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レリック・ハンター  作者: 中川あとむ
第十九話 洗脳電波
76/156

19-4 取引

 イーサンがヘリオスを茨城宇宙空港のプライベート・スペースに着陸させると、俺たちは分析室で作業を始めているエレナ博士のところに様子を見に行く。


 今エレナ博士は作業台で、カバーを外した状態のゲーム機の内部の部品に、横に置いた測定器から伸びたケーブルを接続しているところだ。

 なんか、忙しそうにしている。


 次にエレナ博士がゲーム機の電源ケーブルをコンセントに差し込むと、その測定器のモニターには様々な情報が表示され始めたが、電子工学にうとい俺たちにはその意味はわからない。


 分析作業は始まったばかりで、まだまだ掛かりそうだ。


 俺は、斜め後ろで同じくその作業を見ていたユリーとユウコに言う。

「俺たちがここにいても何も出来ないから、リビングで待ってるか」


 ユウコは、

「それがよさそうね」

と言ってドアの方に向かうが、ユリーの方は様子がちょっとおかしい。


 ユリーは俺の顔をじっと見てきたが、なにやら顔が赤いし目が少しギラギラしているようだ。


 ん?


 するとユリーが俺にぐっと近づいてきて、俺の首に手をかけてキスを迫ってきた。


 今までユリーが自分から迫るなんてことは無かったものだから、俺は少し焦ってしまう。

「ユ、ユリー? どうしたんだ?」


 それを聞いて、部屋を出ようとしていたユウコが気がついて戻ってくる。

「二人だけで、ずるーい。私もまぜてー」

そう言いながら、ユウコも俺に抱き着いてきた。


 ユウコはいつもこんな感じだが、ユリーの様子は明らかに普通ではない。

 まさか……。


 俺は二人に抱きつかれながら、ゲーム機の方に集中しているエレナ博士に聞いてみる。

「エ、エレナ博士? ユリーの様子がおかしい。まさかこれも、ゲーム機のせいか?」


 でも、それでこちらを見てきたエレナ博士の顔つきも、いつもと違っている。


 え?


 俺はそのままユリーとユウコの二人の勢いに押されて、後ろによろけてしまった。

 その時俺が、ゲーム機の電源ケーブルに足を引っかけたようだ。ゲーム機の電源が落ちた。


 すると、ユリーとエレナ博士がハッと我に返る。


「あー、なんてこと? うかつだったわ。ゲーム機の電源ケーブルを繋いだだけで、影響が出てきたわ」

と、エレナ博士。


 ユリーは俺から少し離れて顔を赤らめ、両手で頬を挟む。

「わ、わたし、なんか急にムラムラと……」

恥ずかしそうに言った。


「思春期とはそういうものだそうですよ。本に書いてありました」

イーサンがユリーに。


 俺はイーサンを半目で見る。

「いったい、何の本だ?」


「恋愛入門です」

「なんで、そんなのを読んでるんだよ」

「人間の生態の研究です」

「ったく」


「でも、ユリーはそれくらいの方がいいわよ」

と、エレナ博士。


 はは。


「それで、みんな大丈夫か?」

俺はそう言って、皆の顔を見回す。


 ユウコはいつもと変わらない感じだ。

 

 ユリーは少し照れくさそうだ。

「もう大丈夫……」


「電源が入っていたのは短い時間だったから、影響もすぐに消えたみたいね。でもおかげで、スカーレットに今回の報酬の話をしてないのを思い出したわ」

エレナ博士は、そう言ってニヤリとした。


 本当にもう影響されてないんだろうか……。


「でもこれで、やはりこのゲーム機が人間に何かしらの影響を与えていることがわかったな」

俺が言った。


「そうね。分析作業も距離をとって慎重にやらないといけないわね。この部屋にいるのはイーサンだけにして、私は他の部屋から遠隔でイーサンに指示しながら分析するわ」

エレナ博士はそう言ってゲーム機の方に目を戻す。


「じゃあ私たちは、リビングに行きましょ?」

と、ユウコ。


「そうだな」


 俺がそう応えて、俺とユリー、ユウコは分析室を出た。



 俺たちが船内のリビングでそれぞれ時間を潰していると、しばらくしてエレナ博士とイーサンがやってきた。

「みんな。待たせたわね」


「あ、何かわかった?」

俺が聞いた。


 エレナ博士はリビングのモニターにゲーム機内部の画像を映し、その一部を拡大表示した。

 そこには変わった形の部品がある。下の方は円柱形だが上が二つに分かれていて尖っている。

 大きさはせいぜい二センチぐらいだろう。


「この部品よ。これが一種の『洗脳電波』を出しているわ」


「「洗脳電波!?」」

俺たちは驚いた。


「そう。今回は近くにいる人間の欲望を駆り立てているみたいだけど、おそらくプログラムを変えれば、違う影響を与えることもできそうだわ」


「違う影響って?」

俺が聞いた。


「例えば、人間を凶暴化させることもできるんじゃないかしら」

「それは、やばいな」

 

「これって、さっきの科学者たちのしわざ? それとも、サクバス人が他の誰かに乗り移ってこれを作ったの?」

ユリーがエレナ博士に聞いた。


「あの科学者たちと、このゲーム機のメーカーとの接点はまだわからないわ。いずれにしても、この特殊な技術や、ショウから聞いたさっきの男の頭の中の様子からしても、おそらくサクバス人に乗り移られた奴がこれを作ったに違いないわね」


 ユウコが俺の方を向く。

「さっきスカーレットさんに、サクバス人は人間を堕落させて楽しむ、みたいなこと言ってたわよね?」


「ああ」

「ということは、サクバス人はどこかに隠れて、人間たちを見て楽しんでいるの?」


 ユウコはロサンゼルスの時に火星で留守番していたから、サクバス人についてはそれほど詳しくないので聞いてきたわけだ。


 俺はうなずく。

「さっきの男には、サクバス人は乗り移っていなかったから、おそらくそういうことなんだろうな」


「それだけじゃないかも知れないわ」

と、エレナ博士。


「え?」

俺たちはエレナ博士に注目する。


「おそらく、この電波に長時間さらされた人間は、サクバス人が乗り移りやすくなるんだろうね」


 ユリーがそれを聞いて焦る。

「え? このゲーム機は、すでに何百万台も売れているんでしょう? もしかしてサクバス人は、これを利用してすでに目的の重要人物に乗り移っているのかしら」


「可能性はあるわね」


 このゲーム機が家にある政治家や実業家もいるだろうし、どこかの王族も持っているだろう。

 その中の誰かにすでに乗り移っていて、次の混乱を起こす準備でもしているかも知れないな。


「ところで、さっきショウがあの電波の影響を受けなかったのはなぜ?」

ユウコが聞いてきた。


 エルフのエクエルによると、サクバス人は意志が強い人間に対しては、誘惑したり精神を乗っ取るのは難しいということだった。

 ということは、おそらくこのゲーム機が出している電波も、意志の強い人間なら短時間浴びたぐらいではあまり影響されないということなんだろう。


「それは、俺の意思が……」

俺が答えようとすると、途中でイーサンが口を出す。

「それは、社長が天然だからです」


 こいつめー。


 俺が反論しようとすると、ユウコが納得している。

「あーなるほど。ショウはそういうところ、あるものね」


「あのなー。ユウコまで……。そういうユウコも、あまり影響されなかったみたいじゃないか」

俺は半目でユウコを見た。


 ユウコはあさっての方向を見て、ユリーは笑いをこらえている。


「あ、えーっと……」

ユウコが話題を変えようと、モニターに映っている部品の画像を指す。

「……でも、こんな目立つ部品なら、こっそりと組み入れることはできないでしょ? このゲーム機の会社の誰かが、今もサクバス人の影響下にあるということよね?」


 エレナ博士がうなずいた。

「そういうことよ。おそらく、設計や部品調達に口を出せる人間に今も乗り移っているかもしれないわ。次は、それを探らないとね」


 続けてエレナ博士は、船のコンピュータに話しかける。

「コンピュータ?」


「はい」

「『満点堂電子』という会社の資料を検索して、このモニターに表示して。人については技術担当と部長以上は全員ね」

「わかりました」


 コンピュータが検索してきた資料が、画面にいくつか表示された。


 エレナ博士がモニターの前に立ち、手をかざしてファイルを開き、いらないものは横によけていく。

「けっこう、関与できそうな人が多いわね。それに、もし設計や製造を外部の会社に丸投げしていたら、乗り移られている可能性のある人間の候補はもっと増えるわ」


 今、一覧で表示されている満点堂電子の関係者だけでも数十人はいそうだ。


「この人たちを、一人ずつ調べていくのは大変そうね。何かいい手はないの?」

と、ユウコ。


 するとユリーが、何か思い出したようだ。

「そういえば午前中に、ショウがアデル教授にタロット占いをしてもらったでしょ?」


「ああ、そう言えばみんなで集まっていたわね?」

エレナ博士が、少しいぶかしげに聞いた。


「あ、あのトラブルって、この事?」

ユウコも思い出したらしく、そう言ってユリーと俺の顔を見てくる。


「なになに? ちゃんと詳しく教えてよ」

と、エレナ博士。


 俺はどんな占いの内容だったか、エレナ博士に説明する。

「えっと確か今回トラブルが起きて、それは堕落か悪魔が原因で、女性がカギを握っているらしい」


「そうそう」

ユリーがうなずいた。


「占いだから、信じるかどうかという問題はあるんだけど、もし当たっていれば女性がキーかもしれないな」


「占いか……。でもそういうことなら、先に女性に絞り込んで調べてみるか……」

エレナ博士はそう言って、画面の資料の中で女性を絞り込み始める。

「……社長が女性だわ。コンピュータ? 今度はこの社長の情報を詳しく検索してみて」


「個人情報が保護されている場合は、強制的に開きますか?」

「もちろん」


 おいおい。コンピュータにハッキングさせるのか?


 すぐに、その女性社長の情報が表示された。


「この社長は電子工学の専門家でもあるわね。そして会社の近くのマンションに住んでいる。サクバス人が乗り移るにはちょうどいいわ」

と、エレナ博士。


「どういう事?」

ユウコが、横にいる俺に聞いてきた。


「サクバス人は、精神的に乗り移ることができるけど、いざという時のために自分の体をなるべく近くに置きたがるんだ。遠い場所だと、戻れないらしい」


 ユリーが、

「つまりー、その近くに宇宙船が隠してあって、会社にいるときも自宅にいるときも、いざという時にすぐに逃げ出せるわけね?」

と言ってきたので、俺はうなずく。


「ふーん? サクバス人って、けっこう臆病なのね」

と、ユウコ。


 臆病? なのか……。


「そう言われてみれば、そうか。でもそれなら、うまく脅せば、案外簡単に降参するかも知れないな。あいつらはレイガンの麻痺モードでも死んでしまうから、捕まえるのにどうしたらいいかと思っていたんだ」

俺が言った。


 そこに茨城警察の署長から電話が掛かってきた。スピーカーにして皆で聞く。

「例のあの男ですが、鎮静剤が抜けると、我に返ったように反省してます。そして他の異常行動者の自宅にも例のゲーム機がありました」


「わかりました。ありがとう」


 俺が電話を切ろうとすると、署長が続ける。

「あのゲーム機の会社を、家宅捜索しますか?」


 エレナ博士をチラッと見ると、首を横に振っている。たしかに今、家宅捜索したら逃がしてしまうかもしれないな。


「もう少しこちらで調べて証拠を固めますので、あのゲーム機の会社に対してはまだ何もしないでください」

「わかりました」


 俺は電話を切った。


「とりあえず、ショウが頭の中に入ってそのゲーム機を壊せば、元に戻るのね?」

と、ユリー。


 ユウコが俺をチラッと見る。

「でも、犯罪者全員にさっきみたいなことはできないし……」


 多くの犯罪者の中からこのゲーム機に影響された人間だけを割り出すことが出来たとしても、世界中には最低でも数十万人はいるだろう。


「ああ。俺一人では無理だな」

俺はそう応えながら、エレナ博士を見る。


 エレナ博士なら、何かいい案があるかもしれない。


「とりあえず、あの洗脳電波が止まれば、だんだん本来の自分に戻れると思うわ。あの電波に影響を受けていた期間にもよると思うけどね」

と、エレナ博士。


 ユウコが少し心配な顔をする。

「ショウが頭の中に入った男も、留置場に入れられていた間は電波にさらされてなかったわけだから、元に戻るまでにずいぶんかかりそうね」


 はたして、元に戻るのにどれぐらい時間がかかるんだろうか。


「程度がひどそうな奴は、俺がまたやるしかないかもしれないな。でも、なるべく早く電波を止めた方がいいのは確かだ。それで、その洗脳電波を止めるには?」

俺はそう言って、エレナ博士を見た。


 エレナ博士は、モニター画面に目を戻す。

「この資料によると、このゲーム機はすでに三百万台も売れてるみたいだから、一台一台をどうにかするのは現実的じゃないわね。やはりこの会社の権限を持った人間を押さえて、この会社から、この部品を無効にするための修正ソフトを配信させるのが一番いいわ」


「そういう手があったか。それで、その修正ソフトはエレナ博士でも作れるのか?」

「もう少し分析に時間をかければ、何とかなると思うわ。でも、この会社から回路や制御ソフトの仕様などを聞き出せれば、時間を短縮できる」

「ということは、この女性社長がサクバス人に乗り移られているかはまだわからないけど、どちらにしても彼女を何とかするのが一番手っ取り早そうだな」

「そういうことね」


「でも、その動きを知ったサクバス人がどう出るかよね?」

と、ユリー。


 ユウコがニコリとする。

「逆にそれで、乗り移られた人間をあぶりだせるかもしれないわ」


「よし。じゃあまずは、この社長に会いに行ってみるか」

俺が言った。


「最悪の場合、ショウの黄の宝珠の機能で、無理やりにでも協力させればいいわね」

そう言って、エレナ博士はニヤリとした。


 はは。でもまあ、相手の出方によってはそうするしかないかもな。



 ゲーム機の会社も社長の自宅も、この茨城宇宙空港から遠くない場所のようだ。

 もう夜なので、俺たちは会社には行かず、調べた社長の自宅があるマンションにやってきた。


 この社長にサクバス人が乗り移っているかどうかはまだわからないが、今回はイーサンも連れてきている。

 もしサクバス人が幻影を見せてきても、アンドロイドなら幻影に惑わされないだろう。


 前回のロサンゼルスでは、急にユリーが脱ぎだす幻影を見せられて油断してしまったから、用心しないといけない。


「じゃあイーサン。もし俺たちが幻影を見せられたり乗り移られて様子がおかしかったら、よろしくたのむぞ」

俺が言った。


 いざという時はイーサンが頼りだが、図に乗るかも知れないので本人には「頼りだ」なんて事は言えない。


「その時は、みなさんを麻痺モードで撃ってもいいですか?」

「最悪の場合はな」


 するとイーサンが、俺を見てニヤッとした。


 こいつ。まさか、しらばっくれてわざと俺を撃ってこないだろうな?


 俺は念を押しておくことにする。

「いいか、俺たちを撃つのは最後の手段だからな」


「わかってますよ」


 本当に大丈夫だろうか……。



 俺たちはそのマンションのエントランスに入ったが、思った通りオート・ロックでインターホンがある。

 見ず知らずの俺たちが急に社長を訪ねても門前払いされるのがオチなで、ユウコに警官としてインターホンで呼び出してもらうことにした。


 早速ユウコが社長の部屋を呼び出すが、それ以外の俺たちはインターホンのカメラに写らない位置に移動する。


「どなた?」

相手の声がスピーカーから。


 ユウコが警察バッジをカメラの前にさっと見せて、すぐに引っ込める。

「警察の者ですが、少々お話を聞かせてください」


 ユウコは日系人なので、たぶん疑われないだろう。

 でも警察バッジをじっくり見せると、管轄外の火星警察だということがばれてしまうので、すぐに引っ込めたわけだ。


「……わかりました。どうぞ」


 おや? ずいぶんすんなりと入れるな。

 俺たちはこの社長が非協力的な場合には、いざとなったらテレポートで直接社長の家に侵入する事も想定していたが、そういう非合法的な事はしなくて済んだ。


 エントランスのドアが開くと、俺たちはエレベーターに乗り、皆で社長の部屋の玄関前に行く。

 玄関に顔を出したのは、検索した資料で見た品のある中年の女性社長だ。

 会社から帰ってきてそんなに時間も経っていないのだろう、スーツ姿のままだった。


「あら、ずいぶん大勢なのね」

俺たちを見て、その女性社長はさらりと言った。

 あまり驚いていない様だ。


 そして彼女は俺たちを家に招き入れ、応接間に案内する。

 すると、応接間のテーブルの上には、占っている途中のタロットカードが並べられていた。


 ここでもタロットカードか。


 俺たちがそれに注目しているのを見て彼女が、

「このタロットって面白いわ。意外と当たるのよ」

と、言ってきた。


「で、何かおもしろいことがでました?」

ユウコが聞いた。


「誰かが邪魔をしに来るとわかったわ」


 邪魔と言ったな?

 本当に占いで出たかどうかはわからないが、この社長にサクバス人が乗り移っている可能性が高くなった。

 もし、乗り移られてないのに、自分が何をしているか分かっていてサクバス人に協力しているなら、救いようがないが。


 でも、この余裕な態度は何だ? 自分でばらしたようなものじゃないか。


 すると急に辺りの空間が歪み始め、仲間の皆の姿が溶け始めて、ドロドロした怪物のような姿になった。


 幻影か。そのための時間稼ぎだったのか。


 すると、

「きゃー!」

と、その怪物の一体からユリーの声がする。


 そして、その怪物が俺にレイガンを撃ってきた。


 ワッ!


 でも、わずかに外れて俺の髪の毛が少し焦げる。


 まずいぞ。同士討ちさせるつもりか。


 俺はすぐに自分にシールドを張った。

「みんな、冷静に。これは幻覚だ!」


 まあ、怖がってやたらに撃つのはユリーぐらいだが、ユリーの射撃が不正確でよかった。


 すると次の瞬間、辺りが元の応接間の景色に戻り、皆の姿も元に戻る。


 見ると、女性社長の横にイーサンがいて、彼女の腕を捕まえていた。

 イーサンがすぐに動いてくれたようだ。


「お前は何? アンドロイド?」

女性社長に乗り移っていたサクバス人がイーサンに聞いた。


 イーサンのもう片方の手には、何かリモコンのような物を持っている。

 ロサンゼルスでイーサン・レインが持っていたものとは少し違うようだが、サクバス人はあのリモコンで、近くに隠してある自分の宇宙船から幻影を見せてきたに違いない。

 それをイーサンが奪いとったわけだ。

 イーサンはそのリモコンをエレナ博士の方に差し出し、エレナ博士は近づいてそれを受け取る。


 さて、これでこの女性社長にサクバス人が乗り移っているのが確実になったな。

 

「クソ」

女性社長に乗り移ったサクバス人は小さく悪態をついた。


 俺はその女性社長にレイガンを向ける。

「あきらめろ」


「そんなもので脅しても、無駄よ」

「わかっている。もし俺がここで撃っても、お前が乗り移っているこの人間が死ぬ前に、お前は宇宙船にある自分の体に戻るんだろ?」


「なぜ知っている? お前たちは何者?」

女性社長の口調が、少しきつくなった。


「サクバス人の相手をしたのは、初めてじゃない」

俺がそう言うと、彼女の顔が厳しくなる。

「ということは、カリフォルニアで動いていた仲間や彗星を持ってきた仲間を殺したのもお前たちだね?」


 麻痺させて捕まえようとしたら死んでしまったわけだが、それをここで言う必要はない。


「じゃあ、言わなくてもわかるだろ?」

「……でも、地球人に私の宇宙船を見つける事できないわ」


 カモフラージュしてどこかに隠してあるはずだから、たしかに簡単にはわからないだろう。


 するとイーサンが、

「見つけるのは簡単です」

と、言った。


 社長に乗り移っているサクバス人は、一瞬イーサンの方をきつい目でにらんだが、すぐにあれこれ考え始めたようだ。


 ここですぐに、宇宙船にある自分の体に逃げた方がいいのか。

 仲間二人がやられたということは、俺たちが何か特別な技術か力を持っているのか。

 こっそり宇宙船で脱出しようとしても、宇宙船を見つけられて攻撃されるのか。


 おそらくそんなことを、あれこれ考えているに違いない。


 そのサクバス人は、何かいい方法が無いかと思って辺りを見回していたようだが、応接テーブルの上のタロットカードに目が止まる。

 そこには、偶然かどうかはわからないが「恋人」のカードがあった。


 俺がアデル教授に占ってもらった時に「結果」として出たカードと同じで、意味は「交渉」だったか。


 社長に乗り移っているサクバス人はそれを見て思いついたらしく、

「いいわ、取引しましょう」

と、言ってきた。


「取引? 今はこっちのほうが優位だと思うけどな」

俺が言った。


「私を逃がしてくれるなら、できるだけのことはするわ。今人類に与えている影響を打ち消す修正電波を出すソフトを配信しましょうか?」


 え? 電波を止めるだけではなくて、影響された人間を元の状態に戻すこともできるのか?

 俺がエレナ博士を見ると、エレナ博士はうなずいてきた。


 でも、こんな簡単に事が運ぶとは、さっきユウコが言った通りサクバス人は案外臆病なのかもしれない。


 するとユウコが、

「信用出来ないわね。だいたい犯罪者は、そう言って逃げるのよ。私たちがいなくなったらまたやるかもしれないでしょ?」

と、言った。


「じゃあどうするればいい?」

と、女性社長に乗り移ったサクバス人。


 エレナ博士が、何かいい方法を思いついたようだ。

「そうね。じゃあ資料によると、あなたというか、あなたが乗り移っている社長は、あの会社の株式の五十パーセントを持っているオーナー社長ね? 私を技術担当の取締役にしてもらおうかしら。それで、とりあえず内部から監視できるし、口も出せるわ。あなたなら、他の株主や取締役の了承はすぐとれるでしょ?」


 エレナ博士は、サクバス人が修正ソフトを配信しないで逃げた場合の予防策として、これを要求したわけだ。


 俺が付け加える。

「そしてお前たちは、二度とこの太陽系に近づかないこと」


「ふっ。しょうがないわね」

サクバス人は、あきらめたようだ。


 イーサンがエレナ博士の合図で手を緩めると、その女性社長は携帯端末を操作し始め、取締役会ソフトと株主総会ソフトを使って、エレナ博士を取締役に任命する議決をその場でとリ始める。

 エレナ博士がそれを横から監視しているので、ちゃんとやっているだろう。


 上場していない会社なので、今の法律では専用ソフトで簡単にできるみたいで、すぐに他の取締役や株主から了承の議決が送られてきたようだった。

 おそらくこの社長が創業家で、他の取締役や株主は彼女の親戚といったところか。力があるのだろう。


 彼女は、結果を俺たちに見せる。

「これでいい?」


「それで、その修正電波の出し方は?」

エレナ博士が聞いた。


 女性社長は携帯端末を操作し、再びエレナ博士に画面を見せる。

「これが仕様書よ」


 エレナ博士は、それにざっと目を通す。

「わかったわ」


「さすがね、これだけでわかるなんて。では私はいなくなる。もうこの太陽系にはちょっかい出さないわ」


「他にもまだ仲間は残っているのか?」

俺が聞いた。


「今は残っているのは私だけ」


 ということは、もしそれが本当なら、あの脅迫してきた科学者やゲーム会社の技術担当者たちには、少なくとも現在はサクバス人は乗り移ってないわけだな。


「最後にもう一つ聞く。地球に来た目的は?」

「私たちは先遣隊。この星の人類が私たちの目的に合うのかどうかを確かめて、仲間が来るのまでの準備をしていた」

「で?」


「この星の人間も、私たちの技術で簡単に洗脳できることがわかったわ。それで、来月には母船で大規模に来る事を上に進言することにしていた。でもやめた方がよさそうね。あなたたちが、いるうちは」

そう言うと彼女は、ソファに座って背もたれにもたれかかり、動かなくなった。


 そして、しばらくすると起き上がる。

「ああ。やっと戻れたわ。自分に」


 どうやら、サクバス人の精神は宇宙船にある自分の体に帰り、元の女性社長の意識が戻ったみたいだ。

 彼女は自分の体をちょっと動かして、自分の意思で動けることを確かめている。


「会話は聞いてた?」

エレナ博士が聞いた。


「ええ。でも、永遠にあの状態がつづくのかと思ったわ。なんとなく声は聞こえるけど、自分では何もできない。夢の中の様な……あれは何なの?」


 俺たちはサクバス人の事と、あいつらが今回のゲーム機を通じておこなったことを説明した。


「それは、なんというか。抵抗できなかったとは言え、うちの会社の責任は大きいわね」

と、女性社長。


「で、そちらが修正電波を発信する更新ソフトを配信するのを確認したら、私は取締役の辞表を出すわ。警察の捜査も、私から権限を持った人に言ってやめさせる」

エレナ博士が言った。


 権限を持った人とは、議長のスカーレットの事だろう。


 社長は少し考え込んでから、

「いいわ。それならあなた、共同経営者にならない? 株式もいくらかあげるわ」

と、エレナ博士に言った。


「え!?」


 ずいぶん気前がいい話だな。


「私に権限が集中していると、また狙われるかもしれないし。それにあなた、経済誌で見たことがあるけど、MHICの取締役でしょ?」

その女性社長は、エレナ博士の方を見てニコリとする。


「ばれたか」

「うちはゲームだけではなく、電子部品の製造が本業なの。MHICで、うちの部品を使ってくれない?」


 つまり、エレナ博士を通じてMHICとの取引が出来るようになれば売上が大幅に上がるから、共同経営にするメリットは大きいわけだ。

 もしかしたら、エレナ彗星の混乱で世界中の景気が悪くなっているらしいから、この会社も本業の業績が傾きかけていたのかもしれない。


「そういう事ね。……いいわ。私から提案する」

「じゃあ、これで取引成立ね」


 女性社長とエレナ博士が握手する。


 俺たちは、その後の取り決めを色々としてから、女性社長の家を後にした。



 マンションのエレベータを待っているとユウコが、

「今のサクバス人は、もう地球を離れたかしら」

と言った。


「ユウコが言った通り、サクバス人は臆病みたいだから、もう逃げ出したんじゃないかな」

と俺は言いながら、先程ユリーが撃ってきて焦げた髪の部分を触る。


「それ、どうしたの?」

と、ユリー。


 ユリーは、怪物に怖がって自分が撃ったなんてことも忘れているようだ。

 まあ、ユリーに撃たれたなんて言ってもしょうがないな。


「これは……」

俺が適当に言おうとすると、イーサンが再び口を挟む。

「火遊びなんかしたらダメですよ」


 くっ。

 俺がユリーに気を使って言い返さないのをわかってて言ってきたな。



 エレベータが来たので、俺たちは皆で中に乗り込む。


「ところで、さっきイーサンが言ってた、サクバス人の宇宙船を探すのって簡単なの?」

ユリーが聞いた。


「あれは、はったりです」

と、イーサン。


「「えー!?」」


 ユリーを始め、俺やユウコも驚いた。

 エレナ博士は苦笑いしている。


 アンドロイドが、はったりなんて使うのか?


 すると、エレナ博士がハッとする。

「……いや、方法は本当にある。今思いついた」


「どんな?」

俺が聞いてみた。


「彗星を見つけたサクバス人のレーダー・システムよ。あれは指定すれば特定の物質を見つけることもできる。サクバス人の宇宙船には、地球では使われていない特殊な合金が一部に使われているから、それでわかるわ。おまけにあのレーダーなら、カモフラージュ装置も役に立たないはずだわ」


 話している間に、エレベーターが一階に到着してドアが開く。


「なるほど。でもこれで、当分奴らは地球や火星に手を出さないだろうな。また百年もしたら来るかもしれないけど」

と言いながら、俺はエレベータから降りる。


「そうね。でもあいつらも気が変わって、また来るかも知れないから、そのうち何か手を考えておくわ」


 エレナ博士は、サクバス人の宇宙船がこの太陽系に近づいたのを知らせてくれる監視システムでも作ろうとしているのかもしれない。

 あるいは、カモフラージュ装置を無効にするような仕組みでも考えているのか。


「待てよ。銀河の中枢部の星々の様に、銀河協定に入れてもらう事によって守ってもらう手もあるかもしれないな」


 たしか銀河協定に入っている星では、人に乗り移る行為は禁止されているとエルフのエクエルが言っていたはずだ。


「それには、まだ時間が掛かりそうね」


 そうだよな。まずは地球連邦が完全に統一されて……。


 俺はそんなことを考えながら歩いていたら、マンションの入口の透明なガラスにぶつかってしまった。

「イテッ!」


「今日は、そうとう運が悪いですね?」

イーサンが俺を憐れみの目で見てきた。


 エレナ博士とユリー、ユウコは笑いをこらえているようだ。


「占いが当たったわね?」

と、ユリー。


 今日は散々だ。

 ひったくりにあったり、受付で恥をかいたり、髪が焦げたり、ガラスにぶつかったり。


 俺は今ぶつけたところをさする。

「ああ。これからはもう占いをバカにしない」

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