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レリック・ハンター  作者: 中川あとむ
第一話 宇宙の何でも屋
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1-4 宝珠の機能

 遺跡から帰った次の日、俺たちはアーム大学のアデル教授の研究室を訪ねた。

 七号遺跡の調査のために四日間は他のスケジュールを入れてなかったので、残りの三日はアデル教授の研究に付き合うことになりそうだ。


 アデル教授の研究室に入ると、壁際はほとんど本棚と遺物を収める収納棚で埋め尽くされている。部屋の入り口付近には小さめの応接セットがあり、その奥には事務机が四つほど固めて置いてあった。

 机の上には何も置いていないので、作業台を兼ねているのかもしれない。


 俺たちはその応接ソファに座って、昨日のことを話しあう。


「そのアンドロイド、この宝珠があった部屋の壁の文字は記憶してるわよね?」

アデル教授がイーサンを指さし、それが当然のように尋ねた。


 アデル教授は、あいかわらずイーサンを名前で呼ばないな。


「私の名前は、イーサンです」

「じゃあ教えて頂戴」

「『我が子孫は手を触れて、先に進め』ですか?」

「違うわよ。このポンコツ!」


 イーサンが肩を落とす。

「ポンコツとは、ひどい」


 俺はそれを聞いて、思わずニヤッとした。

「ポンコツがポンコツと言われて、何を落ち込んでいるんだ?」


「私がポンコツなら、社長は天然……」


「まあ、まあ」

エレナ博士が間に入った。


「どうでもいいから、早く教えてちょうだい。その先の新たに見つかった部屋に彫られていた文字のことよ」

アデル教授がイーサンに催促した。


「何のことですか?」

「え? 新しく見つけた、この宝珠があった部屋にあった文字のことに決まってるじゃない。まさか、記憶に無いの?」


 俺もイーサンに確かめる。

「奥の部屋のレリーフに俺が手を触れたら、階段が現れただろ? それを進んだら試練が三つあって、そこを抜けると新しい部屋の台座にこの宝珠と、その横の壁に説明書きみたいのがあったじゃないか」


「いえ。試練も新しい部屋もありませんでした。奥の部屋で社長がレリーフに手を触れると、そのレリーフの部分が奥に引っ込み、社長の腕はその中にずっと入っていました。その後社長が手を引き抜くと、腕にその腕輪がはまってましたが」


 俺たちは顔を見合わせた。


「じゃあ、俺たちはあの部屋から動いてなかったのか?」

「ええ。そして他の皆さんは、社長の方をじっと見ていただけです」


 そうだったんだ。


「じゃあ、私たち皆が同じ幻覚を見せられたのね? これも宝珠の機能なの?」

エレナ博士がアデル教授に聞いた。


 全員が同じ幻覚を見せられて、おまけにその幻覚の中で交わした会話も覚えている。

 いったい、どういう仕組みなんだ?


「黄の宝珠は精神に影響を与えることができるわ。その機能の応用かも知れないわね」


 他の遺跡から見つかっている黄色の宝珠は、記憶を転送したり、精神干渉の機能を持つらしい。

 精神干渉についてはまだ研究中らしいが、記憶を転送する機能は解明されて、すでに教育機関などで活用されている。

 

 精神干渉か。

 だから、アンドロイドには影響が無かったわけか。


「じゃあ、黄色の宝珠があの部屋のどこかに仕掛けてあったのか?」

俺が聞いた。


「そうかもしれないわ……それじゃあ、壁の文字については、私の記憶に頼るしかないか」

「でもあれが幻覚なら、壁に書いてあった文字は信頼できるのか?」

「宝珠を渡そうとしている子孫に、嘘のメッセージを伝える必要なんて無いでしょ?」


 たしかに、虹の宝珠は子孫しか受け取れないようだった。

 レリーフに手を触れた時にDNAでも解析されたのか?

 まあそれはともかく、宝珠の説明書きとも言える文章にデタラメを書く可能性は少ないか。


「なるほど。で、何が書いてあったんだ?」

「三つの試練を乗り越えたものに、この宝珠を託す、というところまでは、あの幻覚の中で言ったわよね?」

「ああ。覚えてる」

「その後の文章は確か……この宝珠は、すべての宝珠の王であり、すべての宝珠の力を宿す、だったかしら」


 俺は自分の腕の宝珠を見る。

「この様々な色が混ざっているのは、そのためか」


 アデル教授は俺のつぶやきには答えず、ソファを立ちあがると、部屋の中を行ったり来たり歩き回りながらぶつぶつと言い始める。

「三つの試練を乗り越えたものに、この宝珠を託す。……そして、宝珠の王ね? あの幻覚による試練は、宝珠を託せるかどうかの心理テストなわけよね? おそらく、勇気とか愛とか誠? そういったものを持っている人でないと託せないような、大きな力がある……ということかしらね?」


 それを聞いて、エレナ博士が吹きだす。

「ぷっ。愛とか誠……ね」


「なんだよ?」

俺はエレナ博士を半目で見た。


 でも、そんなものを試されたのか?

 あの幻覚の中で、もし違う選択をしていたらどうなっていたんだろう?

 この腕輪は永遠に手に入らなかったのだろうか。


 アデル教授が俺の横で立ち止まり、腕にはまっている宝珠を覗き込む。

「王という意味はまだ不明だわ。そしてその宝珠には、まだ発見されていない宝珠の色も入っている。まずは、現在わかっている宝珠の色と、その機能が一致するか実験してみましょ?」



 俺たちはアデル教授に案内されて、大学の敷地の片隅かたすみにやってきた。


 そこには土がむき出しの丘のようなものがあり、すその部分には頑丈そうな扉がある。アデル教授がその扉を開けて、俺たちは皆で中に入った。

 扉の向こうはトンネルになっていて、突き当りにもう一つの扉がある。さらに、その扉を開けると再び外に出た。

 そこは半径百メートルぐらいのカルデラのような地形になっていて、その中央には頑丈そうな低い建物が立っている。


「ここは、危険な実験や爆発物などを試すための施設よ」

アデル教授が説明した。


 つまり、この丘に見えていたものは、土でできた円状の土手だったわけだ。

 むき出しの土でできているのは、その方が衝撃を吸収してくれるからだろう。

 その中で爆発が起きても、他の校舎に被害が出ないようにしているわけだ。


「ちょっと、大げさじゃないか?」

俺が聞いた。


「以前に化学系の院生が爆発事故を起こして以来、被害が出る可能性がある実験は、この中で行う決まりができたの」

「ちょっと待て。ということは、これから行うのは危険なことなのか」

「大丈夫よ。念のためだから」


 本当に大丈夫なんだろうな? 何かあったら、まっさきに被害を受けるのは俺だ。


 中央の建物の頑丈な扉を開けて中に入ると、その奥には大きめな窓がついている実験室があり、その手前に制御盤や計測器、コンピュータなどが並んでいる。


「じゃああなた、ここに一人で入って」

アデル教授が、俺にその実験室に入るように促した。


 扉は二重になっていて、壁も分厚そうだ。

 戸口に立って実験室の中を見回すと、中央に頑丈そうな金属の台が置いてある。そして先程の窓の付近にはロボットアームが設置されていて、外から遠隔で作業ができるようだ。

 あと俺が気がついたのは、壁に何箇所か小さい穴が開いていることぐらい。それ以外は特に何もない殺風景な部屋だった。


 俺が部屋の中に入ると、後ろで扉を閉ざす音がした。

 その直後にこの部屋の気圧が少し下がったようで、耳がエレベータに乗ったときのような感じになる。

 窓の向こう側を見ると、皆が実験動物を見るかのように俺を見ていた。


 なんか、いやな感じだ。


 部屋の角にあるスピーカーから、教授の声が流れてくる。

「ではまず銀の宝珠の機能から。宝珠に触って、心の中で自分の周りに壁ができるのを想像してみて。口に出して『シールド』と言ってもいいわ」


「シールド」

俺がその通りにすると、昨日ユリアナがシールドを張ったときのような感覚を覚えた。


「どう?」

アデル教授が聞いてきたので、俺は首を縦に振った。


「本当は、宝珠には触れなくてもいいけど、触れたほうが頭の切り替えができて、発動しやすくなるのよ。口に出すのも同じ理由ね」

アデル教授はそう言うと、手元のコンソールで何かを操作した。


 するといきなり、壁から炎が吹き出した。

 先程の壁に空いていた穴は、壁に埋め込まれた火炎放射器の穴だったわけだ。


「わっ! おい! こら! いきなりは危ないだろ!」


「でも大丈夫だったでしょ? やはり、銀の宝珠の力もあったわね」

アデル教授の目がわっている。


 まったく。

 まあでも、確かに何でもない。シールドのおかげで熱さも感じなかった。


「でも、なんでこんな火炎放射器なんかついてるんだ?」


「細菌などが漏れた時の焼却用ね」

エレナ博士が言った。


「ああ、そういうことか」

 

「社長はゴミだと思ったら、ばい菌だったわけですね?」

イーサンが言ってきた。


「おまえな。さっきポンコツと言ったのを、まだ根に持っているのか?」 

「私はアンドロイドです。根に持つなんてありえません。からかっているだけです」


 くっ。


 アデル教授が俺たちの会話を無視して進める。

「じゃあ次は、紫の宝珠の力よ」


 紫の宝珠の力、つまり重力を操る力をテストするわけだ。


 すでに見つかっている紫の宝珠は巨大で、台座に固定されている。それは火星の重力調整専用だ。

 腕輪などの小さいものは見つかっていないので、この力を人で試すのは俺が初めてのはずだ。


「この紫の宝珠の力を人間が発動した場合、どういう状況になるかしら?」

アデル教授が、物理学博士でもあるエレナ博士に意見を求めた。


「おそらく、体にかかる重力に影響を与えることができるんだと思うわ。つまり、自分の体を浮かせたりできるかもしれない」


「いいですねー、タコが凧ですか?」

イーサンが、わけのわからないことを言った。


「誰がタコだ?」

俺は窓の向こうのイーサンをにらむ。


 アデル教授が再び二人の会話を無視して進める。

「じゃあ、先程と同じ要領で、自分に対して『浮け』と思ったり、『フライ?』とか言えば発動すると思うわ。でも、この宝珠は人間用の物は見つかっていないから、どなるかわからないけど」


 本当に大丈夫なんだろうか?


 俺はその通りに、「フライ」と言ってみる。


 おっ! 体が浮きあがった。でも宇宙空間にいるような、変な感覚でバランスが取りにくい。

 重力を調整しているらしいから、それもそうか。慣れるには時間がかかりそうだ。


「じゃあ解除して、一旦降りて」

と、アデル教授。


 キャンセルでいいのかな?


「キャンセル」


 俺がそう言うと、体に重力が戻って、床にストンと落ちる。


 おっと。


 俺は無重力状態で斜めに浮いていたので、急いで体をひねって両足で着地した。


 うまく着地できたぞ。

 でも、誰も褒めてくれないか。


「でも浮くだけじゃあまり役に立たないわね。……そこの台を持ち上げることはできる?」

エレナ博士が聞いてきた。


 確かに、今ではエアカーや宇宙船も一般市民が買える時代だ。空中に浮くだけなら機械で代用できるからな。


 俺はその台に向けて宝珠がはまっている方の左手を伸ばし、「浮け」と念じてみる。

 するとその台が、ふわりと浮いた。

 おっ! 映画に出てきたフォースみたいだ。


「できたぞ。自分以外にも使えるんだな」


 俺がちょっと感動していると、エレナ博士がさらに指示してくる。


「今度は、その台を横に移動することはできる?」

「やってみる」


 俺はその台を浮かせたまま、右へ左へと動かした。


「もう、クレーンをレンタルしなくて済むじゃない?」

エレナ博士がそう言って、ニヤリとした。


「まさか今後、俺をクレーン代わりにこき使おうと思っているんじゃないだろうな?」

「クレーン車を借りるの、結構お金が掛かるのよ」


 くっ。やっぱりそうか。


「遺跡の巨石はこの力で積んだのかしらね? ……だいたいOKよ、出てきていいわ」

今度はアデル教授。


 俺は台を元に戻し、部屋を出て皆の所に戻る。


「あとは、このまだ発見されていない色、何の機能があるのかしら」

アデル教授がそう言って、俺の宝珠をのぞき込んだ。


「今の机を左右に移動させた力は、『紫』の力だけじゃ説明がつかないわ。残りのどれかがその力なのかもしれないわね」

と、エレナ博士。


 この「虹の宝珠」と勝手に呼んでいるが、これには、金、銀、白、紫、赤、青、黄の七色が入っている。

 今まで遺跡から発見されているのは、このうちの銀のシールド、紫の重力、黄色の精神干渉の三つだ。


「もっと研究したいけど、あなたしか使えないんじゃ……」

と、アデル教授が俺をジト目で見てくる。

「……まあいいわ。今日のところはこれぐらいにしておきましょう」


 俺たちは実験室を出て、アデル教授の研究室に戻りはじめる。

 

「そういえば、この宝珠だけど、どれぐらいの範囲に影響をおよぼせるんだ?」

歩きながら、俺がアデル教授に聞いた。


「そうね。過去の実験では、銀の宝珠なら最大で直径百メートルぐらいまでの範囲を安定して包むことができるのが確認されているわ」 

「結構大きいんだな」

 

「百メートルというと、中型宇宙船の大きさだから、私たちのスターダストを丸ごと包むことができるわね」

と、エレナ博士。

 

「ということは、紫の宝珠も同様に、スターダスト程度の物が持ち上げられると?」


「おそらく、そういうことね」

アデル教授が答えた。


 これは、レリック・ハンターの仕事で十分役立ちそうだ。


「それで、紫、銀、黄色以外の色の宝珠についての手がかりは?」

「全然よ。他の色は、宝珠がまだ出てきてない遺跡を調べてみるしかないかしらね」

「その時はまた協力するよ」

「ぜひね。その『虹の宝珠』、最低でも一億ギルぐらいの価値はありそうだから」

(注釈:一ギルは百円ぐらいの感覚。一億ギルは百億円ほど)


「いっ、一億!?」

「そうよ。単色の宝珠が数百万から数千万ギルで取引されてるからね。でも、もう少し前ならもっと高かったかもしれないけど」


「売ろう」

エレナ博士がぽつりと言った。


 俺はそれを無視して、アデル教授に聞く。

「値段が下がったのか?」


「前にどこかの科学者が、いずれ近いうちに宝珠の機能はすべて機械装置により代替できるようになるだろう、なんてコメントしたものだから」


 現在は、紫の宝珠の機能である重力制御も、まだ大きな装置と大きなエネルギーを必要とするが、実現できるようになってきた。

 今はまだ無理だが、同様に他の機能も科学技術によって再現できる日は、そう遠くないかもしれない。

 ちなみに現在の重力制御技術では、宇宙船の船内の一部を地上と同じ様な重力にすることはできるが、宇宙船を丸ごと浮かせるようなことはできない。

 もしそれをやろうとしたら、車程度の宇宙船を持ち上げるために数百メートルの大きさの装置が必要になるので、現実的ではないのだ。


 しかし、エレナ博士がアデル教授の話を聞いて、ギクリとしたように見えた。

 俺がエレナ博士を見ると、彼女は目をそらす。

 

 まさか、それを言った本人なのか?

 まあでも、エレナ博士のことだから、本当にシールド装置とか作ってしまいそうだけどな。

 

「それで、『宝珠の王』というのはどういう意味だろう」

俺が聞いた。


「今はまだわからないわ。とにかく、これは貴重なものよ。子孫しか手に入らない感じだったけど、遺跡調査を依頼したこの大学、つまり国の財産でもあるわ。使っているうちに何か気が付いたことがあったら、すぐに報告してよね」

「……わかった」

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