10月14日
家に帰ろうと思って歩きかけてふと気がついた。ここに来るまで使ったバスは当然ながら深夜に運行などしていない。となると、家まで歩いて帰ることになるわけだ。
「あり得ないんですけど……」
ここから家までは徒歩で1時間以上かかる。殺人犯から逃れることはできたけど、深夜の道を一人で歩いていたら、別の事件い巻き込まれるんじゃないかと思ってしまう。
仕方ない……
ウチはホールの中に引き返すことにした。事情を説明して、朝になるまでここにいさせてもらおうって思ったからだ。
「朝倉っ!?」
扉を開けると、目の前に朝倉がいた。
「あれ? 帰ったんじゃ――」
「あんたバカでしょ! この時間にバスないから帰れないし! ――で、日高が言ってたんだけど。ここって泊まれるんだよね?」
「うん」
「そういうことだから」
「え? うん」
どうやらウチの言いたいことが理解できてないらしい。
「うん……じゃなくて、あんたもここに泊まるの! いい!?」
「……え? なんで、ぼくが?」
「あたり前でしょうが。ウチを一人で置き去りにするつもり?」
殺人犯の脅威は去った。だからといってここに一人で泊まるなんてのは別の意味で不安だった。勝手の知らない場所で寝泊まりできるほどウチの神経は図太くない。こんなでも、いないよりかはましだ。
朝倉が停泊の許可をもらうと、ウチと朝倉は宿泊部屋へと案内された。
――――
「いい? この線からこっちはウチの領域ね」
2人っきりだからと言って、朝倉がウチに手を出してくるとは思ってないけど、念には念を入れた。それから忘れずに自宅にも連絡を入れた。カムライ教に泊まるなんて言えないし、ましてや朝倉と2人きりだなんて言えず、適当に友だちの家だとごまかした。
ただ……
ママはウチが玲香以外に親しい友人がいないことに気付いているフシがある。うまくごまかせたかはわからないけど、わかったという返事が返ってきた。
…………
眠れない……
寝相を変えて朝倉の方を見る。朝倉は布団を丸かぶりしてるみたいだった。
「朝倉……寝た?」
返事はない。
もう1回呼んでみる。
「…………」
どうやら本気で寝てるみたいだ。
ほんのちょっとでも意識したウチがバカみたいだ。
「そうだ……」
このまま寝たら制服がしわになるかもしれない。ウチはカバンから私服を出して着替えた。脱いだ制服はきれいに畳んでおく。
「なにやってんだろ……ウチ……」
明日は日曜日、その次からはまた学校。
学校に行ったらウチはまたみんなから無視される日々が続く……
今までは自分が殺されるかもしれないっていう意識があったから、そっちに神経を割く余裕はなかった。でも、次からは嫌でも意思することになる。
朝倉の方をチラっとだけ見遣る。
こいつだけがウチに話しかけようとしてくれたっけ。あのときはウチが拒絶したんだけど。
――もしかして、こいつがウチの救世主になってくれる?
「ははっ……まさか……」
ウチは朝倉が寝ている布団に潜り込んでいた――
自分でも自分の行動がよく理解できなかった……
…………
朝起きると、ウチの隣に朝倉がいた。あまりにも衝撃的な出来事に、ウチは苦笑する朝倉の頬を引っぱたいていた。
何もできないやつだと思ってたけど、まさかこんなことをするやつだったなんて思ってなかった。
ウチは男という生き物をあまく見ていたようだ。体の底から湧き上がる怒りの衝動のままに朝倉を足蹴にし布団から追い出す。すると言い訳がましく周りをよく見ろといい出す。
「……あれ?」
どうやら、朝倉がウチの布団にいたんじゃなくて、ウチが朝倉の布団にいるみたいだった。
そして冷静になって時間を遡ると、自分から進んで朝倉の布団に入ったんだと思いだす。
――なぜ? ――どうして?
ウチはいつの間にそんな不埒な女に……
昨夜のウチはどうかしていたんだ。でなきゃ誰が好き好んで朝倉と一緒になんか……
「うん?」
見れば、朝倉が自分の携帯を見ながら驚愕の表情で固まっていた。携帯を持つ手がかすかに震えている。声を掛けても返事がないので、何をそんなに驚いているのかと朝倉の携帯を覗き込もうとする。
「ぼく、行かないと! 行って、日高くんに知らせないと!」
と、朝倉が勢いよく立ち上がった。
「え? 日高……が、なに? ――ってちょっと……」
どうしてこのタイミングで日高の名前? 結局、朝倉はウチの静止の声も聞かず、外へ出て行ってしまった。
「はぁ。――ったく、なんなのよもう!」
ひとり残されたウチ。時刻は朝の6時。最初のバスが来るまでまだ時間がある。でも、特に何もやることはない。
「でも、とりあえず」
顔を洗って、トイレにって……
普段はやらないけど、なんとなくやることもないし、自分の寝てた布団(朝倉の陣地の方)を畳んでみたりする。
もう一方(ウチの陣地)も畳んでおくか……なんて思った瞬間。
カチャン――という音がホールの方から聞こえてきた。どうやら朝倉が戻ってきたみたいだ。
「ちょっと朝倉! ウチをひとりにしてどっか行くとかひ、ど……い……」
文句を言いながらホールに足を踏み入れると、たしかにそこに人はいた。いたけど、朝倉じゃなかった……
そいつは黒いマントで体を包み、顔には目の部分だけがくり抜かれた白い仮面をつけていた。
「だ……れ……?」
相手はウチの質問に答えず相手はただじっとこちらを見ている。ほんの少し前かがみになった姿勢はまるで攻撃の予備動作のようだった。
次の瞬間相手はこっちに向かって走ってきた。
――って、ほんとに来たし!!
ウチは反射的に振り向き、さっきの部屋の中に駆け込んだ。
「あ……」
そこで、ウチは自分の間違いに気づいた。この部屋には出入り口がひとつしかない。つまり、自分から追い詰められに行ってしまったってことだ。
それに気付いたときにはもう遅く、仮面の人物は部屋の入口まで来ていた。部屋の奥の壁を背に仮面の人物と対峙する。ウチとの距離は3メートルほどしかない。ほぼ一瞬で詰めることのできる距離なのにも関わらず、仮面の人物は部屋に入ろうとせず、入り口に立ったまま首だけを動かして室内を確認するように見渡す。
警戒している……?
もしかすると罠の可能性を疑っているのかもしれない。
相手はこっちが何の策もなしに自ら追い詰められる場所に逃げるなんて思ってないのかもしれない。だとしたらそれはこっちにとって好都合だ。
まだ、ウチにもチャンスが――
「ふぎぃぃぃぃいいやぁぁぁっぁっぅああおぅっ!!!!」
突然、相手が人のものとは思えないような耳をつんざくような奇声を発した。
ウチはたまらず両手で耳をふさいだ。
ふさいでしまった……
両手を耳に当てる行為は自分が無防備を晒す行為となり。仮面の人物が一瞬で息の掛かる距離まで近づいて来ていた。
「うがっ!!」
瞬間、腹部に激痛が走る。それから、胃の奥底から何かがこみ上げてきて、
「ごぶぁ――」
口いっぱいに鉄の味が広がった。
背後の壁にもたれかかるようにして、ズルズルと力なくその場に座り込む。
「はぁ……ぁ……」
血に染まる包丁を持ったそいつを見上げる。
――ウチ……このまま死ぬの? なんで? もう終わったんでしょ? ウチ、助かったんじゃないの?
「朝倉の……ウソつき……」
「んがぁっ!!」
「うグッ……」
ウチは頬を蹴られた。
力が入らずそのまま畳の上に横になる。仮面の人物に足で小突かれ仰向けの体勢にされる。ウチは完全になすがままになっていた。
――イヤだ……死にたく……ないよ……
でも今のウチに逃げる力はない。だったら隙を見てなんとかこいつに一撃を……
ウチの願いが通じたのか、仮面の人物が馬乗りになる。
この距離なら手が届く。ウチは渾身の力を振り絞って相手の顔めがけてパンチを繰り出した――はずだった……
でも、ウチの伸ばした手は軽く相手の仮面を撫でるだけで終わった。ウチの手についていた血が、白い仮面に赤い軌跡をつくる。それが糊のような役割をはたして相手の仮面に張り付いて、手を下げると、仮面がくっついてきて……下に落ちた。
「……ぁ……」
仮面の人物の顔が露わになる。その顔には見覚えがあった。
こいつが……連続殺人犯……?
瞬間――
ウチの眼球に包丁が突き立てられた。視界が真っ暗になった。痛みはない。声も出ない。
それってつまり……
そういうことだ――




