のぞき格子
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
ああ、もうだいぶ暗くなってきたねえ。つぶらやくん、悪いがブラインドをお願い。
……って、おいおい、向きが逆だよ。
ブラインドの羽根をよく見てくれ。凹凸がついているのが分かるかな? これが外側を向いているか、内側を向いているかで、室内がどのように見えるかが変わってくるんだ。
このオフィスは2階にある。下を通る人に、あまり中をのぞかれたくない。
こんな時には、羽根の凸部分を室内側へ向けるんだ。すると採光の関係で、上からはのぞきやすくなるが、下からはのぞきづらい状況にできる。これが1階だったら、逆にするのも手というわけだ。よく考えられているだろ?
窓は光を採ったり、外の様子をうかがったり、また侵入を防ぐものとして、様々な進歩を遂げてきたものだ。そして今のブラインドのような道具も、一緒に発達してきた。
日本でいうと「格子」が良い例だろうな。京町屋のデザインは、実用と美しさを兼ね備えているものとして、今もなお評価と研究の的になっている。
私自身も小さい頃、格子をめぐって不思議な体験をしたんだ。君、この手の話が好きだっただろう?
ちょうど仕事もきりがいいところ。休憩がてら聞いてみないかい?
私が小さい頃に住んでいた家は、室内外を問わずに、「井桁格子」を採用していた。
「井桁格子」は知っているよね? 井桁のように縦にも横にも無数の格子を敷き、碁盤の目状に、窓がいくつものブロックに分かれるようにできている。
それが我が家だけだったなら、たいして気にするようなことではなかった。ところが、周りにある人家も、同じようなつくりの窓や障子を持っていたんだ。外を歩くと一階、二階を問わず、どの家もだ。明らかに物置やトイレのような、人が入ることができそうにない小窓まで厳重に。
どうして、このようなつくりを採用しているのか? 疑問に思った私が母親に尋ねてみると、このあたりでは家にいる人が少ない時に限り、訪れるものが存在するかららしいんだ。
訪れるものの正体に関しては、母親もよくは知らないらしい。しかし、これまでにいくつかあった事例を鑑みると、福の神とも疫病神とでも言える、幸せと不幸のいずれかを運んできたらしい。
多くの富を手に入れたケースもあれば、家の者が次々に病気に倒れて、お家断絶に陥ったケースもあったとか。
そして、その兆候を知るためには井桁格子が、一番都合が良いということも。
私が急な留守番を頼まれたのは、話を聞いてから二ヶ月ほど経った、夕方のことだった。
以前から入院していた私の大叔母さんの容態が、急変したという電話がかかってきたんだ。名前は知っていたものの、私はほとんど会ったことがない人だった。
ここから大叔母さんの病院は、車で向かっても片道1時間半はかかる。その長い道のりに、たいして面識を持たない私を突き合わせるのも、どうかと思ったのだろう。
「ついてくる?」と、私に尋ねてきたんだ。
そろそろ私も、親の目を盗んで色々とやりたい年頃だ。めったにない機会だからと、留守番を所望した。ちょうど見たいテレビ番組があったしね。
すると母親は、大きめの画用紙とはさみ、ものさしとのりを用意し、私がいつもテレビを見ている居間の畳の上に広げた。
「じゃあ、留守番をお願いするわ。電話は出なくていいし、居留守も使っていいけれど、ひとつだけ気をつけて欲しいことがあるの。
私たちが帰ってくるまでの間、もしかすると家全体がぐらつくほど、大きな揺れがあるかもしれない。その原因が何であろうと、揺れがおさまったのなら家中の窓や障子を見て回って欲しいの。
何を言いたいかは……分かるわよね?」
もちろん、分かっていた。
家に人が少ない時に、訪れるという何者か。それに出会って、今度学校に行く時の話のタネにしようと、私は企んでいたんだ。
親が出発してからおよそ30分。当時、私が楽しみにしていた、怪獣ものの特撮番組が始まった。
今でこそ、放送されている特撮番組は数多いが、当時はまだまだ少なくってね。放送した翌日の学校では、友達と番組内容を語り合うことが多かった。当時は怪獣の身長や体重といった細かいデータを知っているだけでも、にわかヒーローになることができたっけな。
で、その時も今日現れる怪獣にわくわくしていたんだが、番組が始まって数分。最初の被害が大規模に引き起こされ、燃え広がる炎と共に、怪獣の咆哮が画面内で広がった時。
ずん、と屋根の方を震源に、大きく家が揺れた。
テレビの中とのシンクロ具合が半端じゃなくってね、つい飛び上がってしまったほどだったんだ。
ちょうど番組もドラマ重視場面。怪獣とヒーローの戦いがお目当ての私にとっては、退屈な代物。ちょうどいいと、家の中を見回ることにしたんだ。
私の家は平屋。見て回るのに、そこまで時間がかからない。私はまず、竹のものさしを使って、格子で区切られたそれぞれのブロックを計っていく。
親からはあらかじめ、それぞれの窓や障子が、どれくらいの大きさで区切られているかは聞いていたし、図としても見せてもらった。その寸法が間違っていないか、ひとつひとつ確かめていくんだ。
訪れるものがそばにいて、こちらをのぞき込んでいる時。格子のどこかしらに、構成するブロックの大きさが、普段と異なる箇所が現れる。そこを見つけたら、用意した画用紙を使って目張りをしなくてはいけない、ということだった。
一回目の調査は、ざっと見たところ異状が見受けられず、私はすぐにテレビの前へ戻る。
じっくりと時間をかけていたら、ドラマ部分が終わってしまう。怪獣が暴れるシーンを見逃すというのは、学校での話題に乗り遅れるのと同義。あまり時間をかけたくない、というのが正直なところだった。
ちょうど怪獣登場のシーンに間に合い、ほっとひと安心。ものさしを握ったままあぐらをかき、再度テレビを食い入るように見つめる私。
二度目の大暴れ。怪獣攻撃チームの出動。そして救助に向かうも危機一髪というタイミングで、ヒーローの登場。お約束ながら、やはり心惹かれるものがある。
当時は怪獣戦の魅せ方も、手探りだったのだろう。ヘッドロックに馬乗り攻撃と、怪獣と一緒に地面を転げまわり、泥まみれになるような戦い方は、プロレスを彷彿とさせる。
どん、と今度は怪獣が投げ飛ばされるシーンに合わせて、家を横揺れが襲った。
ちょうどいいところなのに、と私は歯噛みをする。
番組の終了時間まで、残り7分。とどめの光線技を打って決着をつけるには、もう少し取っ組み合わなくてはいけないはずだ。そこでかけられる投げ技、しめ技を観察して、学校の休み時間に披露しなくては。そのために、もう少し調査を遅らせるのは、やむを得ない。
また、どん、と来た。今度は逆方向から。
テレビではいよいよ、ヒーローがジャイアントスイングで怪獣を遠くへ放り投げていた。いつもなら地面に叩きつけているところだが、今回は環境汚染系の怪獣。
地上爆破は良くないと判断してか、ヒーローは空高くへと投げ飛ばす。
――終わったな。
勝利を確信した私は、ようやく調査に乗り出そうと腰を上げかけて、ぎょっとした。
居間にも障子で仕切った窓が、いくつかある。その格子のところどころが、溶けかけた飴のようにぐにゃりと曲がり、整然としたブロックの形を乱している。
四方の枠が外側にたわんだことで、丸みを帯びた各ブロック。それは見開いた瞳のような形をしていた。更に、その中心部がひとりでに黒ずみ始めていたんだ。
足元に、じんじんと寒気が襲ってくるのは、しびれたためだけではないだろう。
テレビにうつつを抜かしている場合じゃなかった。あれは、入れるどころか、のぞかせてもいけないものだ。
束になっている画用紙を、適した大きさへ切り取る時間ももどかしく、一枚一枚引きちぎると、乱暴にのりを塗りながら、乱れた格子へ張り付けていく私。
居間は塞ぎ終わったが、これで終わりじゃない。今一度、家の中を見ていく。
ひどいものだった。風呂場も、台所も、トイレさえも、それぞれ格子がたわんでいるんだ。障子が張ってあるところには、あの黒ずみも。しかも居間で見たそれよりも、大きさが増している。
はみ出ることなど構ってはいられない。私は用意された画用紙の半分以上を使って、次々に目張りをしていく。
そして最後。台所の換気扇横の格子。
もはやほとんど丸くなってしまったそれへ、椅子にのった私は懸命に手を伸ばす。ようやく届き、格子全体を埋め尽くす画用紙。わずかに遅れて、その中心部が山のように盛り上がり始めた。
広がっていく黒いシミ。それは垂らした涙のように、あやふやな縁取りを描きながら、画用紙全体へと、身体を伸ばしていく。
――このままだと、画用紙が破られる。
私は追加の画用紙をはぎとり、のりを塗りつけ始めたが、シミはそこで止まる。
ふう、とため息をついた私の前で、一滴だけ。ポタリと音を立てて、真下のシンクへ身を投げたしずくがある。青みがかかったそれは、水を流していないのに、おのずから排水溝の中へと潜り込んでいってしまったんだ。
やがて帰ってきた親の検分により、家の半分以上の格子が歪められてしまったことを知る。対処のあとが見られたため、予想していた以上には怒られなかったけど、私はあの排水溝へ流れ込んだしずくに関しては、とうとう話せないまま、今に至る。
そして、事件のあった翌日。
友達と番組の話題で盛り上がろうとしたんだが、最後のトドメに関しては、いつもの光線技ではなく、攻撃チームの使った怪獣用の捕獲ネットに抱え込まれ、宇宙に放逐されたとの話だったよ。