10月4日
甲斐夏男が殺されてから3日後。事件がなかなか進展を見せないところに新たな事件が発生した。10月4日、時刻は午前4時過ぎ、上納市郊外にある百貨店の駐車場で女性の遺体が発見された。
女性の名前は菅瑠実音、年齢は56歳。彼女は地面にうつ伏せで倒れていて、後頭部には鈍器で殴られたような形跡がありそこから血を流していた死んでいた。すぐ傍には彼女の所有している車が停めてあって、現場検証の結果ではその車に乗り込もうとしていったところを後ろから襲われたとのことだった。
そして、彼女の所持品であるバッグの中からカムライ教のお守りが発見された……
これにより、甲斐夏男が殺害された事件と合わせて、一連の事件はカムライ教に関係する人間を狙った連続殺人である可能性が浮上した。
連続殺人事件……つまり今後も被害者が出る可能性があるということ。
早期解決が求められるとのことで、先日課長が言っていたとおり、追加で捜査員が動員されることとなった。
…………
時刻は正午。場所は事件現場からほど近い海を望む海岸線にある閑静な住宅街。
被害者の家のチャイムを鳴らすと中から初老の男性が出てきた。亡くなった菅瑠実音さんの旦那さんとのことだった。彼は今日は会社を休んだらしい。こちらは自分たちが警察であることを明かし、すぐに済みますからと、玄関先で質問を始める。
「早速ですが、昨日奥さんを最後に見かけたのはいつ頃ですか?」
「仕事に出かけるのが最後ですね」
菅瑠実音さんの職業は遺体発見現場となった駐車場を所有する百貨店内にあるスーパーでそこのパートとして働いていたことがわかっている。ちなみにそちらには別の人間が聞き込みに行っている。
「失礼ですが奥さんが誰かから恨まれていたというようなことは……?」
遺体の状態に怨恨を示すような痕跡はなかったが一応訊ねてみた。
「特に思い当たらないですね」
空振りだ。
「ところで……」それまで黙っていた先輩が割って入る。「奥さんがカムライ教に足を運んでいた、ということはありますか?」
すると旦那さんが露骨に怪訝そうな表情を見せた。
「え? ええ、そうですけど……妻だけでなく私も一緒に行っていましたけど」
「そうなんですか!?」
こんなに簡単にカムライ教との関連情報が手に入ると思っていなかったので、思わず驚きの声を上げてしまった。
「ただ最近はまったく行ってませんでしたよ」
旦那さんはそう付け加えた。
「それって通うのをやめたってことですか? なのにお守りを大事に持っていたんですか?」
「ええ、まあ。――だってそうでしょう? ゴミ箱に捨てるなんて、なんか縁起悪いじゃないですか。でも妻が未だにお守りを持ち歩いていたのには私も驚きですよ」
ちなみに旦那さんも同じものを所有していて、それは机の引き出しにしまってあるとのことだった。
でも確かに、無神論者だからといって墓石を漬物石代わりにできるかっていうとそうではないように、信仰を止めたからといって、その宗教に纏わるものを無碍にできるわけではないのだ。
「もうすぐお焚き上げの時期ですから、その日にお守りを持っていこうと妻と決めてたんですよ」
「お焚き上げ……ですか……?」
物を燃やして煙を天に登らせ神に届けるという供養、儀式の一つだ。
しかし、10月は別名神無月と呼ばれ、その言葉が示すとおり神のいない月のはずだ。宗教によってその解釈は必ずしも一致していないのかもしれないが、その月にお焚き上げをするっていうのは少し不思議な感覚ではある。
「ところでカムライ教へ通わなくなった理由ってなんですかね?」
「私たちはカムライ教の前教祖、母杏奈の予言を楽しみにしていたんですよ。ですから今年の7月に彼女が亡くなったのを機に、カムライ教へ行くのをやめてしまったんです。娘の杏珠ちゃんには予言の力はないようですし」
予言……?
いきなり出てきた現実味のない言葉。それが何かを訊かずにはいられなかった――
「あの、予言というのは……」
自分が訊ねようとすると、先輩がそれを遮るように質問を続ける。
「ちなみに、お二人がカムライ教に通っていたことを知っていた人っているんですかね?」
「カムライ教を通じて知り合いになった人は何人かいますが、他人に自分たちがカムライ教の信者だということを口外したことはありませんよ。宗教って言うと最近は嫌な顔する人多いですからね」
旦那さんが苦笑する。
「ま、そうですよね」
先輩がアゴを撫でながら視線を上げる。
「それじゃあ、今日はこのくらいで。また何か気になる点があったらここを訪ねるかもしれませんし、逆に気がついたことがあったら気軽に警察に連絡してください」
先輩が旦那さんに言った。それから自分と先輩は署に戻ることにした。
…………
署に戻るとすぐに報告会議が行われた。ほかの捜査員からもいくつか報告が上がる中、自分は少し別のことを考えていた。
それは、聞き込みの際に旦那さんが言葉にした『予言』という言葉。
娘の杏珠さんにはその力がない――その言い方だと、杏奈さんには予言の力があったということだ。
そして、先輩はそれがさも当たり前のことのように話を続けていた。
――カムライ教……
自分が思っている以上に謎の多い宗教のようだ。




