6.アテナ2
レストランの準備を終えて、俺はアテナと話をした。
「それで、何を聞きたいの?」
「アテナは、階級制度の事をどう思っている?」
「地球に帰る為に必要な事だと認識しているわ」
「人権を侵害されてると思わないのか?」
「思っているわ。でも、仕方のない事だと思ってる」
「なんで、誰も文句を言わないんだ?」
「地球に帰りたいのよ。地球での暮らしを映像で見たら月で生活し続けるなんて無理よ。地球に帰れるっていう希望があるから、受け入れてきた」
「エスポワールは地球と同じ人間が住める星だ。行きたいと思わないか?」
「行きたいわ。でも、危険な生物が居るって聞いたけど?」
「俺は、俺達はそれらの生物に勝利した。誰一人かける事無くだ。人類はあの惑星で繁栄できる」
「あなた達は強いかもしれないけど私達は弱いわ。その弱い人全てをあなた達三人だけで守れるの?」
「無理だ」
「じゃあ、どうするつもり?」
「まずは比較的安全な地域に街を作る」
「安全な地域があるの?」
「ああ、暖かい場所には危険な生物が多い。だが、寒い地域に行くと途端に凶暴な生物は激減する。それは地球と一緒だ」
「少し寒いっていうと冬があるような地域って事?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、冬を越せるように準備が必要ってことね」
「その通り、そしてそれは可能だ。すでに目星もつけて来た」
「それなら、移住してもよさそうね」
「ありがとう。一緒に行こう」
「父さんは何て言うかな?」
アテナは少し不安そうに言った。
「何か心配事でもあるのか?」
「う~ん。父さんはさ、道ならぬ恋の末に母さんと一緒になったの」
「どういうことだ?」
「母さんはAランクだったの、でも、父さんはDランクだった。二人は幼馴染で両想いだった。でも、大きくなるにつれてランクが違うって知って、結婚するのは大変だと分かった。だから、父さんはAランクにはなれないけどAランクと同じ仕事に就いたら認められるかもしれないって思って料理人になったの」
「そいつは、すごいな」
「でもね、結局どちらの両親にも認めてもらえなかった」
「親父さんの両親も反対したのはなんでだ?」
「当然よ。DランクがAランクと結婚するって事は、地球に移住する計画を遅らせるって事だもの」
「そんなのは間違ってる」
「ジョンはそう思うのね。でも、月ではこれが常識なの。だから、父さんと母さんは家と縁を切って結婚したの」
「素敵だな」
「私もそう思う。だから、父さんはこの店から離れられないかもしれない」
「思い入れのある店なんだな」
「うん。だから、父さんを説得するのは難しいと思う」
「アテナは移住するのなら親父さんと一緒の方が嬉しいか?」
「もちろんよ」
「分かった。必ず親父さんを説得して見せる」
「まあ、期待してないけど頑張ってね」
彼女の癖なのだろう。素直に頑張ってと言えないのだ。だが、それが良い。
「ああ、期待されなくても頑張るよ」
「本当に何を言われても怒らないわね」
彼女は嬉しそうに言った。
「怒る理由が無いからさ」
「さて、仕事の時間よ。今日は雨の日だからお店は十二時四十五分には閉めるけど、それまではよろしくね」
「ああ、ちょっと待ってくれ友人と昼に落ち合う約束をしてるんだ」
「私のお願いを断るの?」
アテナは少しむっとして言ってきた。
「いや、まさか。ちょっと友人に連絡するから待ってくれ」
俺は少し焦って答えた。そして、腕輪型の携帯端末を操作してチャンピオンに連絡を取ろうとした時、チャンピオンからの通信が入っていた。俺はすぐに出た。
「やあ、チャンピオン。どうしたんだ?」
「ホークアイ。すまないが午後一時の待ち合わせ場所なんだが、事務所近くに変更できないか?ちょっと用事が出来てしまってな」
「ああ、ちょうど良かった。俺も急用が出来て事務所近くでの待ち合わせの方が都合がいい」
「なら決まりだな。事務所前で待ち合わせで頼む、少し遅れるかもしれないが必ず行く」
「ああ、待ってるぜ」
そう言って、通信は切れた。アテナは驚いた表情でこちらを見ていた。
「携帯型の端末なんて初めて見たわ」
「月には無いのか?」
「設置型の端末ならあるけど、携帯出来るサイズのものは無いわ」
「作れないのか?」
「作れる設備が無いの」
「なんでないんだ?」
「月の都市は未完成なの」
「未完成?」
「クルセイダーズが帰還するまでの間、一時的に月に都市を作り移住させる計画があったんだけど、完成する前にウイルスが発生して地球に住めなくなったの」
「そうだったのか」
「ねえ、後でその装置触らせてくれる?」
「良いとも」
「じゃあ、仕事の時間よ。ジョン・スミス」
「あ~。そのジョン・スミスはやめてくれないか?」
「なんで?」
理由は俺にとっては明白だったが彼女はそれを知らない。
「とても言いにくい事なんだ。親友の二人にも理由は話していない。できれば聞いてほしくないんだが?」
彼女に嘘は言いたくなかった。
「ふ~ん。未来の妻にも内緒にするって事?」
彼女は不機嫌そうに言った。
「いや、そういう訳じゃないんだが」
「早速秘密を作るなんて信用できないわね。結婚したら浮気するタイプね」
「そんなことはしない」
「じゃあ、証明して」
「分かった。ただ、約束してくれ」
「なにを?」
「今から俺が話す事を誰にも言わないと」
「良いわよ」
俺は深呼吸してから吐き出すように言った。
「実はこの名前のせいで小さい頃イジメられてたんだ。だから、出来るならイーグルアイと呼んでくれ」
「何それ、ダサい。あなたの親が付けてくれた名前なんでしょう?だったら、誰が何と言おうと胸を張りなさい」
アテナは俺を真っすぐ見て叱った。父親と母親を尊敬している彼女らしい言葉だった。俺も自分の父と母を尊敬している。愛情も注いでもらった。だが、名前だけは嫌いだった。
「俺だって胸を張っていたい。でも……」
「でもじゃない。これから私が呼ぶ名前なのよ?あなたのお父さんとお母さんがあなたの事を想って付けた名前以外で呼ぶつもりは無いわ。だって、あなたのお父さんとお母さんに失礼じゃない」
俺は、良い女を好きになった。目の前の女神は最高だった。こうまで言われたらトラウマに負けている自分が恥ずかしくなる。
「分かった。俺はジョン・スミスだ」
「よろしい」
「でも、俺のトラウマを親友達には話さないでくれ」
「良いわよ。だって、それを知っているのは私だけなんでしょ?」
「そうだよ」
「じゃあ、二人だけの秘密って事ね」
そう言って彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「さあ、ジョン。仕事の時間よ」
「分かったよ。アテナ」
「じゃあ、早速お店の入り口を開けて頂戴」
「ああ、任せてくれ」
俺は店の入り口のドアの鍵を外して外に出て「Closed」と書かれた看板をひっくり返して「Open]にする。店の前にはすでに客が並んでおり、この店の人気の高さがうかがえた。
しかし、先頭に並んでいる客に見覚えがあった。
「なんでここに居るんだ?チャンピオン」
「それはこっちのセリフだ。ホークアイ」
「まあ、居るのは良いとして、隣の女の子はなんだ?インタビューを女の子にしたのか?そういう趣味だったのかチャンピオン」
チャンピオンの隣には、フランス人形の様な金髪幼女が立っていた。どう見ても未成年だった。
「初めまして、ジョン・スミス。私はマナ・トゥルース。こう見えてもあなた達よりも年上なのだけど」
彼女は無表情のまま自己紹介をして手を差し伸べて来た。
「初めまして、マナ。えっと本当に年上?」
「これが身分証よ」
そう言って差し出されたカードには生年月日が書かれており俺達の実年齢十八歳を超える二十歳だった。そして、職業欄にはジャーナリストと書かれていた。