死後世界ネバーランド
あつい
科学が進歩し、電子の世界は広がり続けた。
脳の仕組みを完全に解き明かし、魂を、記憶を電気信号で再現していく。
ある時、1人の天才科学者がこう言った。
「人は肉体を捨てて不死の存在への階段を上がる時がきたのだ」
当初は夢物語、狂人の戯言として扱われたその言葉は、時間とともに現実味を増していく。
まず科学者は死んだ人間をデータ化してネット上に再現する事に成功した。
次に生きている人間の記憶の保存に成功すると、保存した記憶から実験的に電子の世界にその人間の複製が行われた。日本政府主導で行われたこの実験は国民に知らされることもなく、水面下で静かに行われていく事になる。
政府は充分な実験データを収集したらそれを順次公開して、徐々に電子の世界は人々に浸透していった。
健康診断で記憶の保存が正式に義務化されてから10年が過ぎたころ、日本政府はあるプロジェクトを発表する。
【ネバーランドプロジェクト】
このプロジェクトは死んだ人間をインターネット上の世界に再構築して生活してもらうといったものだった。
あるかどうかも分からない天国や地獄は置いておいて、自分たちの手で死後の世界を造ってしまおうという、普通に考えれば冗談としか思えないプロジェクトだが、既に記憶保存の技術やネット上に死んだ人間を再現する技術は世界に受け入れられていたので混乱は起こらないままプロジェクトは国民に受け入れられていく。
それから更に5年後、政府は死後の世界【ネバーランド】の完成を発表した。
・・・
何処までも広がる青い空に白い雲――――
そんな空を我が物顔で飛び回るのは緑色のドラゴンだった。
地上にいる10人の男女はそれを見て歓声を上げている。
少し離れた場所でそれを見ている男は呆れ顔で剣を構えながら警戒を強めていた。
面倒な仕事を引き受けてしまったと、男は気怠そうに溜息を吐く。
「このまま何も起こらなきゃ良いけど」
男は面倒くさそうに呟いて後ろから迫ってきたゴブリンを切り裂くと、もう一度溜息を吐くのだった。
・・・
ネバーランドの完成が発表された当時、人々の反応は千差万別だった。
理由は簡単、ネバーランドで生活するのにはお金が必要だったからだ。
いくら電子の世界といっても容量の限界というものはあるし、その世界を維持するためのお金が必要になってくる。
結果、死後の世界はお金がなければ現実世界よりも簡単に人が死んでしまう世界になってしまった。
そこで暮らす人々はお金が無くなると消えてしまうのだ。跡形もなく。
利用料を払い続ければ永遠に生きることができるが、お金が無くなれば呆気なく消去されてしまう。
ネバーランドは現実世界より命とお金が同価値の世界だった。
生命保険は死後保険へと名前が変わり、遺産相続という言葉は死語になった。
幸いな事にネバーランド内でもお金を稼ぐ方法は多々あるし、維持費が安い世界を選べばそれなりに死んだ後も生きることが出来る。
しかし現実世界とは違って所持金が直接寿命と繋がってくるのは、仕方がないにしても人々の心に恐怖を植えつけたのは確かだろう。
そんなネバーランド内でお金を稼ぐ方法は大きく別けて4つある。
1 生きている人間がネバーランドを下見に来たときガイドをする
2 ネバーランドで作った物を売る
3 ネバーランドで何らかの活躍をして現実世界の企業をスポンサーに付ける
4 誰かから合意を得てお金を譲ってもらう(ネバーランドでは通貨が実体化していないので盗んだり勝手に奪ったりはできない)
他にもやり方は色々とあるだろうが殆んどの人はこの4つの内どれかでお金を稼ぎ、死後の世界の寿命を延ばしていた。
現在ネバーランドには大きく別けて3つの世界がある
漫画のような未来の世界【ゲート】
現実世界とまったく同じ世界【ワールド】
剣と魔法のファンタジー【アーク】
当初はゲートかアークに人は集まると予想されていたけれど、ゲートは滞在するための維持費が高額で普通の人では維持費を払うのが難しく、アークは維持費が安い代わりにモンスターや人に殺されたら存在を削除されるという危険性があるせいで最終的にはワールドがネバーランド内で一番人口の多い世界になっていた。
・・・
「お客さん、それ以上近づかないで。ドラゴンの縄張りに入っちゃうよ」
「なんだよ! ちょっとくらい別にいいだろ? そうなった時の為のガイドでアンタを雇っているんだからさ。」
自分の容姿や年齢をある程度変えられるネバーランドでは珍しく、ガイドの男は何処も弄っていないように見える。
ボサボサの黒髪と伸びた無精ひげ、気怠そうな顔つきにヨレヨレの衣服。
殆んどの住人が20代前半の姿をしているのに対し、男は30代後半だ。
腰にぶら下げている長剣だけはよく手入れをされているみたいだが、それだけだ。
(安いからって、こんなガイド雇うんじゃなかったぜ)
彼らは大学の仲の良いグループでネバーランドの観光に来ていた。
電子の世界に意識を移し、彼らはたっぷり1週間を使ってゲートから順に観光を楽しんでいる。アークはその観光の締めくくりだ。
ネバーランドはどこも刺激的な物で溢れていて、彼らは持ってきた軍資金をほとんど使ってしまっていた為にネバーではガイド料が安いこの男を雇ったのだが、今ではそれを少し後悔していた。
ガイドの男は口煩く、せっかくのファンタジー世界なのに自由に観光させてくれない。
勿論彼らもアークが危険な世界だという事は分かっていたが、それでも男の注意は度が過ぎているように感じていた。
だからだろうか、1人が男の小言を無視してドラゴンの縄張りに入ってしまったのは。
ドスン
縄張りに入ってしまった男の前には見上げるほどに大きいドラゴンの姿があった。
生きている人間はネバーランド死んでも現実で死ぬことはない。強制的に意識を現実世界に戻されてしまうだけだ。
痛みもネバーランドでは1/100までカットされている。
しかし、死ぬ時に植えつけられるだろう恐怖は消えることはない。
圧倒的な死の恐怖はそれだけで人を廃人にしてしまう。
その場にいた全員が凍ったように動きを止めてドラゴンを見ていた。
動きたくても動けない。それがドラゴンのスキルである【威圧】の効果だと彼は知ることはないだろう。
そんな中、ガイドの男がふらりと前に出る。
「なぁオッサン、助けてくれよ。ガイドなんだろ?」
その言葉を聞いた男は気怠そうに息を吐いた。
頭をボリボリと掻きながら剣を抜く。
「俺には黒岩 水樹って名前があるんだがね」
「ご、ごめんなさい!黒岩さん、私たちを助けてくださいお願いします!」
恐怖で涙を流しながら後ろで震えていた女が頭を下げた。
その女を皮切りに他の人達からも次々と謝罪と懇願が続く。
男はそれを聞くと幾分か気を良くしたのかドラゴンの方に顔を向けた。
「まぁ、良いか。お客さん、最後に良いものが見れて良かったな。生でドラゴン退治を見たとか自慢できますよ」
黒岩はそういうと左手を前に出した。
それに合わせる様にドラゴンの尻尾が振るわれる。
黒岩は迫る尻尾を前に出した左手で掴んだ。
ドラゴンの尻尾がどのような勢いで振るわれたのか、大学生たちはその後に来た強風で理解する。
だから黒岩がしたことが信じられなかった。
あの威力で振るわれた尻尾を人間が片手で受け止められるはずがないのだ。
「………す、凄い」
「あー、これはマジックアイテムのおかげだよ。因みにこの世界で生き残っている奴等ならみんな出来る事だから」
黒岩は何でもないようにそう言うと、右手に持った長剣でドラゴンの尻尾を斬った。
悲鳴のような叫び声を上げたドラゴンは火のブレスを黒岩に向かって放とうとする。
熱気が大学生たちの方まで伝わってきた。肌がヒリヒリと悲鳴を上げた。
「それはダメだ。お客が死んじゃうだろ」
しかし、そのブレスが外に出ることはなかった。
黒岩が口をアッパーで無理やり閉じてそのまま首を切り落としてしまったからだ。
「あ、もうちょい遊ぶつもりだったんだがな。この竜の首データ、ほしい人いるか? 亜竜だし8万くらいで」
「い、いえ結構です」
残念そうにドラゴンの死骸を解体している黒岩を見ながら、死んだとしてもネバーに来るのだけは止めておこうと大学生達は思うのだった。




