手紙
宿舎へ戻ると、珍しく、イェレとユルキが揃っていた。二人とも、毎日眠ったかどうかもわからないぐらい忙しいはずなのに、今日に限り早く仕事を切り上げたのは、自分のためだとわかる。
「アレク」
少し話が尽きた時、ユルキが呼びかけた。
「実は、お前に、見ておいて欲しいものがある」
そう言って、ユルキがイェレから取り上げたのは、一通の美しい封筒だった。開封されるときに切りはなされた印は、見覚えのある赤で、アレクスは封筒に書かれた文字と、その印を見ただけで、涙が出そうになった。
「これ…」
「レティから、イェレへあてた手紙だ」
こぼれ落ちそうになる涙を抑えながら、アレクスは、急いで中身を取り出した。美しいその文字は、アレクスが子供の時に文をやりとりした時から変わらない、レティその人のものだった。アレクスは大急ぎで中身を読んだ。
「これ…、どういうこと?」
ユルキに促され、しぶしぶイェレが答えた。
「婚約式の日、俺は、レティに、お前を返してくれるように頼んだ」
アレクスは、手紙に書いてあるレティの文字を、穴があくほど見つめた。
「それは、レティがプロガム城についた日に書いたものだと思う。レティはプロガム城についてすぐ、医師の元を訪ね、お前に盛られた薬のことを調べた。そして、その手紙を俺に送った」
「どうしてそんな…。俺は、気にしてなかったのに」
イェレはバツが悪そうにアレクスから目をそらした。
「あの時、俺は、お前を取られることが、我慢ならなかった。それで、レティ本人の主張があれば決定を覆せるだろうと、レティに詰め寄った。協力しないなら、ここの工事を止めると…」
アレクスは愕然として、ただただ驚いている。
ユルキに睨みをきかされたイェレがまた話し出す。
「レティはお前と婚約したことに、不満があったわけじゃない。むしろ、受け入れていたんだと思う。だけど、お前が望まないならば、婚約を解消するよう動くと約束してくれた」
アレクスは、もう一度、手紙を広げた。
イェレ、ユルキ
お元気でお過ごしのことと思います。
ここまで、工事が滞りなく進んでいると伺い、プロガム家および領民一同、お二人に心より感謝しております。
先日のお話について、お約束どおり、アレクスがリュネに戻れるよう取り計らうことにしました。
当日の家のものの動きを調べたところ、父とユルドは、全く関わっていないと思われます。
ギュンとアイは、夜会の早い段階から姿を消していたことに加え、兵や家人に確認しても、当日の帰宅時間を誰一人まともに答える者がいないことから、何か知っていると考えています。
しかし、プロガム内部で、二人が関係していると立証することは、不可能に近く、他に証人を探す必要があります。
また、アレクスと私に使われた薬の出所についても、プロガム城の医師の協力を得て調べています。
アレクスに使われたのは、プロガム酒に近い何かだと推測されます。
プロガム酒は、飲むと前後の記憶をなくすのが特徴で、通常は戦場で負傷した患者を眠らせて怪我を治し、恐怖を取り去るのに用います。
城と屋敷にあるプロガム酒の量は、きちんと管理されており、ここしばらく持ち出した記録がありません。プロガム酒の原酒は、ラドから伝わり、民間療法でも利用されているとのことですので、アレクスには民間で流通しているものが使われたのではないかと考えています。
次に、私に盛られた薬については、一切手がかりがありません。寝る前に何も飲んだ記憶がないので、揮発性の薬の可能性があるそうですが、揮発性の薬は、東方にしかなく、この地方で簡単に手に入るものではないとのことです。
薬の入手経路については、引き続き医師に調べさせます。
入手経路がわかれば、犯人の糸口をつかむことができるのですが…。
どなたか、夜会での三人を見ていた方を探せないでしょうか。
王都にいるヨエルやクルトに、それとなく探ってもらうよう、頼んでください。
私自身も、冬に王都に戻り次第、できる限り調べてみます。
それでは、何かわかれば、またご報告します。
我が領民のための工事が、滞りなく、無事に完成することを祈りつつ
レティ・プロガム
アレクスがもう一度手紙を読み終わったのを見て、ユルキは、もう一通、イェレの懐から手紙を取り出した。それは、王都にいる三番目の兄、クルトからのものだった。
イェレ、ユルキ
工事が無事に進んでいると聞いて、みんな喜んでいる。
こんな大掛かりな工事は、リュネでも百年ほどやっていないというから、油断せず、心してかかってほしい。まぁ、君たちのことだから、余計なお世話かもしれないが。
アレクは大丈夫か?
こちらでも皆心配している。しっかりと見てやってほしい。
先日、秋の夜会があったので、頼まれていたとおり、アレクの取り巻きの老婦人たちに、夏の夜会のことを聞いて回った。
幸運なことに、マズカの老婦人が、あの日ことを覚えていた。
マズカの老婦人は、一回目の休みの時、双子に両脇を挟まれて、アレクがバルコニーの階段を降りていくのを見た。三人は少し話したあと、何かを飲んで、そのあと、アレクは二人に抱えられながらどこかへ消えた。それから、老婦人は、アレクの戻りをバルコニー近くで待っていたが、結局、三人とも戻ってこなかったそうだ。
俺の記憶でも、双子も、アレクも、最後まで夜会に戻って来ていない。
あの日、双子とアレクの間で何かがあったのは間違いないと思う。
もっとも、双子に聞いても、口を割るとも思えんが…。
何かわかればまた手紙を送る。
こちらでもみんな、弟のことを心配している。
くれぐれも、アレクを頼む。
クルト
二通の手紙は、双子が何か知っているいうことを示していた。レティがいなくなり、婚約が解消された今となっては、真実を知っても仕方がない。それでも、アレクスは、なぜ、自分だったのか、知る必要があると強く思った。
読んでいただき、ありがとうございました!
本日の更新はあと1話です。




