1.希望達の帰還
19/02/02 モハメドがジョンを呼ぶときはホークアイと呼ぶことにした。
静かな船内にピッピッピと音が鳴った。それは、コールドスリープからの目覚めの合図だった。四十二年の旅の果てに、僕らは惑星に降り立つのだ。
そこは人類の移住先として選ばれた惑星エスポワールだった。僕は煌々院・詩音日本人だ。寝ている間に歳をとっているが肉体年齢は十八歳だ。
僕たちの任務は、惑星エスポワールに人類が移住可能か調査する事だった。調査船クルセイダーズの乗組員は、僕とジョン・スミスとモハメド・オサマの三人だけだった。
全員男性で同い年だ。僕らは二百億人の中から選ばれた精鋭だった。僕らのような若者が選ばれた理由は、調査期間が長くなる事が予想された事と、その惑星に敵性生物が存在していた事だった。
だから、戦闘能力に優れた若者が選ばれたのだ。僕は剣道の日本一だった。身長は百七十五センチ、体重は六十五キロ、体脂肪は五パーセント、黒目黒髪の坊ちゃんカット。どこにでもいるフツメンだ。
ジョンは白人で射撃の世界チャンピオンだった。身長は百九十センチ、体重は九十キロ、体脂肪五パーセント 金髪碧眼のイケメンだった。髪は短く刈り上げていた。
モハメドは黒人でアマチュアボクシングの世界王者だった。身長は百八十センチ、体重は九十キロ、体脂肪は三パーセント、黒目黒髪の坊主頭だった。顔は修行僧に似ていた。
服装は全員おそろいの白地に青い十字架に見えるラインが左肩から左足への縦と胸のあたりに横で入っている体のラインが見える服だった。少しダサい感じだが、それが良い。
この三人で危険な惑星エスポワールに人間が住めるのか、敵性生物に人類は勝てるのかを調査しに行くのだ。
調査船クルセイダーズは全長百メートル、直径三十メートルの宇宙船だった。中にはコールドスリープ装置や食料貯蔵庫等、宇宙旅行に必要な資源と設備が揃っていた。
僕がコールドスリープから目覚めると、時を同じくして他の二人も起きた。
「よう。ソードマスター。良い夢は見れたかよ」
ジョンが起き上がるなり気さくな笑顔でと聞いてきた。ソードマスターとは僕のあだ名だ。ジョンが勝手に付けて呼んでいる。
「ああ、映画に出てくるエイリアンを僕の刀で細切れにする夢を見たよ」
「はっはっは。そいつは良い。俺は銃でエイリアンの野郎をハチの巣にしてやったぜ」
そう言った後で、ジョンは親指を立て人差し指を伸ばし、他の指は曲げて銃を作り、片目を瞑って銃を撃つ仕草をした。その後で、人差し指を口に近づけ口をすぼめて息を吹いた。
「イーグルアイも良い夢見れたようだね」
僕はジョンの事をあだ名で呼んでいた。理由はジョンがそう呼べと言ったからだ。
「それで、チャンピオンはどんな夢を見たんだ?」
チャンピオンとは、モハメドの事だった。ジョンはあだ名が好きらしく、誰彼構わずあだ名をつけていた。
「私は夢など見ないぞ。ホークアイ」
モハメドは、真面目な顔で不愛想に答えた。彼は、不機嫌なわけではなくとにかく真面目で不愛想だった。そして、なんでイーグルアイと呼ばずにホークアイと呼んでいる理由は単純だった。狙いを外さないという意味のあだ名ならホークアイが正しいというのがモハメドの主張だった。それを指摘された時にジョンは、こう答えた。
「イーグルの方が大きいし響きも良い。だから俺はイーグルアイだ。だけど、チャンピオンが俺をホークアイと呼びたいなら、そう呼んでいいぜ」
それいらい、僕はジョンの事をイーグルアイと呼び、モハメドはホークアイと呼んでいた。
「そうかい。でも、頼りにしてるぜ親友」
「ああ、任せろ。私の拳が届く範囲でなら、どんな生物も倒してみせる」
これが、僕の頼もしい仲間たちだった。
船が惑星に降り立つと早速大気成分の調査が開始された。事前に調査済みだったが、前回の調査から変化が無いか確認していた。
船の対話型コンピュータ「セラフィム」が調査結果を報告してきた。
「大気調査完了。大気組成、気温、湿度、気圧、重力、全ての項目において前回と同じ値です。船外調査を許可します」
その報告を聞いて全員の顔が引き締まる。
「さて、ソードマスター、チャンピオン。準備は良いか?」
「僕はOKだ。イーグルアイ」
「私も問題ない」
「じゃあ、行くぞ!」
『おう!』
それからは、戦闘の連続だった。僕らは惑星の様々な場所で、色んな生物と戦った。ティラノサウルス、熊、毒を持った大蛇、大きい虎、巨大なサソリ、鉄のような鱗を持ったワニ。ドラゴンのような生物もいた。僕らはその全てに勝利した。
それらは最新の武器のお陰でもある。僕の武器、刀は通常であれば血と油に濡れると切れ味が落ちる。しかし、特殊なコーティング技術で血と油を弾く為、刃こぼれしない限り切れ味が持続する。しかも、一本一本二十年以上のキャリアを持つ職人の手作りだった。
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次は、ジョンが持っている銃についてだ。ジョンの銃はレールガンだった。太陽光で充電し鋼芯徹甲弾を射出する。携帯する事を最優先させた為、一発撃ったら次を撃つまでに充電が必要だった。
バッテリーを複数持てば連射も可能だが、バッテリーの重量が何と一個で十キロもある。その為、一個しか携帯できなかった。無理をすれば持てるが、敵性生物を探す為に長距離を歩いて移動する事が多いため、体力を温存する意味でも複数持つことはしなかった。
ちなみに、なんで歩いて移動する事が多いかというと、車に乗っていると敵性生物が隠れてしまうのだ。だから調査の為に歩くしかなかった。
最後にモハメドの武器は手甲だった。カーボナイト製で鋼鉄だろうと殴ればへこむ、モハメドの為の武器だった。内側には拳を守る為の衝撃吸収材が貼られている。
防具は宇宙服そのものだった。対刃、耐熱、耐冷、防水、耐衝撃、耐圧、体温調節と宇宙空間で生存できる高機能は地上でも最高の防具だった。
戦闘機や戦車といった兵器ではなく携帯可能な武器で戦っている理由だが、移住する時に戦闘機や戦車を積むことを想定すると船のサイズが馬鹿でかくなってしまう。そうなると建造費が倍増する為、予算の関係で携帯可能な武器で敵性生物を倒せるか調査する事になったのだ。
調査は半年で終わった。この星の全ての生物に勝利し、気候も安定していてる事を確認し、人間が食べれるものも確認した。もちろん水もある。
その間に、僕ら三人は友情を育み、本当の親友になっていた。僕らは帰還する。地球に良い知らせを届ける為に。
「長いようで、短い調査だったな」
ジョンが遠い目で離れつつあるエスポワールを見ながら言った。
「ああ、本当に色んなことがあったけどあっという間だったな」
「ホークアイには何度も助けられた礼を言う」
「それは、お互い様だチャンピオン。君の拳には何度も救われた。もちろんソードマスターにも感謝してる」
「僕も二人が居なかったら無事に調査出来なかったと思う」
「ああ、私達は最高のチームだ」
そう言ってモハメドが拳を突き出した。それを見てジョンも拳を突き出しモハメドの拳に合わせる。僕も同じように拳を合わせた。
「チーム。クルセイダーズのミッション完了だな」
モハメドがそう言って遠ざかっていく惑星エスポワールを見た。ジョンと僕も同じように惑星を見た。
「さあ、帰ろう。俺達の故郷に」
ジョンの言葉で僕達はコールドスリープに入った。四十二年の亜高速移動の後で僕らはまた目覚めるのだ。
ピッピッピと音が鳴り、僕は目覚めた。他の二人も目覚めた。
「ソードマスター。良い夢は見れたか?」
「ああ、大統領と握手して、テレビのインタビューに答えていたよ」
「奇遇だな。俺も同じ夢を見ていたよ」
「本当に、そうなのか?私も見ていたぞ」
『あっはっはっは。三人で同じ夢を見たのかよ』
同じように笑い。同じ事を言った。
『ぶあっはっはっは』
僕らはまた笑った。しかし、僕の視界におかしなものが映った。それは船内の窓から見えた。それは衛星だった。本来なら月があるはずの場所に黒い奇妙な衛星があった。他に衛星の姿は見当たらない。
「おい、ソードマスターあれはなんだ?」
ジョンは不安そうな顔をしていた。
「分からない。本来なら月がある場所だ」
「月……ではないのか?」
モハメドが神妙な顔で独り言ちた。何か分からないが不安な気持ちになった。だが、地球は徐々に大きくなっていき、いつもの青い姿を見せてくれた。地球に近づくにつれて、先ほどの謎の衛星の事は気にしなくなっていた。ようやく帰って来たのだ。
宇宙船クルセイダーズは直接地球には降りなかった。まずは、宇宙ステーションに停泊し、そこから軌道エレベーターで地上に降りるのだ。
僕ら三人は操縦席に座る。運転は全て自動化されているので、普段は操縦席に居なくても良いのだが、宇宙ステーションに入港するために宇宙ステーションと交信する必要があった。そして、通信機器は操縦席にある為、僕らは席についた。
そしてジョンが宇宙ステーションとの交信を開始した。
「こちら、クルセイダーズ。惑星エスポワールでの調査を終えて来た。入港の許可を頼む」
「こちら、ステーション。入港を許可します。一番桟橋に接舷してください」
こちらからの交信に対して機械的な音声が返ってきた。おかしいと思った。僕はジョンを見た。ジョンも僕を見ている。普通であれば人間が応答するはずだった。そして、僕らを歓迎する言葉をかけて貰えると思っていた。
だが、その後、人間からの交信は無かった。宇宙ステーションは全長一キロ、直径百メートルの円筒形の巨大な施設だった。円筒形の本体から、細長い四角い鉄の柱が五本ほど出ており、それが桟橋の役割をしていた。
その桟橋の一つに僕らの船よりも大きい船が停泊していた。その船は、僕らが出発した後で作られる事になっていた船だった。名前を「ノア」と言った。全長百キロメートル、直径三十キロメートルの巨大な船だった。百億人が搭乗でき、移住に必要な種子、設備、資源を搭載出来る船だった。
僕らがこの後、多くの人類と共に惑星エスポワールに向かう移住船だった。あまりの大きさに面食らったが、これぐらいの大きさが無いと百億人は乗れないなと思った。
そして、僕らは桟橋に接舷し宇宙ステーションに入る。
「おかしい、出迎えも来ないなんて」
ジョンが不安そうな顔で言った。
「確かに、それになんだか静かだ」
僕はジョンに同意した。
「そうだな、行くときは何かかしら館内放送で情報が流れていたが、それも無い。まるで……。」
モハメドは、その後の言葉を言わなかった。僕ら三人はお互いの顔を見た。まるで悪い夢でも見ているようだった。ジョンが辛うじて言葉を発した。
「このまま、待っていても仕方ない。ステーションの司令部に行ってみよう」
『賛成だ』
僕とモハメドも同意した。僕らは司令部に向かった。その間、誰ともすれ違わなかったし、館内は静かなままだった。
司令部の扉の前に到着すると司令部の扉が開く、自動ドアだった。そして、中には誰も居なかった。明らかに異常事態だった。
「ソードマスター。これは夢なのか?」
ジョンが僕を見て不安そうに聞いてきた。
「夢なら良いと思う」
僕はモハメドを見た。
「気が付いたらコールドスリープが解けた直後なら良いが、それにしても寝覚めが悪い夢だな」
「ああ、違いない。それにしても何があったんだ?」
そう言いながら、ジョンは指令室の端末を操作し始める。何か情報を探しているのだろう。僕も同じように端末を操作する。そして、デスクトップに動画を見つけた。ファイル名は「帰還した希望達へ」だった。
「イーグルアイ!モハメド!手がかりを見つけたぞ」
僕がそう言うと二人は駆け付けた。
「帰還した希望達へだと?ソードマスター再生してくれ」
「シオン。頼む」
「分かった」
僕も二人と同じ気持ちだった。何が起こったのか知りたかった。僕はファイルをダブルクリックした。
映像が再生され画面に渋めの白人中年男性が映し出される。
「惑星エスポワールの調査に向かった希望達よ。ジョン・スミス。煌々院・詩音。モハメド・オサマ。君達にこんな事を伝えなければならないのは本当に悔しい。地球は人間が住めない惑星となってしまった。
起こった事だけを言えば、致死率百パーセントの空気感染するウイルスが発生した。それに感染すると一週間で発症し、発症後は二時間で死に至る。しかも、感染力が強くウイルス発見から一週間で全世界に拡大した。しかも、人間以外にも感染し、人間以外には無害なうえに、生物内で生存し続け感染力を保持し続ける最悪のウイルスだ。
薬の研究も行われたが全てが手遅れだった。不幸中の幸いは、この宇宙ステーションと月に建設された地下都市は無事だった事だけだ。
今、地上との交信は途絶えたままだ。夜の地球から明かりが消えた。そして、一年が経過したが地球に明かりは戻らなかった。
死を覚悟して地上を調査した者からの報告では地上に人間は居なかったそうだ。調査員は防護服を着ていたがウイルスに感染し、地上に降りてから一週間で死亡した。
この事から我々は地球を捨てて一時的に月に住むことにした。だが、月の資源も人員も限られており、このステーションを稼働させ続ける事が困難となった。
帰ってくる君達を出迎える事が出来なくてすまない。もし、エスポワールが居住可能な惑星だと判断したのなら、月に向かってくれ。
君達は我々の希望だ。良く帰ってきてくれた。歓迎する」
そこで映像は終わった。
「何て事だチクショウ!」
ジョンが叫んだ。
「イーグルアイ」
僕は、声をかけたが何を言ったら良いのか言葉が見つからなかった。
「だが、私達の調査は無駄にはならない。そうだろ?」
「ああ、地球がこんな状態になっても俺達の調査は無駄にはならない。でも、悔しいじゃねぇか、もう地球に戻れないなんてよ」
そう言って、ジョンは涙した。
「僕も同じ気持ちだよ。でも、進もう。僕らは家族との別れを覚悟してエスポワールに行ったんだ。故郷に帰れなくなったのは想定外だけど、この後エスポワールで生涯を過ごすつもりだったろ?」
「そうだな、ソードマスター。行こう月へ」