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ルナ  作者: 絶華 望(たちばな のぞむ)
5/7

5.アテナ1

 俺は、D~Fランクの人間に話を聞くことになっていた。D~Fランクは農場、下水道、工場が主な就職先だが、俺は事務所の近くにレストランに向かうと決めていた。

 なぜなら、そこに美人が居ると聞いたからだ。朝、ソードマスターとチャンピオンと別れた後、サラリーマン風の男二人が隣を歩いていたのだが会話が聞こえてきた。

「あ~あ、今日も憂鬱だな」

「全くだな、いつも変わらない天井、変わらない仕事、退屈すぎる」

「ゾッティコーティタが朝から開いてれば少しは元気になれるんだけど」

「そうだな、朝一アテナちゃんの姿を見れるなら朝食代少し高くても払うのにな」

「でも、それだとアテナちゃんが朝から晩まで働くことになるぞ?」

「それはそれで可哀そうだな、しょうがない夜の楽しみとするか」

「それで、お前はいつになったら告白するんだ?」

「いや~、俺はAランクだろ?Dランクと結婚するとなると両親から絶対反対されるんだよな~」

「Aランクの辛い所だな」

「で、同じDランクのお前は告白しないのか?」

「いや、あの親父さんに一発殴られる度胸は無いよ。それに、あのレストランはDランクなのに料理の腕を認められた親父さんが特別に開店許可を貰った店だ。それを継げるだけの技量はないよ」

「別に店を継がなくたって良いじゃないか、お前の勤めてる工場は給料良かったろ?」

「いや~。アテナちゃんに同じようなDランクの仕事をさせたくない。だから、Aランクのお前に譲るつもりだったのに」

「まあ、どっちにしろ親父さんの拳骨は怖いし、遠目で見てるだけで幸せなんだから良いだろ?」

「それもそうだな。じゃあ、今晩あたり行くとするか」

「そうだな、今日は給料日だし、帰りに一杯やりに行こう」

「じゃあ、今日も一日頑張るか」

「ああ、少しやる気でた」

 それから、俺は事務所に戻り、急いで地図を確認した。ゾッティコーティタは事務所の近くのレストランだった。

 俺はすぐに向かった。ゾッティコーティタは雑居ビルの一階にあった。外見的にはイタリアンレストランの様だった。

 当然のように開店時間は十一時からだった。今は九時、閉まっている。だが、俺は店の扉をノックをした。

「は~い」

 意外にも中から反応があった。扉に近づいてくる足音の後でドアが開いた。そこには女神が居た。ストレートの腰まで延びた黒髪、漆黒の夜のような瞳、淡いピンクの唇、透き通るような白い肌、俺は衝撃のあまり声を出せなかった。彼女がアテナなのだろう。

「あ、あなたクルセイダーズのジョン・スミスね。ニュースで見たわよ」

 彼女は俺の事を知っていた。しかも、ニュースで見たと言っていた。

「ニュースだって?俺はインタビューを受けてないぞ?」

 もちろん、他の二人も受けてない。

「正式なニュースじゃなかったわよ。どちらかというとゴシップ記事、クルセイダーズ帰還か?首相官邸に見慣れぬ三人が入っていった。っていう記事よ」

「正式なニュースではない?」

「政府が隠蔽体質なのは昔からよ。パニックが起きないように情報統制する事が当たり前になってるわ。だから、本当のジャーナリストは隠れて活動してるのよ。私が良く見るのは『エヒロム』って人の記事ね」

「その記事はどうやってみるのだ?」

「ネット上で見れるわ」

「政府はそれを放置しているのか?」

「取り締まれないのよ。特に区画Fからの発信は追跡不能だから」

「なるほど、抜け道があるわけか」

「それで、クルセイダーズが何の用で来たのかしら?」

「俺達はエスポワールへの移住者を探している。そして、月の事を何も知らない。だから、聞き込み調査から始めてるのだ。よければ、話を聞いても?」

「開店前の忙しい時間なのに?」

「じゃあ、こうしよう俺が準備を手伝う。それで時間に余裕が出来たら話を聞いても?」

「良いわよ。でも、あなたレストランで働いたことあるの?」

「学生時代にアルバイトした事はある」

「材料の下ごしらえは?」

「一通りできる。なんせ、エスポワールでは食料を現地調達してたからな」

「それは、頼もしいわね。じゃあ、パンを作って頂戴」

「え?パン?」

「なに?作った事ないの?」

「初めてだ」

「じゃあ、なんなら作れるの?」

「俺は肉や魚なら捌ける」

 エスポワールでは小麦など無かったし、学生時代のアルバイトでもパン作りは未経験だった。

「月には肉も魚も出回ってないわ。仕方ないわね。じゃあ、ホールの掃除とテーブルのセッティングなら出来る?」

「ああ、それなら大丈夫だ」

 俺は完璧に掃除とテーブルのセッティングをした。

「これでいいのか?」

「ふ~ん。まあまあやるわね」

 いちいち、鼻につく女だ。好きでなけりゃ確実に反論している。だが、俺は惚れていた。だから、何も言えない。むしろ、少し褒められて有頂天になっている。

「ありがとう。この程度の作業なら造作もない」

「あんた。変わってるわね。普通、私にこんなことを言われたら怒るんだけどね」

「一目惚れだった。だから、君が何を言おうが俺は許せる」

 俺の告白を聞いて、彼女は目を丸くして驚いていた。

「何言ってんの?正気なの?」

「ああ、俺はいつでも正気だ。本当に一目惚れだった。会った瞬間思ったんだ。君は俺にとっての女神アテナだと」

「ぷっ。何それ、私の名前、アテナ・カラスなのよ?」

「なら、本当に俺にとっての女神だ。ハニー。俺はイーグル・アイ。君は俺の中で唯一無二の存在だ」

「ふ~ん。ずいぶん魅力的な口説き文句ね?それ、私の父の前でも言えるの?」

 話しているうちに落ち着いたのか、アテナは冷静さを取り戻したようだ。

「もちろんだ。誰の前でも俺は同じ事を言える」

 これは、本当だった。俺は誰を前にしても、アテナが唯一無二の存在だと言える。アテナは顔が引きつっていた。

「父さん。ちょっと来て」

 アテナは大きな声で呼んだ。

「ああ?なんだ?」

 野太い声で返事があった。そして、厨房の奥からスキンヘッドの強面が出てきた。身長は俺より低いが、プロレスラーと比べても遜色のない筋肉の持ち主だった。

「この人が私を好きだって言ったの」

 アテナは俺を見て、スキンヘッドに説明をした。スキンヘッドの目が険しくなる。俺はその目を真っすぐ見た。

「おう、いい度胸だな。俺の一人娘を口説こうっていうなら覚悟はあるんだろうな?」

 そう言って親父さんは腕まくりをした。鍛え上げられた上腕二頭筋が見える。

「もちろんです。お父さん。アテナさんを必ず幸せにします。どうか結婚を許してください」

 俺は親父さんから目を逸らさずに、堂々と言った。

「良いだろう。ただし、一発ぶん殴らせろ。最愛の娘を俺から奪うんだ。それぐらい良いだろ?」

 親父さんは腕を回した。

「分かりました。殴ってください」

 俺は歯を食いしばった。

「じゃあ、行くぜ?止めるなら今のうちだが、本当に良いんだな?俺の拳骨で死ぬことになっても」

「親父さんのアテナさんへの愛に打ち勝てない様では、幸せになどできません。俺は親父さんの拳骨に勝って見せます」

「よし。じゃあ、覚悟を見せろ!」

 そう言うと親父さんは俺に殴りかかってきた。俺は目を閉じずに歯を食いしばって、左頬で親父さんの愛を受け止めようとした。

 しかし、それをアテナが止めた。親父さんの腕を両手で後ろから掴んで止めていた。

「父さん。ありがとう。もう良いわ」

「そうか、やっと現れたのか?」

「うん。やっとね」

 そう言ってアテナと親父さんは優しい目になった。

「試してすまねぇ。アテナは美人だ。色んな男が言い寄ってくるが、どいつもこいつも根性無しばっかりでな、ちょっと脅しただけで逃げていきやがる。そんな奴に娘を任せるなんてとてもじゃねぇができねぇ。だから、試させてもらった」

「気にしてませんよ」

 そう言って俺は笑顔を作った。

「それにしても、酔狂な男ね。こんな生意気な女を好きになるなんてね。しかも、ランクはDなのに」

「ランクか、俺には関係のない事だ。俺はエスポワールに移住する。君も来てくれないか?そこなら、ランクなんてもう、気にする必要は無い」

「父さんを置いては行けないわ」

「お父さんも来てくれませんか?」

「おいおい、もう結婚しそうな勢いで話を勧めるな。俺にだって心の準備が必要だぞ」

 親父さんは慌てて言った。

「ああ、すみません。今すぐに移住する訳じゃないですよ。これから人数を集めて行くんです。だから、考える時間は十分にあります」

「そうか、それならいい。お前達もゆっくりと愛を育ててから結論を出してくれ」

 そう言って、親父さんは厨房に戻っていった。そして、アテナが顔を真っ赤にしていた。俺には理由が分からなかった。

「父さん!なんで、余計なこと言ったのよ」

「うるせぇ!お前が素直じゃねぇからだよ!この天邪鬼が!」

 その言葉で俺は理解した。なぜ試されたのかも理解した。どうやら、俺の女神は面倒な性格の様だった。だが、俺は構わない。なぜなら、全てを許せるからだ。

「じゃあ、よろしく。アテナ」

 そう言って、俺は笑顔で手を差し出した。アテナは少し照れながら俺の手を握った。

「まあ、付き合ってあげるわ。だから、感謝しなさい」

 目を逸らして、少し恥ずかしそうにそう言った。

「ああ、ありがとう」

 こうして、月に来て俺に彼女が出来た。今まで何人も女性と付き合ったていたが、どれも長続きしなかった。理由は、今日分かった。今までも好きは本当の好きじゃなかった。本当に好きな人を前にしたら、嫌いになる事なんて無いんだと初めて知った。

 だから、これは予感じゃなく確信だった。俺はアテナと結婚し、一生涯愛を捧げるのだ。


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