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アセンブル2 ― 14days  作者: 桜木樹
第三章 早乙女聡 編

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10月9日

 戸波玲香の死が報道されてから1日が経過した。市長の娘が被害にあったことは各メディアで大々的に報道された。市長は住民たちから厚い信頼を寄せられているらしく、そんな彼がメディアの前で涙ながらに犯人に訴えかける映像が公開されると、「なぜ早く犯人を逮捕しないのか」、「さっさと犯人を捕まえていれば市長の娘は死なずに済んだはずだ」と住民たちの間に燻っていた怒りが一気に爆発した。また、そんな市民の感情を扇動するように、マスコミの警察叩きはさらに加速していく。


 市民の怒りは最もで返す言葉もない。


 もとより全国ニュースでも取り上げられており、署内に寄せられる苦情の電話やメールの量は少なくなく、嫌でもその対応に人員が割かれることになる。

 また、上納署の人間はこういったことに慣れていない者もいるため、市民の怒りにどう対処していいかわからないといった感じで皆右往左往するばかりだった。


 捜査員たちの身体には肉体的疲労に加え精神的な疲れがのしかかる。


「嫌な空気になってきた。3年前と同じだな……」


 先輩も参っているのか、弱音を吐く。


 その言葉の中の3年前という言葉が気になった。


「3年前……?」


「ああ、3年前にも今と同じように警察バッシングが過熱してたときがあったんだよ。あんときゃ誘拐事件だったがな」


「誘拐事件? 誘拐された人を助けてあげられなかったということですか?」


「それもそうなんだが微妙に違う。身代金の受け渡しをかって出た少年を死なせちまったんだよ」


「え!? なんですかそれ!?」


「まぁ、この話はいろいろ複雑なんでな、気になるなら過去の捜査資料をあさってくれ。それより今は目の前の事件――だろ?」


「そうでした」


 居住まいをただし自分たちは昨日に引き続き聞き込みを開始する。


 …………


 これまでの調べで、戸浪玲香の駅周辺や歓楽街での目撃証言が得られている。自分たちはさらなる情報を得るため駅周辺での聞き込みを担当することになった。

 平日昼間。駅前にはそれなりの人で賑わう。忙しなく歩く人は話に応じてもらえない可能性があるので、比較的時間に余裕のありそうな人を選んで聞き込みする。数人に声を掛けるも不発に終わる。もちろん声を掛けてすぐに有益な情報が得られるとは思ってない。


 そんな時、俯きがちでトボトボと歩く制服姿の学生が目に入った。この時間、ほかに学生服姿で歩いている者はいないので目立っていた。しかもその女の子の着ている制服は上ノ木高校のものだ。


「先輩、あれを――」


 直ぐ側にいた先輩に声を掛けると、こちらに向かって頷いた。それを合図に、自分はその女の子に声をかけることにした。


「ちょっといいですか?」


「うわぁあ!!」


 驚かせてしまったようで女の子は飛び跳ねる勢いで体を震わせる。こちらに振り返った女の子は遊び歩いていそうな印象を受ける子だった。


 髪を染めていてほんの少し焼けた肌にアクセサリ類を身に付けている。どことなく戸浪玲香と同じような格好。しかもどこかで見たような感じがしないでもない。


「すいません。驚かせるつもりはなくて、君、上ノ木の生徒だよね?」


 女の子はなぜか答えに窮する素振りを見せる。


 その制服を見れば丸わかりなのに何をためらっているのか、そう思っていると素直な返事が返えってくる。


「はい。そうですけど……。えっと、そっちは?」


 そう訊かれ、こちらの正体を明かしていないことに気づく。彼女が答えに窮していた理由はこちらを不審に思っていたためだったのかと理解し、あわてて上着のポケットから手帳を取り出した。


「け、警察!?」


 手帳を見せた途端彼女は驚いていた。


「先日亡くなった、戸浪玲香さんの件で話を訊きたいんだけど」


「はっ――!?」


 明らかに動揺していた。これはもしや当りを引いたのかと考えていると、


「違う! ウチはやってない!」


 彼女は見るからに取り乱した。


「えっ!? それってどういう……というか、えっと、自分は別に君を疑ってるわけじゃなくて――」


「だってウチは日曜日はママとタクシーで家に帰ったから、ウチには無理だから! 交番の人とも話したし嘘じゃない!!」


「いやいや、ちょっと落ち着いて」


 なんとか落ち着かせようと言葉を掛ける中、彼女の発言であることに気付いた。よく見ればこの女の子は、携帯ショップの監視カメラの映像に映っていた戸浪玲香の友人に特徴が一致している。


「君、日曜日戸浪さんといたの? ってことはもしかして君、アカネさん?」


 自分と同じ考えに至った先輩が質問する。


「え……な、んで?」


 どうやらビンゴだ。ただ、突然名前を言い当ててしまったことで彼女は明らかに困惑してしまう。


 名前を知っている理由を説明すると、一応納得はしてくれたみたいだが、それでもまだ怯えている感じはあった。


「最近身のまわりで変わったことなかった? 特に戸浪玲香さん関係で」


 先輩が質問を続けると、女の子が「あっ!」と声を上げる。


 何か思い出したのかと追求すると、しばらく固まって「やっぱりなんでもないです」と返ってきた。


 女の子が何かを隠しているのは明白だった。しかし先輩はそのことについては言及せず次の質問に移る。


「それじゃあ、戸波さんはカムライ教に通ってたりしたのかな? あ、カムライ教知ってる?」


「そんなのあるわけないじゃないですか。ウチはほとんどいつも玲香と一緒にいたけど、玲香がカムライ教に行ってるところなんて一度も見たこと……ないで……す……」


 女の子の声がしりすぼみになったかと思うと、「朝倉だ……」と呟くように言う。


「朝倉ぁ?」


「そうです! 朝倉です! ウチのクラスメイトで、あいつは玲香が死ぬことを知ってました! 予言のメールが来たからって、これまで死んだ人の名前も送られてきたって! だから、あいつが犯人なんです!」


 女の子は割と早口でまくしたてたが、その言葉を一言一句聞き逃さなかった。


 朝倉という名前。そして何より興味を引いたのは『予言のメール』という言葉。予言という言葉は以前、亡くなった菅瑠実音さんの旦那さんも口にしていた言葉で、それはカムライ教に繋がる言葉だ。


 ――それが今、彼女の口から発せられたのだ。


 自分と先輩は顔を見合わせ頷き合う。それから先輩が朝倉何某(なにがし)の名前を聞き出し、さらに居場所も教えてもらった。女の子に軽くお礼を言って、自分たちは上ノ木高校へと向かうこととにした。


 目的地に向かう途中で「そういえば彼女、あそこで何やってたんだ……」となんとなはなしに呟く。

 朝倉勇という名の少年は今高校にいると言っていた。同じクラスの彼女がなぜ街中をフラフラと歩いているのか謎だった。

 すると、耳ざとく自分の呟きを聞いていた先輩が「サボりだろ?」とそっけなく答えた……


 …………


 上ノ木高校に到着すると、正門には多数のメディアが集まっていた。下校する生徒から戸浪玲香に関する情報を聞き出そうという魂胆なんだろう。


「めんどくさいな」


 先輩が頭を掻きながら言った。


「ここで声かけたら、厄介なことになりそうだな」


 先輩の言いたいことは理解できる。


 下手に声を掛けてマスコミに自分たちが警察であることがバレると、取材対象をこちらにシフトしてくるかもしれないからだ。こっちとしても、連日の警察叩きの餌になるつもりはない。


「裏口を見てみるか?」


「ですね」


 自分と先輩は裏口へ回ることにした。


 幸運にもこちらにはマスコミの人間と思われる人物はいなかった。マスコミの足止めを食らうのを嫌ったと思われる生徒たちがこちらから下校してくる様が伺える。


「よし。朝倉勇の情報を手に入れるぞ!」


「はい!」


 返事をし、早速生徒に声を掛けるのだった。


 手当たり次第に声を掛けていった結果、彼に関する情報が手に入る前に本人を見つけてしまった。素朴な少年で、見た目的にはこの事件に無関係そうな印象を受ける。ただしそれはあくまで外見的な話。刑事にとって、下手な先入観というのは捜査に支障をきたす。

 先輩と相談し、任意同行という形で警察署まで来てもらうことになった。


 …………


 朝倉勇は緊張しているのか、珍しがっているのか、取調室のイスに座ると周囲をキョロキョロと気にしだした。

 取り調べを行うのは先輩で、自分は入口付近でその様子を見守る。


「あらためて訊くけど、君が朝倉勇で間違いない?」


 先輩が訊くと、彼が「はい」と頷く。


「そう。じゃあ単刀直入に訊くけど“予言のメール”って何?」


「――っ!?」


 朝倉勇の表情が目に見えて変化する。これは間違いなく何かを知っている顔だ。


「えと、それは……」


「緊張しなくていいよ。うまくまとめようとしなくてもいい、君が知っている事実だけを羅列してくれればいい」


 先輩が言うと、朝倉勇は「じゃ、じゃあ――」と、これまで彼の周りで起こっていたことを自分たちに教えてくれた。


 朝倉勇がカムライ教に通っていること、9月の終わり頃に最初の予言のメールを受け取ったがその時は迷惑メールだとしか思っていなかったこと、だがそれ以降も送られ続けてきてそこに書かれている人物が次々と殺されていること、メールの件名には必ず『divination of the spirit』と書かれていてその言葉はカムライ教の一部の人間しか知らに言葉であること……その内容はにわかには信じがたい話だったが、デタラメを言っているふうには感じられなかった。


「なるほどねぇ」


 先輩がアゴを撫でて納得の声を発するが、自分はやはり納得できずにいた。


「これから死ぬ人間の名前がメールで送られてくるなんてあり得るんですか?」


 堪らず先輩に駆け寄っていた。


「そいつはすぐにわかるさ」


 そう言って先輩は朝倉勇に携帯を見せるよう言うと、彼が取り出した携帯は、今どき珍しいガラケーだった。


「ガラケー……最近の子にしては珍しいね」


 先輩も同じことを感じたようだ。携帯を開いてメールをチェックする。


「こいつぁ」「これって……」


 驚きを隠せなかった。


 予言のメールとやらを順にチェックする。


「日付は……すべて死亡時刻前に届いてますね」


 彼の話の通りだった。


「まさに予言ってわけか……ちなみに訊きたいんだけど、こういったメールが送られてきたのは今回が初めて?」


「はい」


 先輩が最後に開いたメール。そこには『流尾寛平』と書かれていた。これまでの被害者の中に流尾寛平なる人物はいない。


 それはつまり――


「先輩、最後のメールに書かれている人物はまだ発見されてないですよね?」


流尾寛平ながれおかんぺい、か? 確かにこの人物はまだ発見されてないな。あるいはまだ被害に遭ってないかだな」


 朝倉勇の話だとこれまでの被害者はすべて、メールを受け取ってから2日以内に死んでいるという。このメールの受信日は10月8日。まだ生きている可能性はある。


「もしかすると今からこの人物を捜し出せば犯行を未然に防げるんじゃないでしょうか? 運がよければ犯人を捕まえることも」


 自分の考えを口にする。


「そうだな……ちょっと上に掛け合ってみるか」


 予言の有無はさて置き、これはかなり大きな進展だ。流尾寛平を事前に見つけ出し見張りをつければ、犯人を逮捕できるかもしれないのだ。


「それじゃあ、自分言ってきます!」


 自分が取調室を出ていこうとすると先輩に「待て」と止められる。


「このメール、バックアップ取っていいかな?」


 先輩は朝倉勇に訊ねる。


「え?」


「あ、いや、もちろん事件に関する部分だけだ。最近はプライバシーとかうるさいからね」


 朝倉勇が首を縦に振ると、「んじゃ、ついでにこれ」と、自分に携帯を差し出す。「掛け合うのは後でいいから、バックアップ優先で終わったら一旦ここに戻ってこい」


「はい!」


 自分は勢いよく取調室を出た。


 ――――


 バックアップを取るのに要した時間は10分ほど。先輩はプライバシー云々と言っていたがあれは方便でしかない。捜査対象となった以上、たとえその人が犯人っぽくない人物であっても疑うものだ。


 自分は朝倉勇の携帯の中の情報を仕事用のパソコンにすべてコピーした。


「よし」


 コピーを終えて取調室へと帰る。


 取調室内に戻った自分が携帯電話を返すと、先輩が朝倉勇に携帯を渡しつつ話しをふる。


「それじゃあ最後に君にお願いがあるんだけど」


「何でしょう?」


「おじさんとアドレス交換してくれないかな?」


「何を言って!? 先輩、相手は未成年ですよ? しかも同性相手に……」


 ――まさか先輩にそういう趣味が? それ以前にこれは明らかな公私混同で……


「何を言ってるんだお前は。次にまた予言のメールが届くかもしれないだろ? そのとき俺の携帯に転送してもらうんだよ」


「ああ、そういう」


 自分は額にかいた嫌な汗を拭った。


「俺の名前は杵島道生だ。登録しといてくれ」


 先輩と朝倉勇が互いのアドレスを交換した。取り調べを終えると辺りはすっかり暗くなっていたので、先輩が彼を家まで車で送ることになった。


 …………


 先輩が朝倉勇を送ってくると言って署を出た後、自分は諸々の用を済ませ、先程バックアップを取ったメールを一足先に確認することにした。


 メールを確認する前に、アドレス帳に目が行った。


 そこには、『お母さん』と『赤木くん』の2つだけしか登録されていなかった。彼は見た目通りの内向的な性格のようで、交友関係は希薄のようだ。


 それから、父親のアドレスが登録されていないことから母子家庭であることも窺える。母子家庭の少年は非行や犯罪に走る傾向が強いと言うが彼からはそういった印象は受けなかった。


 アドレス帳を閉じメールを表示する。その中から予言のメールだけを別にして画面に表示する。関連するメールは全部で4通。最初のメールは削除してしまったという話なので実際には5通あったということになる。


「アドレスは……」


 捨てアドと思われる適当な文字の羅列だった。ただしドメインは大手IT系の会社、BPビューティープロテクト社が提供しているドメインだった。

 件名に書かれているのは『divination of the spirit』という言葉。朝倉勇曰く、カムライ教の人間しか知らない言葉。


「予言、か……。あれ? おかしいぞ?」


 自分は4通目のメールを見ていておかしな点があることに気づいた。


「ただいま帰りましたよ、っと」


 先輩が缶コーヒーを手に、首をコキコキと鳴らしながら部屋に入ってきた。


「お疲れ様です。いきなりなんですが気づいたことがあって――見てください」


 自分はイスをずらし、先輩にモニターを見るようお願いする。


「ん? どれどれ……」


「これなんですが――」自分は、モニターに表示された4通のメールを指で示す。「件名に注目してほしいんですけど、ここだけ変じゃないですか?」


 菅瑠実音、鳩場詩愛、流尾寛平のメールの件名が『《《divination》》 of the spirit』となっているのに対して、戸浪玲香のメールの件名だけが『《《divineition》》 of the spirit』となっていたのだ。


 ちなみに正しい綴りは『divination』だ。


「スペルミスか……」


「ただのスペルミスでしょうか?」


 自分にはそうは思えなかった。


「普通に考えれば犯人が朝倉勇の携帯にメールを送っていると考えるべきですよね? 連続殺人犯――つまりシリアルキラーが自分を示すアイコンのミスを赦すんでしょうか?」


 先輩は持っていたコーヒーを一口飲んでから、「考えすぎじゃねえか?」と言った。


「こいつがシリアルキラーのアイコンだとして、そいつはどうして朝倉勇にそのことをアピールする? どうして現場には俺たちを挑発するようなものを残さない?」


 自分たちを挑発するようなもの……先輩の言葉に引っかかりを覚えた。


 シリアルキラーの特徴はいくつかある。


 その中のひとつが今先輩が言ったような警察への挑発だ。しかし、これまでの事件現場にそのようなものは残されていない……


 ――いや違う。これまでの4つの事件現場に残されていたもので共通のものがひとつだけ存在するではないか。


「ありますよ! 先輩!」


「お、おい! なんだ、急に!?」


「カムライ教のお守りですよ! それが犯人のアイコンなんですよ!」


 繋がった気がした。


 予言、カムライ教、お守り……


「やっぱり犯人は、カムライ教の人間なんじゃないですか?」


「なんでそうなる。この前杏珠ちゃんと葛西に監視をつけたの忘れたか? その結果ふたりとも白だったろ?」


「それはそうですが……。でも朝倉勇が言ってましたよね。『divination of the spirit』はカムライ教の一部の人間しか知らない言葉だって」


 彼の言っていた一部というのは幹部クラスのこと。つまりこの場合杏珠さんと葛西さんのふたりだけだ。


 先輩は反論できなくなったのか言葉を失っていた。しかししばらくして何かに気がついたように、


「そうか……そういうことか……」


 と呟いた。


「先輩どうしたんです?」


「いや、実はな――」


「おお、ちょうどよかった!」


 先輩が口を開きかけたその時、課長が血相を変えて部屋に入って来た。先輩の意識がそちらに引かれる。


「どうかしたのか?」


「新たな被害者が出た! カムライ教のお守りも見つかったし間違いないだろう」


 そのことばで自分と先輩は呆然としてしまっていた。


「まさか……流尾寛平か……」


「おや? なんだ、もう知ってたのかい?」


 課長が驚いていた。


 次の事件は未然に防げるかもしれないと思っていただけに相当にショックだった。

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