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レリック・ハンター  作者: 中川あとむ
第一話 宇宙の何でも屋
2/156

1-2 遺跡調査依頼

 火星は現在、星全体で一つの国になっている。

 新興国であるこの国は、もともと火星に投資していたヨーロッパの王家の次男が移住してきて始まった。

 人口が増加した地球からの移民はますます増え、現在も首都アーム・シティの至る所で高層マンションの新築工事が行われている。


 俺たちはシティの中心部から出て、最近口コミで話題になっているレストランで食事をすることにした。中心部では、大きいトラックを停められる駐車場を持つレストランが無いということもある。


 レストランに到着すると、店の駐車場にトラックを停めて、三人で降りる。

 その店は、外見や内装が地球の鉄道のホームや列車を模しているのだが、火星には鉄道が無いのでとても新鮮だった。

 

 俺たちは食堂車のような内装の部屋に案内されて、三人でテーブルを囲んだ。

 その横の壁には窓を模したモニターがはめ込まれていて、地球のどこかの鉄道の窓から見える風景が映されている。


 俺とエレナ博士はステーキ、イーサンはハンバーグを注文した。

 そもそも市販のアンドロイドは、充電するだけで物は食べないが、イーサンの場合は博士が改造して、充電以外にも食べたものをエネルギーに変換する機能を付けたそうだ。

 この機能は、原理的にはすでにある技術を組み合わせて小型化したものだが、わざわざアンドロイドにこの機能を付ける人はいないので、イーサンだけに違いない。


 もしかしたら、おやじが行方不明になって、エレナ博士は食事相手が欲しかったのだろうか。


 しばらくすると、ステーキとハンバーグが運ばれてきた。


「いただきまーす」

と、俺たち。


 俺はナイフとフォークで肉を切って口に運ぶ。

「あれ? これって本物の肉みたいだな」


「どれどれ?」

エレナ博士もそう言いながら一口食べてみる。

「ほんとだわ」


「これは動物性たんぱく質です」

イーサンが、自分のハンバーグを食べて分析したようだ。


 火星では荒れ地が多く牧畜がほとんどできないので、こういう庶民のレストランで通常出されるのは、工場で作った植物タンパクの合成肉がほとんどのはずだ。


 俺は近くにいたアンドロイドの店員に確認してみる。

「店員さん。これって本物の肉?」


「はい本物です。現在地球と火星の距離が近い時期ですので、地球からの肉の輸入が増えています」


 なるほどー。


 地球と火星の平均距離は約二億三千万キロメートルだが、最接近時は7千万キロメートル台まで近づく。

 現在はその接近時なので、今の宇宙船技術では速い船なら一週間程度で地球まで行くことができる。旧式の船でも二週間程度だ。

 そのため、地球から本物の肉が比較的安価に輸入できるわけだ。



 食事を済ませて外に出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。

 火星の一日は、地球より四十分ほど長いだけだ。

 俺は地球に行ったことはないが、ほとんど同じ感覚で生活できるらしい。


 俺たちは再びトラックに乗り、俺が運転して第二空港に帰ってきた。

 格納庫に隣接する事務所兼住居の前まで帰って来ると、事務所の玄関付近に人影が見える。


「ん? 誰かいるぞ」


 俺の声に、エレナ博士とイーサンがその人影に注目する。


「借金取りですか?」

と、イーサン。


 え?

 エレナ博士の方を見ると、首を横に振ってきた。


 経理はエレナ博士に任せてあるが、今の所宇宙船のローンは滞り無く返済していると聞いている。よって、今のはイーサンの冗談ということだろう。

 まったく……。


 俺たちがトラックで近づくと、ドアの前に立っていた女性は、ヘッドライトに照らされて眩しそうにこちらを見た。

 彼女は黒い髪を後ろで束ねていて、黒縁丸メガネを掛けている二十才ぐらいの女性だ。そのいでたちは、仕事しか興味ないといった感じで、センスがいいとは言いがたい。


 トラックから降りて俺たちが近づくと、その女性が声をかけてきた。

「レリック・ハンターの方ですか?」


 俺はうなずく。

「そちらは?」


「実は依頼をしたいのですが……。アーム大学の考古学教授でアデル・ブノワといいます」


 名前からすると、フランス系かな?


 現在の火星の教育制度は、十二才までは普通に学校で勉強し、卒業時にアーティファクトを使った教育マシンで、中学から高校までの教育内容を脳に直接転送される。

 十二才までは脳の発育期ということで、この間は昔のような勉強で脳を鍛えないといけないそうだ。

 その後、研究や学問の道に進みたい人は大学に入る。だから二十才にして教授なんてのは、火星ではよくあることだ。


「中へどうぞー」

エレナ博士が愛想よく声をかけ、アデル教授を事務所のソファへ案内した。


 俺はその間に、トラックを格納庫の中にしまいに行く。


 俺がすぐに事務所に戻ると、応接ソファに腰かけたアデル教授に、イーサンがお茶を出しているところだ。

 エレナ博士はソファの端に掛けて、俺が戻るのを待っている。


 俺はアデル教授の向かいに腰かけた。

「早速だけど、依頼の内容は?」


「実は、第七号遺跡の再調査をすることになり、案内とボディーガードをお願いしたいのですが……」

「ギルドの方への連絡は?」


「あのー、研究予算の関係で、直接お願いに来ました。……ギルドを通さないとまずいですか?」

アデル教授は、ちょっと言いづらそうだ。最後の方はさらに声が小さくなった。

 

 つまり予算が少なく、レリックハンターギルドが設定している標準の依頼料は出せないわけだ。

 

 ギルドを通すと中間マージンを取られるが、その分ギルドは依頼者の素行調査や仕事の違法性などをチェックしてくれる。

 依頼する方も、ギルドが仕事内容に適したレリック・ハンターのチームを責任を持って紹介してくれるので、依頼者にとっても安心だ。

 そしてレリック・ハンターと依頼者との間でトラブルが発生したときには、ギルドが間に入って仲裁もしてくれる。


「いや。俺たちを信用してくれるなら直接の依頼もオーケーだが、一応身分証を見せてくれ」


 俺の言葉を聞いて、アデル教授が安心した顔をする。そしてアーム大学の教授であることを証明する身分証を見せた。

 現在では遺跡は政府の管理になっているので、勝手に入ったら不法侵入になるが、アーム大学の考古学教授であれば政府の許可は簡単に取れるはずだ。

 

 エレナ博士がそれを見て俺に頷いてくる。つまり、相手は本物の大学教授ということだ。 


「で、予算は?」

エレナ博士が聞いた。 

 

「えっと、一万ギルで……」


 共通通貨で一万ということは、例えば地方通貨である日本円に換算すると約百万円だ。往復の行程や調査に四日かかるとして、調査とボディガードならギルドの標準価格では二万ぐらい。ギルドの二十パーセントの中間マージンを差し引いても、一万六千にはなる仕事だ。

 

 俺がチラッとエレナ博士を見ると、やはり渋い顔を俺の方に向けてきた。

 でも俺たちは、仕事を選べるような身分ではない。宇宙船のローンがだいぶ残っている。


「それで、第七号遺跡の再調査ということだけど……」

俺が仕事の内容を確認しようとすると、イーサンが言ってくる。

「あの遺跡は前社長が調査に加わったことがあるので、詳しい資料も残っています」


 おやじが調査したのか……。

 ああそうか。それで彼女は俺たちのチームに目星をつけて、直接頼みに来たわけだ。


「じゃあもう、何も新しい発見は無いかもしれないねぇ」

エレナ博士がそう言いながら、少し首をかしげた。


「しかも当時、あの遺跡からは何も出てきませんでした」

と、イーサン。


 アデル教授が、持ってきた資料をカバンから出してテーブルに広げる。

「実は、昔の資料を研究しなおして、壁に描かれている文字が今までと違う解釈ができるのではないかと……。あっ、このことはまだ内密にお願いします。学会での発表前ですので……」


 すべての遺跡からアーティファクトが見つかっているわけではない。教授はそのあたりに疑問を感じて、資料の再調査をしていたのだという。


 ちょっと依頼料は安いが、難しい依頼でもないし、俺たちは引き受けることにした。




 二日後の朝、俺たちとアデル教授は探査車に乗って、首都から百キロほど南に離れた七号遺跡を目指した。


 八輪駆動でバスほどの大きさのこの車には、簡易宿泊設備やブルドーザー機能、そして一応誘導ミサイルも装備してある。

 ミサイルというのは物騒な話だが、外に出るのが危険な場所で道をふさぐ岩を破壊したいときや、最近はほとんど無いが、盗賊団から攻撃を受けることもあるので、その対処の為もある。

 

 今向かっている七号遺跡は十年以上前に調査が終了しているので、発掘品目当ての盗賊から狙われることはないと思うが、入り口が土砂に埋まっている可能性もあるから、これらの機能が必要になるかもしれない。


 俺が運転し、首都を取り囲む緑地帯を抜けて荒れ地に出る。そこからは道を外れて、火星特有の赤茶けた荒野を南に進んだ。


 時々大きな凸凹を乗り越え、車がゆすられる。

 助手席には平然として座っているイーサン。後ろの席を見るとエレナ博士とアデル教授は寝ているようだ。


 よくこんな揺れで寝てられるな。おいおい、よだれが垂れてるぞ。


 俺はすぐに前方に視線を戻す。火星はその大きさのわりに起伏が激しいのだ。気をつけていないと谷に転落することもある。

 一応、衛星データや十年前の調査時に通った道などを参考に、あらかじめナビにコースをインプットしてあり、その通りに走行しているので大丈夫なはずだが。


 さらに二時間ほど走ると、前方に目的の丘が見えてきた。資料によると、あの中腹に遺跡の入口があるはずだ。


 俺が丘のふもとに車を停めると、エレナ博士とアデル教授がやっと目を覚ました。

 エレナ博士は、起きるとすぐにコンパクトで化粧を直している。


「ここはどこ?」

アデル教授はまだ寝ぼけているみたいだ。


「ついたぞ、準備して行こう」

俺はそう言って、後ろの荷物スペースに行って装備を整える。


 作業靴に履き替え、ライトやロープ、いざという時の携帯食などが入ったカバンを背中に背負った。


「たまには私も行くか」

エレナ博士が珍しく、自分も行くことにしたようだ。


 普段危険な場所に行く場合は、エレナ博士が車に残ってモニターし、分析したり情報を収集して後方支援をすることが多いが、今回はそんなことも無さそうなので皆でいくことにした。


 アデル教授は、昔の映画に出てくるような探検隊のような恰好に着替えてきた。

 まあ、こんな埃っぽい場所だから、そのほうがいいかもしれない。


 エレナ博士はというと、こんな場所でも白衣を着ている。靴だけトレッキッグシューズみたいのをはいているので、なんかアンバランスだ。


 俺たちは車の中ほどに付いたドアから車を降りる。外に出ると、俺はその丘を見上げてみた。

 斜面は十度ぐらいの傾斜だ。このぐらいの傾斜なら、この装備で問題ないはずだ。


「昔の資料によると、遺跡の入口の前には、発掘時に丘を削って整地された広いスペースがあるはずだ。とりあえずそこまで登ってみよう。イーサンは一番最後から登ってくれ」

俺はそう言って、先頭になって斜面を登り始めた。


 少し登ったところで後ろを振り返ると、エレナ博士が息を切らしている。

「けっこうきついわー」


「運動不足だよ」

俺はそう言って、登るペースを少し落とした。


 さらに五十メートルぐらい丘を登ると、その整地された平らな場所に出る。


 と、俺は百メートルほど離れた遺跡の入口にいる人影を見て、反射的に身を伏せた。後から続いて登ってくる皆にも、伏せて声を出さないように身振りで指示をする。

 斜面の縁から頭が出たあたりですぐに気づいて伏せたので、相手が高価な探知装置でも持っていなければ、まだ気づかれていないはずだ。


 エレナ博士が身をかがめながら、そっと横に来た。

「なに?」


「遺跡の入口に人がいる」


 アデル教授も自分の目で確かめようと、横に来てそっと覗いてみる。

「えー? なんで?」


「先を越されたんじゃないか? 誰か他の人に、今回の調査を漏らした?」

「それは……無いわ」

「政府の調査許可は取ってあるよな?」

「もちろん」


 政府から情報が漏れる可能性は少ないよな?


「盗賊団の可能性はあるかな?」

俺は、今度はエレナ博士に聞いた。


「可能性が無いことも無いけど、ここは盗賊団が根城にするには街から遠すぎるわね。それにもし根城なら周りにセンサーを張り巡らせて、とっくに気づかれているはずよ」

「それならやはり、アデル教授の発見を横取りしようと、他の考古学者が先回りして来ているのかもしれないな。その場合はアデル教授が正式に政府の許可をもらっているわけだから、追い出すことが出来るかもしれない」

「どちらにせよ、まずは相手を確認しなければいけないわね」


 まだ、他の調査チームなのか盗賊団なのかはわからないが、もしあれが盗賊団なら戦闘になる可能性が高い。だからといって、確認もしないでいきなりこちらから攻撃したら法律違反だ。


「じゃあ、向こうの出方をみてみるか……」


 エレナ博士が遺跡の方をそっと覗いてみる。

「相手は二人ね。レイガンを持っているみたいだけど大丈夫?」


 実は俺は、今まで実際に人と撃ち合ったことは無い。それでエレナ博士は俺に大丈夫か聞いてきたわけだが、こんな仕事をしていれば、遅かれ早かれいつかはこういう場面に遭遇するはずだった。

 暇があれば一応射撃の訓練はしているし、成績はいいほうだ。戦闘知識や訓練のレベルならそこらの軍人にも引けをとらないと思う。

 そもそも、これから撃ち合いになるかどうかもわからない。


「何とかなるんじゃないか?」

「念の為、私とイーサンは後方で援護をするわ」

「じゃあ、俺とアデル教授で出ていけばいいな?」


「えー? 私も行くのー?」

アデル教授が嫌そうな顔をする。


「相手がどこかの考古学者なら、こちらの正当性を主張しないと。その時はアデル教授の出番だ。それに入口を見張っているのは、俺たちと同じ様に雇われたレリック・ハンターの可能性が高いよ。いきなり撃ってきたりはしないさ」

「ほんとに?」


 俺はうなずいた。

「ああ」 


 たぶん。


「もし盗賊なら?」

「可能性は低いが、その時は、その時さ」

「まったくいい加減なんだから。いざというときは、ちゃんと守ってよね?」

「わかった」


「それじゃあ、万が一戦闘になったら援護するけど、もしショウたちが捕まった場合は、Cプランでいい?」

エレナ博士が俺に確認してきた。


「そうしよう」


 アンドロイドのイーサンなら、相手がレイガンのトリガーを引こうとした瞬間に先に撃って相手を戦闘不能にしてくれるだろう。さらに、イーサンの見た映像は内部のメモリーに残っているから、あとで裁判になっても勝てるはずだ。

 何も問題ない。


「じゃあ、イーサンと私は左から回り込むわよ」


「わかりました」

イーサンが返事した。


 移動を始めようとしたエレナ博士を、俺が呼び止める。

「そうだ、エレナ博士。その白衣を貸してくれる?」


「なんでよ?」

「一応研究者を装ってみる。こんな場所には不釣り合いだけど、腰に下げたレイガンを隠すという意味もあるし」


「汚すなよ」

とエレナ博士は言って、俺に渋々白衣を貸してくれた。


 こんな時に……。


 俺とアデル教授はゆっくりと歩いて、平坦になった広場に足を踏み入れた。

 遺跡の本体は丘の中に続いていて、入口の石組だけが見えている。そこまでは百メートルぐらいだ。

 アデル教授はびくびくしながら、俺の後ろをついてくる。


 前方の遺跡入口の前にはレイガンを腰に下げた男が二人いるが、あのレイガンは片手式だ。


「よほどの名手でなければ、この距離から撃っても当たらない可能性の方が高いよ」

俺は、怖がっている教授を安心させようとした。


「ほんとに?」

「ああ」


 たぶん……。


 すぐに入口の二人が俺たちに気が付いたが、腰のレイガンに手をかけただけで、まだ抜いていない。

 

 もし盗賊団のアジトなら仲間以外の者が近づけば、すぐに撃ってくるはずだ。撃ってこないところを見ると、おそらく盗賊団ではないだろう。

 これなら話し合いの余地はありそうだ。


 俺は後ろのアデル教授に続けて言う。

「俺の後ろに隠れない方がいい。教授が武器を構えているかもしれないと勘ぐって、逆に撃たれるかもしれないぞ」


 それを聞いて、アデル教授がやや横に出て歩いた。

 入口の見張りが俺たちのことを無線でどこかに知らせているが、まだ様子を見ている。


 そのまま彼らまで四十メートルぐらいまで近寄ると、

「そこで止まれ! なんの用だ!?」

と、乱暴な口調で制止された。


「アーム大学の者で、遺跡の調査にやってきましたー!」

俺は大きい声で答えた。

 まあ、遺跡の調査は本当のことだ。


 入口の二人は顔を見合わせ、一人が無線で誰かに指示を仰いでいる。

「……ええ、二人です。 ……違います……はい……はい」


 今の無線の会話からすると、どうやら誰かがここにやってくる予定があるようだ。それで向こうも、確認できるまでは俺たちに手を出さなかったのだろう。


 無線で指示を仰いでいたやつがこちらに向き直る。

「手を挙げてゆっくりと歩いてこい。変なまねをするなよ!」

大声で言ってきた。


 俺たちが言われたとおりにその二人の前まで来ると、ボディーチェックをされて、俺のレイガンは取り上げられた。

「学者が、なんでこんな武器を持っている?」


「最近、物騒なんでね。それで、あんた方は誰で、ここで何をしてるんだ?」

俺が聞いた。


「余計な詮索はするな」


 アデル教授が服の襟につけているアーム大学のバッジが効いたのかもしれない。カバンなども取り上げられたが、相手は俺たちを学者だと信じたのか、ポケットの中身や腕時計までは取り上げられなかった。

 

「先を歩いて奥に入れ。おかしな真似はするなよ」

もう一人の男がそう言って、後ろから武器を構えて、俺たちを遺跡の中へと誘導した。


 こうやって見ると、なんとなくだが、こいつらは同業者ではない気がする。

 そう感じたのは、服装や装備がミリタリーっぽいせいかもしれない。同業者のレリック・ハンターならもう少し軽装備だ。

 まさかと思うがテロリストなのだろうか。でも、火星にテロリストがいるんなんて聞いたことががないしな。


 遺跡の中には彼らの仲間がいるようだが、入口の見張りはこれで一人になった。

 おれたちが捕まったら、エレナ博士たちはCプランを実行するはずだ。入口の一人だけなら、イーサンだけで十分に対処できるだろう。


 後ろから指示されるままに俺たちは階段を降り、迷路のような通路を右へ、そして左へと歩いていく。

 通路には、彼らが持って来たのだろうか、充電式のランタンが何メートルかおきに置かれていて、通路を照らしているので結構明るい。


 しばらく進むと金属の扉の前に出た。その扉の横には、見張が一人立っている。


「あーあ、遺跡にこんな扉を勝手につけちゃって」

アデル教授が、後付けの金属製の扉を見てつぶやいた。


「黙ってろ!」

後で銃を構えていたやつがそう言い、続けて扉の前にいた見張りに話しかける。

「ヘッドが、こいつらも一緒に閉じ込めておけとさ」


「おう、無線は聞いた」

そう言って、その見張りの男がドアを開けた。


「中に入ってろ」

先程の男が、後ろから銃を突きつけて背中を押してくる。


 俺たちは抵抗せずに、中に入った。

 でも教授は何か言いたげだ。


 俺たちが部屋に入ると、そこには先客がいた。部屋の中央に十六才ぐらいの女の子が一人、椅子にちょこんと座っている。

 短めのキュロットスカートにジャンパーという、町中にいるような服装をしていた。髪は金髪で長く、かわいらしいが芯の強そうな印象だ。ブルーの瞳が俺たちの方をじっと見ている。


 ドアが後ろで閉まるとアデル教授が、

「なんのために雇ったと思ってるのよ」

と、文句を言ってきた。


「大丈夫、もうすぐ動き出すから。Cプランさ」


「もう……で、この子はだれ?」

アデル教授が、椅子に座った女の子を指して聞いた。


「この扉が外からしか開かない構造だから、俺たちと同じく捕まったんだろ?」


 俺たちが話していると、女の子が椅子から立ち上がる。

「あのー、あなた方はどなたですか? 私は、ユリアナと申します」

あどけなく、そして品よく尋ねてきた。


「俺はショウ。彼女はアーム大学のアデル教授」


 俺たちは、お互いにここにいる経緯を話した。

 それによるとユリアナは、どうやら誘拐されたようだ。


 しかし俺がレリック・ハンターだとわかると、ユリアナは目を輝かせた。

「レリック・ハンターの方なんですか?」


 変わったやつだな。レリック・ハンターって聞けば、悪い印象を抱くやつのほうが多い。

 俺たちのようにまっとうな仕事をしているのも多いが、中には密輸などに手を出して悪名をとどろかせたやつもいた。やつらが捕まったときに、ニュースに大々的に出たため、その当時は俺たちを見る視線も冷たかったっけ。


「……えっと、そろそろかな?」

俺はそう言って、時計をちらりと見る。


「何がですの?」

ユリアナが、ちょっと首をかしげながら聞いてきた。


「仲間が睡眠ガスを使うはずだから、ドアからなるべく離れて。……ガスマスクがあれば一番いいんだけどな」

俺は外の見張りに聞かれないように小声で話した。


 まっ、聞かれていても準備する暇はないだろう。


 教授がふくれる。

「私たちまで眠ってしまうんじゃない? もー」


「あのー、よろしければこちらに寄ってください。シールドで包みますから」

ユリアナが言ってきた。


 俺は驚いて聞き返す。

「えっ? シールド?」


 火星の遺跡から発見されたアーティファクトには何種類かある。その中で「銀の宝珠」と呼ばれるアーティファクトは、「シールド」という結界のような疑似魔法を使うことができる。物理的な攻撃やレイガンなどの熱線兵器を防ぎ、有毒なガスをもシャットアウトできるのだ。

 ただ、発見された数が少ないのでべらぼうに高額だ。よほどの金持ちぐらいしか持てない。

 それをこの子は持っているというのか?


 俺とアデル教授が、顔を見合わせてユリアナのそばに寄ると、彼女は自分の腕のブレスレットに軽く触れる。

 すると、ふわっと、なにかに包まれるような感覚がした。


「このタイプの『銀の宝珠』の実物を見るのは初めてよ」

教授が興味深々に宝珠をのぞき込んだ。


 ユリアナが持っているのは、腕輪に宝珠が埋め込まれているタイプだった。宝珠はすべてそうだが、特に腕輪タイプは高値で売られ、その後はほとんど市場に出回らない。

 銀の宝珠は十年以上前に発見されて最近では発掘されていないはずなので、アデル教授が考古学の道に進んだ頃にはすでに実物を見る機会は無かったに違いない。


 ちなみに、宝珠には他にもいろいろなタイプがあって、ネックレスタイプやブローチタイプなどもある。

 そして色は違うが、遺跡の台座から動かせない大きなタイプもある。火星の重力調整をしている「紫の宝珠」がそうだ。


 さて。この状況から考えると、あいつらは何かの犯罪組織ということなのだろう。そして、おそらくユリアナは金持ちのお嬢さんで、身代金目当ての誘拐といったところか。でも……。


 俺は、ユリアナに疑問に思ったことを聞いてみる。

「君は誘拐されたらしいが、その宝珠があれば簡単には捕まらないんじゃ?」


「……ブティックで試着しようとして、試着室に入った途端に襲われましたの。シールドを張る暇がありませんでした。眠らされて、気がついたらここに監禁されていました」


 そういうことか。

 でも、拉致された時にこの子の宝珠を取り上げなかったってことは、あいつらは「銀の宝珠」を知らなかったのか? 

 まっ、俺も話には聞いていたが、実物を見るのは初めてだしな。


 そのときバタンとドアが開き、ガスマスクをしたエレナ博士とイーサンが、レイガンを片手に飛び込んできた。


「やあ」

何にもなかったように、俺が片手をあげる。


「あれ? なんで眠ってないの? ……つまらないなー」

エレナ博士は少し不満そうだ。


「この子のシールドで……って、眠ってる間に俺に何かしようとしたか?」


「まさかー?」

ガスマスクの前面が透明なタイプなので、エレナ博士がニヤニヤしているのがよく見えた。


 もうこのCプランは絶対にやめよう、と心に誓った。


 エレナ博士が俺たちの分のマスクを持ってきていたが、シールドを切った瞬間にガスを吸い込むかもしれないので、俺たちはガスの効力が切れるのをそのまま待つことにした。


 ユリアナとエレナ博士が簡単に自己紹介した後、イーサンには寝ている犯人たちを遺跡の外に運ぶように指示する。

 エレナ博士もイーサンについて行った。


 十分ほど経ち、俺が時計を確認する。

「もう大丈夫だろう」


 それを聞いたユリアナがシールド解除した。



 俺たちが一緒に遺跡の入口まで戻ると、地面に男が六人並べられていた。


「これで全員です」

イーサンが誘拐犯たちをすでに運び終わって、取り戻した俺たちの装備を持って近づいてきた。


 俺たちは、捕まった時に取り上げられたレイガンやカバンをイーサンから受け取って装備する。


 そしてエレナ博士には白衣を、一応埃をはたいてから返した。

「ありがとう。汚れていないと思うけど」


「やっぱりこれを着てないと、落ち着かないわ」

と、エレナ博士。


 さてと、誘拐犯たちを一応縛るかな。体がでかいやつは、通常より早く起きることもある。


 俺はカバンからロープを出して、寝かされている六人に近づいた。


 それにしても、ミリタリールックのやつが多いな。


「こいつら、……警察を呼んで引き渡すか?」

俺がそう言いながら縛り始めると、後ろからユリアナが近づいて来て、

「あっ、それなら軍の方を呼んでいただけますか?」

と言ってきた。


「えっ? 軍?」

 

 もしかしてこの子は軍関係の人か?


「えっと、じゃあ電話を貸してください」


 俺がユリアナに携帯端末を衛星電話モードにして渡すと、彼女は掛けなれた感じで番号をダイヤルしている。

「……あっ、リスル? ユリアナよ。……うん、大丈夫。……レリック・ハンターの方々に救出されて……」

と、一旦電話を口元から離して、

「あのー、ここはどこですか?」

と聞いてきた。


「あっ、七号遺跡よ」

ユリアナの後ろからアデル教授が答えた。


「七号遺跡だって。……うん、じゃあよろしくね」

ユリアナが話し終わって電話を切った。


 そして、俺に携帯端末を返しながら、

「すぐに来るそうです」

と言って、ニコリとする。


 ……かわいい。

 先程までは犯罪組織とのやりとりもあって緊張していてそれどころでは無かったが、こうやって落ち着いて見ると、この子はテレビのトップアイドルぐらいの可愛さだ。

 もしかしたら、あまりテレビを見ない俺が知らないだけで、有名人なのかもしれない。


 犯人六人を縛り終わったころ、俺は遠くから何か飛んでくるのに気が付いた。


 あれは軍のVトールが三機か? (Vトール:垂直離着陸機)


 その三機はみるみる近づいてきて、遺跡の前の広場の、俺たちから少し離れたところで着陸態勢に入る。


「ふーん? 特殊部隊ねぇ?」

その機体のマークを見たエレナ博士が興味深げに言った。


 俺たちは、Vトールの着陸時に埃が巻き上がって埃だらけになるのではないかと心配して身構えたが、その三機はうまくスピードとエンジンの方向を調節して、俺たちがいる反対側へ埃が飛ぶように降りた。

 うまいものだ。


 ユリアナが、タラップを降りてきた女性士官を見て、笑顔で手を振る。

 その女性士官が、部下を五人程連れてこちらに歩いて来た。


 階級章は……少佐か。歩いているだけだが、身のこなし方から、やり手だということがうかがえる。

 それにしても美人だ。


 少佐がユリアナの前にやってくると敬礼した。

「お嬢様、この度はとんだ不始末を……」


「いいのよ。けっこう楽しかったわ」


 おいおい……誘拐されたのに。

 それはそうと、この子は軍の幹部のお嬢さんなのかな?


 次に、少佐が俺たちの方を向いた。

「特殊部隊のリスル・ミラーです。この度は、お嬢様を救出して頂き感謝します。……で、そこに転がっているのが誘拐犯たちですね?」


「そう。今は催眠ガスで眠らせてあるから、あと二時間ぐらいで起きると思う」


 少佐が後ろに控えている部下たちに、犯人たちをVトールの一台に運び込むように指示した。


 するとユリアナが少佐の横に並び、俺たちにの方を向く。

「この度はありがとうございました。お礼をさせていただきたく、一緒に来ていただけますか?」


「いや……俺たちは遺跡調査で来ているから、さっそく調査を始めたいと思うけど」

「そうですか、私も遺跡の調査を見てみたいところですが……」


 ゴホン。リスル少佐が咳ばらいをした。


 ユリアナはちらりと少佐の方を見てから続ける。

「……リスルに怒られそうなので、今日は帰ることにします。では後日連絡させていただきますね」


 そして彼女は軽く会釈すると、少佐に目配せをしてから、兵士に案内されてVトールの一台に向かった。


 ユリアナがすんなりとVトールに乗ったのを見て、少佐はほっとしたようだ。

「では連絡先を教えてほしい。あっ、それとすまないが、鑑識に遺跡内を調べさせるので、一時間ほど待ってもらえるだろうか」


 軍人にしては腰が低いな。あの子といい、好感度アップだ。



 遺跡の調査には何日もかかる事があるので、探査車の車内にはキャンピングカーのように、ベッドにもなるソファやテーブル、簡易キッチン、トイレなどが備え付けられている。

 俺たちは軍の鑑識作業が終わるまで、車中のテーブルでお茶を飲んで待つことにした。


「まさか、誘拐犯だったとはね」

俺が言った。


「でも、凶暴な奴らじゃなくてよかったわ」

と、エレナ博士。


 アデル教授が俺をジト目で見る。

「もー。今回は護衛も依頼のうちなのに。あなたたち、本当は護衛なんかしたことないんじゃない?」


 ギク。


「そ、そんなことはないさ」


 護衛の仕事は過去にあったことはあったが、その時はトラブルは無かった。

 実際に犯罪者と対峙したのは今回が初めてだったから、すこし甘く見ていたかもしれない。今回の相手が、もし見境のない奴らだったら、アデル教授と俺は撃たれていたかもしれないのだ。

 

 次からは、もう少し慎重に作戦を立てないといけないな。 

誘拐の真の理由や、誘拐犯がなぜ手荒なことをしなかったかについては、もう少し先の話で明かされます。

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