米座……? 聞いたことない名前ね」
「そうね……。はっ、もしかしてその人が犯人なのかしら!?」
「いえ、そういうわけでは」
2人は、なーんだと落胆する。どうやら心当たりはないらしい。
「では、ここ最近で何か怪しい人物を見たりとかはありませんか?」
「怪しい人物、ねぇ……」
一人が頬に手を当て考え込むと、すかさずもう一人が、「ねえ、怪しいって言ったら、昨日のあれじゃない?」と確認するように言う。
「ああ、昨日の……」
「でしょ?」
「えっと、昨日何かあったんですか?」
2人で納得し合っているところに割って入る。
「そうなのよ、昨日ここで、ちょっと変な人を見かけたのよ。ねえ?」
「ええ、そう。変な人なの!」
「具体的にはどのように変だったんですか?」
「それが、何ていうのかしら、黒と赤のフリルのワンピースを着た人でね。持っている人形に、その……ブツブツ話しかけながら歩いてたのよ」
黒と赤の……いわゆるゴシック系というやつか。
人形に話しかけながら歩いているというのは確かに変な人物だ。だがそういう人は稀にいたりする。
「しかも、顔がすごかったのよね」
「そうそう。白粉っていうのかしら? あんな感じで、公家みたいな顔とでも言うのかしら」
2人の証言が進むに連れ、かなりきな臭くなってくる。
ゴシック系の衣装で公家のような化粧をした女が、持っていた人形に話しかけながら歩いているところを想像する。
かなり異様な光景だった。
中でも気になったのは、白粉ということは顔を白く塗っていて素顔がわからないという点。しかしそれは目立つ行為でもある。
それから2人は自分そっちのけで昨日の変な人話で盛り上がっていく。そんな2人に礼を言ってその場を離れた。
その後も何人かに声を掛け聞き込みを続ける。すると、先程の主婦たちが言っていた女性の話題が数人の口から出てきた。
また、先輩を含め、聞き込みを行っていた5人で情報をすり合わせると、やはりと言うか、その奇妙な女性の話題が大半を締めていた。
「これだけ目撃者がいればそいつがこの近辺に出没してたのは確実だな」
「どうします? 監視カメラでどんな人物だったか確認してみますか?」
全員が頷いた。
――――
上納市駅を西口から出たところにある中央通り。そこに仕掛けられた監視カメラの映像を確認する事になった。
聞き込みで得た時間帯に絞り込みを掛け精査していく。
すると……
「これは!!」
自分以外の誰かが声を上げ、同じタイミングで全員が一斉に画面を覗き込む。
先輩が映像を一時停止し、少しだけ拡大する。
そこには確かに奇妙な人物が映っていた。
自分が聞き込みで得た情報通りの人物。
ただ……
「これだと、性別ってわからなくないですか?」
自分は素直な感想を言った。
「でもワンピースですよ。女性じゃないですか?」
先入観は捨てなければならない。着ている服が女性物ってだけでは絶対に女性とは限らない。先日歓楽街で会ったあの人のように……
とにかく、少なくともカメラの映像だけでは性別を知ることはできなかった。
それともうひとつ、公家のような化粧という話であったが、それも正確には違うようだった。例えるなら、顔に白の絵の具を塗ったよう……そんな感じだった。
「ところで……こいつは今起きてる連続殺人事件と関係あると思うか?」
先輩の質問に、自分を含む5人が互いに顔を見合わせる。
ここにいる誰もが確信を持って首を縦に振ることができなかった。
先輩は盛大に溜息をついて。捜査に戻るぞと音頭を取った。
…………
捜査を終えて再び署に戻るとすぐに会議に参加することとなった。もう何回目かの会議、最初の頃の活気はなく、皆沈んだように疲れた表情をしていた。これまで大した成果を挙げられていないのだから無理もない。
淡々と進む報告――
それが終盤に差し掛かったとき、「現場でカムライ教のお守りが見つかっていることを公表すべきではないか?」という声が上がった。
その情報を開示することで市民からの情報提供も得やすくなるのではという意見だった。
それに待ったをかけたのはほかならぬ先輩だった。
「俺たちはカムライ教の信徒が暴徒化するのを恐れていたはずじゃないか?」
「ですが、現在カムライ教は下火になっていて信者の数もそう多くはないです。その可能性は極めて低いかと」
「なるほど。だが逆にカムライ教を批判する声は大きくなるだろうな。マスコミの報道の仕方によっちゃカムライ教の人間には何やってもいいみたいな勘違いを生む可能性だってある。そうなったら矢面に立たされるのは教祖だよな?」
「ええ。まぁ……」
「ここにいる大半の人間が知ってると思うが、今のカムライ教の教祖は高校生だぞ? しかも女子高生だ。――耐えられると思うか? 言われもない誹りを受けたり、あるいは暴行される可能性だってある。お前らは責任取れるのか?」
場がシン――と静まり返る。
「現に、俺たちは今マスコミから猛バッシングを受けてる。市民の中には俺たち警察に対して不満を持ってる奴だっているだろう。だが俺たちが犯人を捕まえられてないのは事実だ。受け止めるしかない。今の俺たちはその事実を指摘され、バッシングされてかなり参ってるんだぞ? 年端もいかない女の子が謂れのないバッシングを受けて耐えられるとは到底思えないがね」
「ですが! このままでは何の進展もないまま犯人にいいようにされるだけですよ!?」
「何言ってんだ! 弱気になるな! 不利な条件だろうとなんだろうとやるんだよ!」
犯人を捕まえたいという気持ちはみんな一緒のはずだ。
先輩だって怒りたくて起こっているわけではないはずで、おそらく相手だってそう。
きっと、なかなか進展しないことに対しての苛立ちみたいなものが怒りの感情に昇華しているのだ。
この空気を変えるには、一刻も早い事件解決が不可欠だ。




