10月12日
学校に着くとすぐに転校生のところへ向かった。隣のクラスに入ると、嫌でも注目を浴びてしまう。それは、隣のクラスの人間が来たことに対する奇異な視線ではなく、玲香という存在を失ったウチに対する哀れみの視線だった。
そんな中で、転校生に向かってあの話ができるほどウチは肝が座ってない。なので、席に座っていた転校生の腕をつかんで無理やり連れ出すことにした。
転校生は抵抗することなく、「あれれ~?」と間抜けな声を出していた。
…………
転校生の腕を引っ張ったまま屋上に出る。終末にかけて台風が来るという予報がされているけど、それを感じさせないくらいの晴れ模様だった。
「なにかようなのー?」
そうだった。空を見ている場合じゃない。ウチは転校生の方に振り返って、両手を合わせて深く腰を折った。
「ゴメン! ほんとこの通り!」
まずは先週の一件のことを詫びる。
「んー? なんの話ー?」
と、小首を傾ける転校生。
「何って……ほら、ここで玲香が殴りかかったことだよ!」
「あー、あれはもういいよー。だって、ジュースもらったもん!」
ああ――
ウチはそのことをすっかり忘れていた。
実際にあれは転校生を痛めつけるための一環として行われたものだったので、こちらに謝罪の意図はなかった。だがこっちの事情を知らない転校生にとってはあれを謝罪と解釈しているようだ。
あのときゴメンって謝ったのは確かだけど……
――あれ? でもそういえば……
ふと、あのときのことを思い出す。
――どうして転校生はあのクスリ入ジュースを飲んでもおかしくならなかったんだろう……?
クスリの分量は違うけどあれのを飲んだ磯山はとんでもないことになって、未だ学校に来ていないのだ。さすがに死んだってことはないんだろうけど、何かしら問題が起きていることは想像に難くない。
それに対して目の前にいる転校生はあっけらかんとしている。
「それで終わりー?」
「――え!? あ、ちが――まだ終わってない!」
転校生が校舎に戻ろうとするのを慌てて呼び止める。
「えっと、お願いがあってさ。今日から2日間だけでいいからさ、ずっとウチと一緒にいてほしいんだよ!」
「いっしょー? それって、友だちってこと!?」
「そ、そう! 友だち。ウチら友だちだよ!」
この際、一緒にいてもらえるなら何でもよかった。
「そうなの!? じゃあ友だち4号さんだね!」
そう言うと、転校生はウチの手を取って上下にブンブンと振った。
4号……?
転校生が何を言いたいのかはさっぱりわからなかったけど、下手なことを言って機嫌を損ねられでもしたら一緒にいてもらえなくなってしまうかもしれないので、とりあえずなすがままにされる。
「じゃあ、教室戻るねー」
「はあ!? ――ちょ、なんでそうなるのよ!?」
こいつ、ウチの話全然聞いてない。
「2日間一緒にいてって言ったじゃん!?」
「うん。だから放課後に――」
「学校なんかサボっていいでしょ!? だからずっと一緒にいてってば!」
「だめー。授業はまじめに出ないとねねちゃんが怒るから! ねねちゃんは1号さんだから、ねねちゃんの言うことが優先なのー!」
転校生が頬を膨らませながら言った。相変わらず言ってる意味が理解できない。だけど、ウチは立場的に文句が言えないため、仕方なくそれに従うしかなかった。
「じゃあ、放課後は絶対だよ! ね? ね?」
「うん! またあとでねー」
そう言って、転校生は校舎の中に入っていった。
すごく、惨めだ――
玲香と一緒だったときは一度たりともこんな思いをしたことはなかった。彼女の名前を出せば周囲の人たちはみんな言うことを聞いてくれた。でも……玲香はもういない。それだけウチは玲香の威厳に守られてたってことだ。
人にものを頼むのがこんなにも惨めな行為だったとは――そう思わずにいられなかった。
「ウチも授業でよ……」
ここで独りになるより、まわりに誰かがいたほうがまだ安心できる。そのみんなが、たとえウチのことをよく思っていなかったとしてもだ。それに、少なくとも教室にいれば朝倉を自分の視界に入れておくことはできる。
教室に戻るウチの足取りは決して軽くはない……
――――
苦痛ってこういう事を言うのか……と、身を持って知った。幸い、直接攻撃されるようなことはなかったけど、無視、無視、無視に次ぐガン無視。ウチは完全にいない者として扱われた。
唯一朝倉だけがウチに話しかけようとしてくれた。でも今はあいつにだけは近づきたくなかったからこっちから距離をとった。
優しい言葉を掛けてきて、心を許した瞬間にグサリ――とか映画でよくあるパターンだ。
そして、ウチはなんとか放課後まで耐えた。誰かに殺されるかもしれないことと比べたら無視なんて可愛いもんだ。
…………
放課後、約束通り転校生はウチと一緒にいてくれることになった。あとはこのまま今日と明日を乗り切るだけ。つまり10月14日を迎えればいいってことだ。
「今日の残りの7時間と明日丸一日……短いようで長い」
特に、明日は土曜日で学校が休み。その長い一日を転校生とどうやって過ごすかだ。一緒に家に来てもらってずっと一緒にいるってのはどうだろうか……
「……ないな」
昨日の今日で自分が両親と顔を合わせにくいってのもあるし、この転校生がウチの友だちだって思われるのが超絶イヤだ。とくに蒼なんかは絶対バカにしてきそうだ。
だからといってずっと遊びにかまけるってのもダメだ。こっちの警戒心が薄れてしまうから。
「あんたさ、どっか行きたいとことかある?」
とりあえず転校生に訊いてみた。
「あんたじゃないよ! 真理絵だよ!」
「え? ああ、名前か……」
友だちだから名前で呼ぶのがいいと転校生は言う。なのでウチも自分の名前を教えた。そしたら転校生はウチのことをいきなり“茜ちゃん”と呼んだた。
転校生には人と人との適度な距離感みたいなものがないようだ。
……天然か。でもそれは逆に、安心できる要素でもあった。
その後、転校生の難解な発言を解読しながら会話を続け、ウチと転校生は上納駅の西口の先に伸びる中央通り沿いにあるファストフード店に足を運んだ。
その店は24時間営業で、さすがに14日までは無理でも明日の朝まではここで潰せる。問題はウチも真理絵も制服だということ。
ちなみにウチはカバンに着替えを用意してきてあるけど、事情を知らない転校生は着替えなんて持ってないだろう。
制服でいるところを警察に見つかったら補導されるのは間違いない。まぁ、その時はその時として、真理絵とウチはとりあえず食べたいものを注文して(ウチのおごり)人の往来を確認できる通りに面した席に並んで座った。
その場所を選んだ理由は敵がどこから来るかわからない状況というのが一番怖いと思ったからだ。ここからなら、店に入ってくるお客さんを確認することができる。
「物足りなかったり、お腹が空いたら言って。ウチが買うから」
「うん!」
真理絵は元気な返事をして、ハンバーガーを食べ始める。口の周りを汚しながら笑顔でそれ頬張るその姿はどう見ても子どもだった。こんなのが自分と一緒にいるところを誰かに見られたくなくて、備え付けの紙で口を拭ってやった。そしたら
「茜ちゃん、ねねちゃんみたい!」
って言われた。
ねねちゃんってのは確か友だち1号とか言って人だ。どこの誰かは知らないけど、転校生には世話焼きな友人がいるみたいだ。
注文した品を平らげた転校生は、ポケットから飴色の瓶を取り出していた。
「なにそれ?」
軽い気持ちで訊ねた。
「これはねー。おくすりなのー」
クスリ――その言葉を聞くとどうしても先週のアレを思い出してしまう。
「病気なの?」
「うーん? どうかなー? でも、これちゃんと飲まないと死ぬってお兄ちゃんが言ってたよ」
そう言いながら、転校生は瓶からクスリを1錠取り出して飲んだ。
……死ぬ?
さして深刻そうでもなく、まるで他人事のように言うもんだから正直どう受け止めていいかわからなかった。
――殺人犯に襲われるタイミングで発作起こすとかないよね?
ウチはそれだけが心配だった……
薬の瓶をポケットにしまった転校生は、スマホでゲームを始める。
その横で、ウチは外を行く人の波に視線を向ける。端から見れば凄く目つきの悪い女に見えているに違いない。でもそんなの関係ない。今のウチは自分の身を守るためならなんだってやれる。
ウチ窓の外を眺めながらは首を右から左へ、左から右へを繰り返す機械と化していた。
――――
日が完全に落ちて往来の波が落ち着いてきて、通りをゆく人がまばらになる。時刻は夜の10時を回っていた。
転校生はテーブルに伏して寝ていた。手にしているスマホの画面は暗くなっている。おそらく電池が切れたんだろう。
それでもウチは目を凝らし外を警戒する。時々店内にやってくる人に視線を向け敵かどうか判断する。そしてまた外へと視線を向けて壊れた機械みたいに首を振り続けていた……




