10月5日
時刻は午前10時過ぎ、自分と先輩は車でカムライ教に向かっていた。2つの殺人事件の現場に残されていたお守り。どういう形であれ、事件にカムライ教が関係しているのは明らかだった。ならば、カムライ教を調べない手はない。
以前先輩が話していたカムライ教の教祖が襲われた事件。そのつながりでかカムライ教の人間と親しくなった先輩。カムライ教で聞き込みをするならそんな先輩が適任だろうということで、自分も一緒にそこへ向かうことになった。
「先輩ちょっと訊いてもいいですか?」
カムライ教に向かう途中、自分が運転する車の中で先輩に訊ねた。
「ん? なんだ?」
「昨日、被害者の家に聞き込みに行った際、旦那さんが“予言”って言ってましたよね? あれって何なんです?」
「予言って言ったら予言だよ。それ以外のなんでもない。ただ、カムライ教の前教組、杏奈には予言の力があったってだけだ」
「え!? それ本当ですか!?」
「ああ、本当だよ」
どこか適当な物言いで、その態度からは先輩が本気で予言の力を信じているわけではなさそうだ。
「杏奈が予言をする日ってのは、カムライ教のホールには大勢の信者が集まってたそうだ。ま、実際に予言なんてものがあるかは別だが、少なくとも信者たちはそれを信じてたってわけだ」
信じていた――
昨日予言という言葉を口にした被害者の旦那さんの態度は、自分がおかしなことを言っているとは微塵も思っていない様子だった。さも当たり前のようにその言葉を口にしていたということは、彼は本気でそう信じているということだ。
「客寄せのためのパフォーマンスってことですかね?」
「どうだろうな……」
しばしの沈黙があって、「この前、教祖が襲われたって話したの覚えてるか?」と、何の脈絡もなく言う。
「え? ええ、覚えてますけど。確か自作自演だったとか」
「ああそうだ」
そう言って先輩は、今年の4月に起きた事件のことを語り始めた。
…………
そいつは今年の4月に起きた事件だ。
当時のカムライ教の教祖である杏奈が警察に護衛の任務を依頼してきやがった。なんでも、自分は近々何者かに襲われるってな。脅迫状のようなものが届いたのかと訊けばいいえと答え、じゃあなぜそんな事がわかるのかと訊けば『予言です』の一言。
そのとき初めて、カムライ教の教祖杏奈には、未来の出来事を予言する力があるらしいってことを知った。
だが、そんなオカルトな理由で「はいわかりました」となるほど警察は愚かじゃない。当然その申し出は受けなかった。
でも、杏奈は実際に襲われた。カムライ教の施設から出てきたところを何者かに襲われた。その時一緒にいた葛西がとっさの判断を効かせたため彼女は無傷だった。
白昼堂々の犯行だったが場所が場所だけに目撃者はいなかった。一応捜査はしたが特に証拠は上がらず。あるのは予言と杏奈と葛西の目撃証言だけ。警察が最終的に下した判断は自作自演だった。
杏奈は週に一度予言と称して信者たちの前で未来に起きる出来事を語ってたらしい。その的中率は八割を超えると言われていた。
んで、警察はこう考えた――
自分の予言の信憑性を上げるために自作自演をやったんじゃないか……ってな。
『未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ』ってのはどこぞの科学者が遺した有名な言葉だ。
警察がそういう判断を下してから数日経った頃。なぜか俺だけが杏奈に呼び出された。俺たちの判断に対して文句でも言われるのかと思ってったら違ったんだ。
彼女はこう言った。
「あなたのためだけに未来を予言する」ってな……
当たり前だが信用してなかった。適当に聞き流すつもりで相手をしてやることにした。
てっきり俺自身に関することを占ってくれるのかと思ったらそうじゃなかった。杏奈の予言は俺の予想の遥か上を行ってた。
今年の10月、目のさめるような事件が起きる。それは――連続殺人。
…………
先輩の話を聞いて、カムライ教のお守りが写った写真を見ながら、長くなる――と呟いていたのはこのことだったのだと理解した。
「って先輩!? それじゃあ、この事件が最初から連続殺人事件だって知ってたってことじゃないですか!?」
「おいおい、冗談言うな! 俺は予言なんてものは信じてなかったんだ。ただ、あの証拠品を見て、もしかしてって思ったに過ぎん。それに、もしあのとき俺が――これは連続殺人だ、予言なんだって、言っても誰も信じなかったろうさ」
それもそうだ。自分も予言なんてものがあるとは思っていない。
「ただな……」
先輩の口調は真剣だった。
「実際に連続殺人が起きた……しかも、これ見よがしに現場にはカムライ教のお守りが置かれてやがる」
「挑発……でしょうか?」
「だとしたら、犯人は俺に杏奈の予言が本当であることを証明するために人を殺してるってことか? 正直反吐が出るね」
そう言って、先輩が窓の外の景色を眺める。
現実的に考えるならば、予言なんてものはあり得ない。その大半はバーナム効果と呼ばれるものの応用だ。当たり障りのないことを言ってあたかも当たっているように錯覚させたり、あるいはどうとでも解釈できる言葉を言ったりとか。
だが「連続殺人が起きる」というのはどうだろうか?
上納市は全国的にも比較的犯罪率が低い平和な土地だ。そこで連続殺人事件が起きると予言したところで当たるとは到底思えない。いつの日かというふうに時期を曖昧にするならまだ可能性はあるかもしれないが、しっかり10月と明言していて、結果その通りになっているのだから驚きだ。
これが偶然で起こり得るかと言えば否だ。つまり必然。
先ほど先輩も言ったが、それを実現するために何者かが犯行を重ねていると考えるのが妥当な線だ。では、その何者かとは一体誰なのか……
「単純に考えるなら予言の内容を知っている人物……」
「杏奈は俺だけにって言ってたけどな」窓の外を眺めていた先輩が振り返る。「それが嘘じゃなければ……の話だがな」
…………
カムライ教に到着した自分たちは早速聞き込みを開始する。先輩は葛西に話があると言って事務所の方へ足を運ぶ。杏珠さんは学校に行っているらしくここにはいない。ホールにいる人ほ数える程度、適当に近くにいる人に声を掛ける。
怪訝な表情を向けられるが、自分が警察であることを告げると、警戒心が解かれる。
所持していた甲斐夏男と菅瑠実音の写真を提示し、これらの人物をこの場所で見たことがあるかと訊ねる。しかし、期待どおりの反応は返ってこない。
2人目、3人目も同様。
両名ともこれと言って印象に残りやすい顔立ちをしているわけではないので誰も覚えてなくても仕方ないのかもしれない。
何の情報も得ることはできないのかと半分あきらめかけたていたとき、4人目に声を掛けた男性が思わぬ反応を見せた。
「ああ、なんか見覚えありますね。えっと……たしか、昔、杏奈さんの予言の日に見たような……」
「本当ですか!?」
曖昧な表現ではあったが、これはこれで貴重な情報だ。そして、杏奈さんの予言の日という言葉……
先輩は、その日は大勢の信者がここに集まると言っていた。その大勢の中にならその2人が紛れていたとしてもおかしくはない。菅氏に関しては予言を楽しみに夫婦でここに通っていたという話だから目撃証言があってもおかしくない。
「ちなみにどちらの人物を?」
「どっちも見た気がします」
「どちらもですか!?」
「え、ええ。たぶん……ですけど……」
相手の言葉がしりすぼみになる。追求しすぎると、だんだん自分の考えに自身がなくなっていくというのはよくある話で、これ以上のしつこい確認は控えることにした。
「ちなみに見かけただけですか? 直接話しをしたりとかは?」
男性はいいえと首を横に振った。
自分は礼を言って彼の元を離れた。
その後もホール内にいる人間に声をかけていったが、見かけたことはあるという情報はあれど直接会話をしたことがある人はいなかった。
少しでも被害者の人となりを知ることができればと思ったのだが駄目だった。
自分がすべての人に話を聞き終えるとタイミングよく先輩が関係者用の扉から出てきた。葛西さんといろいろ話をしていたそうだが、そちらも大した情報は得られなかったそうだ。
自分の方も大した収穫はなかったことを先輩に伝え署に戻ることにした。




