7.マナ
私はホークアイと別れてから、オフィス街に向かった。インタビューの相手はAランクと決めていたが、特にどの職業というのは決めていなかった。
とりあえず。どこかの企業に勤めている人間に話を聞くつもりだった。そうして歩いているとオフィス街の中に公園があった。月にも公園があるんだなと思いつつ何気に公園内を歩いていた。
すると、公園のベンチに座っている少女を見つけた。ブロンドの髪、白い肌、端正な顔立ち、紺色の肩口が膨らんだブラウスと同じく紺色の傘のようなスカートに身を包んだ愛らしい少女だった。
背中には紺色のバックを背負っていた。その少女は、公園のベンチに座って空を眺めていた。
私は少女の事が気になりつつも、インタビューの対象としては歳が若すぎると思い。そのまま通り過ぎようとした。
「あなたクルセイダーズのモハメド・オサマよね?」
少女は無表情のままで年齢にそぐわない大人びた口調で話しかけてきた。
「ああ、そうだが、君は?」
私が少女を見ると、少女は怯えたのか目を下に逸らした。
「私は、マナ・トゥルース。新聞記者よ」
そう言って目を逸らしながら、身分証らしきカードを提示してきた。そこには生年月日と職業が書かれていた。年齢を計算すると二十歳だった。そう、二十歳だった。えっと二十歳?
「質問なんだが、この身分証は君の手作りか?」
「失礼ね。ちゃんとした公文書よ」
彼女は無表情だが怒っていた。そして、公文章と言っている。小学生ぐらいの外見なのだが、本当に二十歳なのだろう。子供が悪戯で騙っているとは思えなかった。
「本当に失礼した。あまりにも貴方が可愛かったもので、小学生かと思ったのだ」
その言葉を聞いて、彼女の顔が紅潮していった。とても怒っているのだろう。小学生の下りは余計な一言だったらしい。
「すまない。怒らせてしまったようだな、今の言葉は撤回する。君を侮辱するつもりは無い」
「怒ってない。少し驚いただけ」
怒っていないはずはない。こちらに気を遣ったのだろう。
「そうか、気をつかわせてすまない」
「いいわ。その代わり、こちらのインタビューに答えて貰えるかしら?」
「良いとも、私も話を聞きたいと思っていた」
なぜなら、彼女はAランクだったからだ。しかも、ジャーナリストだ。政府を批判出来る立場にある者の意見は貴重だと思った。
「先に私から質問しても?」
彼女が先に聞いてきた。
「良いとも」
「惑星エスポワールに行ったというのは事実ですか?」
「事実だ」
「エスポワールに人間は移住可能ですか?」
「可能だ」
「何人ぐらい移住できますか?」
「一年間分の食料が確保できるなら何人でも移住可能だ」
「翌年には何人生き残ると考えていますか?」
なるほど、外見こそ少女だが彼女はジャーナリストだ。辛辣な質問を表情を変える事無くしてくる。
「敵性生物に襲われて死ぬ者は居ない。この答えでいいかな?」
「間違ってないわ。答えて頂いて感謝します。最後に月の政府が行っている地球帰還計画が成功すると思いますか?」
「それは、私には判断できない。ウィルスの事を知らないからな」
「あなたは慎重な性格のようね。他の二人とも話してみたいのだけどお願いできる?」
「ああ、いいとも。ただし、今度は私の質問に答えてくれ」
「良いわよ」
「地球帰還計画が成功すると思うか?」
「ふふ。面白い質問ね。個人としての見解が聞きたい?それとも新聞社の社員としての見解?」
つまり、彼女は二つ意見を持っていて、建前と本音は別だと言っている。この時点で答えは聞かなくても分かった。
「いや、今ので答えは分かった。次の質問だ。エスポワールに移住したいと思うか?」
「この答えもさっきと同じよ」
「なるほど。君はずいぶん政府と新聞社が嫌いらしいな」
「いいえとんでもない。真実しか公表させてくれないんですもの。ジャーナリストとしてこれほど嬉しいことは無いわ」
痛烈な皮肉が込められている。彼女の言葉をそのまま受け取るやつが居たのならそいつは馬鹿だろう。彼女は終始無表情だった。言葉の上でも無表情だった。ただ内容に痛烈な感情が乗せられていた。
「ちなみに、君と同じ意見の者は大勢いるのか?」
「そうね。政府の考えに賛同している者は大勢いるわ」
つまり、彼女のような考えの持ち主は少数派だという事だった。
「そうか、ありがとう。他の二人にもインタビューしたいというのなら、夕方に事務所に来ると良い。事務所の場所は……」
「説明よりも案内してくれると助かるのだけど」
「分かった。案内するよ。結構歩くけど大丈夫か?」
「ええ、月ではそれが当り前よ」
私はマナ・トゥルースを事務所まで案内した。
「ここが事務所だ」
「ふ~ん。一応政府は協力しているようね」
「ああ、全面的な支援はしないが、移住者の募集はしても良いと言われている」
「それは初耳ね。政府からは何の情報も得られなかったわ」
「なんで隠すのか私には分からん」
「私は目星がついてるけど、本当にくだらない考えだわ」
「教えて頂いても?」
「政府に所属するジャーナリストとしては発言を控えるべき内容ね」
「なるほど」
「それで、あなたはこの後は何をする予定なの?」
「午後一時にホーク。いや、ジョン・スミスと待ち合わせしている」
「どこで?」
「場所は決めてなかったな」
「なら、この近くで待ち合わせにできないかしら?すぐそこにレストランがあるんだけど、そこで一緒にご飯を食べない?とても美味しいの。あなたが良かったらなんだけど」
彼女はずっと目を合わせずに喋っている。だが、こちらを向いては居る。私の目がそれほど怖いのだろうか?でも、食事には誘ってくれた。月の現状を調べていると伝えていたので協力してくれるつもりなのだろう。月の食生活を知っておくのも悪くない。
「ああ、いいとも。ジョンも一緒に食事に誘っても?」
「それはダメ。あなたと二人で食事がしたいの」
「なぜだ?さっきジョンの話も聞きたいって言ってたじゃないか」
「食事を奢るれるのは一人だけなの。金銭的な問題よ」
「そうか、分かった。じゃあ、ジョンには待ち合わせ場所の変更だけ連絡する」
そう言った後で、私は腕輪型の携帯型端末でホークアイに連絡しようとした。
「ちょっと待って、それって携帯型の端末なの?」
「ああ、そうだが?」
「質問が増えたわ。クルセイダーズの装備について聞かせて貰っても?」
「ああ、いいとも」
こうして、クルセイダーズの船に標準装備されている設備について説明した。もちろん携帯食料の事は伏せた。ここ兵士達に聞いた通りなら、知られるのは不味いと思った。
「なるほど、それだけの物があるのならエスポワールへ移住しても当面は困らないわね」
「ああ、そうだとも」
「でも、一つだけ説明してないことがあるわね」
携帯食料の存在に気が付いたのだろうか?だが、言う訳にはいかない。
「いや、全て説明した」
「ふ~ん。まあ良いわ。じゃあ、ジョン・スミスに連絡をとってもらえる?」
「ああ」
私は携帯型端末を操作してホークアイに連絡をした。
「やあ、チャンピオン。どうしたんだ?」
「ホークアイ。すまないが午後一時の待ち合わせ場所なんだが、事務所近くに変更できないか?ちょっと用事が出来てしまってな」
「ああ、ちょうど良かった。俺も急用が出来て事務所近くでの待ち合わせの方が都合がいい」
「なら決まりだな。事務所前で待ち合わせで頼む、少し遅れるかもしれないが必ず行く」
「ああ、待ってるぜ」
ホークアイはそう言って通信を切った。
「こちらの準備はOKだ」
「では、行きましょう」
彼女が先導して店まで案内してくれた。開店は十一時からだったが、十時五十分に店に着いた時には、すでに何人か並んでいた。
店の名前はゾッティコーティタだった。彼女は何の躊躇いもなく列の先頭に移動して左手の甲を見せた。
見せられた方はランクBだったが、すんなりと前に入れてくれた。それが、当然であるかのように、不快な表情すら見せなかった。
「順番待ちでもランクによる優遇はあるんだな」
「ええ、そうよ。それが月のルールだもの」
彼女は当然とばかりに相変わらずの無表情で言い放った。たいして待つことも無く店のドアが開いてウェイターらしき人物が「Closed」と書かれた看板をひっくり返して「Open]にした。
だが、このウェイターには見覚えがあった。
「なんでここに居るんだ?チャンピオン」
「それはこっちのセリフだ。ホークアイ」
「まあ、居るのは良いとして、隣の女の子はなんだ?インタビューを女の子にしたのか?そういう趣味だったのかチャンピオン」
断じて違うが、私が説明する前に彼女が動いた。
「初めまして、ジョン・スミス。私はマナ・トゥルース。こう見えてもあなた達よりも年上なのだけど」
彼女は無表情のまま自己紹介をして手を差し伸べた。
「初めまして、マナ。えっと本当に年上?」
ホークアイは目を丸くしていた。
「これが身分証よ」
差し出された身分証を見て、さらに驚いていた。無理もない。マナ・トゥルースは見た目だけなら小学生なのだから。
「これは、失礼した。俺はジョン・スミスだが、出来れば親しみを込めてイーグルアイと呼んでもらえると嬉しい。代わりに貴方の事をフランシーヌと呼んでも?」
「イーグルアイと呼ぶのは良いけど、どうしてフランシーヌなのかしら?」
「フランス人形の様に可愛い君に相応しいあだ名だと思ったからさ」
ホークアイは相変わらずあだ名を付けている。それにしてもフランス人形とはよく言ったものだ。彼女を的確に表していた。
「まあいいわ。好きに呼んで頂戴」
「ああ、そうさせてもらう。さあ、どうぞ席にご案内します」
「ホークアイ。いつからウェイターになったんだ?」
「チャンピオン。詳しい説明は後だ。いま、俺は仕事中だ」
「そうか、分かった。昼に情報交換しよう」
そうして店内に案内された私の目に飛び込んできたのは、典型的なギリシャ美人だった。
「いらっしゃいませ。マナ様、いつもご利用ありがとうございます」
どうやらマナはこの店の常連のようだ。
「席はいつもの所で宜しいですか?」
「ええ、お願いするわ。それといつものやつを二人分お願いね」
「畏まりました」
そう言うと、マナは慣れた様子で窓際の席に座った。そこは大通りが見える場所だった。車は走っていないが人通りが多く風景を楽しめる席だった。私は彼女の向かいに座った。
「よく来る店なのか?」
「ええ、そうよ。給料の殆どはこの店に貢いでいるわ」
「そんなに美味しいのか?」
「ええ、月では一番のお店よ」
「そいつは楽しみだな」
そんな会話をしていると、ホークアイが料理を運んで来た。そこにはハンバーガーが乗っていた。肉は無いと聞いていたので驚いた。
「ソイハンバーガーセットでございます」
どうやら大豆で代用した品の様だ。付け合わせにフライドポテトとジュースがついてきた。水が貴重品だと聞いていたので驚いた。
ホークアイは大好きなハンバーガーを名残惜しそうにテーブルに置いた。そして、私を見て抗議の表情を浮かべた。言葉には出していないが羨ましいぞと顔に書いてあった。私はあえて無視してマナに話しかける。
「水は貴重だと聞いていたが?」
「この店は特別よ。ここのソイバーガーが絶品なの。だから政府から特別にジュースを作る事を許可されているわ。他にも許可されている店はあるけど、五軒しかないわ」
「そして、その五軒のなかでも一番だと」
「その通りよ」
「値段も高そうだな」
「ここは違うわ。だから一番なんだけど」
「なるほど」
「さあ、冷めないうちにどうぞ」
「ありがたくいただこう」
エスポワールでは肉を焼いて塩を振ったものか、レトルト食品しか食べていなかった。久しぶりに料理と呼べるものを食べれる。私はカレーが好きだったがハンバーガーも好きだった。
遠慮なくかぶりつくと肉じゃないのに肉汁が溢れ、口の中に肉の味が広がった。
「こいつは凄いな。本当に大豆で出来ているのか?」
私の言葉を聞いて、マナは初めて表情を綻ばせた。
「凄いでしょ。ここが唯一肉の味を楽しめる店なのよ」
彼女は自分の事のように自慢した。
「エスポワールで死ぬほど肉を食ったが、ここのソイハンバーガーの方が美味しいな。誘ってくれてありがとう」
私が礼を述べると彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。何か皮肉ととられる様な事を言ってしまったのだろうか?肉を死ぬほど食ったというのが余計だっただろうか?
「また、誘っても良いかしら?」
彼女は俯いたまま小さな声で言った。私の言動が皮肉ではないと確認するための質問だろう。ここで断ればエスポワールで食べた本当の肉の方が旨いという回答になる。
「ああ、もちろんだとも、ぜひお願いしたい」
これで、皮肉ではないと分かってもらえただろう。彼女は顔を上げて嬉しそうな表情を見せてくれた。
「良かった」
それから、食事をしつつ談笑した。女性と話すのは久しぶりだったが、話し方は忘れていなかった。女性と話す時の心得。
一 自慢話をしない。
二 何か相談された時は問題解決方法を言うのではなく女性の気持ちに共感する。
三 話題を振られたら興味が無くても相槌をうち話を聞く。
四 些細な事でも良い所を見つけて褒める。
これさえ実践していれば、女性に好印象を与える事が出来るのだ。だが、私は失敗したかもしれない。彼女は終始、私と目を合わせなかった。それは私を恋愛対象として見ていない証だった。
少なくとも私は彼女が気に入っていた。冷静な判断と女性にしては感情よりも理性を優先している点を尊敬していた。見た目が幼いのが欠点だが、話していて面白いと思ったのだ。女性は一度恋愛対象外と認定するとそこから恋愛対象には絶対にならない。
私は恋する前に失恋していた。だが、落ち込むこともない。まだ、月に着いたばかりなのだ。次に出会う人に期待しよう。