2-4 スパイ
アデル教授を含めた俺たち四人は、迎えに来た黒塗りのエアカーで公爵邸に向かった。成行きで今回はイーサンも来ている。
今日はリスル少佐は向こうで待っているようだが、俺たちを迎えに来た運転手と助手席に乗っている兵士が前回と同じ人間だったので、安心して後部座席に乗り込んだ。
「いったい何があったんだ?」
俺は、迎えに来た兵士に聞いた。
「申し訳ありませんが、我々にはお答えできません。後ほど、リスル少佐から直接お話があるはずです」
口は硬いか。
「それなら、それ以外のことを聞いていいかい?」
「なんでしょう?」
「リスル少佐は特殊部隊みたいだけど……」
俺たちは、差しさわりが無さそうなことを色々と質問をしてみた。
それによると、リスル少佐たちは軍の特殊部隊の中の警護班、つまり近衛兵と宮廷警察を合わせたような部署だそうで、リスル少佐は公爵家担当の副官だが、上役がいつも王宮の方にいるので実質の公爵家担当のトップだそうだ。いつもは、公爵邸内にある指令室にいるらしい。
ユリアナはリスル少佐がお気に入りで、外出するときはちょくちょくリスル少佐を警護に指名しているということだった。
しかし先日誘拐されたときは、たまたまリスル少佐がいない時だったそうだ。その時の護衛は男性だったそうで、それで試着室の外で待っていてのだが、そのスキを突かれたそうだ。
公爵邸に着くと、リスル少佐が俺たちを玄関に出迎えてくれる。
「すまない。急に呼び立てして。今から公爵閣下の寝所へ向かうので、ついてきてほしい」
おや? 公爵に何かあったのか?
それで公爵邸を離れられなかったのか。
前回公爵邸に来たときは武器のチェックをされ、玄関の兵士にレイガンを預けたが、今回は免除された。
どうやら、俺たちは信頼されているらしい。
そして邸内に入ると、先の廊下をメイドが小走りで横切るのが見えた。屋敷内が少しあわただしいようだ。
少佐の後について公爵の寝所らしきドアの前に来ると、一人の兵士がドアの横に立っている。
少佐がその兵士にうなずくと、兵士がドアを開けた。
おや? この兵士のイヤホンって……?
部屋に入ると、部屋の中央の壁際に天蓋付きの大きく豪華なベッドがあり、公爵が横になっている。
そのベッドの横の椅子にはユリアナが座っていて、看病していたようだ。
ユリアナが俺たちの姿を見ると軽く会釈してきたので、俺も会釈を返した。
部屋のドアが後ろで閉まると、俺はすぐに携帯端末を取り出し、電波探知ソフトを起動した。実は、ちょっと確かめたいことがあったのだ。
電波探知ソフトは普通の市販の携帯端末には入っていないのだが、護衛の仕事をする時には必須なので、エレナ博士が携帯端末を改造して特殊なアンテナに交換したり、ソフトを追加してある。
例えば著名人の護衛では、護衛対象が宿泊する部屋に仕掛けられた盗聴器やカメラを探すのは基本だからだ。
すると、探知ソフトに反応があった。
やはり、微弱な電波がこの部屋の中から出ているようだ。つまり盗聴器があるらしい。
皆が何をしているのかと俺の方を見てくるが、俺は口の前に人差し指を立てた。そしてリスル少佐に歩みより、その画面を見せた。
するとリスル少佐の顔色が変わり、俺の意図をすぐに理解してくれたようだ。
続けて俺は少佐に、何かしゃべってくれるようにゼスチャーで伝えた。
リスル少佐が、それを受けて話し出す。
「毎度のことだが、今から話すことは内密にしてほしい」
リスル少佐が差しさわりのない部分を話し始め、俺はそれを聞きながら盗聴器を探した。
探知ソフトが電波が発信されている方角を示してくれるので、その方向に進んでいく。するとどうやら、公爵が横になっているベッドのあたりから電波が出ているようだ。
会議室や応接室ならともかく、普通なら寝室に盗聴器を仕掛ける必要性は無いはずだ。ということはおそらく、今回公爵が倒れたことと、何か関係あるに違いない。
リスル少佐が続ける。
「今日の昼のことだ。宮中で行われた、他国の外交官を集めた昼食会に公爵閣下が出席していたところ、閣下が急に体調を崩された。宮廷医師が診たところ、地球で流行っている新型のインフルエンザらしかったが、火星にはまだ入ってきていなかったので、よく効く薬がなかった……」
あった。盗聴器を見つけた。
ベッドの装飾の一部に、よく見ると筋が入っていて、後からその部分を接着したようになっている。
かなり巧妙な細工なので、電波探知機が無ければ見つけるのは至難の技だった。
俺は盗聴器を指さして、少佐に見つけたことを知らせた。
続けて俺は、少佐が説明をしている間に携帯端末のメモ機能で文字を入力し、少佐の横に行ってそのメモを見せた。
少佐は、おやっ、という表情をしたが、うなずいて話を続ける。
「そこに、昼食会に来ていた外交官の一人が、公爵閣下を気遣って尋ねてきた。インフルエンザのことを話すと、自分の大使館勤務の医師がよく効く薬を持っているはずだという事で、急遽その医師を呼んで診てもらった……」
ここから少佐が演技する。
「ん? 閣下のご容体が悪化しているぞ」
と言って、寝所のドアを開け、外の兵士に公爵邸の専属医師を呼びに行かせた。
もちろんこれは俺が頼んだことで、公爵の容態は悪化していない。
俺は外の兵士が十分離れたのをドアのところに行ってそっと確認すると、廊下に出て紫の宝珠の機能を使って浮かび上がり、廊下の天井に自分が持っていたエレナ博士特製のボタン型カメラを張り付る。
またすぐに寝室に戻って、携帯端末でその映像が入るかをチェックしたあと、レイガンのグリップを使って、ベッドに接着剤などで着いている盗聴器を叩いて落とした。これは後で証拠になるはずなので、エレナ博士に渡して盗聴器の中の電池を外してもらい、一時的に無効化させる。
電波探知ソフトで確認すると、他にはもう電波は出ていないようだ。
よし、これでオーケーだ。
「もう、しゃべっても大丈夫だ」
俺は、そこにいる皆に言った。
「あれはなんでしたの?」「何をしたの?」
ユリアナやアデル教授が知りたがったので、俺は廊下のカメラの映像をチェックしながら説明をする。
「まず俺がおかしいと思ったのは、この部屋の入口にいた兵士が、両耳にイヤホンをしているのを見た時だ。髪に隠れて見えにくかったが、ドアを開けようとしたときに、反対側の耳にもしているのを見つけたんだ。普通は片方のはずだろ? そこで片方は、盗聴器用ではないかと思ったんだ。おそらく部屋の中にユリアナ嬢がいたので、ちょうど中の会話を聞こうとしてちょうど付けていたんだろうな」
「そこに私たちが来たわけね?」
と、エレナ博士。
兵士は盗聴機用のイヤホンを外す機会がなくなり、そのまま俺たちにドアを開けたわけだ。
「そう。そこで俺はこの部屋に入るなり、電波探知ソフトを起動してみると、やはりこの部屋から電波が出ているのが確認できた。しかもその電波は非常に弱く、遠くても五十メートルぐらいしか届かないはずだ。おそらくリスル少佐たちは、常に屋敷の電波の監視をしているはずだから、それにギリギリ見つからない強度の電波なんだろう」
リスル少佐がうなずいた。
「通常我々は、屋敷の外と交信できる強度の電波を監視している。だから、それには引っかからなかったわけだ」
俺がうなずいて続ける。
「盗聴器を見つけたあと、やはりあの兵士が怪しいと思った俺は、リスル少佐にあの兵士を遠くに行かせて、十分ぐらいで帰ってくるような用事を言いつけてほしいと、携帯端末に入力して見せた。そして、あの兵士が帰ってきたときに、盗聴器からの音が聞こえなくなっていたらどういう反応をするかを確認するために、廊下の天井にボタン型のカメラを付けた、というわけさ」
「ふーん?」
と、アデル教授。
イーサンがニヤッとする。
「今日は冴えてますね?」
俺はジロっとイーサンを睨んだが、言い返せない。確かにこのところヘマをやらかしているからな。
先日の遺跡で俺やアデル教授が撃たれなかったのも、運がよかっただけだ。下手をするといきなり撃たれていたかもしれない。
証人になるはずだった傭兵派遣会社の社長も殺されてしまった。さらにあの時、虹の宝珠がなければエレナ博士も取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
「おっ、戻ってきたぞ」
俺は廊下につけたカメラの映像を見て言った。
ドアがノックされ、
「お連れしました」
と言って、先ほどの兵士が連れてきた医者を中へ入れる。
医者が入ると、ドアが閉まった。
少佐が入ってきた医師に向かって、
「すまないが、ちょっと待っていてほしい」
と言うと、俺の斜め後ろから携帯端末の映像をのぞき込んだ。
他の皆も、興味を抱いて集まってきた。
映像を見ていると、先ほどの兵士が片方のイヤホンをいじっている。
俺たちが盗聴器を無効にしたから、何も聞こえなくなって焦っているようだ。
やがて、この部屋のドアに耳をあてて、中の音を聞こうとしていた。
「これで決まりだな」
少佐が言った。
この後はちょっと荒仕事になる。
皆に危険が及ぶといけないので、ユリアナが持っている銀の宝珠で皆を守ってもらうか。
俺は先程のオート・シールドを起動したままなので、俺が一番危険な役割を担うほうがいいだろう。
「シールドを張って父上殿を守ってください」
俺はユリアナに小声で言った。
ユリアナがうなずく。
「わかりました。では、皆さんもこちらに寄ってください」
もちろん、外で聞き耳を立てている兵士に聞こえないように、小さい声だ。
ユリアナは、シールドを張ることができる銀の宝珠を持っている。
公爵が寝ているベッドを含め、エレナ博士やアデル教授、そして医師をシールドで包む様だ。
「イーサンはそこで待機、リスル少佐はドアを思い切り開けてください」
俺は二人に言うと、レイガンを麻痺モードにして用意する。
「大丈夫なのか?」
リスル少佐が俺を心配してくれた。
「任せて」
「わかった」
リスル少佐がドアを開けるためにドアに近づき、ノブに手を掛けて俺の合図を待った。
ドアを開けるのをリスル少佐に任せたのは、このドアに慣れてない俺やイーサンがやると、例えば内開きか外開きをなどを間違えたり、なんらかの失敗をする可能性があるからだ。
そしてイーサンを少し離れたところで待機させたのは、もしも予想外の事態になった時にフォローしてもらうためだった。
皆の準備ができると俺は麻痺モードにしたレイガンを構えて、リスル少佐にドアを開けてもらえるように合図した。
リスル少佐が勢いよくドアを外に開けると、聞き耳を立てていた兵士は、急に開いたドアに押されて廊下に倒れる。そこに俺がすぐに飛び出して、兵士が起き上がる前にレイガンで撃って眠らせた。
ちなみに、普通の家では内開きのドアが多いのだが、ここは公爵の部屋なので内側から出やすく、外からは押し入りにくくするために外開きのドアになっているのだろう。
リスル少佐が、無線で警備兵を二人呼んで、その兵士を連行させる。
「スパイだ。持ち物をチェックして、拘束しておくように。起きた時に自害をされない様にしておけ」
おそらく、牢屋にいた傭兵たち六人を殺したのも彼に違いない。
そのあたりや、背後関係を尋問することになるのだろう。
リスル少佐は、彼が連行されていくのを確認したあと、俺に向き直る。
「助かった、ありがとう。この部屋の盗聴器のチェックは、三か月に一度しかしていなかったが、今後はもう少し頻繁にやろう」
さて、俺たちが呼ばれた本来の用事だ。
リスル少佐が説明する。
「閣下が掛かったというインフルエンザは回復に向かっているが、閣下の様子がおかしいのだ。ちょっと来てくれ」
俺は少佐と一緒に、ベッドで横になっている公爵に近づいた。
公爵の顔色は悪く、うなされているようだ。
「お嬢様、申し訳ありませんが、閣下に声を掛けていただけますか?」
リスル少佐がベッドの横にいるユリアナに頼んだ。
ユリアナがうなずいて、公爵の手を握って声を掛ける。
「お父様」
すると公爵は目を開いて、ユリアナの方を見た。
「ユリアナ、私はもう長くはない。早く結婚して私を安心させてくれ。先日の事件にバロア伯爵が関与していた事実はない。彼はお前にピッタリだと思うぞ」
「ずっとこの調子なのですよ。それにお父様は、誘拐にバロア伯爵が関与していること知ったときは、あんなに怒っていらしたのに」
ユリアナがそう言って、俺の方を見た。
「え? それならどうして……」
「ショウ。閣下の表情はどこかで見た覚えがないか? 私は、もしかしたら黄の宝珠で催眠暗示にかかっているのではないかと思うのだ」
リスル少佐が俺に言った。
あの傭兵派遣会社の社長を自白させるために使った黄の宝珠の機能。
そういえば公爵の表情は、あの時の社長の表情に似ている。言われなければ気づかないほどの微妙な表情だ。
「なるほど。そういうことか」
「私もあの社長の自白の映像を見ていなかったら、気が付かなかったところだ」
アデル教授が補足する。
「そして、黄の宝珠の影響を解除するには、黄の宝珠の力が必要だわ。私の知っている限り、すぐに呼び寄せられるのは、あなたしかいないから」
俺の腕にはまっている虹の宝珠には、黄色も入っている。
リスル少佐は専門家のアデル教授に、黄の宝珠を持っている人間を教えてもらうために電話をしてきたところ、俺たちがそこにちょうどいたわけだ。
それで、俺たちがここに呼ばれることになった。
黃の宝珠のアーティファクトは二種類あり、脳に直接知識を転送できる椅子型の教育用の物は百ほど見つかっていて、現在は国の教育機関などが保有している。
一方、催眠暗示などができるアクセサリー型の黄の宝珠は、遺跡から二十個ほど発見されていて、そのうちのいくつかは地球の貴族が持っているらしい。
今回は、そのうちのどれかが使われたのだろう。
「もしかして、医者を連れてきた外交官って、センテカルドのか?」
俺がリスル少佐に聞いた。
「実は、センテカルドの隣国の外交官だった」
「俺はてっきり、ジェームスのセンテカルドかと思ったが」
「それでは、いくらなんでも警戒されるだろ」
と、エレナ博士。
「両国の間にどんな関係があるかは、調査中だ」
リスル少佐が言った。
「まあ、かなり昔の事だけど、あのあたりは一つの国だったからね、何か裏で繋がりがあるかもしれないわね」
少なくとも今回もジェームスかその仲間が関わっているのは間違いないだろう。そうでなければ、バロア伯爵とユリアナを結婚させようとしていることの説明がつかない。
もしかしたら、映画の見すぎかもしれないが、その外交官はジェームスが変装していた可能性もある。
いずれにせよ、その者が連れてきた医者が、治療するふりをして黄の宝珠を使い公爵に今回の睡眠暗示を掛けたに違いない。
もしそうならば、新型のインフルエンザを公爵に感染させたのもそいつらの仕業だろう。
その医者が黄の宝珠を使ったことなんて簡単には実証できないので、疑われたとしても言い逃れは簡単そうだ。
そして、ユリアナが病床の父親の願いを聞き入れて、バロア伯爵との結婚の承諾をすれば目的を達成できるわけだ。
先程のスパイも、その目的が達成できたかを探っていたのだろう。
センテカルドか。
最近ヨーロッパで、婚姻で勢力を伸ばしている国だ。でもこうなると、単純な婚姻というわけでは無いかもな。
現在は、地球王国連邦という一つの国家になろうとしている過渡期だ。やっと、言語と通貨、法律が統一され、あと数年かけて、だんだん軍と政治が統合されるスケジュールらしい。
それまでの間、戦争による領土拡大は禁止されているが、婚姻による拡大までは禁止されていない。
地球連邦の完全統一後は、各国の自治を任されている王たちが集まって、評議で物事を決めていくことになるらしい。そして、その採決の際には、その国の人口によって持ち票数が変わるそうだ。だから、その前に自分たちの国を大きくして人口を増やし、影響力を強めようとしているのかもしれない。
「それでアデル教授? どうやれば解除できる?」
俺が聞いた。
「頭に宝珠をかざして、『催眠暗示を解除』と念じるか、口に出してもいいし」
ではやってみるか。
俺が少佐を見るとうなずいた。やってくれということだ。
俺はユリアナがいる反対側から公爵のベッドに近づき、公爵の頭に宝珠をかざした。
「催眠暗示を解除」
俺が言うと虹の宝珠から黄色の光が出る。
すると、わずかな変化だが、公爵の表情は戻ってきたようだ。
先ほど来てもらった医者が、携帯型のセンサーで公爵の容体を確認する。
「閣下の体調に異常はありません。インフルエンザもほぼ完治しています」
すると間もなく公爵が気がついて、上半身を起こした。
「ん? 皆、なんでここに集まっている?」
「お父様!」
ユリアナが涙ぐんで公爵に抱き着いた。
医者が部屋を出ていった後、リスル少佐が公爵にいままでの経緯を報告した。
俺たちは公爵から礼を言われ、これから帰ろうとしているところだ。
リスル少佐が俺たちを玄関まで送ってくれる。
「そういえば、あのバロア伯爵はどうなるんだ?」
俺がリスル少佐に聞いた。
「そそのかされたのだろうが、傭兵たちを雇う金を出したわけだし、国王陛下から何らかの処分が下されるだろうな」
「それなら、もう懲りて、ユリアナ嬢をあきらめるかな」
「たぶんな。それにしても、先程カメラを設置する時に空中を飛んだのは紫の宝珠の機能か? 飛べるなんてうらやましいな」
「電球を変えるときは、いつでも呼んでください」
イーサンが冗談を言った。
リスル少佐が吹きだす。
あっ、リスル少佐が笑うのをはじめて見たな。
俺たちは、用意された黒塗りのエアカーに乗り、公爵邸を後にした。
これは後で聞いた話だが。
あのスパイだった兵士を薬で自白させたら、センテカルドのアルペルド伯爵に雇われていた事がわかった。
おそらくあのジェイムスも、そのアルペルド伯爵と関係があるのだろう。
そしてやはり、誘拐の実行犯たちを牢屋内で殺したのもその兵士だったそうだ。
まだセンテカルドの国王がこの件を指示していたのか、そのアルベルト伯爵の独断なのかはわからないが、外交上の問題もあるのでもう少し証拠を固めてから交渉をするらしい。
また、火星のバロア伯爵の方は、問い詰めるとあっさりと白状したそうだ。
やはりジェイムスにそそのかされて、あの誘拐犯たちを雇う為の資金を提供し、あとで自分が遺跡に乗り込んでユリアナを助ける芝居をしようとしていたということだった。
だが、今回のことが明るみに出たので、バロア伯爵とユリアナの婚約は白紙に戻されることになったそうだ。
そしてバロア伯爵は二つ下の男爵に降格の上、一年間の謹慎処分となった。
他国の言いなりになるような人間に、国の要職は任せられない、というわけだ。
アルペルド伯爵の目的は、ユリアナと結婚していずれ国王になるかもしれないバロア伯爵を通し、影からの火星支配を目論んでいたのだろう。
そしてアルペルド伯爵が資金を出すのではなく、バロア伯爵に資金を出させたのは、彼を共犯にしたてあげて弱みを握るのが目的だったに違いない。
地球は鉱山が掘りつくされて、今や月と火星の資源に頼っている。火星と木星の間にあるアステロイドベルトにも資源はあるが、地球からはかなり遠い。火星が輸出を止めれば、死活問題なのだ。
その火星を影響下に置けば、地球の他の国に対しても影響を与えることができる。
さて、その二日後のこと、俺たちにとって思いがけないことが起きた。
場所は俺たちの事務所。そして俺の目の前のソファには、ユリアナが一人で座っている。
「だから、それはちょっと無理でしょう?」
俺は困った顔をした。
「絶対聞いてもらいます」
頑として、譲らないユリアナ。
「でもねー」
「私、レリック・ハンターになりたいんです。もう政治の道具にされるのは嫌なんです。仲間に入れてください」
ユリアナが俺の目をじっと見る。
俺は、ため息をついた。
「これって、あなたが思っているより危険な仕事なんだから」
もし公爵令嬢に何かあったら、例え俺たちに責任がなかったとしても、俺たちは火星にいられなくなってしまうだろう。
「私には銀の宝珠があるから、たいていの危険は回避できます」
「第一、お父上が許さないでしょう?」
「お父様は、私が説き伏せました」
おいおい。
「と言ってもねー。みんなも反対だろ?」
俺はエレナ博士とイーサンを見た。
「あっ、そいえば、私が入るのなら、お父様があなた方のローンを肩代わりしてあげてもよい、と言っていましたわ」
と、ユリアナ。
すると、エレナ博士の目の色が変わった。
「本当? じゃあ大賛成!」
一番弱い所をつかれたか。
「これからは、ユリーと呼んでもよろしいですか?」
と、イーサン。
うっ。三対一か。
「はい。皆さんよろしくおねがいしまーす」
ユリー(ユリアナ)は笑顔で挨拶した。
「おまえらなー」
俺は頭を抱えた。
この物語はフィクションです。実在する家名や、国とは関係ありません。