第26話
一行の足取りは重かった。
依頼については全く目的も果たせず、しかも、マリの傷は肺にまで届く重いもので、サーシャのラ・ケアでかろうじて息をしているという状態だった。
まずは村まで戻らなければ、再度ゴブリンに囲まれてしまえば、大幅な戦力ダウンの状態で戦わなければならなくなる。
ただ、ゴブリンの集落を避けて下山している時間的な余裕もなく、先行しているヒロはゴブリンを見つけ次第射止めているようで、あちこちにゴブリンの死体が転がっていた。
サーシャの矢の傷はレイガが応急手当しており、すでに出血は止まっているが、あれから30分以上ラ・ケアを唱え続けており、顔からは血の気が引いていた。
「ごめんね、サーシャ、ラ・ケアで治るような傷じゃないの分かっているよ、もう、やめていいよ、・・・ん」マリが弱弱しく言葉を吐いたが、自らの吐血で言葉はさえぎられた。
「マリ、・・・」レイガもかける言葉を失っていた。
サーシャは自分の盾になってくれた、マリのために、自分が倒れるまでは、術式をかけ続けたかった。
・・・キヌア師匠がいたら、どうにかなるのかな。
重くなっていく頭でそんなことを考えていた。
下山途中では大きな戦闘はおこらず、村まで戻ってきた。あたりはすでに真っ暗であった。
レイガがアイラ村の村長の家をノックする。
少し間を置いて、村長が現れた。
「依頼は失敗です、すみません。仲間が深手を負ってしまって、近くに医師はいませんか?」
「この村の付近にはいないな、大きな病院なら、ユーガの街にまで行かないとないな」村長は少し失望したようであった。
「はい、ありがとうございます、失礼します」返事をするのももどかしく踵を返す。
レイガは仲間のところに戻ると、ユーガへ向かうよう指示をした。
全員が重い雰囲気であった。
馬車に戻るとカガが馬を操ってくれた。
馬車の真ん中にマリを寝かせるように固定して、周りをレイガ、ヒロ、サーシャが囲む。
サーシャは、すでに術式の詠唱をやめている。
少しすると馬車が動き始めた。
「レイガ・・・」マリが小さな声で呼ぶ。
「ああ、どうした?」
「ギルド保険に入っていたの、それも一番大きいやつ、だからさ、もう、みんな一生お金に困らなくなるよ、手続き忘れないでね」
「マリ、そんなこと気にするな」
「でも、心配だよ、カガとかお金の管理できてないし、大きなお金が入ったら全部使っちゃうんじゃないかってさ」
「大丈夫だ、から・・」レイガの目から涙がこぼれ落ちて来た。
「レイガ・・お願いがあるんだ」
「俺にできることなら」
「キスしてほしいの、私が生きていた証、もらってくれないかな・・・」
「あ、ああ・・・」
レイガは優しくマリを抱きしめると、顔を近づけた。
二人の唇が重なって、マリは少しだけ微笑んだように見えた。
キスが終わると、マリは、もう二度と話すことはなくなっていた。




