10月8日
10月7日の夜を迎える。闇が一層濃くなったころ上納市は激しい雷雨に見舞われた。
官舎内で休息してた自分は雷の音で目が覚める。
最初の事件からもう一週間が過ぎようとしていた。警察だって決して無能というわけではない。人員を増やし必死で捜査を行っているし見まわりだって強化している。にもかかわらず、一向に捜査は進展しないでいた。
一部マスコミでは警察叩きが始まっている。その波は徐々に一般市民にも広がりを見せつつある。
とても嫌な空気だ。
目を閉じてもう一度眠りつこうとしたタイミングで直ぐ側に置いていた携帯が鳴る。
「――うん!?」
電話の相手は先輩だった。この地点ですでに嫌な予感があった。
通話ボタンを押すと、先輩から「まただ……」と短く遣る瀬ない言葉が発せられる。
もう日付も変わろうかという時間。それは最悪の報せだった……
…………
遺体が発見された場所は上納市の高級住宅街。被害者の名前は戸浪玲香、17歳。上ノ木町にある上ノ木高校の2年生で、現上納市長の娘であった。
遺体の側にはまたカムライ教のお守りが落ちていた。これにより彼女もまた連続殺人事件の被害者の一人であると証明された。
ただし、発見された遺体の状態はこれまで発見された3名の遺体とは違ってかなり異質だった。遺体には14箇所の傷があった。ひとつは背中に。ひとつは左肩に。この2つの傷は両方とも浅い刺し傷だった。
問題は残りの12の傷だ。それらはすべて被害者の腹部、取り分け子宮およびその周囲に集中していた。しかも刺し傷以外に、刺した後に引いてできる傷――切創が混ざっていた。
残忍……という言葉がしっくり来る。自分は平気だったが、通報によって最初に現場に到着した者はそのあまりの惨状に嘔吐してしまったという。それほどまでに惨たらしい有様。
今回は目撃者がいた。警察に通報してきた女性がいたのだ。彼女の話では犯人は黒いマントに白い仮面姿だったという。これまで犯人の目撃情報がなかっただけに、これは大き進展と言えた。
また、葛西さんと杏珠さんの監視についてだが、戸浪氏が殺された時間。彼らは自宅にいて外に出た事実はないとのことだった。つまりその2人が犯人ではないことが明らかとなった。
…………
日が昇り、朝を迎える頃には激しい雷雨は収まっていた。深夜の大雨が嘘のように空は晴れ渡っていた。
署内で先輩と共に資料に目を通す。
「また、だな……」
回ってきた資料を見ながら先輩がポツリと呟いた。
「これ、本当に連続殺人の被害者なんでしょうか……」
疑問に思ったことをボソリと呟いた。それは、遺体の状態がこれまでとあまりに違いすぎることからくる疑問だった。
「何寝ぼけたこと言ってんだ? 当たり前だろ」
先輩は語気を強める。
「でも、これまでと殺され方が全然違いますし――」
「まさか今回の事件は連続殺事件と無関係だっての言うのか? だったら現場にあったカムライ教のお守りはどう説明する?」
「模倣犯というのは……」
「お前なぁ……。――いいか、その模倣犯を防ぐために現場からカムライ教のお守りが見つかってることを伏せてるんだぞ? それとも何か、偶然だとでも言うつもりか?」
「そうは言いませんけど……」
とは言いつつも、完全に否定できない自分がいた。
偶然……これは以外にもあり得るかもしれないのだ。
カムライ教信者はこの地域一帯の人で占められている。全盛期には数千の信者がいたと言う話だから、適当に投げた石が偶然カムライ教の信者に当たることはないとは言い切れない。ただし偶然の可能性を考慮し始めた場合、これまでの3人の被害者だってその偶然の可能性を追わなくてはいけなくなる。
そして、敢えて口にはしないが自分はもうひとつの可能性に思い至っていた。
それは内部の犯行の可能性だ――
内部の人間ならばこれまでの事件現場でカムライ教のお守りが見つかっていることは当然知っていいる。つまり事件現場にカムライ教のお守りを遺すことであたかも連続殺人の被害者であるかのように偽装することは可能なのだ。
自分は対特別犯罪捜査室の人間で、そこでは身内に嫌疑をかけることが主な仕事だ。だから同僚を疑うことに抵抗はない。
ないとは思うが、先輩だってその対象だ。
「なんか言いたそうだな?」
「いえ、別に……」
先輩から向けられた視線から逃れるように自分は顔を背けた。
…………
被害者の家は犯行現場となった場所からほど近い場所にあった。そこで被害者の母親に聞き込みを行った結果、亡くなった戸浪氏は亡くなったその日の朝、携帯電話を修理に出すため友人と一緒に駅前の携帯ショップへでかけたということだった。
その友人の名を訊ねる、母親は「それは……」と言いよどみ顔を伏せる。どうやら娘の交友関係を把握していないらしい。
戸波氏がちゃんと行き先を告げていることから、親子間の仲が特別悪いというわけではなさそうだが、いわゆる放任主義に近い状態だったのだろう。
母親からの聞き込みを終えて自分たちは携帯ショップに向かう。そこで裏を取ると、彼女はちゃんとここに来ていたことが判明した。
店の監視カメラの映像を確認させてもらうと、カメラには戸浪玲香及び一緒に来ていた友人が映っていた。角度的に友人の方の顔までは確認できないが戸浪玲香とかなり系統の似ている人物であるということはわかった。また、店員に詳しく話を訊くと、戸浪氏は友人のことを“アカネ”と呼んでいたそうだ。
戸波玲香の行動を追うにはそのアカネなる人物との接触が不可欠だ。
――――
「先輩ちょっといいですか?」
携帯ショップを出てから自分は先輩に声をかけた。
「うん? どうした?」
「ちょっと行ってみたいところがあるんですが――」
なんの手がかりもなくアカネという人物を捜しまわるよりも、今確実にわかっていることを優先したと思ってのことだ。
そのわかっていることとは今回目撃された犯人の服装だ。黒いマントに白い仮面。自分がその2つのから連想したのはハロウィン。
時期的なことを考えればすでに関連グッズを取り扱っている店はあるだろう。中でも品揃えの多そうな店といえば、上納市郊外にあるメガストアだ。
もちろん根拠と呼べるような代物ではなく単なる思いつきに過ぎないが、例えば白い仮面や黒いマントの購入者履歴を探れれば犯人に近づけるキッカケにはなる。
「なるほど、ハロウィンか……よく思いついたな」と先輩が感心する。
こうして自分たちは郊外のメガストアに向かった。
…………
車を降りた先輩が店を見上げながら「さて、どうでるか……」と誰にいうでもなく吐露する。
店に入って早速店員に軽く事情を説明する。
すると、たしかにこの店にはハロウィン関連グッズのコーナーが設けられていて、最近になって購入していくお客さんも増えているとのことだった。
購入した人間を確認したいと申し出ると、すぐに購入者履歴を確認してもらえる運びとなった。過去2週間分の履歴を調べてもらうと、黒いマントと白い仮面を同時に購入している人物がいた。しかもたった一人。さらにその人物は同時に包丁も購入していることが判明した。
まさか最初にやってきた店でアタリを引くとは思っていなかったがこれは嬉しい誤算だった。だがここでひとつの疑問が浮かび上がる。それは購入日が土曜日、つまり2日前だったのだ。
連続殺人事件の最初の被害者が発見されたのは一週間前だ。ということは犯人は戸波玲香を殺すためにわざわざそれらの道具を揃えたことになる。
たしかに凶器は辻褄が合う。
今回の事件に限り現場に凶器は残されていなかったが、これまで被害者が発見された現場には凶器がそのまま残されていたから、犯人は毎回凶器を新調する必要があったはずだ。
なら仮面とマントはなんだ?
考えられる可能性としては、これまでの犯行は変装する必要がなかったがここに来てその必要性が出てきた。そう考えた場合犯人は戸波玲香に自分の姿を見られたくなかったということか。
「おい。監視カメラの確認できるみたいだぞ」
不意に先輩に声かけられ慌てて返事をする。
店員が店長に連絡を入れ、すぐにやってきた店長の案内で事務所へと通されることになった。さっきの店員と店長、自分と先輩の4人でカメラの映像を確認する。
購入した時間は履歴から割り出し済みなのでその時間帯の映像がすぐに映し出される。
レジにはマスクにサングラス姿の人物が映し出された。その人物はマントと仮面、包丁を購入していたが、これでは顔はわからない。
「ここに映ってる店員は今店にいるかい?」
先輩が訊くと、店長からええと返事が返ってくる。すぐに呼び出してもらうことにした。呼び出された若い女性店員はすぐに事務所にやってきた。
事情を説明し、なにか変わった点はあったかと質問すると、彼女は視線を上にやって思い出しながら答える。
「ええ覚えてますよ! すごく特徴的な女の子だったんで!」
「女の子、ですか?」
「うん。声が女の子っぽかったし、感じ的にはアタシとタメかちょっと下くらいじゃないかな」
女性店員の年齢を確認する19歳という答えが返ってきた。つまり犯人は高校生から大学生くらいの女性ということになる。
「でも声を聞いたって言っても、一言二言ですよね? それだけで性別ってわかりますかね?」
店員と客の会話なんて「袋入りますか?」「はい」くらいなものだろう。それだけで女とわかるものなのか?
「会話なんてしてないですよ」
「え!? じゃあどうして、声って……」
「さっき特徴的なっていったでしょ? その子ずっと独り言っていうかなんか会話してたから」
「会話……?」
今も一時停止の状態で画面に映し出されている映像にはひとりしか映っていない。たったひとりで会話もなにもない。
「まぁ、たまにいるんですよね、そういう変わったお客さん」
「なるほど……ちなみにその会話(?)の内容って覚えてます?」
「えっと……たしか、ニコチン酸がどうとか言ってた気がする。未成年なのにタバコ吸ってんのかこの子って思った記憶があるし」
ニコチン酸――
ニコチンと聞くと確かにタバコをイメージしがちだが、自分の記憶が間違っていないなら、ニコチン酸とニコチンは別ものだ。
ニコチンがタバコに含まれる有害成分なのに対してニコチン酸はビタミンの一種だったはず……だからといってそれがどう事件と結びつくのかはわからないが……
こちらが確認したいことはあらかた確認し終え事務所を後にする。念の為、ほかの売り場にいる従業員にも一通り話を聞くことにした。すると、ヘルスコーナーを担当する従業員から追加情報を得ることができた。
「ええ。よく覚えてます。その日、クレームを付けてきたお客さんがいて、そのお客様がクレーマーを撃退してくれたんです」
犯人と思われる人物が人助け。それはそれで妙な話ではある。
「えっと、変わった喋り方をする女の子でしたね。『なんじゃ』とか『そうじゃ』みたいな、アニメに出てくるおじいさんキャラみたいな喋り方だったんですよね」
「語尾に「じゃ」を付けてたってことですか?」
「はい、そうです。それから自分のことを『それがし』って言ってました」
ますます意味がわからない。今どき時代物の創作でも自分のことを「某」と呼ぶ登場人物は稀だ。
謎は深まるばかりで、3点セットを購入した謎の女性は犯人ではないような気がし始めていた。その主たる理由は、あまりにもふざけすぎているからだ。
これまで犯人のハの字も掴ませなかった人物が今回に限っては証拠を遺しすぎている。犯行現場を目撃されていたことに始まり、凶器等の購入履歴を残して、その不思議な言動で従業員たちの記憶に強く残ってしまっていることもだ。
普通の思考ならなるべく痕跡を消そうと画策するはずなのに、彼女は真逆の行動をしている。
一通り聞き込みを終えた後、件の女の子が購入した包丁と同じものを購入し署にもどった。その包丁をすぐに鑑識に回す。結果、戸浪玲香の刺し傷が購入した包丁とほぼ一致した。
その知らせを聞いたとき、否定的だった自分はそんなまさかと雷に打たれたような気分になった。




