外れの街
昼時の食堂は、なにかしら緑色のものをつけた男たちで賑わっている。ほとんど満席の店内には、なかなか座るところが見当たらない。
「こっちだ」
ラド族の男が一人、大きな箱のような荷物を背から降ろしながら手招きした。呼ばれたのは、少し小柄なラドの男で、まだ少年なのだろうか、華奢な体をしている。フードを目深にかぶったその顔は全く見えない。二人は、なんとか空いた席を見つけて座った。
緑のものをつけた作業員たちは、工事の進み具合や、たわいのない会話を陽気に楽しんでいて、時々大きな笑い声が起こる。
周りの喧騒を気にせず、二人は運ばれて来た食事を黙って食べ始めた。隣でまた、大きな笑い声が響く。
「それでさ、またイェレ様の病気が出た。でも今回はちょっと違う。ほんとに、あの『おまけの五男坊』があんな風に役立つなんて、誰が想像できた?」
一人がそう言うと、周りでどっと大きな笑い声が起こる。
ラドの少年が、口に運んでいた手を止めた。年上のラドが、気遣うように覗き込む。少年は、少し下を向いていたが、その後また、何事もなかったかのように、食べ始めた。それから二人は一言も話さず、素早く店を出た。
「患者を一人診てから、薬屋に寄ってくる。君は、これを買っておいてくれ」
ラドの少年は、箱を背負った男から紙を受け取った。男は街へ、少年は露店が立ち並ぶ広場へと別れていく。
足を少し引きずりながら、少年は広場へ向けて歩いていく。広場に入ってあたりを見回し、何軒かの店で買い物をすませた後、少年は、もう一度紙を確認し、服の中にしまった。
広場は、野菜、果物、衣類、宝飾品、生活用品など、様々なものを扱う店で、活気にあふれている。
どの店をも見るともなく通り過ぎていた少年が、乾燥した木の実を売る店の前でふいに足を止めた。少し離れたところで、しばらく店を眺めてから、店の前にしゃがみ込み、木の実を売っている女に声をかける。
「これは?どこでとれる?」
まだ若い、透き通った声だった。店の女が答えようとした時、隣に来た客が答えた。
「これは、南西部、リュネ領で取れる木の実だ。夏の少し前が旬でね。乾燥したのもうまいけど、生はもっとうまいよ」
一見して身分の高さがわかる緑色の服を身につけた客は、少年の方を向いて大きく笑った。少年が、慌てて下を向く。
「あれ?怖がらせちゃったかな?ラド族のきみ」
少年は何も答えない。男は気にせず、店の女に向かって言った。
「弟がずっと元気がないんだ。これを買っていってやったら、少しは喜ぶかな…」
男が店の女に金を渡すと、女は紫色の木の実をすくって、袋に入れた。男は受け取った袋の匂いを気持ちよさそうに吸い込んでから、ふと思いついたように袋に手を突っ込んだ。
「これ、きみにあげよう。リュネの名産だから、気に入ったらまた買ってくれよな」
一掴みの木の実を乗せようと、男が、少年の左手をとった。
その瞬間、少年は、弾かれたように男の手を振り払った。そしてあっという間に人混みに消えた。男は、難しい顔をして、少年の消えた先を見つめていた。
少年は、足を庇いながら、待ち合わせ場所の橋まで、できるだけ早く走った。追われていないことを確かめ、橋の下に身を潜める。
店先で話しかけてきたのがユルキだいうのは、声ですぐにわかった。この街には、ラートについて何度か来ていたが、まさか庶民が買い物をする広場に、アレクス以外のリュネの人間が、伴も連れず一人で現れるとは思ってもみなかった。ユルキがとった手には、アレクスから贈られた指輪があった。おそらく気づかれなかったとは思うが、もう気軽に街には入れない。
『弟がずっと元気がないんだ…』
ユルキの言葉が、耳元で繰り返される。レティの中に、今すぐ、アレクスに会いたいという衝動が湧き起こった。
しかしそう思ってすぐに、レティはその気持ちを消さなくてはならないと自分に言い聞かせた。今、アレクスの前に姿を現わすのは、誰にとってもいいことではないからだ。
レティは川面に、暗い瞳を向けた。
レティは、アレクスに出会ってすぐ、特別な感情を抱き始めた。アレクスの素直さや、暖かさが、レティには何よりの喜びだった。世間はアレクスを、リュネのおまけの五男坊と呼び、四公家にいる必要がないなどとバカにしていたが、レティは一度もそんなふうに思ったことはなかった。兄達のように才気あふれていなくても、レティにとって、アレクスはいつも特別な人だった。
出会ってからある段階まで、レティはアレクスを、運命の人だと信じていた。プロガム家次期当主の重責を果たし、四公や世間に認められるよう努力を重ね、時期が来たら父や三侯に頼み込んで、この人と一緒にしてもらうのだと、心に決めていた。
しかし、アレクスが王都に来てから、それが自分の勝手な思い込みだったことに気づいた。王都に来た後のアレクスは、レティに目もくれることなく、他の女の子に夢中になった。アレクスにとってレティは運命の人でもなんでもない、単なる仲のいい友達にすぎなかった。
それでも、レティのアレクスへの思いは消えなかった。心のどこかで、いつかアレクスが自分を愛してくれるかもしれないという淡い期待を、ずっと捨てられずにいた。
今回の騒動で、アレクスと婚約することになって、一番喜んだのはレティだった。ナシルとの婚約を受け入れてはいたが、それはあくまでも義務ゆえのことだった。ナシルとレティの間には、特別な感情など一つもなかったし、お互いの立場を理解した上で、婚約に同意していたにすぎなかった。
だけど、アレクスは、違った。レティにしてみれば、長年の思いがやっと実るのだ。いけないと思いつつも、レティはことを企んだ犯人に感謝した。重い責務が定められた人生の中で、ずっと好きだった人と一緒に生きていける。まるで神様がくれたご褒美のように思えた。
しかし、喜びはたいして続かなかった。しばらく一緒に暮らしても、あれこれ手を尽くしてみても、アレクスがレティを人生の伴侶として見ることは、一度もなかった。どれだけ勇気を振り絞っても、努力しても、アレクスに愛されることはないとわかった。
双子が、あの夜のことに関わっていることに、レティは本当は気づいていた。二人があんな大それたことをやってのけたのは、レティのためだった。レティがアレクスへの思いを引きずり続けたから、アレクスや双子、ナシルや四公など多くの人が巻き込まれてしまった。
体は、谷に落ちた時の怪我で、元のようには動かない。常に戦場にあるという、プロガム長子の責を果たすことはできなくなった。長子の座は、弟たちの誰かが継ぐだろう。もはや、アレクスもレティも、プロガムの掟に縛られる必要はないのだ。
だけどもし、レティが生きていると知れば、優しいアレクスのことだ、レティの元へ戻ってくると言いはるだろう。でもそれは、愛情ではなく、同情なのだ。あの夜のような惨めな思いが、毎晩繰り返されるのかと思うと、レティは恐ろしくて身がすくんだ。
いつからこんなに弱くなったのだろう。
川面に映る自分の顔を見て、レティはため息をついた。
痩せて青白いその顔は、まるで違う人物に見える。レティ自身も、あの事故以来、ひどく混乱しているのだ。こんな状態では、民の前にも、ましてやアレクスの前になど、姿を見せることはできない。
自分はもう、死んだことになっている。ラートのところで傷を癒している間に、婚約の話は忘れ去られ、長子の座も決まる。その間に、アレクスへの気持ちも忘れてしまうのだ。
「レティ」
橋の上から声がした。
レティはうっすらと滲んだ涙を袖で拭って立ち上がった。
「ラート」
橋の上には、あの日、レティの命を救ってくれたラドの医師、ラートがレティを待っていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
感想欄はログインしなくても書けるようにしましたので、よろしければ、忌憚のないご意見をお願いします!
後、活動報告も、一応書いているので、よろしければご覧下さい。
-------------------------------
(訂正事項)
*第3章ですが、全11話と思っていたのですが、数え間違いをしていまして、全13話ありました。
土曜日に最終2話で終わるつもりだったのですが、計画変更します。
土曜日に4話一挙に載せるか、土曜日2話+月曜日2話(日曜日お休み)にするかは、最終4話のボリュームを見て、後日この欄と活動報告でお知らせいたします。
*第1章のあたりですが、パソコンで書いた原稿を改行してあげていたのですが、今思えば、よくわかってなくて、改行が甘かったなと思っています。(スマホの方が見にくい)
今後、順次改行を加え、見やすくしていこうと思っていますが、トップ画面(?)からアクセスしてくださる方は、(改)と出ますが、改行の追加みで内容の変更は行いませんのでご了承ください。もし、内容を変更する場合は、この欄か、活動報告で連絡いたします。よろしくお願いします。




