20-1 アメリカへ
今回は後半の一部に、あるSFドラマのパロディがあります。
これまでの主な登場人物紹介(今回の話に登場する者)
<ショウ> ……主人公。レリックハンター。ユリア・シティを任されている。
<ユリー> ……本名ユリアナ。火星王の姪。主人公のフィアンセ。幽霊や爬虫類が嫌い。
<エレナ博士>……機械・物理・化学・電子工学博士。後に主人公の本当の母とわかる。
<イーサン> ……エレナ博士が市販のアンドロイドに手を加えて作った。
<ラム> ……歌手。コンサートの名目で火星に来ている。主人公のフィアンセ。
<シェリー> ……メイド・アンドロイド。主にユリア・シティの邸宅を管理。
<カトリーヌ>……医者で生物学者。エジプト王の孫。主人公のフィアンセ。
<エマ> ……精神科医。センテカルド国の姫。主人公のフィアンセ。
<エクエル> ……エルフの長。エルフの故郷の星にいる。
火星に帰っていた俺たちは、俺とユリー、ラムの三人でユリア・シティの視察に出かけた。
今回はアーム・シティの自宅からスターダストで来たが、ユリア・シティ郊外に新たに建設した空港には降ろさずに、オリンポス山の裾野に新しく出来上がった自分たちの邸宅に直接やってきた。
この邸宅はかなり大きく、見た目はヨーロッパの宮殿というか、メルヘン映画に出てきそうな宮殿のイメージだ。
古いものをそのままコピーしたわけではなく、オリジナリティが感じられる。
敷地もかなり広く、海が見える側にはヨーロッパ風の大庭園があり、オリンポス山側には客用の大きな駐機場がある。
その駐機場の地下には、スターダストやヘリオス専用の格納庫も作ってあるが、どうせまだ客は来ないので、俺はその客用駐機場にスターダストを降ろした。
俺たちがスターダストを降りると、この邸宅の管理を任せてあるメイド・アンドロイドのシェリーが、屋敷の中からうれしそうに走って出てくる。
「旦那様ー!」
「やー、シェリー」
俺は片手を軽くあげて返した。
「旦那様、ユリー様、ラム様、お待ちしていました」
「この家もすっかり完成したわね」
と、ユリー。
「でも広いから、私だけでは管理が大変なんですぅ」
シェリーはそう言って、おねだりするような表情で俺を見てきた。
そうだな。今はこの邸宅もできたばかりで俺たちもここに来ることはまだ少ないが、これからは掃除や庭のメンテナンス、俺たちがいるときの調理など色々と仕事があるはずだ。
「あと何人ぐらい必要?」
俺が聞いた。
「えーっと、あと最低でも四人ぐらいですね。もし旦那様の夜のお世話が必要なら、五人ぐらいです」
シェリーがそう言って、ちょっといたずらっぽい目つきをする。
「いるか!」
「あーそうですよね。ユリー様やラム様がいらっしゃいますものね?」
「こらこら」
ラムが軽く叱った。ラムはシェリーの扱いに慣れている感じだ。
ラムにはこの都市の建設を主導してもらっていたので、シェリーと一番長く接しているからな。
「まあ、近いうちに市販のメイド・アンドロイドを四体買うか」
俺が言った。
「はい、お願いします。最近は市販のアンドロイドでも、夜のお世話が出来るタイプが……」
シェリーがまた余計なことを言い始めたので、俺はそれを途中で遮る。
「ゴホン。それじゃあ、早速ユリア・シティの視察に行くぞ」
まったく。
「はーい。では、エアカーをこちらに回します」
シェリーはそう言って、リモコンをポケットから取り出して操作をすると、少し離れたところに停めてあったエアカーが俺たちの目の前まで自動でやってきた。
俺は運転をシェリーに任せ、エアカーの助手席に乗ることにして、ユリーとラムは一緒に後ろの席に乗った。
俺たちを乗せたエアカーは邸宅の門を出てシティの中心部に向かう長い下り坂の道に入るが、この邸宅付近は高台になっているので、前方にはユリア・シティ全体が見渡せている。
シティの中心付近ではオフィス・ビルが次々と建設中だし、住宅地域ではマンション、そして郊外では工場の建設が今も続いていた。
この町は、ラムの意見で火星の他の町よりも公園や緑を多くしているし、近くには海もある。
環境が良く、マンションやオフィスは完成する端からすぐ売れてしまうので、工事はいつまでたっても終わらない。
俺たちはユリア・シティの市街地に入ると、すでに人が住んでいる地域を中心に視察をしていく。
ここには現在五十万人以上が住んでいて、窓から眺めていると買い物客やデートをしているカップルも見受けられた。
「あのムーの海底都市から来た皆は、火星の暮らしにうまく適応できてるかな?」
俺がそう聞くとシェリーが、
「大丈夫みたいですよ。今から寄ってみますか?」
と、言ってきた。
「ああ、行ってみよう」
俺たちが海底都市から来た人たちが住んでいる地区に着き、その地区の公園の側にエアカーを停めて降りると、あのアスカの父の区長が俺たちを見つけて急いでやってきた。
あの区長たちには引き続きここの人々のとりまとめをしてもらっているので、何か住民からの要望があるのかもしれない。
まずは、区長が俺たちに挨拶してきた。
「お久しぶりです。このたびは本当にありがとうございました」
「皆さんの様子はどうですか?」
俺が聞いた。
「だんだん火星での生活に慣れてきました。そして今では、我々は皆ここに来てよかったと思っています」
「それを聞いて安心しました」
海底都市に住んでいた人々は、当時は服も粗末なものを着ていたが、今ではこの区長も今風のカジュアルな服を着ているし、腕時計もつけている。すっかり火星の暮らしに溶け込んでいるように見えた。
「でも、お世話になってばかりはいられません。皆が、そろそろ何か仕事をしたいと言っております」
「そうですか?」
今は、海底にあったムーの都市から持って来た金塊を売却して、彼らの生活費に当てている。
まだそれがだいぶ残っているので、彼らは当分働かなくてもやっていけるのだが。
「我々には、働かざる者食うべからず、という掟がありました。皆働きたくてうずうずしています」
「あーなるほど。では、どんな仕事がしたいとか、希望はありますか?」
「私たちは長年あの海底で暮らすために、自給自足の生活をしてきました。多くの者は植物工場で、食料を生産していました。若者には自分で新しい仕事を見つけさせますが、少し歳がいったものは、同じような仕事があればやりやすいでしょう」
俺はラムを見る。ラムは数人いるここの副知事の一人だ。
「そうね。そういう事は、ブレンダに聞いた方がいいわ」
と、ラム。
「そうだったな」
一応俺が知事ということになっているが、一人ではもちろん無理なので、副知事を何人か置いて得意分野を彼女らに任せてある。
都市設計と建築の総括はラム、産業関係はブレンダ、医療防災関係はエマという具合だ。
ブレンダは前回の移民船で地球から来た二十代の女性で、もともと地球の公共機関で同じような仕事をしていたので、抜擢して任せてあった。
俺は副知事のブレンダに電話を掛ける。
「ブレンダ、今いいかい?」
「あーこれは、ショウ様?」
「ショウでいいよ。で今、ムーから来た人たちの所に来ていて、彼らができれば農業プラントみたいなところで働きたいと言ってるんだけど」
「それでしたら、今郊外に建てている第二野菜工場が、あと一週間で出来上がります。そこの従業員募集を明日から始めるところでしたが、そちらを優先的に任せましょうか」
「そうしてくれる?」
「わかりましたわ。あと、ショウ様の『様』をつけておかないと、奥様方ににらまれるといけませんので」
「え?」
「それでは」
はは。まだ結婚してないから奥様じゃないけどな。
俺はムーの区長に、新しい野菜工場の従業員募集の事と、その連絡先を伝えてそこを後にした。
エアカーが発進すると、ラムが後ろの席から、
「都市運営もだいぶ軌道に乗ったわね」
と、言ってきた。
「ああ。ラムを始め、みんなのおかげだよ」
「それでなんだけど、そろそろ私も一旦地球に戻らないと」
ユリーはそれを聞いて、少し寂しそうだ。
「そっかー。芸能人としての仕事が入っているのよね?」
「私はこのまま火星に居たいんだけど、今後も芸能活動を続けるなら、あまりキャンセルとかしない方がいいし」
「で、いつから地球でのスケジュールが入ってるんだ?」
俺が聞いた。
「来週から。私は火星コンサートを終えて、今は帰りの旅客船で移動中という事になってるのよ」
先週行われたラムの火星コンサートは、予想通り大盛況のうちに終わった。
結局ラムはサインをしたがらないので、サインをせがまれていた何人かには、サインの代わりにコンサートチケットの一番いい席を送ってあげた。彼らはそれで喜んでいたっけ。
「そうだったな」
現在はまだワープの技術を公開していないので、地球と火星の距離が少し離れている今の時期は、通常は移動にニ週間程度掛かってしまう。
でも俺たちはワープが出来るので、ラムはギリギリまで火星にいられるわけだ。
「じゃあ、明日にでも地球まで送ろうか」
「うん。ありがと。一時間で着くなら、もっとギリギリでもいいけどね」
ラムがウインクしてきた。
するとユリーが俺に、
「地球に行くなら、前に言ってた、リゾートホテルの視察にもいかない?」
と、言ってきた。
「あーそうか」
実はこのユリア・シティは海に面しているため、火星中から観光客も来始めている。
今はまだ中心部の都市型ホテルしかないので、海沿いにリゾートホテルを建てようかと皆で話していた。
自分たちで建ててもいいし、地球のリゾートホテルチェーンを誘致してもいいが、まずはその視察に行こうと言っていたのだ。
俺たちはアーム・シティの家に帰ると、夕食の時に二日後にラムを送りに地球に行くことを皆に知らせた。
ユウコは今回は仕事で都合が悪いし、カトリーヌはここのクリニックとユリア・シティ中央病院の院長も兼ねているので忙しい。エマもユリア・シティの医療、防災関係の副知事をしているので、ちょっとやることがあるそうだ。アデル教授はもちろん大学だ。
俺たちはいつもの様に、ユリーとエレナ博士、イーサンで、ラムを送りに地球に行くことにする。
「一週間後に伯爵の授与式があるから、それまでに戻らないとね」
ユリーが言ってきた。
そうだった。俺は結局王様に丸めこまれて、爵位を貰うことになってしまった。
爵位なんて面倒くさいだけだが、ユリーやエマ、カトリーヌのために受けて欲しいと言われてしまったので、仕方なく受けたのだ。
「一週間もかからないと思うけど、前みたいに何があるかわからないからな」
俺が返した。
王様が言うには、まず伯爵から始めて、ユリーやエマと結婚したら侯爵にするとか言っていた。
位としては上から、王様、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順だ。
王様も爵位だけ受ければ、あとは今まで通りレリック・ハンターをやっていてもいいなんて言ってたが、なんか忙しくてそれどころではないんじゃないかと思う。
「意地でもレリック・ハンターをやってやるぞ」
俺は思わず口に出した。
「どうしたの急に?」
カトリーヌが聞いてきた。
「あ、いや、なんでもない」
二日後、俺たちはスターダストで地球に向かった。
ヘリオスと交互に使いたいところだが、あれは元々駆逐艦だから他国に行くときには変な誤解が生じないように、スターダストで行くことが多い。
イーサンが操縦して、いつもの様に火星から十分離れたところでワープして地球に接近する。
そして、アメリカ大陸の上空に来た時だ。
「ん?」
エレナ博士が何かに気が付いた。
俺は副操縦席からエレナ博士の方を振り向く。
「どうした?」
「今、一瞬だけど亜空間通信機に信号が入ったわ」
「私たち以外で亜空間通信ということは、異星人?」
ユリーが聞いた。
「おそらくね。でも一瞬だったから、内容はわからないわ」
「発信源は?」
と、俺。
「それも短すぎて、わからなかった。あとでコンピュータと連動させて、次に受けた時は解析できるようにしておくわ」
俺たちがそんな話をしているうちにも、イーサンは船をどんどん降下させていく。
「もうすぐラムの家です」
と、イーサンが言ってきた。
前方に目を戻すと、ラムの家の敷地内にある滑走路や、プール付きの現代的な邸宅が見えてくる。
「もう着いちゃったわね」
ラムは俺たちとの別れが近づき、名残惜しそうだ。
「地球でのスケジュールが終わったら、また迎えに来るからさ」
と、俺。
「うん」
イーサンがラムの家の駐機スペースにスターダストを着陸させるとラムが、
「ねえ、お茶でも飲んで行かない?」
と言ったので、俺たちは少し寄っていくことにした。
ラムと母親のスーザンと妹のリリーがお茶やお茶菓子を出してくれ、俺たちはリビングのソファでくつろいだ。
そしてお茶を飲みながら、たわいもない話をする。
「……それで、ユリア・シティに新しく屋敷を建てたんだけど、これが写真よ」
ラムがそう言って家族に携帯端末の写真を見せると、リリーが反応する。
「わー綺麗な宮殿。実物を見てみたいわ」
王様じゃないから、宮殿じゃないけどな。
でも、ヨーロッパの宮殿以上に宮殿らしい佇まいだ。
「今度火星においでよ、もう出来上がっているからここに泊まれるし」
俺が言った。
「うん!」
「さて、じゃあ俺たちは、そろそろ行くか」
「このあと、リゾートホテルを見に行くんだっけ?」
ラムが聞いてきた。
「ああ。それで、もし部屋が空いていれば、今晩泊まっていくかも知れない」
「いーなー。私はもう明日から仕事が入ってるからなー」
ラムはうらやましそうだ。
「また今度一緒に行きましょ?」
と、ユリー。
でも、どこのホテルにするかはまだ決めてなかったな。
こういうことはやはり、地元の人間に聞くのが一番だろう。
俺はラムに聞いてみることにする。
「アメリカで、おすすめのリゾート地やホテルとかある?」
「今の時期は、そうね……フロリダがいいかもね。マイアミにいいホテルがあるわ。でも人気があるから、部屋は空いているかしら」
「まあ、空いてなかったら、すぐに火星に帰ってもいいしな」
するとエレナ博士が、
「ダメもとで直接連絡してみたら? 案外キャンセルが出て、入れたりすることがあるから」
と、言ってきた。
俺は早速携帯端末で、マイアミの海岸に面して建つラムおすすめのホテルに連絡をしてみる。
エレナ博士が言った通りキャンセルが出たようで、当日なのに予約が取れたのはラッキーだった。
お茶が終わると、ラムが俺たちをスターダストの所まで見送ってくれる。
「じゃあこれから三カ月間地球でのスケジュールをこなしたら、後は火星の事務所に移るから。そうしたらまた迎えに来てね。しばらく寂しいわ」
ラムがそう言って、俺にキスしてきた。
「じゃあ、また三か月後な」
ユリーはラムと抱き合って、別れの挨拶をする。
「今度はちゃんと、ショウからも定期的に電話させるからね」
そうだった。
ラムも俺と結婚することになったわけだし、今後はこまめに連絡しないとな。
俺たちはラムに別れを告げると、再びスターダストで飛びだった。
ラムの家はアメリカ西海岸のロサンゼルス郊外にあるので、俺たちはアメリカ大陸を横断して東海岸へと向かう。
アリゾナの森林公園の上を超え、テキサスの荒れ地の上を飛んで、メキシコ湾をかすめてフロリダに到着した。
イーサンがマイアミ空港にスターダストを着陸させると、俺は皆の方を見る。
「じゃあ、これから皆でいっしょに、ホテルのプライベート・ビーチに海水浴に行こうか?」
先程予約した時に聞いたが、そのホテルでは当日宿泊客はチェックイン前でも、プライベートビーチと着替え用のロッカールームやシャワー室は使えるという事だった。
「いいですね、海水浴に行きましょう」
と、イーサンも目を輝かせる。
「え? お前も海に入るのか? 錆びても知らないぞ」
「私はそんな安くできてませんから、大丈夫です」
「そうなんだ?」
あれ? 前に涙で錆びるとか言っていたような……。
するとエレナ博士が、
「私とイーサンは亜空間通信機の改造をしているから、ユリーと二人で行ってきて?」
と、言ってきた。
「そうか? わかった」
でもそれを聞いて、イーサンが残念そうな顔になる。
はは。
俺とユリーはタクシーに乗り、予約を取ったマイアミのホテルに行った。
そしてホテルのフロントで手続きをしてから、一階のロッカールームで水着に着替える。
俺が先に着替え終わって待っていると、ユリーが女性用ロッカールームから水着に着替えて出て来た。
上にシャツを羽織っているが、ユリーの水着は小さくて、目のやり場に困ってしまう。
まともに見れないじゃないか。
そんな俺にユリーは、
「二人だけなんて久しぶりね」
と言って、俺の腕に手を回して密着してきた。
うーん。
俺たちは、そのまま中庭にあるプールの脇を通ってホテルのプライベートビーチに向かう。
そのプールサイドでは、ビーチ・チェアでくつろいでいる人もちらほら見受けられた。
俺たちはその横を通りぬけ、ヤシの木の間を砂浜に降りる小道に出ると、そこに立ち止まって目の前に広がる景色を眺めてみる。
白い砂浜。さんさんと降り注ぐ太陽の光。海は青くそして輝き、遠くには豪華なヨットが浮いていた。
次に深呼吸してみる。
「気持ちがいいなー」
俺がそう言うと、ユリーが、
「天国があるとすれば、こういうところなのかも知れないわね」
と、言ってきた。
「さ、泳ごう」
「うん」
俺たちは砂浜に駆け降りて、水を掛けて遊んだり泳いでみる。
そして、ビーチパラソルの下で日陰になった椅子に腰かけて、遠くのヨットを眺めた。
「地球もいいな」
俺が言った。
「そうね、たまにだからよけいね」
ユリーがそう言って、ボーイが持ってきたトロピカル・ドリンクに手を伸ばす。
「そうだな」
ここに住んでいたら、この景色もそのうち飽きてしまうんだろうな。
すると今度はユリーが、椅子に座ったまま片手で足元の砂をすくい上げ、指の間から砂を流す。
「でもやっぱり、火星でもこの白い砂浜は欲しいわね」
火星にも今回海が出来てユリア・シティのすぐ近くに海岸が出来たが、土や岩が多くて、あまり海水浴を楽しむという気分にはならない。
「じゃあ、人工的に作るか」
「そうしましょ?」
砂を地球から運ぶのか、それとも作る方法があるのか。後でエレナ博士に相談しないとな。
俺たちはしばらく海水浴を満喫した後、服を着替えてから少し遅い昼食をとることにした。
ホテルの近くのレストランに入って席に着き、注文した料理を待っていると、左隣の席から会話が聞こえてくる。
俺たちと同い年ぐらいのカップルの男性が、前に座った女性に話している。
「……それでこないだ俺の兄貴が、幽霊船に追いかけられたって言ってた」
「逃げきれたの?」
「だから話を聞けたんだ」
「そりゃそうね」
右隣の席でも噂話をしている。こちらは若い女性同士だ。
「ねえ、また幽霊船が出たらしいよ」
「えー? またー?」
「今度は巡視船が見たらしいわ」
「じゃあ、嘘じゃないってこと?」
なんか、幽霊船の話でもちきりだな。
俺は、右隣の女の子たちに聞いてみることにした。
「ごめん。俺たち旅行者なんだけど、幽霊船って?」
「最近出るのよー」
その女の子が、ちょっと怖そうにしながら言ってきた。
「昔のボロボロの帆船らしいわ」
と、向かいにいた女の子がつけ足す。
「どのあたりに?」
俺は聞いてみた。
「このフロリダ沖らしいわ」
「なんでもバミューダ・トライアングルの中らしいわよ」
向かいの女の子が、再びつけ足してきた。
昔テレビの番組で見たことがあるが、バミューダ・トライアングルというのは、フロリダ沖の一辺が千五百キロぐらいの三角形の海域をそう呼んでいるそうで、昔からこの辺りで行方不明になる船や航空機が後を絶たないらしい。
「へー? 幽霊船か。探しに行ってみたいな」
俺はちょっと興味がわいて、言ってみた。
「だめだめ、そういうの絶対ダメ」
ユリーは、怖そうに首を振っている。
隣の女の子も、
「そうよ、行かない方がいいわよ。最近でも行方不明になっている人もいるらしいから」
と、言ってきた。
「そうなんだ?」
しょうがない。探しに行くのはやめておくか。
俺たちは食事を済ませたあと、一旦マイアミ空港に戻った。
スターダストのコックピットに入ると、エレナ博士とイーサンが改造作業を終えて、道具などを片付けているところだ。
「ああ、おかえり。楽しんだみたいね」
と、エレナ博士。
「えっ?」
どうしてわかったんだろう。
「肌が真っ赤よ」
ああ、そうか。
「どう? 亜空間通信機の改造はできた?」
俺が聞いた。
「たぶんこれで大丈夫よ。次に通信があったら、記憶して解析できるわ」
「じゃあ、ホテルに行こうか。イーサンはここで電波を監視しててくれよ」
「あ、はい……」
イーサンは、留守番で少しがっかりしたようだ。
俺たちはイーサンをスターダストに残して、先ほどのホテルに向かう。
その途中のタクシーの中で俺はエレナ博士に、火星にも白い砂浜を作れないかとういう話と、町では幽霊船の噂で持ち切りだということを話した。
「幽霊船は、蜃気楼かも知れないわね」
エレナ博士が言った。
「そうなんだ?」
蜃気楼か。
「揺らめいて見えるから、幽霊に見えるのかも知れないわ」
「なるほど」
まあ、幽霊なんているはずないだろうしな。
「白い砂浜はできる?」
今度はユリーが聞いた。
「そうねー。白い砂浜は、サンゴや貝のかけらが主成分ね?」
そう言って、エレナ博士が少し考える。
火星の海にはまだ魚もいないし、もちろん貝やサンゴも無いから、白い砂浜の材料自体が無いわけだ。
「じゃあ、無理かなー?」
「んー、そうね。あとで、安くて早く出来る方法を検討してみるわ」
ホテルに着くとチェックインしてそれぞれの部屋に行き、少し休んでからラウンジで待ち合わせる。
俺がラウンジに行くと、すでにエレナ博士が待っていて、窓から黄昏時の海を眺めていた。
エレナ博士は一緒に泳ぎにこなかったが、海が嫌いとか怖いというわけではなさそうだ。
俺はエレナ博士の前の席に座りながら、
「一緒に泳げばよかったのに」
と、話しかけた。
「私は肌を焼きたくないから、こうやって見るだけでいいのよ。……でもなつかしい」
「え?」
「若いころは、アメリカに住んでいたからね」
「そうなんだ?」
そういえば、若いころの話は全然聞いたことがないな。
「お待たせー」
そこに、ユリーも来た。
そのあと俺たちはホテルの支配人にオーナーを紹介してもらい、オーナーと一緒に夕食をしながら、火星に支店を出さないかとういう話を持ち掛けてみる。
どうやら乗り気のようで、検討して後から連絡をくれることになった。
おそらく、共同経営という形になりそうだ。




