風鈴を揺らす風~白桔梗~
『笑ホラ2017』企画に参加してくださった白桔梗さんへのギフト小説です。
浴衣に着替えて縁側に出た。夜の風が控えめに風鈴を揺らす。蚊取り線香の香りが夜の空気をほのかに包む。
「スイカ切ったよ」
彼がお盆に切ったスイカを乗せて運んで来た。
「わあ、美味しそう」
「そろそろかな?」
「そろそろだね」
ヒュルルルという音と共に一筋の光が夜空を登って行く。最高点に達したところで大きな光の花を咲かせた。
「始まったね」
「始まったな」
今夜は地元の花火大会。彼の家の縁側からこの花火が良く見える。
彼の隣でスイカをかじりながら夜空に広がる花火を眺める。とても幸せな時間を私は過ごしている。
「そう言えば、お家の人たちは花火を見ないの?」
「うちの連中は打上げ会場へ出掛けたよ。臨場感が違うんだそうだ」
「まあ、確かにね。でも、私はここから見る花火がいちばん好きだなあ」
「ああ、僕もだ。でも、今年の花火はちょっと違う」
「そうなの? どこが?」
「今年は隣に白桔梗さん、君が居る」
「えっ?」
「ま、そのおかげで花火の方は少し見劣りするけどね。君が美し過ぎるから」
恥ずかしい…。と、言うより驚いた。こんなベタな口説き文句を口にする人が本当に居るなんて…。一瞬、ポカ~ンとしていると、夜空がいっそう明るくなった。花火がクライマックスに差し掛かった。けれど、私は冷静に花火を見る音が出来なくなっていた。私の隣で、彼がずっと私の顔を見つめていたから。
花火が終わり、二人が居る縁側は静寂に包まれた。
「終わったね」
「終わったわね」
私は彼に体を寄せた。すると、彼は立ち上った。
「さて、縁日へ繰り出すとしようか」
「そうね…」
まったく…。あんな歯の浮くような口説き文句で口説いておきながら、いざとなったら照れちゃうんだから…。
「ほら」
そう言って手を差し出す彼。私は彼の手を取って立ち上がる。
“いってらっしゃい”
まるでそう告げているかのように風が静かに風鈴を揺らした。