1-3 虹の宝珠
三台来ていたVトールは、おそらく犯人たちを乗せたものとユリアナを乗せた二台が先に帰り、残っていた一台も俺たちに作業が終わったことを知らせると帰っていった。
「やっと調査ができるな」
俺たちは、再び全員で遺跡の中に入ることにした。
もう危険も無いだろう。
遺跡に入ると、通路には誘拐犯たちが残したと思われる箱や食べかす、飲み物の容器などが散らかっている。
「あいつらー、遺跡を汚しやがって」
アデル教授がぶつぶつと文句を言った。
まあ、研究者からしてみれば無理もないことだ。
でも、彼らが残していったランタンで、遺跡の中は明るかった。
先ほどは誘拐犯がいたので遺跡自体を詳しく見る余裕がなかったが、今こうやってじっくり見てみると、石と石の隙間にはカミソリの刃も入らないほどの精巧な作りであることがわかる。一つひとつの石は少し複雑な形に加工されていて、それらがうまく組み合わされていた。
地球のクスコにある石積みに似ていると言えば、そう言えるかもしれない。
「あんな高い技術のアーティファクトを残している連中が、石積みなんてな」
俺は後ろを歩くエレナ博士に話しかけた。
「こういう石積みの方が何万年も持つのさ。ある程度の地震にも耐えられるんだ」
「ふーん?」
まあ、そう言われてみればそうか。コンクリートなんてすぐにヒビが入るしな。こういう複雑な石積みは、かかった力が分散されるのだろう。
俺たちは、十年前に作られた見取り図を頼りに、一番奥の部屋までやって来た。正面の壁には、文字らしきものが彫られている。
早速アデル教授が壁の方に走り寄り、はしゃいだり、壁の文字を手でなぞったりしている。
「そう! ここ、ここ! いままでこの文字は『天に昇る』と訳されていたんだけど、私の研究では『先に進む』となるのよね。……だから、なにか仕掛けがあるんじゃないかと思うの」
教授はそう言って、俺たちを見た。
ん?
その仕掛けを俺たちに探せということかな?
「そうなりますと、『我が子孫は手を触れて、先に進め』と訳すのでしょうか?」
イーサンが聞いた。
「このアンドロイド、火星古代文字も翻訳できるのね?」
「私は、イーサンという名前です」
イーサンは名前で呼んでほしそうだが、アデル教授はそれを無視する。
「このアンドロイドが訳したとおりよ。あなた、ここに手を触れてみて」
そう言ってアデル教授は、俺の方を見た。
「え? 俺が?」
「今私がやっても何も起こらなかったから」
「まあいいけど。でも、古代火星人の子孫って……」
地球人がこの火星に探査機を送って調べ始めたのは、二百年近く前のことだ。そしてついに八十年前にこの火星に植民を開始したわけだが、これまで火星人が見つかったなんてニュースは流れていないし、死体やミイラのようなものも見つかっていない。
火星で発見された遺跡は一万年以上前に作られたものらしいし、これを作った火星人がどこに行ったのかなんてわかるはずもない。
一つ言えるのは、そこの壁にある手の形のレリーフからすると、ここを作ったのは人間に近い姿をしているのではないか、ということだけだ。
アデル教授が、俺の方を期待を込めた眼で見てくる。
「いいから早く」
「……わかったよ」
まあ、一度やってみれば気が済むだろう。
俺はレリーフに歩み寄り、軽く手を触れてみた。
突然。ガキン! という音が部屋に響き、皆がビクっとして後ずさる。
続いて石がこすれあう音とともに、目の前の壁が下に降りていく。
「社長のご先祖様は、タコだったんですね?」
イーサンがからかってきた。
「おまえなー」
何百年か前、ウェルズという作家が小説の中でタコ型の火星人を描いた。その為、火星にはタコ型の宇宙人がいると信じられていた時代があったのだ。
あれ? 待てよ。アデル教授は、始めから俺を指名してきたな。
「でもなんで、俺だったんだ?」
俺はアデル教授に聞いた。
「壁面の文字。つまり火星古代文字は日本の神代文字に似ているのよ。それでレリック・ハンターの中で、日系のあなたをダメもとで雇って連れてきたというわけ」
「なーんだ。俺たちのところに直接依頼に来たのは、それが理由だったのか」
でも、依頼の時にそれを言わなかったのは、始めからそんなことを俺たちに教えたら、依頼料をふっかけられるとでも思ったのだろうか。
他にも日系人はいるだろうから、その中で俺たちにローンがたくさん残っているのをどこかで聞いて、安い金額でも引き受けてくれると踏んだのか。
「もちろん、予算の関係ということもあるわ」
「やっぱり」
でも。ということは、日本人が火星人の直系の子孫なわけか? まさかな。
壁が降り切ると、下へ続く階段が現れた。ライトで奥を照らしてみると、かなり下に続いているようだ。
アデル教授が俺を見る。
「あなた、先に入って」
「えっ? ああ」
まあ、何があるかわからないから、レリック・ハンターの俺が先に行くべきだろうけど。
「『子孫は』って壁に書いてあったんだから。まさか子孫を殺すような仕掛けは無いと思うわ」
そういうことか。無茶なことをやらせるご先祖様でないことを祈ろう。
でも、他のアーティファクトが見つかった遺跡では、侵入者を撃退する仕掛けも見つかっているから注意は必要だ。
俺を先頭に、ライトで照らしながら皆でゆっくりと、そして慎重に階段を降りていった。
「日本人って不思議な民族なのよー」
階段を下りながらアデル教授が、前を降りる俺に話しかけてきた。
「どこが?」
「例えば、世界のほとんどの言語は左脳を使って話すのに、日本語は右脳を使うし」
「ふーん?」
そんなものかな?
今ではほとんどの日本人が共通語を話し、日本語を使うのは日本の田舎の一部の家庭ぐらいだと聞いたことがある。
階段を五十段ほど降りると、そこから水平な通路になっていた。相変わらずクスコのような石積みの通路が続いている。
ライトを奥に向けると、二十メートルぐらい先には、文字が彫られた壁が通路をふさいでいるようだった。
俺たちはその壁の近くまでやって来ると、壁の中央にはまたしても手の形のレリーフがあった。
俺は壁のすぐ前まで進む。横に来ていたアデル教授をチラッと見ると、彼女は顎で壁の方を指して「早くやれ」と催促してくる。
また手を触れれば、この壁が開くのだろうか?
俺がゆっくり手を触れると、突然周りが明るくなった。
俺は思わず左手を目の前にかざして光を遮り、右手は反射で腰に下げた銃をさわる。
だんだん目が慣れてきた。
ん? ここは外か?
さらに目が明るさに慣れてくるのを待って、周りを見回してみる。
あれっ? どうなってるんだ? なんでこんなところに?
ここはたしか、アーム・シティの俺たちの格納庫から近くにある道だ。遠くには、空港を飛び立って上昇する宇宙船が見えるから、そうに違いない。
俺は、皆もさぞ驚いていることだろうと思い後ろを振り返ったが、そこには誰もいなかった。
俺一人がここに来たのか? それとも幻覚か? でも幻覚にしては風や音がリアルすぎる。
俺は、落ち着いて周りをよく見渡してみる。
するといつの間にか少し先に男の子がいて、道を渡ろうとしていた。男の子の先には、赤ちゃんを抱いた母親らしき女性が、「早くいらっしゃい」と言っている。
よくある町の光景だ。
俺はここで無線機のことを思い出し、皆に連絡を取ってみようとした時だった。
道を渡っていた男の子が、渡る途中で転んだ。その向こうからは、トレーラーがかなりのスピードで走ってくる。
これは……止まれないかもしれない。
俺はとっさに飛び出し、男の子に走り寄る。
間に合うか?
トレーラーのブレーキを掛ける音がする中、俺は男の子を抱きかかえるが、タイヤがすぐ横まで迫って来ていた。
「うわっ!」
俺は思わず叫んだ。
ここで急に視界が、先ほどの遺跡の通路の壁の前に戻った。
俺の声に、皆がギクリとしたようだ。
「なに?」「なに?」
エレナ博士とアデル教授が首をすぼめて、あたりをきょろきょろしている。
俺は何がどうなったのかわからないまま茫然としていると、その間にも通路をふさいでいた壁が、石のこすれる音とともに下がり始めていた。
俺が今体験したことを皆に伝えると、レリーフに手を触れてから俺が叫ぶまで、一秒ぐらいしか経っていなかったということだ。
「はくちゅーむ?」
アデル教授がつぶやく。
「もしもしー。〇〇中毒の人がいますよー」
エレナ博士がからかってきた。
「おまえらなー」
ということは、あれは幻覚だったのか? それにしても生々しかったな。
そこにあった壁はすでに降り切っていて、その先に通路が続いている。
「さ、行きましょ?」
アデル教授が俺をせかした。
俺は気を取り直して、再び二十メートルほど慎重に歩いていくと、また同じように壁が立ちふさがっている。
その壁には先ほどと同じく、文字と中央付近には手の形のレリーフがあった。
今度もまた幻覚を見せられるのだろうか?
でも実害は無かったのだから、すこしは気が楽だ。
俺がそれに手を触れると、また突然に視界が変わった。
明るさに目が慣れてきて辺りを見ると、目の前には深い谷がある。そして正面のはるか向こうには、高い山々が見えていた。
あれ? そういえば、目が慣れるということは、もしかして幻覚ではないのかな?
後ろを振り返ると、今度はすぐ後ろにエレナ博士がいたが、ほかの二人は見当たらない。
そして、博士のすぐ後ろには、うっそうとした密林が迫っている。その密林は、木と木の間に背の高い草が生い茂り、中を歩いて進むのは大変そうに見えた。
エレナ博士があたりをキョロキョロして、
「えっ? なに? どこ?」
と、不安げにしている。
俺は谷の方へぎりぎりまで行って、そっと崖の下を覗いてみた。
ここはかなり高い断崖絶壁の上で、しかも足元の崖は下がえぐれている。つまり俺たちのいる場所は、広さ三メートル四方程度の面積こそあるが、プールの飛び込み台の先端の板の上にいるような感じだ。
俺はエレナ博士のそばに戻る。
「今度はエレナ博士も一緒だったな」
「ここはどこ?」
「マリネリス峡谷の方かもしれない。でも、こんな密林は無いはずだけど」
人類が火星を初めて訪れた時、植物は存在しなかった。
やがて植民が始まるとドームの中に町や緑地が造られたわけだが、その後紫の宝珠が発見されて重力が地球とほぼ同じになると、町はドームの外へと広がり、同時にその外側に広大な緑地帯も造られていった。そして、その緑地帯は防砂林の役目と酸素供給の役目があるので、常に手入れがされている。
だから、火星では常に町と緑地帯がセットだし、こんな人の手が加わっていないような密林は火星にはないはずだ。
まさか、ここは地球なのか?
すると突然、パキンという音がして、俺たちのいる足元が崩れた。
ワッ! キャー!
エレナ博士は、運よく密林から足元に伸びていた蔦にしがみつくことができた。そして俺は、その博士の腰の辺りにしがみついている。
「ちょっとー。おもーい。いたーい」
エレナ博士がわめいた。
エレナ博士がつかまっている蔦は、それ程太いわけではないので、いつ切れてもおかしくない感じだ。よって、あまり動かないほうがいいだろう。
でも、果たしてこれは幻覚なんだろうか。それとも何かの力で、どこかに転移させられていて、これは実際に起きていることなんだろうか。
もし実際に起きているなら、何とかしなければいけない。
エレナ博士の握力がいつまで保つかわからないから、早くなんとかしないとな。
横を見ると、少し離れた所にもう一本蔦が垂れ下がっているのが見える。
俺は、あれにつかまるか。
「ちょっと待って」
俺は両手で博士にしがみついていたが、片方の手を放して、少し離れた所の蔦に手を伸ばしてみる。
「ちょっと、どこ触ってるのよー」
エレナ博士がそう言ってきたが、俺は片手を離しているのだから、今は残ったもう片方の手と頭や全身を密着させてエレナ博士にしがみつくしか無い。
でも博士は、もじもじ、そして足をバタバタさせ始めた。
「ちょっと動かないで!」
と俺が言ったとき、博士がつかまっていた蔦がズルっと五十センチほど下がった。
博士は蔦に、俺は博士に再び両手で必死でしがみつく。
動くと本当にやばい。
エレナ博士も察したらしく、おとなしくなったが、今度は彼女の腕と体がブルブルと震えている。
そろそろ手の力が限界のようだ。
「もうだめ!」
博士が弱音を吐いた。
このままでは、二人とも落ちてしまう。
先程横に垂れていた蔦は、俺たちが下がったせいで、手が届かない。
ここまでか。もう死ぬのか。
十八年という短い人生、まだやってみたいことは沢山あった。
しょうがない、俺が手を放せばエレナ博士は助かるかもしれない。
もしかしたら、あの世でおやじと会えるかもしれないし……。
俺は意を決して言う。
「博士、今までありがとう。実は、母さんのように思ってたんだ」
俺は博士の顔を見上げ、博士もこちらを見てきた。
久しぶりに博士の真面目な顔を見たかな?
「先におやじに会いに行くよ」
俺はそう言うと、博士にしがみついていた手を放し、崖の下へ落ちていった。
「ショーウ!」
エレナ博士の叫ぶ声が響いた。
ここでまた視界が遺跡の中に戻った。目の前の壁がゆっくりと降りていく。
しかし俺は、バランスを崩し床に倒れそうになった。ついさっきまで崖の下に落下していたわけだから無理もない。
でも、ここで倒れたら、皆にまた何を言われるかわからない。
俺は何とか持ちこたえて立ち上がると、後ろにいる皆の方へ振り向く。
すると、エレナ博士が床に座り込んでいた。
え? ということは、今回はエレナ博士も同じ幻覚を見たのだろうか?
アデル教授とイーサンは、俺たちが急にバランスを崩したり座り込んだのを、何が起きたのかわからず、ただ見ている。
俺はエレナ博士に手を貸そうと、歩み寄って腰を落とした。
すると、エレナ博士が俺に抱き着いてきた。
「ショウ! 一人で先に死のうとするなんて、まったく」
涙声だ。
でもその直後、エレナ博士はすぐに俺から離れる。
「でも、母さんってなによ。まだ二十三才なんだからね」
目にはうっすら涙が浮かんでいるし、今の言葉からすると同じ幻覚を見ていたわけだ。
いやまてよ。たしかエレナ博士は二十五才ぐらいのはずだ。こんな時にまでサバを読むのか。
「もしかして、歳をごまかしてないか?」
「男は、細かいことを気にしないの」
くっ。
でもなんか、すこし絆が深まったようだな。
俺たちは、今体験したことをアデル教授に説明すると、やはり俺がレリーフに手を触れてから一秒程しか経っていなかったらしい。
「二人が同じ体験を共有するということは、やはり同時に幻覚を見せられているわけね。興味深いわ」
と、アデル教授。
でも心臓に悪い。本当に体験しているようだった。
「ん?」
エレナ博士が、自分の手を見て驚いているようだ。
「どうしたの?」
アデル教授が聞くと、エレナ博士は自分の手の平を皆に見せる。
えっ!? 蔦を握ってた跡が手に残っている?
「えー!? それじゃあ、本当に体験したのか!?」
俺は思わず声を上げた。
幻覚ではなかったのか? 時間も一瞬なのにどういう事だ?
まさか、俺たちは本当に死ぬところだったのか?
アデル教授もエレナ博士も、わけがわからないという顔だ。
通路の先には次の壁も見えている。
次も何かあるのだろうか? その時はどんな対応をしたらいいのだろう?
そんなことを考えていると、アデル教授が催促してくる。
「さあ、行きましょ」
「人ごとだと思って……」
俺は三つ目の壁の前に着くと、振り返って皆の顔を見た。
アデル教授は前回と同じように、早くしろと言いたげだし、エレナ博士は今回は少し怖がっているようだ。
でもここまで来たら、先に行くしかない。
俺は息を深く吸い、壁に向き直って、ゆっくりとレリーフに手を触れた。
すると今度は、突然周りの通路の壁が崩れはじめた。俺たちがいる十メートル四方ぐらいの床だけを残して、壁や天井、床の石がどんどん落下していく。
天井の石が真下に落ちずに横の方に崩れていくのは、なにかの力が働いているのか。
崩れが収まって改めて周りを見回すと、かなり離れたところに自然の岩肌が見えている。さらにぐるっと周りを見回すと、周囲は同じような自然の岩肌で囲まれていた。上を見れば、はるか上に丸い穴が空いていて、空が見えているようだ。
つまり、俺たちは大きな自然の縦穴の中にいることになる。
そして縦穴は、まだ下へと続いているようだった。
この床は大丈夫なのか?
俺は警戒して床にヒビなどが入っていないかを、ざっと確認する。
イーサンは無表情に普通に立っているが、おそらく床が安定しているので、今の所危険は無いと論理的に判断しているといったところか。
エレナ博士やアデル教授を見ると、二人は床に膝をついて、やはり周りや上をキョロキョロと見ていた。
「ねえ、あれ見て」
エレナ博士の指さす方を見ると、すこし離れた床の上に宝石や金貨、財宝が山のように積まれていた。
あれ? いつの間に?
さっき見た時には、何も無かった気がする。
するとエレナ博士が、目の色を変えて財宝に駆け寄る。アデル教授も「研究費がー」と言いながら駆け寄って金貨を手に取った。
俺はその場で、もう少し周りを観察してみる。
一応床は安定しているようだが……でもここ、何か暑くないか?
俺は少し腰を落とし、ゆっくりと床の端に行って下を覗いてみた。
すると、はるか下で溶岩が火の粉を噴き上げている。
ということは、火山の噴火口の中か!?
さらに俺たちがいる床の下には何もなく、どういう原理かわからないが空中に浮いている様だ。
「みんなも下を見てくれ。下に溶岩が見えるから、ここは火口の中だ。床が傾くといけないから散らばって!」
俺がそう言うと、イーサンが、
「みなさん、この床は少しずつ降下しています。止めるには軽くしないといけません」
と、淡々と言ってきた。
「嘘でしょ!?」「なにそれ!?」
エレナ博士とアデル教授が焦りだして、俺の顔を見たり、何か捨てるものがないかと周りを探している。
「財宝の重量を推計しました。解決策としては、その財宝を捨てるか、私を捨てるかですね」
イーサンが淡々と提案してきた。
財宝は、売ればイーサンのようなアンドロイドが数十体も買えるほどありそうだ。イーサンも内部は金属が多く使われているのでほぼ同じぐらいの重さか。
「イーサンなんか、また作ってやるわよ」
エレナ博士はそう言って、財宝をかばうようにしている。
「えーっと、あのー。研究費がー」
ぶつぶつと言うアデル教授。
相棒のイーサンを見捨てるなんて、出来るわけ無いじゃないか。
「何言ってるんだよ!」
俺は二人に割って入り、財宝を下に捨て始める。
「ギャー! ローンが!」「……研究費が」
と言って騒いでいる博士たちを尻目に、俺はすべての財宝を床から下へ捨てた。
「床が昇り始めました」
イーサンが無表情で言った。
そこでまた、視界が元の遺跡の通路に戻った。崩れたはずの壁や天井が元通りになっている。
またも幻覚だったのか、実体験だったのかよくわからない。
それとも、本当はこの通路もなく、元の部屋で寝ていて夢を見ているのかもしれない。ふと、そんな考えもよぎった。
アデル教授とエレナ博士は、まだぶつぶつと言っている。
気が付くと、通路の突き当りにあった壁が無くなっていて、その先には明るい部屋が見えていた。
部屋まであと少しだが、あんなことがあった後では慎重にならざるをえない。
俺たちは気を取り直して、ゆっくりと進んだ。
俺たちはその部屋の入口までくると、そこから部屋の中を見渡してみる。明るいが、照明のようなものは見当たらない。
部屋全体が光っているのだろうか。
そして部屋の中央には、一メートル四方ぐらいの石でできた台座があった。
それを見たアデル教授が台座に走り寄る。
「アーティファクトよ! 初めて見るタイプだわ!」
俺たちもすぐに台座の周りに集まった。
台座の上には、宝珠が埋め込まれた腕輪が一つ浮いている。他の宝珠と違うのは、色が一色でないことだ。いろいろな色が縞模様になって混ざっている。
色を数えてみると、金、銀、白、紫、赤、青、黄の七色だ。これは「虹の宝珠」とでも言うべきか。
アデル教授が自分のリュックから、大きなトングの先にゴムのようなものがついている器具をとり出す。
「下手に素手で触ると、どうなるかわからないからね」
「危ないのか?」
俺が聞いた。
「宝珠の中には最初にはめた人に登録されて、他人が使えなくなってしまうものもあるのよ。だから念の為」
でも、その器具で腕輪をつかもうとするが、途中で何か透明な壁に当たって触れることができない。そこでアデル教授は道具を置いて、今度は手袋をした手を伸ばしてつかもうとするが、同じように触ることができなかった。
「えー? なにこれ? どうなっているの?」
アデル教授が困惑している。
俺は台座をよく見てみるが、周りを探してもスイッチらしきものも手の形のレリーフも無い。
アデル教授が答えを求めて、あたりを見回した。そして壁に彫ってある文字に気が付き、目をはしらせる。
「えっと。三つの試練を乗り越えた者に、この宝珠を託す……か。さっきの途中の壁にも『試練』とか書いてあったから、あれのことね? その下の文章の内容は、後でゆっくり検討するとして……」
「えっ? 待ってくれ。さっき『試練』って書いてあったのか? それを、早く言ってくれって!」
俺がそう言うと、
「試練なんて言ったら、あなた、おじけづいたかもしれないじゃない」
教授がペロッと舌を出した。
こいつめー。
でも、……と言うことは、俺が何かやれば反応するかもしれないな。
俺は再び台座に近づき、手を腕輪に近づけてみる。すると見えない壁を通過した。
皆が俺の手の先を見つめている。
そしてさらに手を近づけると、宝珠に触れたか触れないかのタイミングで、浮いていた腕輪が突然消えた。
どうなってるんだ?
「ああああー!」
アデル教授が俺の左腕を指さして、大声を出した。
見ると俺の左手首に、先ほどまで台座にあった腕輪がいつのまにかはまっている。
「え?」
「さっき、宝珠の中には最初にはめた人に登録されて、他人が使えなくなってしまう物があるって言ったわよね!?」
「この状況では、しょうがないだろ。アデル教授は触れなかったんだし」
「まったく……」
その時、ピキッ、という音が上の方から聞こえてきた。見上げると天井にひびが入っている。
崩れるのか!?
「逃げろ!」
俺は叫んで、エレナ博士とアデル教授を先に走らせ、俺とイーサンが最後に部屋を出る。
そのまま皆で元来た通路を走って戻った。すると、後ろの方で「ドシャン」という大きな音。
なんだこれ? 映画でお決まりのパターンか?
俺たちは通ってきた階段を駆け上り、最初に手の形のレリーフがあった部屋に戻ってきた。
そこで一旦止まり、周りや天井を確認するが、この部屋は何とも無いようだ。
すると、下に降りていた壁がせりあがってきて、宝珠があった部屋に通じる階段をふさぎ、そこには何もなかったかのように壁が元通りになった。
俺はその壁に近寄って、触ってみる。
試しに俺がもう一度壁のレリーフに手を触れても、壁はもう動かなかった。
この時フッと、何かが変わった様な気がしたが、気のせいかも知れない。
「開かないの?」
アデル教授が聞いてきた。
「だめだ」
エレナ博士が冷静に周りを見回す。
「まったく静かだわ。それに、私たちが走ってきたわりには、ホコリも舞っていないわね」
どういうことだ?
そういえば服の乱れなどもない。
「……まさか今のは夢じゃないだろうな?」
「ねえ、腕輪は?」
アデル教授が聞いてきた。
俺は左腕を見ると、先程の「虹の宝珠」の腕輪がはまっている。
「あるな」
「じゃあ、とりあえず外して?」
「あ、ああ」
俺は腕輪を外そうと見たが、どこにも継ぎ目が無いようだ。そのまま手のひらの方にずらして外そうとしても、腕輪の隙間に余裕が無くて外すことができない。
「ちょっと、見せてよ」
今度はアデル教授が、俺の腕輪を触ってみる。
でもアデル教授でさえ、外し方がわからないようだった。
するとアデル教授は、ガックリきたようだ。
「外れないわ。どうしよう」
「ごめん」
俺は一応謝ってみた。
「もー」
「でも、壁に彫られていた文章が古代人の遺言だと解釈すれば、腕輪の権利はショウにもありそうね」
と、エレナ博士。
ああそうか。もし遺言と認められれば相続権があるのか。
でも、一万年前じゃな。
アデル教授はため息を吐いた。
「そこが問題なのよ。あとは政府の判断に任せるしかないか……」
「じゃあ、外れないし、俺がこのまま持っていていいんだよな?」
俺が聞いた。
「しょうがないから、政府の判断が出るまで貸出という形にしておくわ。私は、国から発掘品の管理を一任されているから。でも研究のために、協力してよね」
「わかった」
俺たちは、アーム・シティに帰ることにした。