10月1日
数日前、ウチと玲香はバーコードみたいな頭のおじさんに絡まれている女性を助けた。その女性は歓楽街で夜のお仕事をしているらしく、お客さんとトラブっていたらしい。
鳩場と名乗ったその女性は玲香に対してものすごく感謝していて、今度必ずお礼をすると言ってくれた。
ちなみに、玲香は人助けがしたくて鳩場さんを助けたわけじゃなかった。玲香はもともと人助けをするようなタイプの人間ではないことは長い付き合いのウチがよく知っているし、おじさんに絡まれている鳩場さんを見た玲香の第一声が「あの人助けたらあのおっさんから金ふんだくれるんじゃない?」だったことからもそれが伺える。
結果的にそのおじさんからお金を巻き上げることにも成功していたし、鳩場さんを助けることもできたのだからウィンウィンってやつだ。
そして今、ウチと玲香は鳩場さんの誘いを受けてカラオケ店に来ていた。
あのときの「お礼をする」っていう言葉はてっきり社交辞令か何かかと思っていたけど、鳩場さんは律儀にもウチらにお礼をしてくれたのだ。
「へぇ、今日は午前で授業が終わったってわけなのねぇ……」
鳩場さんはタバコを吹かしながらウチに言った。玲香は只今熱唱中。
夜のお仕事をしているだけあって、彼女は胸元が大きく開いた高そうな服に身を包んでいる。タバコ吸う姿もなんだか様になっていた。
鳩場さんが腰を上げ、テーブルのウチが座っている方に置いてあった灰皿に手を伸ばす。すると、前屈みになった彼女の服の胸元から何かが垂れ下がった。
最初はネックレスか何かかと思ったけど、それにしては先についているチャームが大きすぎるように思えた。
青紫色の布でできた小物入れみたいな……お守りだろうか?
灰皿を手にソファに座り直す鳩場さん。
「ん? あらやだ……」
ウチの視線に気づき、胸元から飛び出したそれに気がついたみたいだった。鳩場さんは服の胸元を持ち上げ内にそれをしまった。
「ねぇ、茜ちゃんだっけ? 学校楽しい?」
まるで今しまったものから意識をそらすようにウチに話題を振ってきた。お守りには触れてほしくないのだろう。
「まあ、それなりには」
「どこの学校? もしかして万葉?」
「違いますよ。ウチと玲香は上ノ木です」
「え!? 上ノ木ってまさか上ノ木高校!?」
鳩場さんはものすごく驚いていた。
「そ、そうですけど……」
「うっそ偶然! でもまさかまた上ノ木の子に助けられるなんて思ってなかったわ」
「また? またってことは前にもこういう事あったんですか?」
「うん。2ヶ月くらい前だったかな。キミたちが助けてくれたときと似たような状況だったことがあって。まぁ、助けてくれたのは男の子だったけどね。――で、その子は名前も告げずにどっか行っちゃたんだけど着てた制服が上ノ木高校の制服だったから。上ノ木の生徒って正義感強い子が多いのね」
前回の男子生徒はどうか知らないけど、今回鳩場さんを助けた玲香はの行動は正義感からくるものじゃないから鳩場さんの見解は間違いだ。ていうか、仕事柄仕方ないのかもだけど、鳩場さん変な男に絡まれすぎ……
「ちなみに玲香さんはどうですか?」
「どうって、仕事? そうね……」鳩場さんは険しい表情になった。「うぅん。こういう商売だってのは覚悟はしてたんだけどね。なかなか厳しい……かな。太客でも付いてくれればまた違うんだけど、なぜか私を指名してくれる人ってこの前みたいなのばっかなのよね」
そう言って、鳩場さんはタバコの煙を吐く。
「ああ……」
あのうだつの上がらなさそうなおじさんを思い浮かべる。
「あ、でもね、この前変わったお客さんと仲良くなったのよね」
「変わった客?」
「そう、最近こっちに越してきたらしいんだけど、背がすっごい高くて見た目はちょっと厳つい感じなの。これだけでも珍しい部類なのにその人ディーラーだったのよ」
「なになに? なんの話?」
歌い終わった玲香がウチの横にどかっと座り、ジュースの入ったコップを一気する。
「ディーラーの話よ」
「ディーラー? って車?」
「違うわ。クスリよク・ス・リ」
「クスリ!?」
玲香が嬉々とした表情で身を乗り出した。
「言っておくけどここだけの話よ」
「もちろん! それで、使ったんですか!?」
興味を示す玲香に対して鳩場さんはふふんと得意げな態度になった。
「もちよ! トラさんの話によると個人差があるみたいなんだけどね、私の場合は最初に体がフワってなる感覚が来たかと思ったら雷に打たれたみたいな衝撃が来て、最初はめっちゃ焦ったけど、これがハイってやつかーってしばらく恍惚としてたわ。で、そのハイになった状態でやるセ――って、これは未成年にする話じゃないわね」
おほんと咳払いする鳩場さんが頬を赤らめていた。
「――ま、連絡先は交換してあるから、興味あるんだったらいつでも繋げてあげられるわよ。あっちも、最近ここに来たばかりで買い手が見つからんって言ってたし、買うって言ったらきっと喜ぶわよ」
玲香は終始興味をいだいていた。対してウチはまったく興味がなかった。
クスリの怖さは学校でも散々言い聞かされている。一回手を出したら戻ってこれなくなるとわかっていてそんなものに手を出そうとは思わなかった。
「あ、そろそろいかないと」
時計を見た鳩場さんが灰皿にタバコを押し付けて立ち上がった。
「お金はワタシが払っておいてあげるから最後まで楽しんで行きなさい」
そう言って、手を振って部屋を出ていった。
トビラがゆっくりと閉まる。
そのトビラの内側にはポスターが貼ってあった。制止するように右手を前に突き出しているアニメのキャラクターがプリントされている。
その絵の下に書かれていた言葉は……
ダメ、ゼッタイ――




