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東方の薬

 ドカドカと、足音がしたと思ったら、深い紺色の上質な服を身につけた男が、おもむろに部屋に現れた。

 シンド家のナシルである。

 ナシルは、周りに目もくれず、ベットに近寄り、寝ているレティの頬に手を当てた。


「レティ…。こんなになって」


 それから、ナシルはアレクスの方をきつい目で振り返った。


 ナシルは、アレクスに詰め寄って胸ぐらを掴んだかと思うと、アレクスの顔に、およそ、その優雅な風体からは想像もつかない強烈な一撃をぶち込んだ。はたで見ていたギュンやアイでさえ、ナシルがアレクスに殴りかかるなど思いも寄らず、止めることができなかった。それぐらい、ナシルは暴力とは無縁の世界で生きる人間だと思われていた。そのナシルが強烈な殺気を放っている。


「アレク、お前…」


 ナシルはアレクスから激しく流れる鼻血を意にも介さず、胸ぐらを(ちから)いっぱい締め付けた。美しい宝飾品で飾られた豪奢なナシルの手にも、アレクスの鼻血がだらだらと流れる。


「これはどういうことだ!」


 ナシルがもう一発拳を振り下ろそうとした時、後ろからユルドが止めた。ユルドは、小さな体からは想像できないような力で、ナシルをアレクスから引き離す。


「ユルド、離せ!こいつだけは、殴り殺しても、気が収まらん!」


 アレクスの鼻は、激しく血を流し続けている。近くにいた医師が、駆け寄ってアレクスの鼻を布で抑えた。殴られた痛みと、どろどろと流れる熱い血が気持ち悪いが、今はそれどころではない。


「ナシル、落ち着いて。アレクスを殴ったら、姉上が悲しむ」


 ユルドに羽交い締めされ、しばらく暴れていたナシルだが、言われて、息を整えた。


「お前は、こんな時までレティに助けられる。四公家の一員という自覚も大して持たず、のうのうと生きてきて、今までさんざんレティに助けてもらったお返しがこれか!」


 ナシルの言葉は痛烈だった。

 ユルドは、アレクスと離れたところにナシル座らせた。ギュンとアイがいざという時二人に割って入れる場所へさりげなく立つ。


「ナシル、こいつももう十分…」


 ギュンが、アレクスをかばうように言った。


「何が十分だ!レティは、今にも死にそうになってるんだぞ」


 ナシルの声は、半分泣いているようにも聞こえた。

 ラートが、ナシルの前に立った。


「お願いしたものは、持ってきていただけましたか?」


 ナシルが従者に合図する。


「これだ。東南の国で手に入れてきた薬だ。嗅がせると、意識が飛ぶ。他にも、東の国で使われているという、手術の器具も持ってきた」


 いくぶん冷静さを取り戻しながら、ナシルはラートに答えた。


「それで、手術は誰がするんだ」


「私です」


「お前、ラドだな。…大丈夫なのか?」


「はい。似たような手術を、何度かしたことがあります」


 ナシルは目の辺りを袖口で拭って、すがるようにラートを見た。


「…助けてやってくれ」


 ナシルの嘆願を最後に、医師団と手伝いをする侍女達の他は、部屋から締め出された。

読んでいただき、ありがとうございます!

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