10月11日
今のところ米座吾郎さん亡くなったという報道はなされていない。杵島さんにメールしてあるのですでに保護されているかもしれないけど詳細は不明。ただ、これまでと違って警察が味方についてくれたことで安心感があった。
しかし、その安心感も朝食を終えて家を出るまでの話だった。学校に向かう途中ぼくの携帯が振動した。
ぼくの携帯に届いたのは例の予言のメール。中を確認した瞬間。ぼくは背筋が凍るような感覚に襲われた。
アドレスはいつもの通り。件名は『divinetion of the spirit』これも同じ。
しかし、本文は――
――美守茜。
「美守さんだ……」
ぼくは急い学校に向かった。
…………
学校に着いて赤木くんにそのことを知らせると、「マジかよ!!」とぼくの携帯を見ながら言った。
「おい、どうすんだよ? 伝えるにしても美守のやつずっと学校休んでるぞ?」
赤木くんの言うとおりで、美守さんはずっと学校を休んでいる。最初は友人である戸浪さんが亡くなったことが理由かと思っていたけれど、そうではなかった。彼女が休んでる本当の理由は、クラスのみんなが美守さんに辛く当たっているからだ。
戸浪さんはクラス内で傍若無人、自由気ままな態度だった。実際戸浪さんに目をつけられたクラスメイトの一人は不登校になって、彼女が亡くなった今も学校には来ていない。そんな彼女に目をつけられないようにとクラスのみんなは怯えていた。
だけど、戸波さんがいなくなって、クラスのみんなは彼女に怯えなくてもよくなった。クラスのみんなが怯えていたのはあくまで戸浪さんで、美守さんは恐怖の対象ではない。
戸浪さんという後ろ盾をなくした美守さんはみんなからまったく相手にされなくなった。いわゆるイジメだ。
ぼくはこういうのは好きじゃない。好きじゃないけど……みんなの前で彼女を庇うような勇気も持ち合わせていない。
そんな勇気の出せない自分が嫌になってとても複雑な気持ちになる。
「そ、そうだ! とりあえず警察に連絡しとかないと」
「警察!? なんだよそれ!?」
赤木くんが素っ頓狂な声を出した。
そういえば、ぼくが事情聴取を受けたことを赤木くんには話していなかった。
にしても、そんなに驚くようなことだろうか……
ぼくは携帯を操作しながら赤木くんに事情を説明した。
「マジかよ……そんな事あったのか……」
すぐに杵島さんから返信が来る。前回同様『ご協力どうも』という短い文章。
「ところで――」
「うん?」
ぼくは顔を上げ赤木くんの方を向く。
「カツ丼。うまかったか?」
と笑顔の赤木くん。
「はい?」
赤木くんはよくわからない勘違いをしているみたいだった。
…………
「ねぇ、朝倉くんなのー?」
「え? ――えっと、そうですけど……」
昼休み、トイレを済ませて教室に戻る途中で女子生徒に話しかけられた。その子は、ツインテールのパッと見では中学生くらいに見える女の子。例の隣のクラスに転校してきた女の子だ。けど、話しかけられる理由についてはまったく思い当たるフシがない。
「あのねー、お母さんのお名前とお仕事は何してるのか教えてほしいの」
「……は?」
おそらく、今ぼくはとても間抜けな顔をしているに違いない。
わけがわからなかった。いきなり話しかけられたと思ったら、急にぼくの母さんの名前と仕事を訊ねてくるなんて、意味がわからなすぎる。
ぼくが何も言えずにいると、「ねー、ねー」と転校生が催促してくる。
「えっと、理由は……なに?」
「それはいえないよー! だってお仕事って言ってたもーん!」
転校生頬を膨らませる。
「は、はぁ……?」
――ぼく、怒られるようなこと言った?
それにしても仕事っていうのが意味不明すぎて、ますますわけがわからなくなる。ぼくは完全に混乱していた。
すると転校生はぼくの手を取って、ブンブンと上下に降り始める。
「ぅ――」
経緯はどうあれ、いきなり女の子に手を握られドギマギしてしまう。
「ねー、いいでしょ? ねー! ねー!!」
まるで駄々をこねる子どものようだった。
転校生の催促する声が次第に大きくなっていくと、廊下を歩く生徒たちがチラチラとこちらに視線を送ってくる。中には遠くでこっちの様子を窺う生徒まで出てくる始末。
周りの状況を客観的に捉えると、ぼくはだんだんと恥ずかしくなってきた。逆に転校生は周りの視線など意に介さず、ぼくの手を振り続ける。
「え、えっと。お、教えるから! ストップ! ストップ!!」
「ほんと!? やったー」
転校生は笑顔で言って、ポケットから奇妙なストラップが付いたスマホを取り出した。まるで呪具のような黒い毛の束のストラップがあまりにも奇妙すぎて思わず注視してしまう。
「のぞくのダメだよー!」
スマホを覗いていると勘違いした転校生はぼくの視線から外すようにスマホの画面を隠す。
「えっと、ゴメン」
別にスマホを覗いていたわけじゃないけど反射的に謝ってしまった。
それからぼくは転校生に、自分の母親の名前と職業、それから勤め先まで教える羽目になった。
転校生はそれらの情報をスマホにメモしていく。
ぼくはの頭の中は終始はてなだらけだった。
転校生は「ありがとー」とお礼を言ってこの場から去っていった。
「はぁ……」
肩を落としため息をつく。
――一体なんだったんだろう? ……今さらだけど、本当に教えてしまってもよかったのか……?
教室に戻ると赤木くんが話しかけてきた。
「おいおい、転校生と一悶着あったらしいな」
さっきのやり取りが早速うわさになっているようだった。
「告白されて断るとか勇もやるねぇ」
しかも、相当曲解された形で……
…………
「本気なんだな?」
赤木くんが真剣な眼差しでぼくに訊いてくる。
「うん」
確かな意志を持ってしっかりとうなずくぼく。
「そっか。悪いけど、オレはこれから用事があってついていけねぇけど、なんかあったらいつでも連絡してくれ。――まぁ、美守は戸浪よりだいぶましだから大丈夫たと思うけどな」
「うん」
こうして、ぼくは美守さんの住んでいるマンションに向けて出発した。
――――
夕方の上納駅周辺は行き交う人で溢れていた。帰宅中の学生やサラリーマンに、買い物中の主婦などなど。そこを自転車で通り過ぎていく。
駅の西に伸びる中央通りを真っすぐ行った場所に、美守さんの住むマンションがある高級住宅街がある。そこを歩く学生たちはほとんどみんな万葉学園の制服に身を包んでいる。
学生以外の人たちも、整った服装の人たちばかりで、ぼくのように庶民的な格好をしている者はほとんどいない。
ものすごい場違い感。しかし、美守さんにメールのことを伝えようと決めた以上は進むしかないのだ。
美守さんは高級住宅街にあるタワーマンションに住んでいる。どうしてそんなことを知っているのか……それは、テレビで言ってたから。もちろん本人がテレビで住所を晒していたわけじゃない。
以前テレビ番組で美守さんのお父さんに密着するドキュメンタリーが放送されていたことがあって、番組内で彼の住んでいるマンションとして、今ぼくが目指しているタワーマンションが映し出されていたからだ。
他県の人間にはわからないかもしれないけど、地元の人間ならすぐにその場所があそこだとわかる。ただし、マンションのどの階どの部屋に住んでいるかまではわからない。
「行ってみれば表札でわかるんじゃね?」とは赤木くんの談。
よって、ぼくはとりあえずタワーマンションに向かうことにしたのだ。ちなみにどうして美守さんのお父さんがテレビに出ていたかと言うと、彼女のお父さんはビューティプロテクトというコンピューター関係の会社の社長だからだ。
そしてそれは、ぼくの携帯に送られてくる予言のメールのアドレスのドメインを提供している会社だったりもする。
タワーマンションに到着した……んだけど……
目の前には21階建ての高さ60メートルを超えるマンションがそびえ立つ。その前に自転車を支えて立つぼく。完全に場違い。
「これ、どこに自転車止めるんだろう?」
駐輪所の場所がわからなかった。ぼくの横を自転車押して歩く人が通り過ぎる。その人は自転車を押したままマンションの中に入っていった。
――中に駐輪所が?
そう思って、ぼくはさっきの人のマネをして中に入っていった。すると中にいた守衛さんに止められて「君、ここに住んでる人じゃないよね? だったら外に止めないと駄目だよ」と怒られてしまった。
ちなみにさっき自転車を押して入っていった人が、自転車と一緒にエレベーターに乗っているのが見えた。よくわからないけど、ここに住んでいる人は家まで持って入れるってことなんだろう。
こんなマンションはじめてみた……ぼくの住んでいるマンションとは大違いだ。
ぼくは一旦外に出て、マンションの周囲をぐるりと回ってようやく駐輪所を見つけ、そこに自転車を止めた。
しかし、新たな問題が発生する。ぼくが住んでいるマンションと違って、家の前まで誰でも自由に行くことができるわけじゃないからだ。まず最初のエントランスで呼び出したい人の部屋の番号を押して――それがチャイムの代わり――相手が許可することで初めてその人の部屋のある階まで行けるらしい。
つまり、美守さんの住んでいる部屋番号を知らないといけないし、仮にそれがわかっても相手に入室を拒否されたら入れないってわけだ。
「無理だ……」
インターホン代わりのパネルの前で佇む。さっきの守衛さんがジーッとこちらを睨んでいる。明らかに不審がられてる。
――諦めよう……と言うか諦めるしかない。
美守さんにメールのことを伝えられないままタワーマンションを後にすることになった、のだが……
「うわっ! すいません!」
マンションを出ようとしたところで、人にぶつかって、反射的に謝った。
「いえ、こっちこそ――」
「って――」
「「ああああ!!」」
ぼくと相手の声がエントランス内に反響する。守衛さんがものすごい形相でこっちを見ている。
「朝倉! あんたなんでウチの家に!?」
ぶつかった相手は奇遇にも美守さんだった。学校に来ていないはずなのになぜか制服姿だった。
「なんでって、それは――」
守衛さんの視線を感じて、ぼくはとっさに美守さんの腕をつかんだ。
「ちょ、手、触んな!」
ぼくはそのままマンションを出て、入り口から少し離れたところで止まった。
「ちょっと! 何なのよ!」
「いや、だって、守衛さんが睨んでたからつい」
「あっそ。――ていうかいつまで腕つかんでんの?」
「え? ああ――っ!?」
慌てて美守さんの腕を離す。
とっさの判断とはいえ女の子の腕をつかんでしまうなんて、
「ご、ごめん」
とりあえず謝る。
それにしても、美守さんの雰囲気がいつもと違う気がした。もともと戸波さんほどじゃなかったけど、近寄りがたい雰囲気がなくなっていて、今はしおらしくなっている。
「ってかさ、なんでウチの家にいるの?」
「そうだった! じつは、またメールが届いて、そこに美守さんの名前が書かれてたんだ!」
「あ……あぁぁ……」
美守さんがわなわなと震え顔がみるみる青ざめていく。
無理もない。美守さんはぼくが言う“メール”の意味を理解している。先日メールが届いた戸浪さんは亡くなった……
次は自分の番だと知ればこうなってしまうのも当然だ。
「それで、警察に事情を説明してあるから保護してもらえば――」
「いやだ……しにたくない。しにたくないしにたくないしにたくない――」
両手で頭を抱え髪を振り乱す。
「えっと、とりあえず落ち着いたほうが」
ぼくのなだめようとする声は相手に届かない。
「やめてよ!! そうやってウチのことも殺すの!? 玲香や鳩場さんみたいにっ!! 朝倉あっ!!」
美守さんが何を言ってるのかわからない。
――ぼくが……殺す? 美守さんを? しかも今、鳩場さんって言った? どうしてここで彼女の名前が出てくるんだ?
「ボケ! カス! お前が死ね!!」
わけもわからず罵られた挙げ句、美守さんはマンションの中に駆け込んでいった。ぼくは理解が追いつかず、呆然としたまま動けずにいた。するとマンションからただならぬ雰囲気をまとった守衛さんがこちらに向かってやってくる。
――もしかしなくても、なんかやばい?
きっと、美守さんが適当なことを言ったに違いない。ぼくは脱兎のごとくその場から逃げ出した。
…………
美守さんとの一悶着があった後ぼくは逃げるようにしてそのままカムライ教に足を運んだ。一応赤木くんに『メールのことは伝えることができた』とメールで報告しておいた。
カムライ教に着く頃には辺りはすっかり暗くなっていたけど、ほんのわずかでもいいからここに来たいと思った。
中に入ってすぐにいつものようにおじいさんと軽く挨拶を交わし、いつもの場所に座った。
今日はいつものように祈りを捧げる杏珠さんの姿がなかった。こんなことはこれまでで初めてだった。もしかすると昨日殺人犯扱いされたショックから、今もまだ立ち直れていないのかもしれない。
杏珠さんに会えないのは残念だけど、今日はもう帰ろうとかと思ったそのとき、関係者用の扉が開きそこから濃紺のベールに身を包んだいつもの杏珠さんが現れた。
いつものように祈りを捧げるのかと思いきや、彼女は直ぐ側に座っているぼくを見つけると、この前みたいに隣に座った。
「えっと、どうも……」
隣に座る杏珠さんに軽く頭を下げると、杏珠さんもまたぼくに向かってこんにちはと笑顔で頭を下げた。その笑顔を見て、昨日のことはどうやら吹っ切れたようだと解釈することにした。
「じつは、ちょっと考えてみたんです」
頭を上げると同時に杏珠さんは真剣な表情で言った。
「え? 考えるって、何を……?」
「以前お話してくれた母からのメールですよ」
母からのメール――予言のメールのことだ。
それにしても、杏珠さんはやっぱりあのメールを杏奈さんからのメールだと信じているようだ。だとしても、ぼくの相談したことをちゃんと考えていてくれたということが正直嬉しかった。
「それで、ひとつ訊ねたいことがあるんですけど、送られてきたメールに返信はしてみたんですか?」
「えっ? ――あっ……」
返信――つまり送り返してみたかってことだ。正直今までそんな事考えたこともなかった。
ただ、これまで送られてきたメールのアドレスはドメインこそビュティープロテクトのものだけど、アドレス部分は適当な文字列でどう考えたって“捨てアド”なのだ。そのアドレスにメールを送り返すことに意味なんてないように思えた。
でも、真剣に考えてくれた杏珠さんの意見を無碍にもできず、ぼくはやってみることにした。
携帯を取り出して、送られてきた最新のメール――美守さんの名前が書かれたメールを開き返信メールを作成する。
内容は……どうしよう?
「あの? どうかしたんですか?」
ぼくが本文の内容をどうしようか迷っているところに杏珠さんが訊ねてくる。
「えっと、なんて送ろうかと思って」
「もしよかったら、母かどうかを訊ねる文面にしてもらってもいいですか?」
特に断る理由はないので、ぼくは『杏奈さんですか?』という短い文章を打ち込んで送信ボタンを押した。
すると、メールはちゃんと送信することができた。つまり、このアドレスはまだ生きているということだ。
しかし、予想どおりというかなんというか、返信に対する返信はなかった。
「返事来ませんね。やっぱりこれは――」
杏奈さんとは関係ないんじゃないか、と言おうとしたところでぼくの携帯が振動した。
ぼくと杏珠さんは一瞬だけ顔を見合わせ振動した携帯に視線を移す。
すると――
メールが届いていた……
――そんなまさか!?
内心動揺を隠せなかった。だけど現実にメールは返ってきている。ぼくはボタンを操作してメールを開いた。
「これって!?」
声を上げたのは一緒に見ていた杏珠さんだった。ぼくも驚いていたけど、声を出せずにいた。
だって、そのメールの内容が
――朝倉くん。助けて――
だったから……
「母が朝倉さんに助けを求めているということですよね!?」
杏珠さんが同意を求めるように言う。
「え、ああ、うん……」
うまく事態が飲み込めず、歯切れの悪い返答をしてしまう。
杏珠さんの言うとおり、このメールは死んだ杏奈さんから届いたものだとするなら、これってもう完全にオカルトだ。
しかし、送信相手が『朝倉くん』と言っていることから、相手はぼくのことを確実に知っているということだ。
そうなると、これまでのメールはすべて意図的にぼく宛に送られてきていたということになる。死んだ杏奈さんが相手じゃないとすると、相手は誰? って話になる。
――これって……どういうことだ?
「助けましょう!」
「え? あ、うん?」
杏珠さんは何かを決意したように意気込んでいた。
「天で母が助けを求めているということは、相当なことがあるに違いありません。明日までにどうやって母を助けるか考えておきます。だから朝倉さんもぜひ協力してください!」
早口でまくしたてるように言って、この前みたいにぼくの手を両手で握って見つめてくる。これをやられるとぼくは断れなくなってしまう。
「わ、わかりました」
そう答えると、杏珠さんは明日もお待ちしていますねと笑顔で言った。
間近で見る杏珠さんの笑顔はとてもかわいかった――




