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夜会

 夏の少し前の温かい夜、アズヴェルト国の王宮では、初夏の夜会が開かれていた。

 夏の訪れを祝うこの夜会は、いつもどこかしら開放的な雰囲気に包まれていて、貴族たちはみな、おしゃべりしたり踊ったり、思い思いに楽しい時間を過ごしている。


 四公家の五男坊、アレクス・リュネは、柔らかな白いシャツを羽織って、深緑色のスカーフをベルト代わりに、ひざ下ですぼまったズボンをはいて、今日の夜会に参加していた。

 国の中枢を担う、四公家の息子だというのに、長い間領地で育てられたアレクスは、そんな庶民風の服装がとても板について、当の本人も、いつもの夜会よりのびのびして見える。


 「よう、アレク」


 アレクスをあだ名で呼び、肩に手を回し、なれなれしく顔を近づけてきたのは、プロガム家のギュンだった。ギュンはアズヴェルト軍を統括するプロガム家の双子の息子の片割れで、年はアレクスより二つ下。アレクスとは、小さい時からの知り合いで、二人は幼馴染の間柄になる。


 アレクスは、このギュンのことを密かに双子の『うるさい方』と呼んでいて、振り返ればもちろん、双子の『静かな方』のアイも、すぐそばに立っている。

 ギュンとアイの双子は、お互いに足りないものを補い合っているのか、単なる腹のなかにいた時からの習性なのか、いつも二人一緒に現れる。


 双子といっても、二人は顔も性格もまったく似ていない。どうしてこんな正反対の二人が双子として生まれてきたのか、不思議でたまらないが、そんな二人にも、ちゃんとした共通点はあった。


 二人は、いわゆる『プロガムの血』を色濃く継いで生まれついていた。二人とも、神話から出てきたのかと思うぐらい、美しい容姿をしているのだ。


 ギュンは明るくて派手、アイは影があって神秘的。

 そんな二人に、世間は、『プロガムの太陽と月』とあだ名をつけていた。

 たしかに、見た目に限ってなら、その評価は間違っていない。しかし、幼い頃からの二人を知っているアレクスは、『太陽と月』はいくら何でも持ち上げすぎだろうと思っている。


 「あれを見ろ」


 アレクスは、『うるさい方』のギュンが指した先を見た。

 その先には、予想どおり、アズヴェルト一の美女と名高い、ギュンとアイの姉、レティがいた。


 ギュンとアイが愛してやまない姉、レティは、アレクスと同い年。最近でこそ、少し疎遠になっているが、アレクスとは幼い頃からの友達で、お互いを親友と呼び合う仲だ。

 ギュンとアイは、この美しい姉を気の毒なぐらい愛していて、口をひらけば姉の自慢話しかしない。


 双子が姉を溺愛して絶賛したくなる気持ちは、アレクスにもよくわかる。

 それでも、いい大人になってまだ、口をひらけば姉のことしか言わない二人を、アレクスは気の毒な奴らと思っている。


 改めてレティに目をやると、隣には、将来の婚約者と噂されるシンド家のナシルが立っている。美男美女の二人は、とてもお似合いで、二人のいるあたりだけ、まるで別世界のようだ。


 ナシルのシンド家も四公家の一つで、ナシルはいつも自分の家の取り仕切る外交や貿易で忙しくしている。

 この、旅と商いを愛する優雅で洗練された男は、つい先日も、東南にある暑くて大きな国から変わった物をたくさん持ち帰ってきた。聞けば、いつか、一番東にある変わった字を書く国まで行ってみたいとか。


 「今日も非常に麗しい。我が姉上ほど美しいものがこの地上にいると思うか?」


 「…いるわけない」


 ギュンが問うと、いつの間にかアレクスの左隣に移動していたアイが答えた。


 「二人とも、本当にお似合いだよな。ナシルとなら、レティは幸せになれる」


 アレクスは本音を呟いた。


 「お前、本当にそう思うのか?」


 ギュンが聞いた。


「ああ、誰が見ても、あの二人ほどピッタリの相手はいないんじゃないか?きっと、ああいうのを、運命の相手というんだ」


 ギュンとアイはアレクスをバカにしたような目で見下ろし、フンと鼻を鳴らした。


「なんだよ?間違ったことは言ってないだろ」


「アレク、お前、姉上と同い年で、同じ四公家だと言うのに、残念なやつだ。片や、努力を惜しまず、民のために日々身を砕く、麗しきアズヴェルト軍の、いや、四公家の象徴。それに対して、お前ときたら、四公家の、しかもリュネ本家の一員だというのに、さしたる貢献もなく、家の中でただ可愛がられるだけのおまけの五男坊」


 またいつもの嫌味が始まった。


 昔はアレクスにまとわりついて、天使と見紛うぐらいにかわいかったギュンとアイだったが、いつの頃からか、アレクスを見れば、執拗に絡んでくるようになった。普段は、見かねたレティが近寄ってきて、アレクスをうまい具合に助け出してくれるのだが、今日はナシルに遮られ、それも期待できそうにない。


 アレクスはグラスが空なのを口実に、逃げ出すことに決めた。

 

「飲み物を取ってくる」


 するりと逃げようとしたアレクスを、ギュンとアイが両脇からがっちりととらえた。


「酒ならあるぞ。特別なのが」


 二人は、アレクスの両脇を、さらに強固に固めた。双子は、アレクスより大柄で、日々の鍛錬で鍛えている。アレクスを軽くもちあげ、庭へと続くバルコニーへと歩き始めた。


 いつもなら、嫌味はいうが、深追いはしないのに、今日の二人はどこか違う。アレクスは、二人の顔を交互に覗き込んだ。神妙な面持ちの二人からは、まったく酒の匂いがしない。もしかしたら、今日はまだ一滴も飲んでいないのかもしれなかった。


 仕方なく二人に抱えられたまま、アレクスはバルコニーに出た。外には誰もいない。月明かりで、はっきりと足元が照らされた階段を、アレクスを抱えておりながら、ギュンが言った。


 「お前はどうなんだ?」


 「なに?」


 「お前は姉上をどう思っている?」


 いつもはうるさいギュンが、珍しく静かな声で聞いた。


 「レティ?好きだよ。なんと言っても、俺たちは親友だからな」


 それを聞いて、ギュンがフンと鼻で笑った。


 「ニナはどうなったんだ?」


 余計なことはあまりしゃべらないアイが、アレクスの前の想い人の名前をあげた。


 「もう終わったことだよ。今はニナの幸せを祈ってる」


 「そうか」


 二人は双子らしく、同時に答えた。それから、ギュンは、やおら懐から酒瓶を出して、アレクスのグラスに注いだ。それから、アイにも、自分にも。


 「お気楽五男坊。これは特別な酒である。飲め」


 ギュンがそう言うと、双子は一気に飲み干した。二人がいともたやすく飲み干したので、アレクスも双子に習って一気に飲んだ。


 すると、すぐに、月がぐにゃりと曲がり、膝ががくりと折れた。


 「アレクス、お前に…」


 体の左側を支えていたアイが、耳元で何か言った。アイが発したその言葉は、とても重要で、絶対に忘れてはいけないことのような気がした。

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