表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/35

馬車

 アズヴェルト北部、国境地帯の秋は、とても美しい。秋になると、森は一斉に金色に染まる。その金色に輝く森の中を、プロガム軍の視察隊が馬で駆けていた。隊は、レティ、ギュン、アイ、それから計画の責任者及び、彼らの近習たち他、数十名で構成されていた。


 朝のうちにプロガム城を出発し、東端のラドの土地までの視察を終えた一行は、ラドの地を目前に望む森の中で、馬を休めていた。


「特に、変化はないようですね」


 今回の討伐隊長を任されている老将ペテルが言った。


 ペテルの言葉を受け、プロガム城へ戻ろうと、一同は馬を反転させた。すると、ラドとの境界へ向かう一本道を、砂塵をあげた馬車が、ガタゴトと走って来るのが見えた。


 前後左右に馬が八騎、馬車を守るように駆けている。民の風情に身をやつしてはいるが、騎手の体躯は優れ、騎乗の姿勢も、その辺の農夫のものとは思えない。馬も、駄馬ではなく、よく手入れされている。御者は、馬車で進むには難しい悪路を、うまく制御しながら走らせていて、荷台には、いくつかの積み荷と、老人と子供がそれぞれ一人ずつ、乗っていた。


「どうしますか?」


 ペテルがレティに聞いた。普通の民でないのは一目瞭然だが、かといって、盗賊風情でもない。


「止めてやろう」


 周りの意見も待たずに、ギュンが馬腹を蹴った。近習があわててギュンを追う。アイは、ギュンを援護できる所まで、近習を伴い静かに移動して行った。


「もう、あの子たちは」


 レティは、仕方なく全員に臨戦態勢を取るよう合図した。何かあった際、対処できるように、隊はレティとペテルを中心に二つに分かれた。


「止まれ!」


 ものすごい勢いで駆けてくる馬車に向かって、ギュンが大声で叫んだ。


 ギュンたちに気づいた馬車は、勢いを落としながらも前進してくる。御者が、荷台にいる老人に、何か語りかけた。周囲にいる8頭の騎手たちは、さりげなくしかし確実に、馬車の護衛に最適な位置についた。それを見届けた荷台の老人が、子供をかばいながら、大きな声で何か叫んだ。


 その言葉をかわきりに、先頭の騎手二人が、全速力で前を塞ぐギュンたちに突進してきた。右側の一人は、馬に縛り付けていた荷から、剣を取り出す。残りの騎手たちも剣を抜き、すかさず六人で馬車を守る陣形に変わる。


 猛突進してくる馬車と武装した騎馬を、たった三騎では止められない。アイとその近習が、あとを追うように飛び出した。


 後ろにいた二騎が、絶妙な速さに馬足を緩め、アイたちを馬車に近づけないよう距離を取る。その瞬間、残りの四騎は、すぐさま位置を変え、四騎で馬車を守る布陣に組み変わった。


 八騎から六騎、六騎から四騎への動きは、そこらへんの盗賊にできる技ではなかった。まるで一国の軍隊のような、その中でも、特別に訓練されたものだけがする鮮やかな動きだった。


 何人か犠牲が出るかもしれない。

 そう思いながら、レティは全体に出撃の合図をした。前方からレティの隊が、後方からペテルの隊が躍り出た。


 それをみて、とっさに、敵の騎手たちは、馬車の両側に二騎を残し、馬車を中心に大きめに距離をとる陣形に変わった。敵方の全員が戦闘体制に入った。


 先頭を走っていた二騎が、ギュンたちに近づいてくる。御者が馬車に載せていた長い竿のようなものを前に投げた。竿は勢いよく飛び、先頭左側の騎手が掲げた右手に寸分たがわず滑りこんだ。右側の騎手が少し速度を落としたと思ったら、左側の騎手はすごい勢いでその棒をギュンの近習に向けて一振りした。

 

 骨の折れる音がして、ギュンの近習の一人が地面に落ち、馬は横倒しに倒れた。その間に、右側の騎手が後ろから左がわに移動し、左手で刀をふるい、もう一人のギュンの近習に切りつけた。傷は浅くしか入らなかったが、左利きの騎手が狙ったのは近習ではなく、馬の尻だった。馬は激しく暴れ出し、ギュンの近習はもう前の騎手二人に対することはできない。混乱に乗じて、棒使いの騎手が、ギュンの馬の足の細い部分を思い切り棒で突いた。馬の足は折れ、いななきをあげながら倒れ込む。これが一瞬で起こった。


 敵はどうやら、余計な戦いは避け、追跡を振り切ってラドの地まで逃げ切るつもりのようだ。この先の狭い崖を登ると、ラドの地はすぐそこだ。神の民を自称するラドは、軍の侵入を許さない。一旦、ラドの地に入ったが最後、軍装を身につけたものは、禁忌を破ったと見なされ、無事にその地から出ることはない。アズヴェルト軍としては、馬車にラドの地に逃げ込まれるわけにはいかなかった。


 ギュンと近習が倒れたのを受けて、アイは馬速を上げた。後方の護衛は二騎。アイたちを馬車に近づけないよう、絶妙な距離を保っている。アイの近習の一人が弓を取り出し、つがえて引こうとした。その瞬間、前方から鋭い矢が飛んできた。


 矢の威力は凄まじく、左肩に矢を受けた近習はこらえきれず落馬した。見ると、荷台の老人が、矢をつがえている。老人は、続けさまに、後方に続くアズヴェルト軍に、驚くほど正確に矢を放った。荷台の上で、矢を引く老人の放つ矢は、正確に後方のアズヴェルト軍の数を減らし、信じられないことに、後方は、あっという間に、残り数騎になってしまった。


 一行は森を抜け、川沿いを走る崖上りの道へと差し掛かった。どういうわけか、馬車を含む敵の一行は、川沿いギリギリの左側を走っている。前方に残っていたアズヴェルト軍は、右側に展開して馬車一行を抑え込みにかかった。道幅に余裕のあるこの辺りが、馬車を抑えるのに最適な場所だった。


 アズヴェルト軍が、馬車に手をかけようとしたその時、急に、馬車がさらに左に寄った。それを合図に、上から石が勢いよく転げ落ち、右側を走っていたアズヴェルト軍を直撃する。混乱するアズヴェルト軍を尻目に、馬車は左を通り抜けた。落ちてくる石はだんだん大きくなり、しまいに道は塞がれてしまった。


 石にあたって動けなくなったものや、石に阻まれて進軍できないものが取り残され、アズヴェルト軍はここで、戦力のほとんどを失った。


 ペテルもここで、石に阻まれて進軍を止めた。初動攻撃、老人の弓、落石によって、石の向こうにいるアズヴェルト軍は数騎のはずだった。隘路に入る手前での周到な落石の準備。あの馬車を指揮していた人物は、ここを通過するために、万全を期してきたということだ。たとえ逃げ切られても、追ってはいけない相手だったのだ。落石を仕掛けた伏兵たちは、ペテルたちに、これ以上の攻撃を加えてくる様子はない。彼らは、馬車を通過させることだけを唯一の任務にしていた。あの馬車を、追ってはいけないのだ。


 分断された石の向こうには、レティとアイがいる。馬車と八騎の騎兵。それに加えて、落石を落とした伏兵。すべての利は向こうに移っていた。石の向こうにいるアズヴェルト軍は、全滅をも覚悟しなくてはいけない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ