第27話 魔の試練(挿絵あり)
転送の光が薄まり、辺りが見えてくる。
助太郎は周りの様子を確認する。
辺りは石材で敷き詰められた床に岩の柱、壁は下部が床と同じ石材で建てられ壁の上部と天井は朝日のような優しい灯りが差し込んでいる。外の光ではない。
そしてこの空間には助太郎が1人だけ、シナンは見当たらない。
「あれ、シナン?」
(あ、いや待てよ。これは1人で攻略しなければならない試練なんじゃないかな。だとしたら試練が終わればまた外で会えるよね。)
その推測は合っている。〈魔の試練〉は魔法の使用に必要な精神面を鍛える試練なのだ。
試練を受ける者の心の迷いを突き、それを乗り越える事で試練は攻略成功となる。
そして心の迷いを突いてくるモノは...
助太郎の背後から足音が聞こえる。
気付いた助太郎が振り返るとそこには、
「な…!?父...さん…?母...さん…?」
一方、助太郎と同じく遺跡内のどこかにいるシナンは、
「皆を守りたいとか、そんな壮大そうで実態は空虚で曖昧なことなんてできるわけないでしょう?」
「うるさい、そのためなら私は何でもできる覚悟はある。…あなたはそれが分からない、分かるはずがない。」
「いや、分かるよ。私ならね、“私”。」
シナンは目の前の人物を睨み応答する。
目の前の人物は、“ミナセ シナン”。
しかしそのシナンは義碗義脚も人として不自然な部分もなく服も破れていない、完全な人間の形をしたシナンである。
目の前の相手は今のシナンが唯一忌み嫌う事ができる存在、自分自身なのだ。
その偽シナンはシナンに言葉を投げかける。
シナン本人が気にしている事情を。
「私には世界中の皆を助ける力なんてない。
一つの街で時間を潰して終わりでしょう?」
「そんな事はない。現に私はこうして街から離れて試練を受けている。」
「それはスケタロウにトライスシという都合の良い人たちが着いて来てくれたからでしょう?特にスケタロウがいないと私の命はもう既に、」
「それは確かにそう、スケタローとトライスシには、感謝しても仕切れないよ。」
「それでも結局アトウさんは救いきれなかった。トライスシがいないと止める事すらできず、スケタロウがいなければ未だに酷く落ち込んでいたでしょう。
勇者教団が来なければあのレッサーゴブリンも救えなかった。」
「ぐっ、それは…」
「それに都合の良い人が来ないとどうしようもない身体にした連中の事はどうするの?会った時、本当に感謝できるの?」
「…。」
シナンは目の前の偽シナンを睨みながら黙り込んでしまう。
どんな言葉を返しても変わらない事実を突き付けられる。
言ってる事は事実だがそれ故に心に刺さる。
「やれやれ、そんな姿を見てスケタロウとかどう思い、何て言うだろうね。」
偽シナンは呆れた表情で、さっきまでとは異なる声色で言う。
シナンの目がほんの少し開き、目付きが若干緩む。
(何を言うか、か。スケタローなら、
「俺だってシナンがいなかったら危うかったよ。
1人で何でもできる人の方が稀なんだし別に気にしなくていいんじゃない?シナンはよくできてる方だと思うよ。」
なんて事を言うかな。アトウさんも、
「いつまでも拙者の事で己を引きずるでない。」
と言うよね。)
シナンの目付きが完全に緩み口に笑みが出る。
偽シナンにも僅かな笑みが出る。
「そうだ、1人で何でもできる人なんてそうそういないんだ。1人でできる事は当然やるとして、1人でできない事は皆で助け合って、乗り越えて行けばいい。」
「へえ、開き直り?人が助けに来なかったらどうするの?いつも誰かが助けに来るとは限らないでしょう?」
「それは私への信頼が足りなかったか用事があるからでしょ。少なくとも私は人と人が手を取り合い助け合えると信じてる。」
「じゃあアトウさんの事はどうなの?助け合っても救えなかったよね?」
「アトウさんの自決は自分で決めたこと。サムライの生き様を外の者である私がどうこう言う方がいけなかったんだ。
それにアトウさんは自分の自決で誰かが悲しむ事は望まない。私なら分かるよね。」
「ふむ、では私を人体改造した連中の事はどうするの?こんな力、悪用するとしか思えないけど?」
「その人達は、会えたらまず、1人でできる範囲を増やしてくれた事にお礼する。欠点は多いけど、少なくとも前の私よりはずっとできる事が多いからね。
それでもし、その人達が悪事を働くなら、私が止める!」
シナンの顔が覚悟を決めた表情になる。
睨み顔とは違う目付きだ。
「じゃあ最後に、全ての試練を攻略して、塔を登った後は何をするの?その時何が起こるかは知っているよね?」
「その先はもちろん、よりたくさんの人を助けられるように天使になって力を付ける!
私の寿命が延ばせられればいいとも思ってるけどね。」
「冷静でいられればブレないね。
いいよ、あなたの勝ち。試練攻略おめでとう。」
偽シナンが笑みを浮かべ軽く拍手する。
「え?」
「だから、試練の結果はあなたの勝ち。
よくできました。」
「や、や、やったー!」
シナンは両手を上げ笑顔で跳ねる。
しばらく時間が経ち、
「でもあなたが助言を言ってくれなかったらこうはならなかったよ。どうして助言を言ったの?」
「私は試練を受ける者を脱落させるのが役目ではないからね。攻略できるならその可能性を広げてやってもいい。
さて、君の仲間も終わったようだ。
隣の部屋にいるから行ってやれ。」
偽シナンは左手を横に向けると石材が動き、隣の部屋への穴が空いた。
「ありがとう。またね!」
シナンは隣の部屋へ駆けて行った。
「またね、か。自我のない自動で動くだけの私にそう言うか。ただ知らないだけかもしれんが、面白い奴じゃないか。」
偽シナンは駆けて行くシナンの後ろ姿を見送った。
ご覧頂きありがとうございます。
主人公とヒロインにさりげない会話をさせるべきだった…。