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双子

 赤い装飾が施された図書室で、アレクスはギュンとアイを待っていた。部屋に漂う本独特の香りは、アレクスにここで過ごした短い日々のことを鮮明に思い出させる。アレクスはレティがよく読んでいた、戦術に関する本の背表紙を、そっと撫でた。


 双子とユルドが、ドアを開けて入ってくる。ギュンもアイも、明らかにいつもの覇気がない。

 

 四人は互いに挨拶を交わし、ソファに腰を下ろした。久しぶりの再会にも関わらず、かけあう言葉が見つからない。しばらくとりとめもない話をしてから、アレクスが切り出した。


「俺、思い出したんだ。夜会の夜のこと…」


 アレクスの言葉に、ギュンがぴくりと体を動かした。アイは押し黙ったままだ。


「お前たちに挟まれて、バルコニーの階段を降りたあと…」


 そこでアレクスは言葉を切った。この先のことは、アレクスも覚えていない。アレクスは双子が何か言うのを待った。双子は言葉を発しない。


「まぁ、いいや。でも、どうして俺だったんだ?今日は、それが聞きたくて、来たんだ」


 ギュンとアイは、アレクスに、侮蔑とも、怒りとも取れない視線を向けた。いつもなら、真っ先にギュンが答える。そのギュンが暗い顔をして黙ってしまったので、代わりにアイが答えた。


「どうしてお前だったかって?まだわからないのか?相変わらずバカなやつだ」


 アイは、この世で最も呆れた生き物を見るかのように、切れ長の美しい目でアレクスを睨みつけた。


「だいたいお前が、姉上を大事にしないのが悪い」


 レティはアレクスにとって、とても大切な友達だった。アレクスに言わせれば、アイの言っていることは、言いがかりでしかない。


「お前みたいなバカは、もっとひどい目に遭えばいい」


 言うと同時に、アイの目に、美しい涙がぽろぽろと流れた。自分たちが、最愛の姉を失うという最悪の事態に、すでに見舞われていることを思い出したのだ。これ以上悪いことなど、起こるわけがない。


 突然アイが泣き出したので、アレクスは動揺した。意外に繊細なギュンはともかく、芯の強いアイの泣いたところなど、子供の時以来、見たこともない。


「お前みたいなバカは世界中どこを探してもいない」


 黙っていたギュンが、やっとつぶやいた。


 どうやら、二人がずっとアレクスを目の敵にしていたのは、アレクスがレティを大事にしていないという双子の思い込みにあるらしかった。アレクスはレティを大切な友達として扱ってきたし、それは言いがかりというものだ。


「姉上は、なんでお前みたいなバカを好きになったんだ」


 不意に、ギュンが言った。

 アレクスはギュンの言葉に、一瞬ぽかんと口を開けた。少し頭を整理する必要がある。


 レティが俺を好きだった?そんなわけはないだろう。

 レティはナシルが好きだだったのだ。二人は何年も、お似合いの二人として知られていたではないか。

 レティと俺は親友で、親友っていうのも、レティが言い出したことで、俺から言ったことじゃない。


「アレク、あの布を持ってる?」


 怒っているギュン、泣いているアイ、混乱しているアレクスを尻目に、一人だけ冷静なユルドが言った。


「ああ、持ってるよ。これだろ?」


 アレクスは、川から見つかった自分の印の入った布を取り出した。

 ギュンとアイがそれを見て、また騒ぎ始めた。


「姉上は、こんなもの後生大事に持って。姉上にふさわしい男なんて、こいつ以外ならたくさんいたのに…」


 騒ぐ双子を無視して、ユルドが言った。


「その布、姉上がずっと大事に持ってたんだよ。ボロくなっても侍女にかがらせたりしてね。君は何も覚えてないみたいだけど、侍女から聞いた話では、君に初めてあった時にもらったとか」


 そういえば、出会った時に泣いていたレティに布を貸した気がする。でも、それを返してもらったかどうかは、全く記憶にない。


「姉上にとって、君は特別だったんだ」


 ユルドはまだ話し続ける。


「姉上は、プロガムの次期当主として、感情を表に出したり、自由に振る舞うことを許されてなかった。だけど、君の前だけは違った。僕の目から見ても、姉上にとって君は特別だった」


 ユルドの言葉を、ギュンが継いだ。


「お前は鈍いから気づいてなかったけど、ずっとそうだった。お前がニナに尻尾を振ってた時でさえ、姉上の気持ちは変わらなかった。だから、俺たちはお前を選んだんだ。姉上に、少しぐらい幸せになってほしいと願って、何が悪い」


 アレクスは、双子が自分に反抗的になった時期と、ニナとの距離が縮まって、その反対にレティと疎遠になった時期が、まさしく重なっていることに気づいた。しかし、レティが自分を好きだったなんて、そんなわけはない。みんなの思い過ごしではないのか?


 そう思った瞬間、記憶が鮮明に蘇った。



 夕暮れ刻の王宮で、アレクスはニナと一緒に夕日を眺めていた。あの頃のアレクスは、ニナに夢中で、二人だけで、いい雰囲気になれて浮かれていたのを覚えている。そこへ、偶然レティが通りかかった。レティは軍装に身を包んでいて、ニナは綺麗なドレスを身につけていた。歩いて来たレティはちらりとニナの方を見た。ニナがレティに話しかけた。


「軍装がとてもよく似合ってるわ。まるで伝説に出てくる、戦いの女神ね」


 夕日のせいか、ニナを見たレティは眩しそうに目を細めた。それから、目を伏せて答えた。


「ありがとう。ニナも、とても素敵ね」


 二人の会話に、アレクスが口を挟んだ。


「だよな。深い紺色が、ニナの髪の色に似合ってる。すごく綺麗だよ」


 アレクスはニナを見つめて溶けるように笑った。


 レティが、ふいにマントを深く前で合わせた。ニナが急に、腰掛けていた塀からひらりと降りた。そして、もう行くわと言って、去って行った。アレクスは慌てて引き止めたが、ニナは振り返りもせず行ってしまった。レティとアレクスは、その場に二人取り残された。


「日が沈むよ」


 アレクスが言った。


「そうね」


「綺麗だね」


 レティは夕日をまっすぐ見ていた。夕日を浴びたレティは、軍装をまとって、本当に綺麗だった。


「ねぇ、アレク。私と、ずっと…一緒にいてくれる?」


 アレクスは何を言い出すのかと、一度レティを振り返った。


「もちろんだよ、レティ。急にどうしたの?」


「いいえ。なんでもないの。ただ、言ってみたくて」


「君は、出会った時から僕の親友だよ。一生、友達でいるよ」


 アレクスは屈託無く笑った。それに対して、レティは少し口角を上げた。



 その顔は、出発の一週間前に、レティがしたのと全く同じ顔だった。

 それは、出会った頃のレティが、自分の気持ちを隠すために、いつも作っていた笑顔だった。


 親友だと言ったのは、レティではなく自分だ。しかも、レティにそれ以上何も言わせないような追い討ちまでかけている。


 レティは本当に俺を好きだったのだろうか?


 にわかに信じ難かったが、仮にそう考えてみたらいろんなことの辻褄があう。アレクスは、なぜ自分が双子から嫌われ、バカだと言われて来たのかが、わかってきた。自分がとてつもなく鈍感で、残酷な人間だったことに、やっと気づいた。


 泣いているアイに近づいて、アイの頭を抱いた。


「俺、ホンモノのバカだ」


 アレクスの肩に顔を埋めたアイは、ボソッと呟いた。


「やっと認めたか」


 そして、アイは堰を切ったように泣き出した。アレクスも、ギュンも泣いた。


 小さな頃に出会った三人は、体だけはすっかり大きく成長していた。だけど再び、出会った子供の頃のようにくっついて、わんわんと泣いた。


お読みいただき、ありがとうございました!


これで2章が終わり、明日から3章に入ります。

3章もよろしくお願いします!

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