捜索
ペテルの案内で、ユルド、アレクス、サクの3人は、レティが最後に確認された場所を訪ねた。そこはラドの地境を目前に控えた、少しひらけた土地で、対岸に、人一人渡るのがやっとの小さな橋がかかっている。見下ろすと、木々が鬱蒼と生い茂り、谷の深さは計れない。聞けば、下は小さな滝が流れ込む、深く緩やかな水たまりなっているという。
ペテルが差し出したのは、ぼろぼろにちぎれた赤いマントの切れ端と、一枚の汚れた布だった。マントの切れ端は、間違いなくアズヴェルト軍のもので、加えてその少し渋味がかった深い赤は、プロガムの一族のみに許された特別な赤だった。谷に降りる途中の梢の先に引っかかっていたのだという。
汚れた布は、今朝、少し先の下流で発見されたもので、ユルドの来訪を聞いて急遽こちらへ持ってこられた。
ユルドは難しい顔をして、布を取り上げ、広げた。何日か川の水に浸っていたのか、布はすっかり汚れてなんの布だかわからない。広げた瞬間、ユルドの顔が、険しく雲った。
ユルドは黙って、アレクスに布を渡した。アレクスは、渡された布を見た。だいぶ古びてはいるが、布端には、何度も丁寧にかがられた跡がある。隅に、汚いボロ布に似合わない、立派な刺繍の縫い取りがあった。それは、アズヴェルト国内でも四公家の者だけが使うことが許されている『印』だった。アレクスは、布の両端を握りしめ、小さくつぶやいた。
「俺のだ…」
「姉上は、谷に落ちた」
ユルドは、ちらりとアレクスを見て、布を持ってきた兵に直接聞いた。
「他に何か出たのか?」
「いいえ。何も見つかっておりません。毎日川下から両岸の捜索を始め…」
兵はここで言いにくそうに言葉を切った。
「…川底の方も、潜ったり、棒を使って捜索しておりますが、まだ何も」
「引き続き、川底まで徹底的に探せ。捜索範囲をさらに川下まで広げ、周辺の村にも、聞き込みをせよ」
「川底に、何があるっていうんだ…」
アレクスが布をきつく握りしめながらつぶやいた。
「姉上が見つかるとしたら、川底か、さらに川下の可能性が高い」
ユルドは美しい顔に感情一つ表さず答えた。
「レティが死んだって言うのか?川底に沈んでいるとでも?」
「今、見つかっていないということは、その可能性が極めて高い、ということを言っている」
眉ひとつ動かさないユルドの美しい顔は不気味にすら思える。その顔は、人の死について、ましてや自分の姉の生死について語っているとは思えない。
アレクスは、以前レティが言っていたことを思い出した。
もし自分に何かあったら、跡を継ぐのは双子ではなく、ユルドだろう、と。双子は勇猛果敢だが、少し冷静さを欠く。ユルドは、頭が良くてどんな時も冷静だから総帥にふさわしいと。
どういう流れでその話になったかは、すっかり忘れてしまったが、その時、アレクスは、君に何かあるわけがないよと、一笑した。しかし、今目の前で展開しているのは、まさにあの時レティが言ったことではないか。
「ペテル、あとはお前に任せる。私は軍装を解いて、アレクスとラドに入る」
ペテルは慌てた。
「ラドですか?それでしたら、下のものに行かせましょう」
レティが行方不明で、アイが負傷している今、ユルド自ら軍装を解いてラドの地に行くなど、とんでもないことだ。
「いや。私とアレクスでいく。アレクスなら、ラドに知己がいるから何事も有利に運ぶ」
「それでは、アレクス様に随従をつけますので、ユルド様はお戻りを」
「いや、私もいく」
「しかし…」
不満げなペテルにアレクスが助け舟を出す。
「ユルドは残れよ。ラドは慣れてる。俺一人で大丈夫だ」
アレクスは早速馬から降りて、荷を解き始めた。
アレクスの装備といえば、ほとんど使ったことのない刀をお飾り程度に腰に下げ、何かを切る時に使う刀を一つ持っているだけだった。それに、今日も少し金持ちの庶民といった格好をしているから、今すぐにでもラドに入れる。
アレクスは馬につけていた荷から、必要なものだけを背負い袋に詰め替えた。
アレクスが、準備を終えた時、いつ着替えたのか、目の前にはすっかり軍装を解いたユルドがいた。
ユルドは、プロガムの赤いマントではなく、くたびれた茶色のマントをはおり、その下には、民の服を着込んでいる。いつもの磨き込まれた長靴は、どこで手に入れたのか、民が使っているざっくりとしたブーツにかわっている。刀も地味な刀にさしかえて、ご丁寧にあまり高価そうでない弓まで背負っている。
「ユルド…」
準備万端のユルドにアレクスもペテルも周りのものもみな開いた口が塞がらない。しかし、サクだけは違った。サクも民の格好をし、準備万端整えている。
「アイ様のお言いつけで、ユルド様にお伴いたします」
アイがサクに命じたいうことは、それを止められるのは、マルトか今は行方不明のレティだけだった。ペテルは黙って引き下がるしかなかった。




