10月9日
その日の学校は、昨日の今日ということもあってか、戸波さんが亡くなった事に関する話題をそこかしこで耳にした。登校してくるときも、学校の校門前では複数のメディアの人が生徒に意見を聞こうと待ち構えていた。実際何人かの生徒は捕まっていたようだ。
朝のホームルームが始まる前もクラスメイトたちは戸波さんの話題を口にする。ただその内容は彼女の死を悼むような内容ではなく。どちらかといえば彼女がいなくなったことをプラスに捉えるような内容だった。
戸波さんがクラスメイトからよく思われていなかったことが如実に現れていた。
――――
授業は何事もなかったように進む。クラスメイトが亡くなったのに、まるでそんなことはなかったというように授業が淡々と進んでいくことに不思議な感覚を抱いた。
各授業を受け持つ先生たちは誰も戸波さんのことには触れようとしない。
お通夜のような湿っぽい雰囲気になるのを望んでいるのかと言えば別にそういうわけじゃないけど、なにか一言くらいあってもいいんじゃないかと思った。
まるで最初から戸波さんが存在していなかったみたいにするのは違う気がした……ただそれだけ……
放課後になると、頃合いを見計らったかのようにメディアの人たちが校門前に集まっていた。市長の娘という肩書は人々の関心を得るのに強い要素となっているみたいだ。
赤木くんは用事があるとかでさっさと一人で帰ってしまったので、ぼくは一人で帰ることになった。別に常日頃からいつも一緒に帰っているわけじゃないけど、今日は特に一人で帰ることに一段と寂しさを感じていた。
「さて」
朝は正門しか開いていないからそこから入ってくるしかない。しかし、帰りは裏門から出ることができる。正門に群がるメディアの人を避けるためぼくは裏門から帰ることにした。
ぼくと同じ考えの生徒たちが裏門から出ていく。ぼくもその流れに乗るように外に出た。
みんな考えることは同じみたいだ。
裏門を出て少し歩くと、
「ちょっといいですか?」
「はい?」
スーツを着た男性に呼び止められた。
20代後半くらいの男性で、精悍な顔つきをしている。
ぼくは思わずあたりを見回してしまう。カメラを構えた人はいない。
――メディアの人じゃない? でも、テレビとは限らない。新聞とか雑誌の記者の可能性も……
「じつは訊きたいことがあって、朝倉勇という名前の生徒を捜してるんだけど知らないかな?」
ドキリと心臓が跳ね上がる。
朝倉勇はぼくの名前だ。同じ学校内に同姓同名はいない。
でもぼくはこんな人知らない。だったらこの人はどうしてぼくを……
「えっと……聞いてる?」
「え、あ……その……あなたは誰ですか?」
すると男性は、おっとおいけないけないと上着のポケットから手帳を取り出してぼくに見せてきた。
その手帳は――
「けっ、警察!?」
下校中の生徒たちの視線がぼくとその男性に集まる。
「ああ、驚かせてごめん。ここ最近上納市で起きてる殺人事件に関して話を聞かせてもらいたいと思って、朝倉勇という生徒を捜してるんだ」
「う……えっと」
ぼくは事件には無関係だ。だけどここで嘘をついた場合。その嘘がバレたときにぼくの立場が悪くなってしまうのは明らかで、
「朝倉は……ぼくです」
そう言うしかなかった。
…………
まさか、自分が取り調べなんてものを受けるとは思っていなかった。
刑事ドラマとかに出てくる取調室と同じような場所に連れてこられたぼく。
机を挟んでぼくの向かいに座る人は薄茶のくたびれたコートを羽織った年配の男性刑事さん。ちょっと気だるそうな態度で、今にも「うちのかみさんがね」とか言い出しそうな雰囲気をまとっている。
それから、ここに来る前にぼくに声を掛けてきた人も同じ部屋にいる。壁際に立ち真剣な眼差しでこちらを見ている。
さらにもうひとり。その人はこちらに背を向ける形で別の机に向かって座っている。おそらくこれからぼくと刑事さんのやり取りをメモする人だ。
「あらためて訊くけど、君が朝倉勇で間違いない?」
はいとうなずく。
「そう。じゃあ単刀直入に訊くけど“予言のメール”って何?」
「――っ!?」
刑事さんの口から出た言葉に思わず反応してしまう。
これじゃぼくがそれを知っているということが丸わかりだ。もちろん隠すつもりなんかないけど。
「えと、それは……」
……隠すつもりはないけれど、どこから説明していいものか、また、説明して信じてもらえるかどうかもわからない。
どうして警察の人がメールのことを知っているのか――いや、そもそも考えてみれば、どうしてぼくが予言のメールを受信していることを知ってるんだろうか……
「緊張しなくていいよ。うまくまとめようとしなくてもいい、君が知っている事実だけを羅列してくれれば問題ない」
もちろん緊張もしているど、言いよどんだ理由はそこじゃない。でも、事実だけを適当に羅列しろと言ってくれたし、
「じゃ、じゃあ――」
ぼくは、最初にメールが届いたあの日からこれまでに自分の身に起きた出来事をすべて話すことにした。
――――
ぼくがすべてを話し終えると、刑事さんは「なるほどねぇ」と渋い声で唸った。後ろで立って聞いていた若い方の刑事さんが近づいてきて、
「これから死ぬ人間の名前がメールで送られてくるなんてあり得るんですか?」
と年配の刑事さんに言う。
「そいつはすぐにわかるさ」
年配の刑事さんはそう言って、ぼくに携帯を見せるよう言ってきた。確かに今のぼくの話の真偽を確かめる手っ取り早い方法はそれだ。ぼくはポケットから携帯を取り出し刑事さんに渡した。
「ガラケー……最近の子にしては珍しいね」
つぶやきながら携帯を開いてメールをチェックする。
「こいつぁ」「これって……」
年配の刑事さんと脇から覗き込む刑事さんは同時に目を見開いた。
「日付は……すべて死亡する前に届いてますね」
「ってことは、まさに予言ってわけか……。――ちなみに訊きたいんだけど、こういったメールが送られてきたのは今回が初めて?」
「はい」
「先輩、最後のメールに書かれている人物はまだ発見されてないですよね?」
年配の刑事さんが「ん?」と携帯に視線を落とす。
「流尾寛平、か? 確かにこの人物はまだ発見されてないな。あるいはまだ被害に遭ってないかだな」
ぼくは読めなかったけど、あの名前は「ながれおかんぺいさん」と言うらしい。
「もしかすると今からこの人物を捜し出せば犯行を未然に防げるんじゃないでしょうか? 運がよければ犯人を捕まえることも」
「そうだな……ちょっと上に掛け合ってみるか」
「それじゃあ、自分言ってきます」
若い刑事さんが取調室を出ていこうとすると年配の刑事さんがそれを止める。
「なんですか?」
「いや、ちょっとだけ待ってくれ」そう言って、年配の刑事さんは今度はぼくの方を見る。「このメール、バックアップ取っていいかな?」
「え?」
「あ、いや、もちろん事件に関する部分だけだ。最近はプライバシーとかうるさいからね」
断る理由はなかったからぼく承諾した。
「んじゃ、ついでにこれ」年配の刑事さんがぼくの携帯を若い刑事さんに手渡す。「掛け合うのは後でいいから、バックアップ優先で終わったら一旦ここに戻ってこい」
「はい!」
若い刑事さんは部屋を出ていった。
「一応念の為なんだけど、これまでの4人が亡くなったとき何をしていたのか確認させてもらうよ」
「それって……」
アリバイってやつだ。
「特に君を疑っているわけじゃない。あくまで念のためだ」
言葉ではそういうものの、きっとぼくは疑われているのだろう。
その理由はわからないが……
でも、アリバイが証明できれば疑いが晴れるわけで、そもそもぼくは犯人ではないのだから何も臆することはない。
それから、年配刑事さんと何日のこの時間は何をしていたという感じで確認作業を行った。それが終わる頃に若い刑事さんが部屋に戻ってきた。
携帯を返してもらう。
「それじゃあ最後に君にお願いがあるんだけど」
「何でしょう?」
「おじさんとアドレス交換してくれないかな?」
「え!?」「何を言って!?」
ぼくと若い刑事さんが同時に驚く。
「先輩、相手は未成年ですよ? しかも同性相手に……」
「何を言ってるんだお前は。次にまた予言のメールが届くかもしれないだろ? そのとき俺の携帯に転送してもらうんだよ」
「ああ、そういう」
若い刑事さんは額の汗を拭った。ぼくも同じような考えをしてしまっていたのでほっと一安心。
「俺の名前は杵島道生だ。登録しといてくれ」
こうして、ぼくと杵島さんは互いのアドレスを交換した。
取り調べが終わる頃には、辺りはすっかり暗くなっていたので家まで車で送ってもらうことになった。
…………
家に帰ると部屋は真っ暗で母さんは帰ってきていないようだった。仕事で遅くなっているのかもしれない。
ひとり寂しい夕飯……。気を紛らわせるようにテレビを点けると丁度戸波さんが殺されたニュースが終わるところだった。続けて天気予報が始まる。気象予報士の人が南の海洋上に台風が発生したことを説明していた。




