10月14日
ホール内に集まっていた人たちがぞろぞろと外へで行く。わずかばかりの人が残ったホールはすっかりといつものような静けさを取り戻していた。いつの間にか窓を激しく揺らしていた風の音もやんでいた。まさに嵐の後の静けさと言ったところ。
「それじゃあ、ぼくも帰りますね」
杏珠さんに別れを告げホールの入口に向かう。ちょうど扉の前まで来たところで、反対側から扉が開く。
「朝倉っ!?」
扉を開けて中に入ってきたのは美守さんだった。
「あれ? 帰ったんじゃ――」
美守さんはどうしてわざわざ戻ってきたのか? 忘れ物かな……なんて思ってると、
「あんたバカでしょ! この時間にバスないから帰れないし!」
理不尽な誹りを受けた。
美守さんの家は上納市内の高級住宅地にあるタワーマンション。こっから歩いて帰ろうと思ったら、おそらく1時間以上かかる。それでなくても、こんな夜道を女の子が一人でうろつくのは危険だ。
「で、日高が言ってたんだけど。ここって泊まれるんだよね?」
「うん。そうらしいけど」
母さんも同じようなことを言っていたっけ。でもどうしてそれを日高くんが知ってるんだろう……
「そういうことだから」
「え? うん?」
しばしの間沈黙が訪れる。
「うん? じゃなくて、あんたもここに泊まるの!! いい!?」
「……え!? なんで、ぼくが!?」
「あたり前でしょうが。ウチを一人で置き去りにするつもり!?」
「置き去りって……」
まぁ、こっちはもしものときは泊まれと母さんに言われてるから問題ないけど。
そんなこんなで、ぼくは杏珠さんに停泊の許可をもらい。美守さんとぼくでここに泊まることになった。
宿泊部屋へと案内されたあと、杏珠さんはぼくらに別れを告げ、幹部の人が運転する車で帰っていった。
美守さんも一緒に送ってもらえばよかったんじゃないかってことに思い至ったのは2人が帰ってしまったあとになってからだった……
――――
「いい? この線からこっちはウチの領域ね」
そう言って、美守さんが部屋の半分以上スペースを確保する。ぼくに与えられたスペースはわずか2畳分のスペースだった。ここで文句を言ったら倍以上になって返ってくるのはわかっているので素直に従った。ここで意見しようものなら最悪の場合部屋の外に追い出されかねない。
幸い、ぼくは寝相が悪くないので、寝ている間に侵犯することはないだろう。その日は早々に眠ってしまうことにした。
「……っとその前に」
ぼく携帯を取り出し、カムライ教に泊まることになったことを母さんにメールで伝える。
「これでよし」
ぼくは頭まで布団を被った。
……………………
…………
「うーん……」
機械の振動音のようなもので目が覚めた。布団をめくり体を起こす。
「……へぁ?」
隣を見て思わず変な声が出てしまった。
なぜか、美守さんが同じ布団で寝ていた。
――え? ええ!?
最初はぼくが誤って彼女の布団に侵入してしまったのかと思ったけど、周囲を確認して、やっぱり自分の布団で間違いないとわかる。つまり、美守さんがこっちの布団に入ってきたってことだ。
ぼくに入ってくるなと言っておきながら、自分でこっちに入ってくるなんて……
おそらく、夜中にトイレにって帰ってきたとき間違ってこっちの布団に入ってしまったんだろう。
――って……
そんなことを冷静に考えてる場合じゃない。この状況は非常にまずい気がする。
「う、ん……」
「あ――」
ぼくの不安に応えるかのように美守さんが目を覚ましてしまった……
眠たそうな目でこっちを見る……
「なんで、朝倉が……って、うわあぁああ!?」
バチン――とぼくの頬が小気味いい音を立てる。
「あだっ!?」
美守さんに思いっきりビンタされた。
「な、なんで朝倉がウチの布団にいるの!? っざけんな!!」
足で無理やり布団の外に追いやられた。
「違うよ! 違うから! 自分が今どこにいるかよく見てよ!」
身を護るようにして掛け布団にくるまる美守さんが周囲に視線を巡らせる。
「あ……あれ?」
どうやら誤解は解けたようだ。
そして自分の非をごまかすように作り笑い。
ぼくに謝るっていう選択肢はないみたいだ。
まぁ、美守さんらしいけど……
「ってか、なんでウチが朝倉の布団に……」と独り言をつぶやく。
正直こっちが知りたい。
――ん?
点滅する携帯電話がぼくの視界に入った。
そう言えば、さっき機械の振動音がしてたような気がしたのはどうやら携帯のバイブ音だったみたいだ。手を伸ばし、何気なく携帯を開く。
件名:divination of the spirit
本文:日高孝
それを見てぼくは固まってしまった。
ぼくはすべてが終わったのだと勝手にそう思っていた――
けど……
考えてみれば、いったい何が終わったというのか?
はしゃいで、浮かれていたけど、解決したのは『世界の終わり』であって『連続殺人事件』じゃない。いつの間にかぼくはこの2つは同じものだと思い込んでいたけど実際はそうじゃない。
むしろ、大量のメールを送り付けたことで犯人を刺激してしまった可能性だってあるんじゃないだろうか。
ぼくは跳ねるようにして立ち上がった。
「ちょっと、どうかしたの?」
「ぼく行かないと! 行って、日高くんに知らせないと!」
「え? 日高……が、なに? ――ってちょっと……」
ぼくは突き動かされるようにして部屋を出た。そのままダッシュでホールへ出て入口のカギを開けて外へ――
時刻は午前6時ちょっと過ぎ。東の空に太陽が登っている。
「行かなくちゃ――」
今日は日曜。学校は休み。正直、日高くんがどこにいるかなんてわからない。
だけど――
美守さんは助けることができた。だったら日高くんだって――
そんな思いで、ぼくは自転車のペダルを全力で漕いだ……
……………………
…………
カムライ教を飛び出してから、ほぼ一日中日高くんを捜し回ったけど見つからなかった。同じ中学に通っていたから、上ノ木町に住んでいることは確実なのだけどダメだった。
その途中、杵島さんにメールを送るのを忘れていたのを思い出し一応送っておいた。それから上納市にも足を伸ばそうかと思ったけど、自転車で上納市内をくまなく捜すなんて無理な話で、相手が一箇所にとどまってくれているならまだしも、動き回っていることだってある。もしそうだったら、偶然にでも頼らない限り見つけるのは不可能だ。そう考えて上納市に行くのはやめた。
辺りはすっかり暗くなり、諦め状態で自転車を押して歩く。
空を見上げると、月が出ていた。今日は14日、まん丸とまではいかないまでも円にほど近い形の月だった。
――たしか小望月って言うんだっけ?
軽い現実逃避。
「はぁ……」
深い、深いため息をついた。
考えなくたってわかっていたことだ、この広い範囲でたった一人の人間を見つけ出すのなんて最初から不可能だったんだ。
――このまま日高くんは犯人に殺されてしまうのか……
それとも今頃警察の人が彼を保護しているのか、それ以前に犯人を捕まえているだろうか。
日高くんを捜すのを諦めたぼくの足は自然とカムライ教に向かっていた。だがその足取りはひどく重たい。
その道中、公園の横を通り過ぎると、園内から女の子の声が聞こえたような気がした。
「こんな時間に? 誰が……?」
気になったぼくは適当な場所に自転車を止め公園の中に入っていく。
そして、ぼくはそこで衝撃的な光景を目の当たりにした。一瞬、何どうなっているのか理解が追いつかなかった――
公園内にある電灯の下で、地面に倒れて起き上がろうとしている日高くんがいた。しかもそこにはなぜか制服姿の杏珠さんの姿もあった。
そして、2人が今まさに何者かに襲われようとしていた。いや、起き上がろうとしているということはすでに襲われた後だ。現に日高くんの動きは鈍く、頭を抑えている。
「なんでここに杏珠さんが?」
――って、そうじゃない! 急いで2人を助けるんだ!
しかし、ぼくの体は動かない。恐怖で足が震えていた。それはまるでぼくの足じゃなくて別の生き物のように勝手に震えていた。
――何をやってるんだ! ぼくは今まで日高くんを助けるために上ノ木内を奔走していたんだぞ!!
「クソっ!! ここで動かなきゃ男じゃないぞ!!」
自分に言い聞かせるようにボクは震える足を拳で叩く。
勇気を出せよ朝倉勇――。お前の名前は勇気の勇だ――!!
前を見据え、走る姿勢を取る。――が、やっぱり言うことを聞いてくれない。
――と、
「きゃあぁぁぁぁっっ!!」
一際大きな杏珠さんの悲鳴が上がった。何者かが杏珠さんに向かって持っていた凶器を振り下ろしたのだ。
杏珠さんは地面に倒れてビクビクと体を震わせて……動かなくなった……
その瞬間ぼくの体に火が灯った――
「うわあああああぁぁぁぁっ――!!!!!」
ぼくは叫び声を上げながら、何者かに向かって駆け出した。




