- その参 -
翌日、大阪に戻り、自宅の最寄駅に到着したその時に
「ヒャーッ!」
と、あの女の声が後ろから聞こえた。
慌てて振り向いた。
そこに在ったのは、突然に畏怖の表情で振り返った私の表情に驚くサラリーマンの一群であった。
自宅のアパートに帰りついたが、さすがに風呂に入る気にはなれなかった。
一晩眠れば元に戻るだろう。
きっと気が緩んでいるんだと自分に言い聞かせてベッドに潜りこんだ。
翌朝は、あの女の悲鳴で目が覚めた。
しかし姿はない。
とりあえず身支度を整え出勤する。
会社では次の慰安旅行の行き先はどこがいいといった話で盛り上がっているが、
私は話の輪に参加する気になれなかった。
昼食も終わり、喫煙ルームでタバコをふかしている時にも”彼女”の声が聞こえた。
もちろん悲鳴の主の姿はない。
帰宅途中に通る、いつもの商店街でも”彼女”の声が聞こえ、
部屋の鍵を開けるときにも”彼女”の声が聞こえた。
翌日も翌々日も悲鳴は聞こえてきた。
しかし、女の悲鳴は私にだけ聞こえているようだった。
もの凄い形相で突然に振り返る私は、周りの人にしてみれば「危ない人」に見えているのだろう。
幾日かが経ち、私も悲鳴を気にしないように努めることにした。
確かに気味は悪いが、その悲鳴が聞こえてくる事で私や周りの人達に害がある訳ではないからだ。
心療内科の医者にも診てはもらったのだが、
「きっとストレスからくる耳鳴りのような物でしょう。ゆっくり温泉にでも行かれてはどうです?」
とニヤニヤと笑っていた。
きっとアメリカンジョークか何かのつもりだったのだろうが、全く笑えなかった。
「キャーッ!」
また悲鳴が聞こえた。
しかし、その悲鳴はいつもの”彼女”の声ではなかった。
しかも私の後ろからではなく左前の方から聞こえてくる。
悲鳴の聞こえる方を向くと道路の向こうで大きな口をあけて私の後ろを指差している女がいる。
指差している方向に向き直ると、クレーンに吊るされていた筈の巨大な鉄板のうちの一枚が
こちらに向かって滑り落ちてくるところだった。
咄嗟に避けようとしたが、間に合わなかった。
「アァーーーーーーッ!」
私は悲鳴をあげた。
鉄板は断頭台のギロチンさながらに私の首を数メートル先まで跳ね飛ばした。
胴体から離れても私の首はなおも悲鳴をあげ続け、その私の首と目が合った工事現場の警備員はへたりこんでしまった。
女鳴切温泉の「延命」の効果が、首から上にだけしかないのが残念でしかたがない。
叫びながらも真剣にそう思っている私の視線の先には、ドクドクと血を流しつづける首の無い私の体が横たわっていた。
そして私の体の隣では、幽霊屋敷のデコレーションのように大きな口を開けた”彼女”の首が悲鳴をあげていた。




