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「くそっ……なんだってんだよ……!」
講義棟一階の空き教室に置かれた教卓に身を隠しながら、モーツァルトは悪態をついた。額からはどくどくと血が流れ、左目をふさいでいる。殴られた頬は赤く腫れ上がっていた。どちらも、彼の講義を受けていた生徒たちに負わされたものだった。
「油断してまともに食らっちまった、クソが……」
肩で息をしながら、ぐらつく視界を何とかしようと目を閉じる。
(この感じ、似てやがる……《《あの時》》と……)
遠い過去のものとなったはずの記憶が、否応なしに呼び起こされた。そして一週間前のあの日、硬直から醒めた自分の目の前にルージュで残された、あの女のサイン。
「クソ女がっ……!!!」
こみ上げる怒りを奥歯で噛み潰した。パガニーニが現れてからの一週間、細心の注意を払っていたつもりだった。だが結局このような事態になるまで何一つ気づけなかった自分の迂闊さが、呪わしかった。
(とにかくバッハ先生に……)
モーツァルトはそっと目を開けた。だいぶ明瞭になった視界にほっと息をつき、よろよろと立ち上がる。直後、いたぞ! という声とともに、ドアと窓ガラスが凄まじい音をたてて破壊された。どうやら最悪のタイミングで立ち上がってしまったようだ。
悪態をつく暇もなく、モーツァルトはあっという間に周囲を学生たちに囲まれた。一様に憎悪のあふれる目を光らせ、整然と並べられた机をなぎ倒していく彼ら。中には自らの楽器を、武器さながらに構える者もいた。
「ちっ、使うしかねえか!」
覚悟を決め、モーツァルトは血のにじんだ唾をぺっ、と吐き捨てた。そしてぐっと腹に力を込め、声を張り上げた。
「【トルコ行進曲】!!」
一瞬のうちに、彼の足元に隊列を組んだ小さな兵隊たちが現れる。
急に現れた兵隊たちに、生徒たちはびっくりしてその足を止めた。
「いけっ! ただしあんまり傷つけんなよ!」
モーツァルトの合図で、鼓笛隊は太鼓を鳴らし、兵隊たちは生真面目な顔で生徒たちに向かって行進していく。最初は驚いていた生徒たちだったが、いかにも頼りなげなその姿に馬鹿にしたような笑いが広がった。一人の生徒が、彼らを踏み潰そうと足を上げた。
次の瞬間、じっと隊列を組んでいた兵隊たちが一気にその足に飛びかかった。大きくバランスを崩した生徒が倒れ、そのまま他の学生たちも将棋倒しに倒れていく。それを皮切りに、兵隊たちは四方に散らばりすばしこく周囲の学生達の足元を走り回り、身につけている銃剣でちくちくと刺し始めた。
悲鳴の上がる中モーツァルトは向きを変え、今度はそのまま自らの楽器を振りかざし向かってくる学生と対峙する。
「楽器を粗末に扱うんじゃねえ! これでもくらって反省しやがれ!」
そう怒号を放ったモーツァルトの周りには、いつのまにかカラフルなボールのようなものが浮かんでいた。モーツァルトはその中の一つを掴み、学生たちに投げつけた。学生の足に当たったボールはスライムのようにぐにゃぐにゃになってへばりつき、あっという間に足を絡めとる。次々と投げつけられるそれに視界を奪われる者もおり、くぐもった悲鳴が教室内に響いた。




