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カメレオン

作者: 吹っ飛んだ布団

僕に「音楽」をくれたあの人がいなくなってから三年がたった。

僕は、いまだにあの早春の若葉のような緑色の響きが忘れられなくて、自分で仲間を集め三か月に一度ほどのペースで音楽を続けていた。

しかし、やはりどれだけ錬密に、緻密に打ち合わせをしたとて、あの頃の、あの輝かしくまぶしい音とは程遠かった。





今日の発表こそはあの輝きを、、、

早朝、カレンダーの真っ赤な丸で囲まれた今日の日付を確認する。

スーパーで買った、いつもとは違うヨーグルトとウィダーインゼリーを流し込み、遠回りしてホールに向かうのがルーティーンだった。


集合の十五分前にホールについた。

少し早めに集合してしまい、なんだか肩身の狭い気持ちでホールの入り口のわきに立つ。

三年と少しほど前の、雨の日、自分と同じようにせっかちで心配性だったあの人と集合時間になるまで二人で待っていたのを思い出す。

、、、と自分の所属するカルテットのメンバーが続々と集まってきたところで我に返り、苦虫をかみつぶしたような気持ちになる。


控室に入り、ソロでの演奏も控えている僕は、急いで準備をはじめ、音出しをする。

 


オレンジ、、、

四人でステージに上がると、視界が橙に支配される。

一瞬の緊張ののち、橙が一瞬にして四人のめくるめくような色に変化する。

のびのびと、しかし規律の取れた紫の演奏に、観客が息をのむのが感じて取れた。

ホールのきしむ音さえも鮮やかな紫色に染まっていた。

最後の一音まで鮮やかに、規律正しく、心に響く演奏はピンク色の残り香を放ち、消えていった。

波のように打ち付ける拍手の音に我に返り、達成感と多幸感に包まれる。

しかし、何かが違う。そんな違和感がまとわりついて離れなかった。


しばらくして、再びステージに上がり、楽器を構える。

合わせる人などいないのに、隣に合図を送ってから演奏を始める。

あの人にもらった、夏の清流のような澄んだ水色が広がる。観客は、カルテットの時とは違い、まるで過去を懐かしむように、青春の響きに耳を澄ましていた。

最後まで鮮やかに、軽やかに弾き切る。

しかし、となりを見てもあの人はいないし、残響も水色のままだった。





はぁ、、、帰り道、いつまでも昔が忘れられない自分に、思わずため息が出る。

と、河原を通りかかったときに、ふと、鮮やかな音が耳に入った。



“一瞬”



僕のなかで時が止まる。


思わず叫びたくなるような


走り出したくなるような鮮やかな気持ちがこみ上げる。


柔らかに


鮮やかに


僕の蝸牛を刺激するその音は、とても爽やかな、春を感じさせる明るい黄色だった。


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