一族の日
領都シルバルドに戻ったアレクスは、自分の持ち物の、池のほとりの小さな小屋で、一人で過ごしていた。食事も、簡単なものは自分で作り、時々リュネ城に食べに行く。
アレクスは、ここ半月ほど、レティに手紙を書いて、シルバルドへ遊びに来ないかと、何度も誘いをかけていた。それに対するレティの返答は、まだ体調が良くないとか、用事があるとか、あまり芳しいものではない。それでも、アレクスは、こりずに手紙を書いた。
几帳面なレティは、手紙を出せば必ず返事をくれたが、ここ数日は返事がない。アレクスはいよいよ返事ももらえなくなったかと、少し落ち込んだ気分になったが、自分の仕事をこなしたあと、夜になると、またレティに手紙を書いた。はっきり断られるか、レティが他の誰かと一緒になるまでは、絶対に諦めないと決めていた。
手紙を書き終わったアレクスは、体を洗い、服を着替え、馬に乗ってリュネ城へ向かった。今日は、年に一度の、一族が集う日だ。父や叔父たち、従兄弟たちに、一番上の兄から五番目の自分まで。リュネの一族みんなが揃う特別な日だった。城についたアレクスは、家人にレティへの手紙を出すよう頼み、皆の集う図書室へと入っていった。
リュネ家は圧倒的な男系家族で、その場にいるものは大人も子供もすべて男ばかり。たまにいる女性は、みんな誰かの妻で、他家から嫁いできたものたちだ。そして、彼女たちの産む子供も、なぜかすべて男ばかり。
父や叔父、従兄弟たちや、ヨエルとクルトには王都や領地でいつも顔を合わせていたが、イェレとユルキに会うのは、北の工事現場以来、久しぶりだ。
イェレは終始上機嫌で、北の大工事で、アレクスの評判がすこぶるよかったことを、自分のことのように自慢している。ザクリスや工事の関係者たちは、またアレクスと仕事をしたいと言ってくれているそうだ。今までリュネ家のおまけ扱いだった弟が現場において認められたことに、イェレはとても満足していた。
イェレが、プロガムの土地を洪水から守ったこの弟には、きっと戦いの女神からの祝福があるに違いないと言い出した。そこに集っている若いものたちで、女神の祝福は何かと話しあったが、みんな酔っ払っていて好き勝手言うばかりでまともな答えなど一つもない。
夜も更けて、年配の家族が部屋に戻り、若いものだけで楽しい酒を飲んでいると、再びイェレが近寄ってきた。
「アレクス、今日は小屋に帰るんだ」
一族で集まった日は、遅くまで飲んで、全員が城に泊まるのが習わしだった。アレクスもそのつもりで、もうかなり酒が入っていた。急に帰れと言われても、小屋には何の用意もない。アレクスは帰る気が無いことを兄に告げた。すると、ヨエルやクルトまで出てきて、小屋に帰るようにうるさく言いだした。もう眠いから、と断ったアレクスを、ヨエルが長兄の権限で、城からつまみ出す。
「女神の祝福を!」
みんなひどく酔っ払っていて、口々に叫んでいる。ヨエルが、アレクスを乗せた馬の尻を叩いた。兄たちも従兄弟も再従兄弟も、みんな完全に出来上がっている。
なぜ自分だけが小屋に帰らねばならないのか、納得がいかないが、次代の家長、ヨエルが言った限り、兄たちも従兄弟たちも全員がヨエルに従う。こっそり城に引き返しても、アレクスの寝床はおそらく馬小屋だ。こんな日に、馬糞の匂いを嗅ぎながら、のみに刺されて眠るなんてまっぴらだ。仕方なく、アレクスは馬に揺られた。
小屋に近づくと、明かりが見えた。小屋の窓にも明かりがあるし、小屋へ続く小道にも、器に入ったろうそくが道を照らすように置かれている。
アレクスは酔っ払った目で、普段と何か違うと感じた。それでも、あまり気にせず、馬から降りた。酔いがまわっていたので、降りた瞬間、体勢を崩して地面に落ちた。帰ることになるならこんなに飲まなかったのにと後悔して、家の前にある池の水で顔を洗った。水は冷たく、夜風は気持ちがいい。
小屋のドアを開けると、出た時に消したはずの明かりが灯っていて、机には花が飾られ、二日分ぐらいの朝食の材料が置かれている。部屋のあちこちに花が飾られ、何かがおかしい。さては兄や従兄弟が何かいたずらしているのかと、あたりを探してみたが、朝食と花以外に、特に変わったことはない。アレクスはそのまま、ふらふらとベッドの方へ歩いて行った。
何も考えずに、ベッドにどさっと倒れこむ。すると、ベッドの中にはすでに何かが入っていた。
「痛っ!」
その何かも眠っていたようで、慌てて目を覚ました。アレクスも、飛び起きた。
見ると、長い髪を右側でまとめた、美しい女が驚いた顔をしてこちらを見ていた。
「今日は帰らないんじゃなかったの?」
レティだった。
「きてたの?」
アレクスはびっくりして、一気に酔いが覚める思いがした。
「結構飲んでるのね。今日は一族で一晩中城で過ごすって聞いてたけど?間違って帰ってきちゃったの?」
「いや、俺は、兄さんたちに城を追い出されたんだ」
レティはちょっと驚いた顔をしたが、すぐに何も無かったかのような顔をした。
「レティは、どうやってここに来たの?それに、いくらここが安全だからって、小屋に一人で寝るのはどうなの?」
「イェレから手紙をいただいて…」
レティはここで何か言いよどんだ。
「とにかく、ご招待してくださったから、イェレとユルキの馬車で一緒に来たのよ。今日はリュネ城で一族の集まりの日だから、こちらに泊まらせてもらったの。あなたは向こうに泊まる日でしょう?それに、一人じゃないわ。居間に護衛がいたはずだけど?」
「誰もいないよ。誰を連れてきたの?」
「ヴィサとリク」
レティの近習たちだった。
「馬も繋がれていなかったし、誰にも会わなかったよ。多分、ここには誰もいない」
レティはちょっと困ったような顔をしてシーツを見た。
「体はもう大丈夫なの?」
アレクスは床に腰を下ろして聞いた。
「ええ、もう。ラートも、城の医師も、なんでも普通にしていいって」
「そう、良かった」
そう言って、アレクスはズルズルと床に横になった。
「ちょっと、アレク、そんなところで寝ないで」
アレクスは眠そうに言った。
「うん。でも、君が来るってしらなかったから、客間の用意をしてないんだ。もう眠いし、今日は床で寝るよ」
レティは、心配そうにアレクスを覗き込んだ。
「夏だし、大丈夫」
そう言って、アレクスは早くも寝息を立て始めた。
「起きて。アレク」
レティはベッドから降りてアレクスを揺すった。アレクスはうっすらと目を開けた。
「ベッドに入って」
レティはアレクスに命令するように言った。
アレクスはのろのろとベッドによじ登る。隙をみて、レティがさっとブーツを脱がせた。
「あれ、でも、君はどこで寝るの?」
アレクスがレティに聞いた。
「隣で寝るわ」
「ええっ!?」
今度こそアレクスの目がはっきりと覚めた。
「いや、でも、それはちょっと、まずい…と思うよ」
「何これ!?泥だらけじゃない。脱いで」
レティはアレクスの言葉を無視して、馬から落ちて泥だらけになった服を気にした。
「いや、脱げない」
「脱ぎなさい!」
レティはそういうと、アレクスの服を上下とも剥ぎ取った。アレクスは下着一枚にされて、シーツの中に潜り込んだ。レティが隣に入ってこようとするので、逃げ出そうとベッドのすみによった。
「いやいや、無理だから」
レティは、ジロリとアレクスを見下ろした。
「あんなに何通も手紙をよこしておいて、今更無理とか言うのね。これが最後の機会よ。腹をくくりなさい!」
アレクスは、レティの頬に、恐る恐る触れた。とても綺麗で触るのが怖い。だけど、一旦触れたら、もう抑えられそうになかった。
「しばらく軍務に出れなくても大丈夫?」
「ええ。どうして?」
「実は、リュネ家には言い伝えがあって…」
レティはアレクスから言い伝えの話を聞いて、あははと笑った。アレクスは、その唇を優しく塞いだ。
読んでいただいてありがとうございました。
最終話は、時間を空けずupさせていただきます。




