雨雲
リュネの工事現場は、久しぶりの晴れ間に、大忙しだった。
水路の堤の建設は、あと少しというところまで来ていたが、予想外に降り続いた季節外れの雨に邪魔されて、完成が遅れていた。
これだけ雨が降りづくと、水が来る危険性は一気に高まる。加えて、水源の山には、真っ黒な雨雲がかかっている。現場が晴れていても、水源で雨が降れば、水は容赦なくやってくる。現場では、先ほどから地元出身の作業員を中心に、不安の声が上がっていた。
地元出身の作業員に囲まれて、ザクリスとアレクスは、雲と地図を交互に睨みながら、難しい顔をしていた。
「かなり降ってそうだな」
ザクリスが言うと、作業員の一人が答えた。
「あの様子じゃ、いつ来ても不思議じゃないですぜ」
ザクリスは、口に出さずとも「なんてこった」と言っているのがはっきりとわかる顔を、大きな両手で包み込んだ。
「それだけは、なんとしても避けたい。完成前の箇所から水が入り込んで、作ったもの全部流されて、さらに街が水につかるなんて。そんなのは悲惨すぎる」
みんな、同時に頷いた。
ザクリスは、大げさなぐらいのため息をつきながら、図面を広げた。そこには、この前ひいた土嚢の堤が描きこまれている。
「これを作っておくべきだったか……」
ザクリスが悔しそうにつぶやくと、広げられた図面をみて、若い作業員が言った。
「今からでも、作っておけば役に立つかもしれません。水はいつ来るかわからないんですから、やらないよりは、やった方がいい」
若い作業員の言うことに、全員が頷いた。
もちろん、ザクリスにも反対する理由はない。もう手遅れかと思っても、やらないよりは、やった方が格段にいいのには違いない。
そこから、全員一丸となっての、土嚢作りが始まった。もちろん、アレクスとザクリスも例外ではない。
「どんどん作れ。できたものから積み上げろ!一層目ができたら、二層目、三層目とできるだけ厚くするんだ」
水源の雲がさらに黒く垂れ込めてきた。現場は、一気に大騒ぎになった。
騒がしい声が下から聞こえて、レティは崖下を覗き込んだ。見ればそこはリュネの工事現場で、みんな大声で怒鳴り合いながら、慌ただしく作業している。
どうやら土嚢を積みたいようだが、素人のレティの目から見ても、土嚢を積みたい範囲に対して、人の数が足りていない。先ほどすれ違った隊ぐらいの人数がいれば良いのだろうが…。
それにしても、みんな妙に殺気立っていて、様子がおかしい。一体、何があったのだろうか?
レティは、事情を探ろうと、馬に跨り下に降りて行った。
降りてすぐ、土嚢袋を取りに来た少年を捕まえて声をかけた。
「何があった?」
少年は、レティに緑のものが付いていないのを見て、手を止めることなく答えた。
「上流で、大きな雨雲がかかっているんだ。水が来たら、未完成の場所から堤が流されて街に水が入る。暇なら、土嚢作りを手伝ってくれ。給料は弾んでもらうから」
少年が急いで走り去ると、誰かが大きな声で叫んだ。
「急げ、雲がまた濃くなってるぞ!」
その声を契機に、レティの中で、何かが再び繋がった。
体は動かなくなっても、自分にはやることがあるのを思い出したのだ。
レティはすぐに馬にまたがった。
ギュンたちの隊とすれ違ってから、時間はそんなに経っていない。思いっきり駆ければ、すぐに追いつく。あれぐらいの人数がいれば、堤は短時間でつながるはずだ。
とっさに、ラートの顔が頭をよぎった。ラートの言うことを無視してはいけないとわかっている。それでも、レティは行かなくてはならなかった。隊に向かって、思いっきり馬を走らせる自分の姿が、はっきりと目に浮かんだ。
レティは、力強く馬に脚を入れた。
お読みいただき、ありがとうございます!




