2-2 癒しの力
エレナ博士が事務所のコンピュータを使い、リスル少佐から受け取ったメモリーの中に入っていた実行犯六人の顔写真を元に、政府の防犯カメラ・データベースで検索をかけている。
俺その画面を横で見ていた。
防犯カメラ・データベースには火星中の防犯カメラの動画が現時点を含め数年分保存されていて、顔写真などを元にその対象者の足取りをつかむことができる。
「これが使えると今後の依頼をこなすのに便利ねー。もしID止められたら、ハッキングしようかしら」
エレナ博士がコンピュータを操作しながら言ってきた。
「物騒なこと言うなよ」
と、俺。
「……あっと、出てきたわ」
犯人たちが防犯カメラに映った場所と時間、そしてサムネイル(縮小画像)が表示されていた。
「うーん、これじゃあ分かりづらいな」
「地図上に展開できそうよ」
エレナ博士がそう言って、コンピュータをさらに操作する。
すると、アーム・シティの地図上に、犯人六人が移動した軌跡が色を別けて表示された。人工知能が何台ものカメラの情報を整理して、分かりやすく表示してくれているのだ。
エレナ博士が、その画面を説明してくれる。
「これがユリアナ嬢が誘拐された時の、一時間前後の奴らの移動記録ね」
「ここまでわかっちゃうのか? それで、ここが誘拐現場のブティックか」
地図上でそのブティックを中心に、犯人たちの軌跡を示す六色の線が交わったり、離れたりしている。
車などで移動していてもフロントガラス越しに写った映像から顔を判別したり、途中で降りた気配がなければ、人工知能がそのまま車に乗っていると判断しているようだ。
そして、その地図上にあるカメラのマークを押せば、そのカメラの動画も見れるようになっていた。
エレナ博士が俺に、重要なポイントで動画を表示しながら説明してくれる。
「二人が先に七号遺跡の方に行ってるわね。この二人は遺跡の入口で見張っていた二人だわ。そしてブティックの中に潜んでいたのは別の二人、裏口にも二人。誘拐した後、四人は直接遺跡に向かっている様ね」
地図上のその線は、防犯カメラが設置されている都市部までが表示されている。緑地帯の外には防犯カメラは無いので、その先はエレナ博士の推測だ。
まあ、都市の外の荒野で他に寄るところなんて無いだろうから、そういうことなんだろう。
「ブティックの店員に協力者がいないと無理だよな?」
「おそらく店員は金を掴まされて、一時的に協力したってところかしらね」
「それならまあ、そいつは後でもいいか。えっと、犯人たちがどこから来たか見てみようか」
俺がそう言うと博士がコンピュータを操作し、犯人たちの移動の軌跡をたどって地図をスクロールしていく。
すると今回の実行犯六人が、犯行前に集まっていた場所が分かった。
「このビルから出発してるわね」
「何階とかわかる?」
「たぶんね。エレベータのカメラの映像がデータベースに入っていれば、乗った階も特定できるはずだわ」
博士がそのビルを拡大表示し、さらに3D表示に切り替えると、彼らがエレベータに乗った階と、出てきた部屋までもが表示された。
「こうなると、尾行なんてする気がなくなるな」
俺がぼやいた。
俺たちレリック・ハンターは、頼まれれば探偵まがいの事もやる。
以前には浮気の調査依頼で、旦那さんの後を尾行するなんていう仕事もやったことがある。
追跡対象者に気づかれないように尾行するのは、結構大変だった。
「このビルは事務所用のビルみたいね。それなら次はこの部屋の情報を、不動産のデータベースと商業リサーチ社の情報と照合するわ」
博士がいくつかのアイコンを、この部屋の上にドラッグすると、画面上に新しいウインドウが現れ、企業名とその情報が表示された。
この部屋は「火星ファースト軍事会社」所有となっていた。つまり傭兵の派遣会社だ。
「えっと、小規模な会社ね。従業員は三人で、社長はこの男、名前は『ジョン・ゲイシー』。……どうする?」
エレナ博士はそう言って、俺を見てきた。
企業情報に載っている社長の写真は、髪を油で固めていて顔の輪郭や体格のがっしりとした男が写っているが、今回の犯人六人とは違っていた。
「そういえば、犯人たちはミリタリールックのやつらが多かったな。ここの従業員が指揮をとって、後は一時的に雇われた傭兵っていう感じかな?」
「そうかもね」
「じゃあ、この会社に乗り込んで、社長を問い詰めてみるか。六人が捕まったのが知れていれば、もう夜逃げしているかもしれないけどな。念の為だ」
俺とエレナ博士、イーサンの三人は車に乗込み、十一号線を東に向かった。俺たちの事務所のある第二空港からは、一本で行ける場所だ。
二十分ほどで、例のビルの前に到着した。
この辺りは道路わきに車を停められる地域なので、すでに何台か車が停まっている。俺たちも空いている道路わきに車を停めて、三人で車を降りた。
この辺りには火星入植初期のころの、古くて低い建物が立ち並んでいる。
遺跡から紫の宝珠が発見されて火星の重力が調整されるまでは、町はドームの中にあったのでビルの高さもそれほど高くできなかったからだ。今ではドームは取り払われているが、このあたりのビルはその当時のままなのだろう。
「このビルか?」
俺はそう言って、目的のビルを見上げた。かなり古そうだ。
「このビルで間違いありません」
イーサンが、記憶してきた住所と照らし合わせて答えた。
俺たちはビルの玄関に入り、会社のネームプレートを確認する。
「火星ファースト軍事会社、六階。ここだな」
俺たちは横にあるエレベータに乗って、六階のボタンを押した。
エレベータが上昇を始めるが、ときどきガクンと揺れる。エレベータの中も薄汚れていて、途中で故障して止まってしまうのでは、という考えが頭をよぎるほどだ。
「大丈夫だろうな」
俺が言った。
「積載可能重量、ギリギリのようです」
と、イーサン。
「私は重くないわよ」
エレナ博士がすかさず言った。
そうか、イーサンがちょっと重いのかもしれない。アンドロイドなので金属も使われているから、普通の人間の二倍ぐらいの重さがあるはずだ。
それにおそらく、このビルは火星の重力が今より弱い時に建てられたはずなので、エレベーターの積載可能重量が小さいに違いない。
本来なら五、六人が乗れるエレベータみたいだが、今はこの三人でギリギリのようだ。
その後も、ときどきエレベータが揺れたが、無事に六階に着いた。
エレベータを降りて廊下を少し進んだところに、「火星ファースト軍事会社」と書いてある半透明のガラスのドアがあった。
中の明かりは点いている。
まだ逃げていないみたいだ。それとも、しらを切る自信があるのか。
俺たちが入ろうとすると、そのドアが開き、一人のスーツを着た白人男性が出てきた。目が鋭く、がっちりした体型だ。軍人かもしれない。
その男は俺たちを見ると、少しハッしたように見えたが、そのまま何もなかった様に歩いてエレベータに向かった。
今のは気のせいか?
「イーサン、今の男の画像を保存しておいてくれ」
俺は、横にいたイーサンに言った。
イーサンはアンドロイドなので、見たものを動画や画像として保存する機能もある。メモリー容量の関係で、その動画などは数日後には上書きされてしまうので、保存しておくように命令したわけだ。
「ぬかりはありません」
「じゃあ、エレナ博士はここで見張っていてくれるか? 俺ら二人で社長に会ってくる」
「オッケー」
エレナ博士が、いつものように気楽に応えた。
俺はイーサンを連れて、「火星ファースト軍事会社」のドアを、一応ノックしてから開ける。
今どき珍しく、電動ではない。
中に入ると正面のカウンターには、会社らしく受付嬢が一人座っている。何かしていたようだが、俺たちが入ると、こちらを見てニコッと作り笑いをした。
若いようだが、髪の毛をパーマにしていて、ちょっと化粧が濃い。服装も派手だ。
近づくとカウンターの中に爪用のやすりが見えた。どうやら彼女は爪の手入れをしていたようだ。
「マエカワというものですが、ちょっと依頼したいことがあって、社長に会えますか?」
俺はその受付嬢に、適当な名前を言った。
「ちょっとまってねー」
彼女はそう言って、ビデオ通話の内線で確認を取っている。しゃべり方も上品とは言えない。
内線での会話が終わると、
「どーぞー」
と気だるそうに言って席を立ち、俺たちを社長室に案内してくれた。
彼女が社長室と書かれたドアを開けると、左手の窓際に社長の机があり、その前に応接セットが置かれているのが見える。
俺たちが部屋に入ると、企業情報で見た写真どおりの男が椅子から立ち上がり、握手をするために手を差し伸べてきた。
「社長のジョン・ゲイシーです。えっとマエカワさん? 今日はどういった御用ですかな?」
俺はその手を取って握手する。
「実は人を探しています」
「ほう?」
受付嬢が部屋から出てドアが閉まるのを確認してから、俺は今回の犯人の写真を取り出した。
その写真を見ると、社長の顔色が変わる。
彼は無言のまま自分の机にゆっくり戻ると、机の引き出しから、レイガンを取り出すのが見えた。
すぐさまイーサンが前に出て、手刀でそのレイガンを叩き落す。
「うっ!」
社長が叩かれた右手を押さえてうずくまった。
骨は折れていないと思うが、相当痛いのだろう。
俺は床に落ちた社長のレイガンを拾う。
「ではこいつらと、彼らがしたことについて話してもらおうか?」
社長は両膝を床につき、右手を押さえたままドアの方を見たり、机のインターホンの方をチラチラ見たりしている。おそらく、逃げようか、それとも誰かを呼ぼうかと考えているのだろう。
ここで、俺は自分が腕にしている宝珠のことを思い出した。
試しに使ってみるか。
すでに他の遺跡から見つかっている黄の宝珠は、催眠術のように使って相手を自白させることが可能だ。
俺の虹の宝珠には黄色も混じっている。ということはその機能もあるに違いない。
俺は社長の机の上に犯人たちの写真を並べた。そして腕輪の宝珠に触り、念のためにシールドを起動してから社長の横にまわる。
「イーサン? 録画をしておいてくれ」
俺はそう指示してから、社長の頭に向けて腕輪の宝珠をかざす。
そしてまずは、社長を自分の椅子に座らせる。
「椅子に座って」
俺の腕の宝珠から黄色っぽい光が出て、社長が指示どおりに椅子に座った。
イーサンはいいアングルで録画するために、社長の正面に移動する。
俺は宝珠をかざしながら、続けて質問をする。
「さあ言ってもらおうか。この写真の男たちは、あんたの部下か?」
すると社長は、写真の一人を指さす。
「……部下はこの男で、後は金で雇った」
うん、うまく機能してるみたいだ。
「では、誘拐の目的は?」
白状した内容をまとめると。
ある日、ジェイムスという男が来て、誘拐の依頼をしてきた。
ジェイムスの素性はわからないが、前金で十万ギルを渡されたので、受けることにしたそうだ。
そしてこの誘拐は狂言誘拐で、後でバロア伯爵が乗り込んでくるから、男たちは誘拐した女性をおいて逃げるように指示されていた。
誘拐当日は、ターゲットがブティックに行く予定だという連絡が入り、そのブティックの店員に金を渡して、隙をうかがっていたそうだ。
伯爵家が関わっていることもあり、社長は自分たちが罪に問われないだろうと思っていたらしい。それで、逃げなかったわけだ。
またジェイムスという男の特徴を聞くと、先ほどここの入口で会った男と似ている。
「そのジェイムスは、さっき出ていったやつか?」
俺は確認した。
「そうだ……」
すると突然、社長室のドアが開いて、その男、ジェイムスがレイガンをいきなり撃ってきた。
二発撃ったうち、俺に当たった方はシールドに吸収されたが、社長は頭に当たって椅子の肘掛けにもたれかかった。
即死かもしれない。
イーサンがすぐさまジェイムスを取り押さえに行こうとしたが、少し距離が遠い。
ジェイムスは素早い動きで、そのまま部屋を出て逃げてしまった。
「イーサン、窓からやつの乗る車のナンバーを見ていてくれ」
俺はそう指示して、ジェイムスを追って部屋を出る。
見ると受付の女性がカウンターの後ろに隠れて、泣きそうな顔でこちらを見ていたので、
「今の男が社長を撃った。救急車を呼んでくれ」
と、頼んでおいた。
そういえば、エレナ博士は?
俺は急いで廊下に飛び出して辺りを見ると、エレナ博士が廊下に倒れていた。
しまった。先程すれ違った時、あのジェイムスが俺たちに気がついた時点でもっと警戒しておくべきだった。
まだまだ、俺は甘い。
すでにジェイムスはエレベータで逃げたようで見当たらない。おそらくこの階でエレベータを停めておいたのだろう。
俺はエレナ博士に駆け寄って、抱き起こす。どうやら胸を撃たれているようだ。
俺は服の胸元を開いて傷を確かめた。
けっこう傷が深い。まだ生きているが、危ない状況だ。
「エレナ博士、しっかりしろ! すぐ救急車を呼ぶから!」
何とか助かってほしいと思ったその時だ。
腕につけていた虹の宝珠から白い光が発せられた。
これって、まさか?
俺は宝珠の白い光をエレナ博士の傷口に当ててみる。
すると傷口が修復されていった。
これは……癒しの力なのか。
傷口がすべてふさがると、今度は彼女の頭の方にも光を当てた。
床に倒れた時に、脳震盪を起こしているかもしれないからだ。
すると、エレナ博士の意識が戻った。
「ん? どうなってるんだ? たしか撃たれたような気がしたが……」
「はぁ。よかった」
と、俺。
エレナ博士はあたりを見回し、次に自分の胸元を見てニヤニヤし始める。
「ショウ君、何やってるのかな? 私の胸を見たいなら、そう言ってくれればいいのに」
エレナ博士は自分の服の胸元が開いているのを見て、誤解しているにちがいない。
「えっ? や! 違う違う。あんたは胸を撃たれて傷を負ってたんだ。服を見てみろ。穴が空いているだろ?」
「しかし、私の胸には傷がないわ」
「それなんだけど、実は……」
俺はエレナ博士に、宝珠から出た白い光のことを話した。
「ふーん? じゃあそういう事にしとこうか」
「だから違うって!」
「癒しの力? ……ね」
何か考えているようだ。
俺は半目でエレナ博士を見る。
「今、この力で金を稼ごうかって考えてたろ?」
「バレた?」
エレナ博士が舌を出す。
そこに、社長室の窓からジェイムスの行動を追っていたイーサンが廊下に出てきて、駆け寄ってきた。
「今、犯人がエアカーに乗って逃走開始しました。十一号線を西に向かったようです」
「よし、後を追うぞ」
博士の方を見ると、
「大丈夫だ、問題ない」
と、返してきた。
俺たちは急いでエレベータで降りて、停めてあった自分たちの車に乗り込んだ。
発進させるとすぐに、逃げたエアカーのナンバーをイーサンから聞き、リスル少佐に電話して状況を報告する。
「わかった。こちらでも追跡する」
リスル少佐が動いてくれるようだ。
この道を西ということは、第二空港に逃げ込むに違いない。
ということは、宇宙船で逃げるつもりか?
しばらくして、リスル少佐から最新情報が入る。
「逃走したエアカーは、第二空港へとまっすぐ向かっているようだ」
やはりそうか。
俺はスピードを上げる。
俺たちみたいに、第二空港に格納庫を契約している者は、格納庫から空港内に入れるが、そうでない者は検問所を通らなければならない。あいつが、そういうツテなどを持っていたらわからないが、そうでなければ空港の検問で追いつくはずだ。
そして、もしあいつが火星の国外、つまり地球に向けて出国しようとすると、今度は税関の審査が待ち受けている。プライベートスペースに個人の宇宙船が停めてある場合は、そこに税関の職員がやってきて、積荷や宇宙船内部の検査が行われてから出発することになる。あいつもそれをわかっているだろうから、おそらく火星の他の都市に逃げるのだろう。その場合は、リスル少佐が軍のレーダーや衛星などを使って追跡してくれるはずだ。
もし管制塔に火星内の移動だと虚偽申告をして大気圏外に出れば、今度は宇宙空間に待機している警備船に停船させられる。
だから、ジェイムスはもう袋のネズミだと思われた。
約十分後、空港の検問所に到着すると、リスル少佐が先回りして俺たちを待っていた。
ところが、先程のジェイムスはいないようだ。
「あいつは?」
俺が聞いた。
「彼を逮捕しようとしたが、外交官特権っていうやつで、我々には手出しできなかった」
リスル少佐は悔しそうに答えた。
「外交官だって!?」
外交官ということなら、警察や軍は現行犯でない限り逮捕できない。逮捕したとしても、外交問題になるからすぐに釈放せざるをえないだろう。それでも逮捕したければ、犯罪に加担した証拠を突きつけて、外交ルートを通じて相手国に身柄の引き渡しを要求することになる。だだし要求はできるが、相手の国がすんなり要求に応じるとは限らない。
しかし、ジェイムスが誘拐の依頼をしたことを証言できる軍事会社の社長は消されてしまったから、現時点では身柄の引き渡しも要求できない。
そして、外交官なら国外に出る際に税関のチェックも無い。地球連邦が完全統一されれば、外交官もいずれ無くなるわけだが、今はまだ特権がある。
「ここで少し引き留めてやったので、やつがここを通ったのは二分前だ。管制塔には君たちのことは連絡してあるから、すぐに後を追って飛び立てるはずだ」
「しかし……」
「私たちはこれ以上追えないが、君たちなら個人の権利で追えるはずだろ? それに火星領域の外に出れば、そこでは火星の法律は適用されない」
「なるほど、そうか。ありがとう」
おそらくジェイムスは俺たちを振り切るために、一旦火星の領域の外に出るはずだ。船が長距離用なら、そのまま地球に向かうかもしれない。
そして火星の領域の外に出てしまえば、俺たちが追いついて私闘をしても法律違反にはならないわけだ。
リスル少佐にはエレナ博士が撃たれたことは伝えてあるし、それがなくても火星で公爵令嬢の誘拐を依頼するなど好き勝手なことをされたわけだから、一泡吹かせてやりたいという思いは一緒なのだろう。
「健闘を祈る」
奴が検問所を通ったのはほんの二分前だ。まだ発進前に間に合うかもしれない。
俺たちが空港内に車を乗り入れ、自分たちの宇宙船スターダストの近くを通り過ぎようとした時に、少し先で小型の宇宙船が飛び立った。
「あれだな? それなら、こっちも乗り換えて追うぞ」
俺たちはすぐにスターダストに戻って乗り込み、皆が所定の位置に座って、ベルトを締め終わるか終わらないうちに、俺はスターダストを発進させる。
管制塔にはリスル少佐が手を回してくれたので、すぐに発進出来た。
一分半の遅れか。でもこの船なら、追いつけるかもしれない。
この船はエレナ博士が改造を加えて、一回り大きな駆逐艦級のエンジン出力になっている。
全速で上昇すると、すぐに大気圏を脱し、目の前には漆黒の宇宙空間が開けた。
前方を飛ぶ小型宇宙船との距離がどんどん縮まる。
「たしかあの宇宙船は、長距離飛行には向いてないだろ?」
俺が聞いた。
「あれは航続距離が短く、シャトルとして使われることが多いですね」
イーサンが答えた。
「いったい、どこまで逃げるつもりだ」
「まって、前方に大型船がいるわ」
と、レーダーを見ていたエレナ博士。
「まさか、それに逃げ込む気か?」
「火星の防空圏外ぎりぎりのところにいるわね。大きさは二百メートルほどの巡洋艦クラスで、レーダーに表示された識別信号では、地球の軍艦みたいね」
「巡洋艦だって!?」
そこに通信が入った。その巡洋艦からだ。
「ID3301534の民間船につぐ、すぐに進路を変えろ。三十秒以内に変えない場合は発砲する」
なんて奴だ
「巡洋艦と戦って勝つ確率は、一万九千五百分の一です」
と、イーサン。
なんか、どこかで聞いたようなセリフだ。
俺は通信を返す。
「俺たちは殺人犯を追っている。引き渡してほしい」
「貴様たちの要求にこたえる義務はない。もしそれが正しければ、国の外交ルートで要求しろ」
その直後に威嚇射撃をしてきた。
「くそ!」
ここは引き返すしかないか。
俺は、スターダストの進路を変えた。
空港に戻ってくると、俺たちの格納庫の近くでリスル少佐が待っていた。
「通信は聞いていたよ。今回はしょうがない。でも……いつか仕返ししてやろうな?」
「ああ」
リスル少佐とは気が合いそうだ。
「それでは、もう少し詳しい状況を聞きたいのだが」
「こちらも提供できる情報があるから、俺たちの事務所で」
先ほどまでの経緯と、得た情報を詳しく伝えるため、リスル少佐をすぐ横にある俺たちの事務所に案内した。
リスル少佐にソファを勧め、俺とイーサンが向かい側に座る。
今回はエレナ博士がお茶を入れてきた。
「エレナ殿は撃たれたそうだが、怪我の方は?」
リスル少佐が聞いた。
「大したことがなかったので」
と、エレナ博士。
白の癒やしの光の事はそのうちバレるとは思うが、エレナ博士も今は黙っておくつもりのようだ。
「それはよかった」
「ではイーサン。あの映像を再生してくれ」
「はい」
イーサンがソファの横にある大型モニターと電波でリンクし、録画しておいた傭兵派遣会社の社長が自白している様子を再生する。
その映像では、俺が黄の宝珠の機能を使い始めると、あの社長の目がわずかに虚ろになっているのに気が付いた。よく見なければわからない程度だ。
「ところで、このバロア伯爵ってどういう奴なんだ?」
再生が終わると俺が聞いた。
「ここだけの話だが、……ユリアナお嬢様と十年前に婚約している」
少佐がさらっと言った。
「えー!?」
ということは、六歳ぐらいのときに婚約したのか?
まあ、貴族同士の婚約なんて、そんなものか。
「だがユリアナお嬢様は、バロア伯爵のことを嫌っていてね、結婚する気はないそうだ。近いうちに婚約破棄することになるだろう」
「ということは、バロア伯爵はいいところを見せて、彼女の気を引こうと?」
「おそらく、そういうことなのだろう」
あの傭兵派遣会社の社長の自供によると、あの誘拐は狂言だったらしい。
つまり、あとで遺跡にバロア伯爵が乗り込んできて、さも自分が誘拐犯たちを撃退してユリアナ嬢を助け出したということにして、彼女の気を引こうとしていたわけだ。
おそらくそのおかげで、ユリアナ嬢は銀の宝珠も取り上げられなかったし、危害も加えられなかった。
そして俺たちがあの遺跡にやってきた時に、入口を見張っていた傭兵にすぐに撃たれなかったのも、俺たちがもしかしたらバロア伯爵の関係者かもしれないと彼らが思ったからに違いない。
つまり、俺たちはラッキーだったわけだ。
それにしても、そのバロア伯爵は、どうしょうもない奴みたいだ。
少佐がちょっと首をかしげた。
「……しかし、あのバロア伯爵に、こんなことをする度胸があるとは思えないが」
「それになんで、外国の外交官がその手伝いをするんだ?」
俺が聞いた。
エレナ博士がティーカップに手を伸ばす。
「バロア伯爵が自分でできるような度胸が無いというなら、ジェイムスの背後にいる国が今回のことを計画して、バロア伯爵をそそのかしたのかもしれないねぇ」
「あのジェイムスというのは、どこの国の外交官なんだ?」
俺はリスル少佐に聞いた。
「ヨーロッパのセンテカルドだ」
ああ、聞いたことはあるな。地球連邦が発足した時に、あのあたりの小さな国が集まって、新しく一つの国になったんだっけ。
「でもなんで、そこまでやるんだ? もし、センテカルドが関与していることがバレれば、下手すると火星との戦争になるんじゃないか? それにバロア伯爵だって、バレたらただじゃ済まないだろ?」
俺が聞いた。
「ユリアナお嬢様は、現在王位継承権第二位だ。バロア伯爵が婿入りする形でお嬢様と結婚すれば、いずれは火星国王になれるかもしれない。そしてセンテカルドはバロア伯爵に恩を売って彼に貸しを作るか、あるいは弱みをつかもうとしたのかもしれないな」
「そういうことか」
現在火星の王様には子供がいない。弟の公爵が王位継承権一位で、その娘のユリアナに婿入りした者は、いずれは火星の国王になる可能性は高い。
ところが、ユリアナはバロア伯爵と結婚したくないと言い始めた。
センテカルドがどうやってその情報を知ったかはわからないが、ジェイムスはバロア伯爵をそそのかして、伯爵もその気になって一か八かの賭けに出たのだろう。
すべてうまくいけば、センテカルドはバロア伯爵に貸しを作ることになり、いつかは火星王国を裏から操ることができるかも知れない。
「今回は偶然が重なってセンテカルドにたどり着くことができた。もし君たちがあの日に遺跡に向かわず、バロア伯爵がシナリオ通りにお嬢様を救出していたら、犯人はうやむやになってしまい、今回の傭兵派遣会社の社長にもたどりつけなかったかもしれない。今回の事件が解明できたのは君たちのおかげだ。ありがとう」
「いや……」
照れるな。
「ところで、この自白に使ってるのは黄の宝珠か?」
少佐が俺に聞いた。
「うーん、まあ……」
「話には聞いていたが、こうやって黄の宝珠を行使している場面は始めて見た。黄の宝珠は高い金額で取引されているそうだが、どうしたんだ?」
いつまでも隠せるわけないか……。
「実は……」
俺は少佐に、先日の遺跡調査の際に発見したこと、子孫にしか触れられない様になっていたこと、外そうと思っても外せないので、研究に協力することを条件に、アデル教授の権限で貸出しという形になっていることを話した。
「ふーん?」
と少佐が、俺の腕輪をじっと見ながら、
「まあ、政府の学術機関から貸し出しているというのであればな。……何かあったら『無償』で協力してもらうとするか」
と言ってきた。
「えー? それはー。いくらかは欲しいなっと」
エレナ博士が、もじもじとしながら言った。
その後リスル少佐は、自白の動画を受け取って帰っていった。