10月13日 後編
「日高……なんで?」
「そういうわけなんで。――行きますよ美守さん」
「おいコラちょっと――!」
おっさんが日高に食ってかかろうとすると、
「あ! すいません! この人未成年と淫らな行為をしようとしてますよ!」
日高がタイミングよく現れた巡回中の警官に向かって叫ぶ。
するとおっさんはウチの腕から手を放し一目散に逃げ出した。警官はなぜかおっさんを追いかけるのをちょっとためらってから、おっさんを追いかけ始めた。
「助かりましたよ」
――うん?
なぜかわからないけどウチがお礼を言われた。そのせいで、こっちがお礼を言うタイミングを逸してしまった……
…………
日高は何も言わずウチの手を引いて歩いた。たどり着いた先は、歓楽街から離れた場所に牛丼チェーン店だった。
店に入ると、朝ごはんを食べそこなった事もあってか、店内に漂うニオイでお腹がなった。自分が死ぬかもしれないというこの状況でもお腹が空くのかと、緊張感のない自分のお腹を呪う。
「ちょうど昼時ですからね食べます?」
日高がカウンターを指差す。
どうやらお腹の音を聞かれていたらしかった……
ウチと日高はカウンターに隣り合って座り、購入した食券を店員に渡した
「仲のよかった友人が亡くなって自棄を起こした……というわけではなさそうですよね? ――事情、訊いてもいいですか?」
日高は席に着くやいなや質問してきた。
いつもなら、なんであんたにってな態度を取っているところだけど、今は藁にもすがりたい気分だった。それに、助けてくれた手前、無下にするのも違う気がして、ウチはこれまでのことを話すことにした。
朝倉の予言のメールで玲香が死んだこと、次はウチが死ぬ番だということ、朝倉が連続殺人犯なんじゃないかという考え……それらを、ときどき日高の質問に答えながら話した。
その話の途中でウチらが注文した牛丼が手元に届いた。
日高は割り箸を割って丁寧いただきますを言って牛丼に箸をつけた。ウチも日高を真似て牛丼を食べる。
「なるほど。その予言というのには興味ありますね」
牛丼を食べる手を止めて考えに耽る日高。
「だよね!? やっぱりあんたも朝倉が犯人だと思うでしょ!?」
「いいえ」
考えを巡らせていた日高はウチの方に視線を戻しキッパリと言った。
「なんで? だってどう考えたってそうでしょ?」
「警察には話したんですよね?」
「うん」
ウチは朝倉の予言のメールのことを確実に警察に伝えた。でも警察は朝倉を逮捕していない。つまり警察はウチの言うことを信じてないってことだ。
「おそらく警察は朝倉君に接触したはずですよ」
「え? だったらどうしてあいつを野放しにしてるの?」
「簡単ですよ。警察が調べた結果朝倉君が犯人ではないとわかったからです」
朝倉が犯人じゃない――?
確かにあの朝倉に玲香が殺せるわけないかもしれない。けどそうなると、なんで朝倉は犯人からメールを受け取ってたのかってことになる。だって、自分の携帯にメールを送ってからその人を殺すってのが一番しっくり来る考えでしょ? 自分はメールを受け取っただけだと主張すればそれはアリバイにだって使えるし。
「ところで、今日一日さえ乗り切れれば助かるという根拠はなんですか?」
「朝倉が言ってたんだよ。メールを受け取ってから2日以内にメールに書かれていた人物が死ぬって」
「そうですか。なら、これから僕が美守さんを安全な場所に案内する……と言ったら付いて来ますか?」
「え? そんな場所どこに……」
日高は牛丼の残りをかき込んで、それから一気に水を飲み干した。
「それは――カムライ教ですよ」
…………
お昼を済ませた後、ウチと日高はカムライ教へ行くために上納駅前に向かい、上ノ木町行きのバスに乗った。これからカムライ教近くのバス停で降りて、後は歩いてそこに向かう。
窓際に座るウチはぼんやりと外の景色を眺める。
外は相変わらずの曇り空だ。バスが上納市を出て上ノ木町に入ると道を歩く人の数はぐんと少なくなった。
上納駅前からおよそ30分掛けてカムライ教最寄りの停留所に到着した。
バスを降りると強い風が吹きつけてきた。
「ここから大体5分位で着きますよ」
そう言って、日高はウチの数歩先を歩く。
本当に日高について行っていいのかと、今さらだけど不安になってきた。
ウチみたいに神様とかまったく信じていない人間が宗教の施設に足を踏み入れてもいいものなのだろうか?
「問題ないですよ。カムライ教は『来る者拒まず去る者追わず』を売りのひとつにしてるんですよ」
ウチの心の声が口をついて出ていたみたいだった。
でも、それを聞いてちょっとだけ不安が解消された。
カムライ教へ続く坂道を登る。
ウチは先をゆく日高の背を追うように歩く。時折吹く強い風がウチの行く手を阻んでいるように感じる。
日高は振り向くことなく先へ先へ進む。でも日高とウチの間に空いた二人分ほどの距離は一定に保たれている。日高はウチに合わせて歩いてくれている。
日高はすごく頼りになる男子だって思った。そんな彼の大きな背中に向かって話しかける。
「ねえ、そこって何時まで開いてるの?」
それが問題だった。いくら神のご加護がある場所だろうと、翌日を迎える前に閉め出されては何の意味もない。
「心配しなくても大丈夫ですよ。今日はカムライ教で大きなイベントがあるんですよ、それは最低でも日付が変わるまで続きますから。それに――」
日高は振り返らずに言う。
「数人なら泊まる事もできるようになってますからね。不安ならここに泊まってもいいんじゃないですか?」
それを聞いて安心する。でも、日高がどうしてそんなことを知っているのかはちょっと疑問だった。
さっきからやたらとカムライ教の内情に詳しいし、
――もしかして日高も朝倉と同じでカムライ教の信者?
「着きましたよ」
坂を登り終えると日高は振り返った。強い風の影響で髪が乱れ男前が台無しだった。でも、ウチにとってはそんな日高もいいなって思った。
――ってウチはなに考えてんの!?
恥ずかしさを誤魔化すように目の前にそびえる白い建物を見上げた。
「僕はこれからちょっと用事があるんで、ここから先はひとりで行ってください」
「え? うん、その……助かった」
素直にありがとうが言えなくて、言葉にできたのはそれだけだった。
日高はウチが扉を開けて中に入るまでそこで待っていてくれた。
カムライ教の建物の扉を開け中に入った――
――――
時刻は午後3時を過ぎていた。
カムライ教のホール内にはほとんど人がいなかった。ウチを含めても10人もいない。
並べられたイスの適当な場所に座る。
ほんとに大丈夫なのか、と不安になる。けど、そんな不安を打ち消すかのように時間が経つに連れて、徐々に人が集まってくる。
そんな集まってくる人たちに対して、ウチと同じか下に見える歳の女の子が必死に頭を下げていた。
ここからだと会話の内容まではわからないけれど、女の子が来る人来る人に何かをお願いしているみたいだった。
そんな様子を眺めているうちに、いつの間にか睡魔に襲われていた。気がつくとウチは夢の中へと誘われていた。
…………
目が覚めるとホール内はたくさんの人で溢れていて思わずギョッとしてしまった。スマホで時間を確認すると、明日を迎えるまで残り4時間ほどになっていた。
この地域一帯に、こんなにもカムライ教を信じている人がいたのかと驚きつつ辺りを見回すと、見知った人物がこっちに歩いてくるのがわかった。
「美守さん……」
話しかけてきたのは朝倉だった。そう言えばそうだったと思い出す。朝倉はカムライ教の信者だからここにいるのは当たり前だ。
「な、なによ?」
カムライ教をバカにしていた手前、バツが悪いウチはぶっきらぼうに言う。
「いや、なんでここにいるのかなって思って」
事情を知らない朝倉から見ればウチがここにいるのは謎だろう。
「あんたが、ウチが死ぬって言ったから。どうしようか迷ってたら日高がここに行けば安全だって言うから……」
「日高って……日高くんが?」
朝倉が怪訝な表情を見せる。
おそらくどうして日高がウチをここに連れてきたんだと思っているに違いない。かくいう自分自身もそれは謎だ。
「それより、いつもこんなに人多いの?」
「いや、今日は特別なんだ。これからちょっとしたイベントがあって」
「イベント?」
そう言えば日高も同じようなことを言ってたっけ……
「朝倉さん」
どこからか朝倉を呼ぶ声が聞こえてきた。
朝倉のもとに駆け寄るその人は濃紺色のベールに身を包んだ女の子だった。さっきと服装は違うけど、ウチがここに来たとき必死に頭を下げていた女の子と同じ人だった。
「やっと見つけました。これから最後の準備をはじめるので、一緒に来てください」
「え? ぼくが?」
「そうですよ。だって、私はまだ母のメールアドレスを教えてもらってないんですよ?」
「ねえ朝倉。この人だれ?」
2人の会話を遮るようにして訊いた。すると、朝倉はこの女の子が教祖だと言った。
「教祖!? 子どもじゃん!」
宗教というものがますますわからなくなった。それともカムライ教が特別なのだろうか……
次に、朝倉が教祖にウチのことを説明した。
「つまり、次に死んでしまうかもしれないってことですか?」
どうやらこの教祖は朝倉の予言のメールに関する事情を知っているらしい。
「でも安心してください。もしこれからやることが成功すれば最悪の事態を回避できると思います。そもそも失敗した場合は世界中の人たちがみんな死んでしまうわけですから……」
世界中の人が死ぬ……?
「はぁ? あんた何言ってんの? ねぇ、朝倉。もしかしてこの子頭が――」
「わー! わー!」
朝倉がウチの言葉を遮るように手を振りながら声を上げて、
「えっと、とにかく一緒に来てほしいんですよね!?」
と教祖と一緒にそそくさとどこかへ行ってしまった。
…………
さっきの女の子が壇上に上がった。別に朝倉の言ったことを疑ってたわけじゃないけど、その姿を見てやっぱりあの子は教祖なんだと改めて思った。
彼女がホールに集う人に向けてこれからやることを説明しはじめる。ウチはその話にまったく興味はなく適当に聞き流した。
世界が終わるだとか、死んだ人からメールが届いただとかわけのわからないことばかり言う。
そんなの誰が信じるだ――と思っているのは、ここにいる人間でおそらくウチだけだ。現にほかの人たちは真剣に話を聞いている。
壇上の彼女は終いには天国に向けてメールを送るなどと言い出していた。
――アホくさ……
ウチてきには無事に明日を迎えられればいいので、勝手にやってくれって感じだった。
メールアドレスが書かれた紙が配られてきたけどウチは参加するつもりはないので、アドレスを登録するフリをして適当にごまかしておいた。
静かだったホールに「作戦名は?」という言葉が響いた。「だって、こういうのって形から入るほうがいいでしょ?」と続く。
――いるよねそういう人。何でも形から入ろうとする人。
ウチははんっと鼻で笑った。隣りにいるおばさんにものすごい形相で睨まれた。
壇上の彼女はしばらく考える素振りを見せて口を開いた。
「皆さんはご存じないかもしれませんが、母はよく予言のことを私の前で“divination of the spirit”と称していました。その頭文字を取って『DOS』というのはどうでしょうか?」
その話に反対するものはなく、満場一致で決まったようだ。
10時ちょうど、メールの送信大会みたいなのがはじまった。
全員が一心不乱にメールを送っている様子。ここにいる全員が『世界が終わる』なんて言葉を本気で信じているのか……
――普通は疑うでしょ?
――普通は信じないでしょ?
こういうのを洗脳っていうんだろうなって思った。その中にはあの朝倉も混じっている。
「やっぱ無理だわ……こういうの」
誰にも聞こえないように言ったはずだったけど、隣に座るおばさんに聞こえていたみたいで、
「真面目にやりなさよ! あんた!」
ウチは怒られた。
注意してきたおばさんはスマホ視線を戻し不慣れな手付きでそれを操作していた。
ウチはしぶしぶメールを送るフリをする。
「あ……」
ママからメールが来ていた。
『茜今どこにいるの? 無事なの? 無事なら連絡しなさい!』
文面だけでは相手の気持ちまではわからない。だけど、ウチはそのメールからは悲痛な叫びみたいなものを感じ取っていた。
殺されるかもしれないと宣言して、1日以上連絡を入れていなかったら、そりゃ普通心配もする。あのときは全然信じてくれなかったくせに、こういうときだけ……
『大丈夫。今日が終われば死なないから。明日帰るよ』
「これでよし」
メールを送信した。
メールを送信し終わった画面に現在の時刻が表示される。
――20:00――
あと2時間の辛抱だ――
12時が近づくに連れて、先程まで窓をガタガタと揺らしていた風の勢いが収まってきているようだった。
台風はどうやら通り過ぎるみたいだ。
そして、日付が変わる――
…………
誰かの喜びの声でホール内が割れんばかりの歓喜に沸き立った。
――死ななかった……
「ウチは、死ななかった……」
「そうよ! 私たちは死ななかったのよ!」
隣りに座るおばさんが目に涙を浮かべながらウチの手を握った。
ウチとおばさんの言う「死ななかった」という言葉は違う意味を差しているなんてわかってたけど、ウチが助かったことに変わりはなく、その場の勢いでなんとなく一緒になって喜んだ。
それから、教祖の女の子が壇上に上がり集まった人に向かってお礼を言った。
メールの送信大会は解散となり、参加していた人たちはホールの外へと出ていく。その流れに乗ってウチも一緒に外へ出た。
外は真っ暗だったけど、空には星が輝いていた。ここに来るまでに吹いていた風も完全に収まっていた。
地面にばらまかれたように落ちている枯れ葉や、どこからか飛んできたゴミのようなもが転がっているのを見ると、それなりに強い台風だったことが窺えた。
誰かが「台風が消えたのは祈りが通じたおかげだ」とはしゃいでいた。
そんなはずないに決まってるけど、ほかの人たちもその意見に同調していた。
本当におめでたい人たちだなと思った。




