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アセンブル2 ― 14days  作者: 桜木樹
第二章 美守茜 編

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10月3日

 放課後――


 夕方の上納駅前は帰宅中の会社員や学生などで溢れている。ウチと玲香は駅前の広場にある恐竜のモニュメントの前で“トラさん”なる人物が来るのを待っていた。


 事前に聞いた特徴によれば、トラさんは背が高く周りと比べて頭ひとつ抜けているということだそうだ。今のところそのような人が現れる様子はない。ウチはトラさんが来るのを待ちながら、昨日の帰りのことを思い出していた。


 …………


 ウチの家と玲香の家は上納市内にある。


 上ノ木町にある学校から家まで徒歩で帰ろうと思うと実に1時間以上もかかる。なので、学校近くのバス停でバスに乗り上納駅前まで行って、そこから徒歩で家に帰るのがいつもの下校スタイルだ。

 上納駅に向かうバスの中で、玲香にさっきの電話がなんだったのかということと、一体何をしようとしているのかの詳しい説明を求めた。


「決まってるでしょ? 転校生を痛い目に遭わせるのよ。――ま、悔しいけど、今のアタシじゃ転校生とまともにやりあって勝てそうにないから、クスリで前後不覚になってるところをボコってやろうってわけ」


「クスリ? ってことはもしかして、買うの?」


「そういうこと」


 玲香の電話の相手が鳩場さんだということは予想がついていたけど。そうなると、2回目の電話は直接クスリを売ってくれる人ってことだろう。たしかこの前のカラオケのとき鳩場さんが《《トラさん》》と言っていた人物だ。


「でも玲香、ウチ思うんだけど。クスリって、ほら……、鼻から吸ったり、注射して使うんだよね? それ、どうやって転校生にやらせるの?」


 いくらバカっぽそうな転校生でも、ウチらが出したクスリを「鼻から吸え」とか「注射しろ」って言ったら絶対に怪しむに決まってる。


「…………」


 玲香からの返答がなかった。この反応からして、何も考えてなかったみたいだ。


「あとでもっかい電話して訊いてみるわ……」


 玲香は小さく言った――


 …………


 で、結局トラさんから買うクスリは融通を利かせてもらえることになった。ちなみに購入資金はさっき磯山からふんだくってきたので問題ない


 そんなわけで、ウチと玲香は今トラさんの登場を待っている。当たり前っちゃ当たり前だけど、絶対に制服で来るなと注意を受けたので、ウチらは一度家に帰り着替え済みだ。


「あっ! トラさん! こっちこっち!」


 突然玲香が人混みに向かって手を振りながら声を張り上げた。


 視線の先にツーブロックでサングラスを掛けた男性がこちらに近づいてくるのが見えた。教えてもらっていた通り周りに比べて文字通り頭一つ抜けていた。トラさんが直ぐ側まで来るとその背の高さがはっきりとわかる。たぶん2メートル近くはある。そのせいか目の前に立たれるとやや高圧的な感じを受ける。


「おいおい。こっちはあまり目立ちたくないんだ。大声で呼ぶのはやめてくれないか」


「ゴメンゴメン」


 玲香が笑いながら後頭部を掻いた。


「ほんとにわかってんのか?」


「それよりさ、例のやつ持ってきてくれた?」


「ああ。だがこの場所じゃなんだからな。どこか落ち着ける場所に行きたいんだが……」


 トラさんの言う通り、クスリをこんな往来でやり取りしてたら目立ってしまう。なので、「ファミレスなんてどうですか?」と提案してみた。


「ファミレスと言うと、この近くだと商店街のあそこか……ま、無難なところか」


 トラさんが言うと、玲香が「おごり?」と訊く。


「おごらん」


 トラさんは吐き捨てるように言って、スタスタと商店街の方に歩いていく。足が長いとその分歩幅も大きくなる。ウチと玲香は置いていかれないようにその後を追った。


 …………


 夕方のファミレスは、早めの夕食を楽しむ客や学校帰りの学生などでそれなりに混雑していた。

 ウチら3人は店員の案内で外側の席へと案内された。ガラスを隔てた向こう側には商店街を行き交う人が見える。


「よりによって窓際とは……」


 トラさんが小さくぼやくのが聞こえた。


 ウチと玲香は並んで座り向かいにトラさんが座る。


 店員が「ご注文が決まりましたら――」とマニュアル通りのセリフを言い終わる前に、トラさんはメニューを見ずにコーヒーを注文した。それを見て、うちと玲香もそれぞれクリームソーダとアイスティを頼んだ。店員さんが注文を繰り返して席から離れていった。


 向かいに座るトラさんはサングラスを掛けたまま腕を組んでどっしりと構えている。まるで銅像のよう。背格好こうも相まって周囲の席の人たちの何人かがこちらを盗み見ている。


「で、あれは?」


 玲香が訊ねる。かなり急いている感じ。よっぽどクスリに興味があるようだ。


「まぁ、待て。注文が来てからだ」


 トラさんの意図は理解できた。


 今このタイミングで話を始めると、途中で注文したものを持って来た店員さんに話が聞かれてしまうかもしれないし、最悪クスリを見られてしまうかもしれないからだ。


 待つこと数分……


 ウチらの注文したものがすべて届いた。


 注文したクリームソーダを食べる。アイスをすくって口に入れると甘くて冷たいバニラの味が口に広がる。


 トラさんがコーヒーを一口飲んで、「ほら」とポケットから取り出したそれをテーブルにの上に放るように置いた。


 テーブルの上に置かれたものは、市販の薬みたいにブリスターパックに収まった、14錠の錠剤だった。


「へぇ、ジップ付きの袋に入った粉みたいなやつ想像してたんだけど、見た目は市販の薬と変わんないんだね」


 玲香はそれを取って服のポケットにしまう。変わりに言われたとおりの金額をテーブルの上に置いた。


「それを何に使うつもりか知らんが、忠告しておくことがある」


 トラさんが真面目なトーンで話す。


「お前らがクスリに関してどの程度の知識があるか知らんが、そいつはかなり危険な代物だ」


「キケン……」


 その言葉でスプーンを持つ手が止まる。


 玲香は別段動じている様子はない。


「まず、そのクスリはあまり数が出回ってない。そのため使用した人間にどういった効果が現れるかがよくわかってない。ある程度の傾向は把握しているが、過去に例外が起こった事例が1度や2度じゃない」


 ――数が出回ってない? そんな貴重なものをウチらに提供してくれるってこと?


「そいつの一番の特徴は、“使用してから7時間経てば体からクスリの痕跡が一切検出されない”ってことだ」


 言い換えると、使用後7時間以内に検査とかされたらクスリを使ったことがバレてしまうってことだ。


「あと注意点だが、使用する際は必ず1回1錠だ。市販の薬と同じで水で流し込めばいい。間違っても注射器使って直接身体に入れるようなことはするなよ? いいな」


「わかった」


 玲香が返事をする。 


 ファミレスで堂々とクスリの使用方法を話すのかと思ったけど、周りの喧騒に紛れてウチらの会話はうまい具合にかき消されていた。こっちに興味を示していた人たちの視線も今はない。


 ウチは止めていた手を動かしアイスを食べる。


「ちなみにさ、やっちゃダメって言ったことをやった場合はどうなんの?」


 玲香がおそるおそる訊ねる。その様子からおそらく玲香の中でもある程度の答えが出ているのだろう。


 トラさんはコーヒーを一口飲んで、


「正直な話。どんな症状が出るかはやってみないとわからん。だが、これまでオレが見てきた中で一番最悪なケースは――」トラさんは声のトーンを落とした。「――死だ」


「死っ!?」


 うちはアイスをすくったスプーンを落としそうになった。


「おい、声がでかいぞ」


 サングラスを掛けてるからわからないけど、たぶん睨らまれてる。


 ウチはコクコクと何度も首を縦に振って謝罪の意を示す。


「ま、そんなわけだからな。いいか、絶対にやるなよ? 死人なんか出されたら、こっちに被害が及ぶ可能性だってあるんだからな」


 ウチと玲香は黙って頷いた。


 トラさんはコーヒーカップをグッと傾け空にした。


「……っと、忘れるとこだった。いいか、そいつは水に溶かすとあまい――なにっ!?」


 話の途中で、トラさんが急にテーブルに張り付くようにして上体を折り曲げる。


「なに……やってんの……?」


 突然の奇行にウチら2人は面食らう。


「なんでここにあの探偵が……しかもあのガキは――!?」


 小声で言うトラさんの顔がガラスの向こうの往来に向けられている。


 探偵……? ガキ……?


 意味がわからない。


 トラさんの向く先を追ってみても、外のアーケード街を歩く人は結構いて、誰を見ているかなんてわからない。そもそもサングラスを掛けているから視線の先が読めない。


「おいおいおい。まさか――!?」


 トラさんがゆっくり上体を戻しながらファミレス入口の方に視線を向ける。


 店員の「いらっしゃいませ!」の声がすると、


「入ってくんのかよ」


 トラさんは慌てたようにテーブルの上に置きっぱなしだったお札を一枚だけ残して残りをポケットにねじ込だ。


「そいつでここの会計を払ってくれ。つりは返さんでいい」


 そう言い残しそそくさとファミレスから出ていってしまった。最初におごらないと言っていたのに、結果的におごられる形になった。


「なんだったんだろ、ねえ?」ウチが玲香に問いかけると、「なんでアイツがここに」と、玲香もトラさんと同じようなことを言い出した。


「あいつ?」


 玲香の見ている方に視線を向ける。ちょうど対角線上のテーブルに転校生が座っているのが見えた。その転校生と誰かが向かい合ってテーブルに座っている。その誰かはこちらに背を向けているので何者なのかはわからないけど、栗色のゆるふわショートボブであることから女であることがかろうじてわかる。


 ――母親……?

 

 それにしては金持ちっぽくない服装だ。それとも万葉に子どもを通わせてる(通わせていた)親ってそこまで金持ち感を出さないのがトレンドなのか……


「アタシらもさっさと出るよ。見つかったらメンドいし」


「う、うん」


 玲香に言われ、ウチは食べかけのクリームソーダを残したままファミレスを出る羽目になった。それもこれも転校生のせいだ。食べ物の分も込めて、明日恨みを晴らす――そう心に誓った。

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