10月7日
日曜の朝は玲香と一緒に携帯ショップへと足を運んだ。理由は玲香のスマホを修理に出すためだ。修理にかかる期間はおよそ一週間で、代替の携帯は用意できないとのことだった。
「家に帰って事情を説明すれば親が代わりの携帯を貸してくれるし」と、玲香。
その日一日だけ玲香はスマホのない日を過ごすことになった。
――――
お昼は玲香と一緒に上納駅西口近くにある例のファミレスで済ませることにした。玲香は席に座るなり、「そういえばさ、昨日のニュース見た? っつかマジ驚いたって!」と話題を振ってきた。
ウチは玲香の話したいことが何かすぐにわかった。
「昨日歓楽街で死んだ人があの鳩場さんだったなんてさ。あ、もしかしてアタシら警察から取り調べ受けたりするのかな?」
そう話す玲香はどこか楽しそうだった。玲香の中の鳩場さんの存在がどの程度のものかはわからないけれど、少々不謹慎な気もしたが、そんなことよりもウチには気になっていることがあった。
「玲香、ホントに大丈夫なの?」
「何が?」
「だって、鳩場さんて連続殺人の被害者って言ってたでしょ、ニュースで。ってことは次は……」
「あぁん? 大丈夫だって。朝倉が言ってたアレでしょ? 確か2日以内って話だから期限は今日ってことだよね。これから犯人が襲ってくるんだったら返り討ちにするし、何もなければ朝倉をボコるだけだし」
玲香は余裕の表情で語る。それだけ自信があるってことだろう。それからウチと玲香は話題を変え、それぞれ注文したメニューを食べた。
「んじゃ、やっぱ歓楽街だね」
店を出るなり玲香はそう言って、駅の東側に向かって歩き出す。
駅周辺にも遊ぶ場所がないわけではないけど、昼の歓楽街の方が遊ぶ場所が多い。駅と違って夜の7時までしかいられないという制約はあるものの、今から遊ぶなら十分すぎるほど時間はある。
歓楽街へと到着すると、ウチらは日が暮れるまでたっぷりと遊んだ。気づけば夕方の5時を過ぎ辺りは段々と暗くなっていた。
逆に、歓楽街中のお店の明かりが煌々とし夜に向けての準備が始まっている。歓楽街を歩く人の特徴も若い男女からオトナの男女に変わりつつあり、昼にもましてより一層鮮やかさを増していた。
「うーん……はぁー。あと2時間、どうする?」
ゲームセンターを出ると玲香が伸びをして言った。
「ウチは、そろそろ帰ってもいいんじゃないって思うけど」
「はぁ? まだまだ遊び足りないって」
そうやって夜遅くまで遊んで、翌日寝不足で学校へ行く羽目になるのはちょっとキツイ。玲香の家は遅刻したりしても平気な家庭かもしれないけど、ウチの家はそういうのに厳しい。だからあまり遅くなりすぎるのは勘弁してほしいって思った。
加えて、今日はそれ以外にももう一つ心配事がある。それは、あと7時間以内に玲香が襲われるかもしれないということだった。
当の本人はそれをすっかり忘れているのか、ホントに遊ぶ気満々だけど。
「あ!」
玲香が突然声を出す。もしかして怪しい人でもいたのかと思ったら、
「カモはっけーん!」
と不敵な笑みを浮かべる。
そのカモというのは、鳩場さんを助けたとき彼女に絡んでいたあのおじさんだった。
「え!? ちょっと!?」
ウチの静止の声も聞かず、玲香は何の迷いもなくその人に近づいていって声を掛けていた。
一体何を話しているのか知らないけれど、最初はひどく嫌な顔をしていたおじさんの顔が徐々に締まりのない表情になっていく。そして、玲香はおじさんの手を引いてこっちに戻ってきた。
「この人がカラオケおごってくれるってさ!」
たぶんおごってくれるんじゃなくて、言葉巧みにおごらせる方向に持っていったんだろう。
こうして、ウチら3人はカラオケに行くことになった。
…………
歌い始めた玲香はほぼマイクを放すことはなかった。
おじさんは年甲斐もなくはしゃぎ、体をくねらせる変な踊りで場を盛り上げていた。ときに楽器を鳴らし合いの手を入れる。ただし、最近の歌を知らないのか、おじさんの合いの手はおかしな感じになっていた。
「おじさんさ、お酒とか飲まないの?」
曲の途中、歌うのを止めて玲香がおじさんに訊いた。
「え? いいのかい? おじさんお酒は入ると何するかわかんないよ?」
「ふぅん? おじさんさ、それやったらどうなるかわかってんの?」
玲香の口調はひどく穏やか、まるでおじさんとじゃれ合ってるような感じだった。
「ははぁん? おじさんの酒癖甘く見てるね。――よし、じゃあビールいっちゃおっかな!」
そう言っておじさんはビールを注文し、注文したビールが届くとおじさんはそれを一気に飲み干した。
「いやぁ、おじさん最近ついてなくてさぁ……この前君たちにお金せびられたこともそうだけど。昨日なんてタチンボしてた女に騙されて突き飛ばされ、警察まで出てくるわで、その後かなりの美人が目の前に現れたと思ったら、そいつがいきなりグーで殴ってきて気を失っちゃって……。次に目が覚めたらオカマに囲まれてたんだよ。いやぁ……本当に散々だったよ」
ガクッと肩を落とすおじさん。
もう酔っ払っているのか、おじさんわけのわからない話を始めた。そもそも、不幸の一端を担っているウチらと今こうして遊んでいることについてどう思ってるのかも疑問だ。こういうところにこのおじさんの浅はかさみたいなものがにじみ出てしまっている。そんなんだから不幸に見舞われるのだとは口が裂けても言わないけど……
――でも、タチンボってなんだろ?
「へぇ、まあ今日はじゃんじゃん飲んで忘れちゃいなって」
玲香はおじさんに調子を合わせ、じゃんじゃんと勝手にお酒を注文していく。
おじさんは玲香におだてられ気分がよくなると、お酒を飲むペースが上がり、テーブルの上に所狭しと空のグラスが並べられていく。
「それにしても、夜の7時は近いってのにキミたちも悪い娘だねぇ。それともこういうのは日常茶飯事なの?」
おじさんがいやらしい顔で隣に座ってお酒を注いでいた玲香の太ももを撫でる。
「ちょ、どこ触ってんの!」
玲香は引きつった笑みを浮かべやんわりとおじさんお手を退ける。いつもなら間髪入れずに鉄拳が飛んでいるところだが、いったいどういう変化だろう。
その後も玲香は際限なくおじさんに酒を飲ませていく。程なくして、おじさんは茹で上がったタコのように顔を真っ赤にして、ソファにぐったりと体を預けていた。
「はぁ、結構しぶといな、このおっさん」
玲香がソファに寄りかかって寝息を立てるおじさんに吐き捨てる。それから、おじさんの上着をゴソゴソと探り財布を抜き取った。
「ああ……そういう魂胆か……」
ウチはそこでようやく玲香の目的を理解した。これは明らかな犯罪行為。
今回みたいなパターンは初めてだったけど、玲香は度々人を騙してお金を巻き上げることをやらかすので別段驚くことはなかったし、注意を促そうとも思わなかった。
そして何の前触れもなく酔ったおじさんの頬に拳を叩きつけた。
「ちょっと! 玲香!? ――なにやってるの!?」
「さっきのセクハラのお返しだよ。ったくこのエロジジイ」
おまけにもう一発おじさんを殴って。それで気が済んだのか、
「行くよ茜」
と、玲香は盗んだ財布を軽く上に投げるようにして弄びながら部屋を出ていった。
ウチもそれに続いた。
カラオケ店を出るとすっかりと日が落ちていた。
スマホを取り出し時間を確認すると、すでに夜の7時を回っていた。それと、店にいる時は気づかなかったけど、ママからメールが入っていた。『何やってるの! 連絡くらいしなさい!』という内容だった。
電話すると怒鳴られそうだったから『今帰るよ』とメールを返した。
「へぇ、あのおっさん意外と持ってんじゃん」
財布の中身を検めながら玲香が歩く。そして、札だけ抜き取ると、通りかかったコンビニのゴミ箱に向かって財布を投げた。するとそれは吸い込まれるようにして燃えるゴミの中に入った。
「ナーイス。アタシってば天才!!」
と、小さくガッツポーズ。
そして、歓楽街の外にに向かってまた歩き出す。少し歩いたところで、「君たち待ちなさい」と背後からウチらを呼び止める声がした。
「ああん?」
玲香はやや喧嘩腰な態度で、ウチは普通に振り返った。
そこには夜7時以降に歓楽街を巡回するおまわりさんの姿があった。
「あ、えっと……」
ウチが玲香に助けを求めようとして隣を見ると、そこにはもう玲香の姿はなかった。
「――ええっ!?」
振り返ると、走って逃げる玲香の背中が見えた。
「ちょ、ウチも――」
逃げようとしたけど、警察に肩をつかまれ「ちょっと来てくれるかな」と笑顔の圧力をかけられた。
それからウチは近くの交番まで連行され、親に連絡されて、ママがタクシーで迎えに来た。すみませんと何度も警察に向かって頭を下げるママ。一緒にいるこっちのほうが恥ずかしくなってくる。
それから、帰りのタクシーの中でこっぴどく叱られ、家に帰ってからもまた怒られ、夜遅くに返ってきたパパからも怒られ……
まるで両親の怒りを体現するかのように苦手な雷が鳴り始めるしで、ほんと散々な目にあった。
恨むよ……玲香……
文句の一つでも言ってやろうって思って、スマホを手に取る。
「あ、そっか……」
そこで、玲香のスマホは今朝修理に出したばかりだということに気付く。
ウチは諦めて明日直接学校で愚痴ることにした。




