2-1 誘拐捜査依頼
今回、「地球王国連邦」ー>「地球連邦」に変更しました。
以後の話についても、見直し時に順次変更していきます。
遺跡調査から三日後、俺たちは事務所で暇を持て余していた。
応接のソファに寝転がっている俺と、向かいのソファで電子ペーパーの雑誌を見ているエレナ博士。
エレナ博士が読んでいた電子ペーパーを降ろして、ためいきをつく。
「依頼がないわねー」
「ないなー」
「ショウ? ギルドに行って、無理やりにでも依頼をもらってきなさいよ」
「えー!?」
俺は嫌そうな声をあげた。
レリック・ハンター・ギルドは、俺たちに仕事を依頼する際に、過去の実績や構成員のスキル、そして宇宙船を持っているかどうかなどの装備を考慮して、その依頼を完遂できると思われるチームに依頼を回す。
その際はメールで打診が来るわけだが、もちろん受けないことも出来る。その場合は第二候補のチームに依頼が回るだけだ。もちろん、一つのチームに依頼が偏らないようにもしている。
そして、それらの条件に合わなければ、なかなか依頼が来ないこともある。だからアデル教授の時の様に、ギルドを通さない依頼を自分たちで直接受けることも可能なわけだ。
しかしギルドに行くと、依頼料が安かったり内容が難しかったりなど、割に合わなくて誰も受けない依頼が残っていることもある。
また、第一候補と第二候補の差が僅差の場合、ギルドの受付嬢と仲良くしていれば、第二候補に先に依頼を回してくれることもあるとか、ないとか。
エレナ博士は俺にそういう根回しや、余っている依頼を取ってこい、と言ったわけだ。
そんなことを話していると、事務所の電話が鳴った。
俺がソファから起き上がって、電話を取る。
「はい、もしもし。 ……あっ、そうです。……こないだはどうも。……あっ、いいですよ、では」
電話には一応ビデオ通話の機能もあるが、それは知り合い同士で話すときや、周りの人も会話に参加するときにしか使わない。普段は切ってあった。
エレナ博士が期待を込めて俺を見てくる。
「なになに? 仕事の依頼?」
「こないだの、リスル少佐。あの誘拐されたお嬢さんが、お礼がしたいから迎えのエアカーをよこすって」
「がっぽりもらいましょ!?」
「たまたまの人助けなんだから、それは俺の主義に合わない。お茶でもごちそうになって帰ってこよう」
「何言ってるの? 宇宙船のローンがまだたくさん残ってるのよー!」
三十分後、事務所の前にエアカーが来て止まる音がした。
外へ出てみると、いかにも軍関係らしい黒塗りでバンタイプのエアカーが二台来ている。
後ろのエアカーのドアが開き、中からリスル少佐が降りてきて、俺たちの所まで歩いて来た。
「ご足労かけることになってすまない。本来ならこちらに来てお礼をしたいとお嬢様も言われたのだが、お嬢様の父上が外出することに敏感になってるのでね」
「誘拐の後じゃ、しょうがないさ」
と、俺。
「では、エアカーへどうぞ」
俺とエレナ博士は、リスル少佐と一緒に後ろのエアカーに乗り込む。今回イーサンは、留守番だ。
昔、アンドロイドによる暗殺事件があってから、金持や権力者たちはアンドロイドを必要以上に警戒している。
リスル少佐がそう言ってきたわけではないが、行かない方が無難だろう。
そもそも一般のアンドロイドは、人を殺めたりしないように安全機構が付いているが、それを改変されたりすることもある。
それ以外にも、軍が所有するアンドロイドの兵隊は、予め登録された指揮官の命令があれば、相手を殺すことが出来るようになっているらしい。
俺たちを乗せたエアカーは、地上の混んでいる道を避けて、道路のすこし上空を首都の中心部へ向かった。
工業地帯を抜け、中心部に近いビル街に入る。
この先は、エアカーでも一般人は空を飛ぶことを許されてない。空を飛べるのは軍や緊急車両、そして貴族だけの特権になっているのだ。しかし、リスル少佐たちは軍だから、そこを飛び越えて進むことが出来る。
現在、火星を含めた地球の国々は、国によって多少違うが、純粋な民主主義をやめて王政と民主主義のいいとこどりの社会になっている。
二十一世紀の始め頃までは民主主義の全盛期だったが、弊害も多かった。民衆が選んだリーダーによって社会は混乱し、戦争や地域紛争が続いた。
さらに地球温暖化の次にやってきた寒冷化による経済停滞によって、社会はますます混乱した。そして第三次世界大戦が起きる寸前に、人類は純粋な民主主義を捨てた。
選挙で毎回変わる民衆に媚びるだけの素人ではなく、国王という政治のプロたちによる安定した世界的協調体制を望んだのだ。
学者や政治家が激論を交わしたが、最終的に各地域は王たちが統治して、法律で国王の権限を制約し、議会がその監視をする体制の国が多く生まれた。
さらにその王国が集まって、一つの地球連邦という連邦国家になりつつある。
今はその過渡期で、まず言語と通貨、法律が統一されて、あと数年後には政治や軍も統合される予定だ。
そして、火星の場合は国の成立時から今の王家が強く関わっていたので、元々民主主義だった地球の他の国に比べて国王の権限が強く、貴族も存在する。
貴族たちは、国王から地方都市の運営を任されていた。
俺たちの乗っているエアカーは、ビル街を抜けると降下していった。この先は火星の中枢部で、緊急時以外は全ての車両が飛行禁止になっているからだ。
道の左右には政府の建物や、庭園、貴族の屋敷が並んでいる。この辺りに来ると低い建物が多く、土地を贅沢に使っている感じだ。
俺は普段縁がない場所なので、ついキョロキョロと周りの景色を見てしまう。
「なんか、テレビで見る地球のヨーロッパの様なデザインなんだな」
俺がそう言うと、リスル少佐が説明してくれる。
「建物のデザインは、バロックや新古典主義というらしい。火星王家はヨーロッパのご出身なので、ヨーロッパの建築様式を取り入れていると聞いたことがあるよ」
「でも、本家のヨーロッパでは建て替えが進んで、今では近代的なビルが多くなっているらしいわ」
と、エレナ博士が俺に。
「ふーん」
やがて俺たちを乗せたエアカーは、このエリアでも特に大きな屋敷の門の前で止まった。
警備兵が確認して、門が開く。
この屋敷って……?
「え!? 公爵家!?」
俺は思わず声をあげたが、エレナ博士はある程度予想していたようだ。
「やっぱりね。特殊部隊が護衛しているから、王族関係だと思ってたわ」
今俺たちがやってきた公爵家はの当主は、現国王の弟君になる。
そういうことか。
エレナ博士は、遺跡に迎えに来たVトールのマークを見て、その時点で気がついていたんだな。
しかし、ということはあの子は公爵令嬢だったのか。
なんか緊張してきたな。
俺たちを乗せたエアカーは広い庭を抜け、大きな邸宅のエントランスキャノピーで停止した。
俺たちはエアカーを降り、少佐の後に続いて階段を昇ると、玄関の両脇には警護の兵士が立っている。
「すまないが、ここで武器を預けてほしい」
リスル少佐が俺たちに言った。
俺は腰にさげたレイガンを、エレナ博士はバッグから小型のレイガンを出して預け、リスル少佐に続いて玄関に入る。
俺たちは大きな玄関ホールを通り、応接間に通された。
部屋の装飾は細かな金細工が施されていて、まるで中世ヨーロッパの宮殿のようだ。
なんだっけ。ロココ調って言うんだっけか。
でもなんか、場違いなところに来てしまったな。
部屋の入口には兵士が一人と執事が一人立っていて、俺たちが部屋に入ると、その執事が一旦扉を閉める。
俺とエレナ博士は案内されたソファに座り、リスル少佐は俺たちの座るソファの横に立った。
俺はキョロキョロとあたりを見まわしたが、エレナ博士はこういう内装にはそれほど興味を抱いていないようだ。
おそらく、現金のほうが好きなのだと思われる。
間もなくメイドがお茶を持ってきてくれたので、俺はそれを飲んでみた。
いい香りだ。俺たちがいつも飲んでいるお茶ではない。まあ、あたりまえか。
しばらくすると、部屋の入り口に立っていた執事がドアを開けた。
「公爵閣下ならびに、ユリアナ様です」
すると、筆頭執事らしき人を伴って、威厳のある中年男性と誘拐されていたユリアナが入ってきた。公爵はグレーのスーツに薄いブルーのネクタイ。ユリアナはピンクのアフタヌーンドレスだ。
え? 公爵がわざわざ?
いくらお嬢さんを救ったといっても、普通なら庶民に王族が直接会うことはめったにない。執事だけで応対されてもおかしくないはずだが。
リスル少佐が敬礼し、俺たちもソファから立ち上がる。
そして公爵とユリアナが前のソファに座ると、筆頭執事が俺たちも座るようにうながした。
俺たちが座ると、公爵が話を切りだす。
「この度は、娘が世話になったな。礼を申す」
「あっ。いえ」
俺は少し緊張して応えた。
「改めまして、ユリアナ・ファン・ウィルヘルムです。この度はありがとうございました」
ユリアナが軽く頭を下げて礼を言った。
間を見計らって、執事が電子小切手の乗ったトレイを俺たちの前に置く。
「つきましては、公爵閣下より今回の謝礼です」
「頂くわけにはいきませんよ」
さすがに俺も敬語で断った。
俺の言葉を聞いて、横でエレナ博士が俺の尻をつねってくる。
痛いって!
それを見ていた公爵がちょっと微笑んでから、
「なぜだね?」
と、俺に尋ねた。
「俺たちはレリック・ハンターだから、依頼があれば救出もしますが。今回はたまたま居合わせて人助けしたまでですから」
「はは。君のお父さんとそっくりなことを言うね」
「おやじをご存知なんですか!?」
「うむ。君のお父さんには、色々と仕事を頼んでいた」
俺はエレナ博士の方を見る。でもエレナ博士は首を振り、知らないというそぶりだ。
公爵が続ける。
「彼の最後の仕事も、実は私の依頼で調査に行ってもらったのだ」
「えっ!?」
おやじは何も言ってなかったが。
「だから、消息不明に私も責任を感じている」
俺たちレリック・ハンターは依頼料を受け取って仕事をする。そして依頼は、無理だと思えば断ることができる。
親父は自分で判断して仕事の依頼を受けたわけだから、何かあったとしてもそれは自己責任だ。
俺は少し間を置いてから応える。
「……それは、俺たちの仕事では覚悟の上ですから……」
「そう言ってもらえると、少しは気が休まるがね」
すこし公爵が考えてから、
「ではこうしよう、この金でひとつ依頼をしたいのだが」
と言って、リスル少佐の方を見た。
横に立っていたリスル少佐が、引き継いで説明をする。
「実は、今回の誘拐犯の捜査を頼みたいのだ」
「それはあなた方が、すでにやっているのでは?」
俺が聞いた。
「実は、情けない話だが、例の実行犯たちが牢屋の中で殺されてしまってね」
「まだ内通者と黒幕もいるってことね?」
そう言って、エレナ博士がメガネを触った。
「そういうことだろう。我々が下手に動くと、すべて先回りされてしまうかもしれない。だから我々の方はまず、内通者のあぶり出しを行う」
「そうですか」
俺はそう言ってエレナ博士の方を見ると、俺の方を見て目を輝かせ、うんうん、とうなずいている。
ここで断ったら、あとで博士に何をされるかわからないな。
「わかりました。では正式に依頼として受けます。……協力はしてくれるんでしょう?」
俺はそう言って、リスル少佐の方を見た。
「これに今回のデータが入っている。それと、防犯カメラ・データベースにアクセスするIDも差し上げる」
少佐がそう言って、メモリーを渡してきた。
防犯カメラ・データベースのIDがあれば、火星中の防犯カメラの記録情報にアクセスすることができる。
これからの捜査に、十分役立ってくれるだろう。
最後に公爵が、
「ああそれと、この件が片付いたら、君のお父さんに頼んでいた依頼についても相談するかもしれない」
と言ってきた。
おやじが消息不明になってしまった調査とは、いったいなんだろう。エレナ博士も聞いてなかったようだし。
はっきり言って、今の俺よりも、二年前のおやじのほうが数段経験が豊富だったはずだ。果たして俺たちで務まるのだろうか。
まあ、今考えてもしょうがないか。まずは今回の依頼をこなしてからだ。
俺たちは依頼を受け、電子小切手を受け取って事務所に帰ってきた。
俺はなんか別の疲れが出たが、エレナ博士はその電子小切手の金額を見て、いつになく上機嫌だ。