9-4 反撃
俺たちは皆で、事務所に帰って来た。
MHICの社長室で写真にとった書類や、コンピュータからコピーしたメールや資料を、事務所のモニターシステムで空中に投影して皆で見てみる。
ソファの横に投影されたものを、俺たちが直接手で操作することもできるが、まずはエレナ博士が自分の前のコンピュータの小さめの画面でそれを操作していく。
俺たちはそれをソファに座って見ていた。
エレナ博士が気になったフォルダーを開いていく。
「これって、そうとうやばいじゃない。火星の軍艦の設計図の漏洩よ」
MHICは火星の軍艦も製造しているが、その情報を他の国に漏洩していたようだ。
今度はソフィアが、メールのタイトルの一つを指す。
「このメールは何?」
タイトルは「火星企業の買収の件」となっている。
エレナ博士がそのメールを開けてみる。
「これは! ……テロリストが、衛星兵器で舞踏会に集まった実業家たちを殺すから、その混乱で優良企業の株価が暴落したところを買収するように、部下に指示したメールね」
「ということは、あの事件はブラウンが関係していたの?」
ユウコが驚いて聞いた。
俺たちが関係した、あの事件だ。
ユウコはもちろんその場にはいなかったが、火星や地球で大きな話題になっていたから、知らない人はいない。
あの事件は結局、表向きには軍の方で解決したとニュースで流れていた。
エレナ博士が、他のメールもチェックしている。
「うーん。このメールがあるということは、その可能性が高わね。具体的にテロリストとのやり取りのメールでも見つかればいいんだけど。でも、テロリストが捕まったときのことを考えれば、証拠が残るメールではやりとりしていないだろうね。……おっと。試作の衛星兵器を、首都上空にひそかに配置させるように指示したメールが出てきたぞ」
エレナ博士の言葉遣いがだんだん変わり、声も低くなってきた、こういう時は本気モードだ。
「これで、ほぼ確実だな」
俺はそう言いながら、腕を組んだ。
「ひどいわ。私たちは護衛の仕事でその会場にいて、もう少しで殺されるところだったのよ」
ユリーがソフィアとユウコに当時の事を言った。
あの舞踏会を襲った衛星兵器は、俺たちはセンテカルドの仕業だとばかり思っていたが、MHICで試作したものをブラウンがテロリストに貸したものだった。
ブラウンは自分が疑われないように、テロリストに密かに接触してやらせたわけだ。
そして例のハッキングソフトで、電子マネーの発行所をハッキングして、自分の金を増やしていた事実もわかった。
「これだけ証拠がそろえば、父や伯父様も動いてくださるわ」
と、ユリー。
「お父さんって?」
ユウコが聞いてくる。
「この子、公爵令嬢だから」
俺が説明した。
「えー!? なんでー!?」
こういうシチュエーション、何回目だろ?
次の日、俺たちは王様と公爵に事態を説明し、協力を頼みに行くことにした。
この間にソフィアや父のピーターに何かされない様に、ユウコが警察官を手配して家の方を見張っていてもらうことにする。
今回は俺とユリー、エレナ博士で王宮にやって来た。
そして今は、目の前に王様と公爵が座っている。
俺たちは今までの経緯と、ブラウン社長の悪行と証拠を説明した。
「なるほど、こんなにひどいとは。兄上、あの衛星兵器も彼が提供したのはほぼ確実ですな」
公爵がそう言って、考え込む。
「うむ。逮捕することもできるが、君たちはどうしたい?」
王様が俺たちに聞いてきた。
「できれば、何とかしてソフィアや父のピーターに会社を取り戻してあげたいと思います」
俺が言った。
「しかし法律的には、むずかしいな」
と、王様。
「そこで、法律ギリギリのところで、攻撃を仕掛けようと思いますの……」
エレナ博士が、これから行いたいことを説明した。
その内容を聞き終わると公爵が王様に、
「兄上、法律ギリギリですが、ここは彼らに任せてみましょう。元の経営者に戻った方が、あの会社の為にも火星の為にもいいと思います。それにあのブラウンの様な経営者が今後出ない様に、この作戦によって我々も少しはあの会社に口出しができるようにしておいた方がいいでしょう。あの会社は火星にとっても重要です」
と、口添えした。
「そうか、わかった。ただし、火星の経済があまり混乱しない様にしてほしい。相手は火星一の大企業だからな」
「わかりましたわ」
エレナ博士が応えた。
俺たちは王様からお墨付きをもらった。
その後俺たちは、ソフィアと一緒に今回の作戦で使う資金を借りに銀行に行った。
ソフィアの家が昔、懇意にしていた銀行だ。
俺は経済とかそういう事はよくわからないが、エレナ博士とソフィアはその資金を使って、ブラウンを攻撃するらしい。
今回は王家が保証人になってくれたので、俺たちの会社名義で四億ギル、ソフィアは一億三千万ギルを借りることができた。
(注釈 一億ギルは百億円相当)
そしてMHICの株式を、王家が12パーセント、公爵家が7パーセント保有しているので、俺たちは王家の財産運用担当者に協力してもらうために、財務室に会いに行った。
いっしょに公爵家の運用担当者にも来てもらっている。
俺とユリーは株とか経済はあまり詳しくないので、そういった話や、今回の取り仕切りをエレナ博士とソフィアに任せることにした。
エレナ博士は、彼らに作戦を話して協力を求める。
「わかりました。やりましょう。ちょっと法律ギリギリですが大丈夫でしょう。陛下からも許可を頂いていることですし」
両家の運用担当者が協力してくれることになった。
エレナ博士たちは、王家の財務室のディーリングルームで、早速株の取引を開始した。
まず王家と公爵家が保有するMHICの株式をすべて売ってしまった。
この時点で、両家には含み益があったので、利益が出る。
売却できたのを確認して、このことをニュースで流してもらう。
すると、王家と公爵家が株を手放したのだから何かあるに違いないと気が付いた投資家が、すぐに反応して逃げ出した。つまり自分の持っているMHICの株を売り出したのだ。
それによってMHICの株価がどんどん下がり始めたらしい。
ここで俺とユリーは、そこにいてもよくわからないので、後をエレナ博士とソフィアに任せて事務所に帰った。
この後の何日間は、俺はエレナ博士とソフィアの朝夕の送り迎えだけをする。
もちろん護衛も兼ねてだ。
その間、ニュースで「ブラウン社長が女性を監禁!?」というニュースが流れたり、「ブラウン社長逮捕」というフェイクニュースが流れていた。
フェイクニュースの方は、どうやらエレナ博士たちとは関係ないらしいが、それによってさらにMHICの株価は荒れたらしい。
何日か後にすべてが終わって、エレナ博士たちが何をしたかを説明してくれた。
「で、結局どうなったの?」
株取引とかがよくわからない俺とユリーは、エレナ博士に聞いた。
「今回の取引で、うちの会社がMHICの筆頭株主になったから」
エレナ博士が、さらっと言った。
俺は驚いて、大きい声を出す。
「えー!? 筆頭株主!?」
「ソフィーは?」
ユリーはソフィアのことを心配しているようだ。
「これはソフィアの望みでもあるわ。銀行で資金を借りた比率にも見合ってるしね」
と、エレナ博士。
最終的にはMHICの株式を、俺たちの小さな会社が24パーセント、王家が21パーセント、公爵家は11パーセント、ソフィアが11パーセントの株を保有するに至ったそうだ。
「まさか王家や公爵家の財務担当者を、色気で惑わしたんじゃないだろうな?」
俺がエレナ博士に聞いた。
エレナ博士がニヤリとする。
「お? と言うことは私に色気があると認めるのかい?」
「そういう意味じゃなくて。王様たちも納得してればいいんだけどさ」
「ふん。でも、王家と公爵家もけっこう儲けたから、ウハウハさ。それで、うちも銀行に借りた金を返した後、六千八百万ギルが残ったわ。ソフィアも『ナイルの涙』を買い戻すぐらいのお金が残ったし」
はたして俺たちが筆頭株主になってしまっていいんだろうかと思ったが、ソフィアも信頼できるパートナーが欲しかったそうだ。
「一応聞いておくけど、悪どいことはしなかったろうな?」
俺は少し疑いの目でエレナ博士を見た。
「すべて合法的にきまってるだろ? つまりだな、MHICの株を売り買いして、こちらに利益を出し、ブラウンには損をさせてMHICを乗っ取り返したわけよ。わっはっは」
エレナ博士は高笑いしていた。
「ふーん?」
結局、空売りとかレバレッジとかいう手法を使ったり、おまけにユウコからMHICの社長の悪行をマスコミに少しリークさせたりしながら、株価を下げてMHICの株を買い占めたそうだ。
その途中でブラウンが株を売買してきたので、その動きを証券会社経由で知ったエレナ博士たちは、ブラウンが損失を出す方向に株価を操作して、株を手放させ、しかも借金を負わせたらしい。
そして株価が戻ってきたところで、売って儲けを出した。
うーん。でもこれは悪どいと言うんじゃないだろうか?
「あれ? でも、あのレッド・アイとかいうソフトで、ブラウンがまた不正にお金を作るんじゃない?」
ユリーがエレナ博士に聞いた。
「それならぬかりは無いわ。こないだショウがハッキングマシンでデータをコピーしたとき、あのソフトやファイルにも細工をしておいたわ。ブラウンにはレッド・アイが壊れたようにしか見えないようにね」
「再インストールされない?」
俺が聞いた。
「ダウンロードした時のファイルも壊しておいたわ。あのソフトはもう出回ってないし、コピーも難しいからまず無理ね。あっ。それで、後でユウコ刑事が証拠品としてコンピュータを押収した時に、特殊な操作をしてパスワードを入れると復元して、またデータが見えるようにしておいたから」
「それなら証拠として使えるわけか」
一週間後、ブラウン社長が株取引で発生した借金を返済するために「ナイルの涙」をオークションに出すというニュースが流れた。
ソフィアはそれを、今回儲けた金で買い戻すつもりでいたらしい。
ところがオークションの前日、「ナイルの涙」が盗まれたというニュースが入った。
どうやら、ねずみ小僧の仕業らしい。
保険を掛けていなかったブラウン社長は、これで全てを失い破産した。
その後、ブラウン社長が本当に逮捕されたというニュースと同時に、次の社長は前社長のピーターか、その娘が引き継ぐというニュースが流れたため、火星経済に大きな混乱は起きなかった。
そして後日、ソフィアの家の玄関に包みが置かれていて、その中には「ナイルの涙」が入っていたそうだ。
置いたのは、ねずみ小僧に違いない。
ソフィアはそれを着服するのではなく、ちゃんとした手続きで所有権を認めてもらった。
裁判所に間に入ってもらい、本来ならブラウンが作った借金の穴埋めのために競売に出されるところを、ブラウンが借金を残した証券会社と交渉して、その借金の額で「ナイルの涙」を買い取ったそうだ。
おそらく、オークションで買い戻そうとすればかなり値段がつり上がったかも知れないが、それに比べると適正な価格よりも少し安い値段で買い戻せたらしい。
一週間後、MHICの臨時オンライン株主総会が行われ、株主である俺たちは、王家、公爵家と相談してソフィアを次期社長にする議案を出して決定された。そして会長には、回復したソフィアの父ピーターになってもらい、補佐してもらうことになった。
俺に取締役をしてほしいという要請がソフィアから来たが、そういうことはよくわからないので、エレナ博士に引き受けてもらう。
エレナ博士には取締役の報酬が入るうえに、株の配当で俺たちの会社には、年間数千万ギルが入ってくることになった。これで俺たちの宇宙船のローンも年内に払い終えることができる。
イーサンが、にこやかにエレナ博士に言う。
「これで、高い酒がたくさん買えますね?」
イーサンは先日、エレナ博士の高い酒の瓶を割ったからな。
するとエレナ博士が工具を取り出して、イーサンを半目で見る。
「でもイーサン。今度酒瓶割ったら、分解調整だからね」
「社長、助けてください。ユリー?」
イーサンは心細そうな声で、俺たちに助けを求めてきた。
俺とユリーは肩をすくめた。
そうそう、後日ソフィアから連絡があった。
あのブラウン前社長が言っていた、ソフィア計画がわかったそうだ。
ソフィア計画とは、父のピーターが立てた慈善事業の計画だったそうだ。
この物語はフィクションであり、実在の団体や施設、個人とは関係ありません。
次の話から、ときどき異星人が出てくるようになります。
用語解説(わかりやすくするために、はしょっているところがあります)
<レバレッジ>……少ない資金で大きな金額の取引ができる仕組み。例えば百万円しか持っていないのに五百万円の取引ができる。
<空売り>……証券会社から株を借りて売ってしまい、後で安くなった時に買い戻して返す仕組み。高いときに買い戻せば損になる。
<含み益>……例えば昔五百円で買った株が、現在八百円で取引されていたら、もしこの時売れば三百円の利益が出る。この三百円を含み益という。
<配当>……会社のもうけを株主に還元する仕組み。例えば3月末時点で株を持っている人に、一株当たり10円をくれる。




