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ぶぉん! と耳元で鉄パイプがうねる。
照明の光が鈍く反射したそれは、バランスを崩して尻餅をついたショパンの数センチ横に振り下ろされていた。
美しい木目調の床に、無残な穴が空いた。
「あっは! 運のよろしいことで!」
声をあげて笑い、パイプを肩に担ぐリスト。糸のような目から覗いた色素の薄い瞳に、凶暴な光がちらついた。
「安心してください、先生の身体にもあれと同じような穴をいくつも空けてあげますよ……なあ、みんな?」
リストの声に、入り口から何人もの生徒が姿を現した。残忍に輝く何対もの瞳を前に、ショパンはゆっくりと体勢を立て直した。
「おいおい……反抗期かよ……」
低い声で呟くショパン。
その口角は上がっていたが、声は微かに震えていた。
コン、コンと床を鉄パイプで叩きながら、リストはさらににんまりと笑みを広げる。
「革命ですよ、先生」
喜びを隠し切れない様子で、リストは自らを抱きしめた。
「この国は生まれ変わるんです。
不平等で理不尽でくだらない、音楽の国とやらがね。
そして、あなた方リューリスは反逆者として民衆に処刑されるんだ!
どう? 素敵でしょう?」
歪んだ興奮に目を輝かせながら、とうとうと話し続けるリスト。それから目を離さぬまま、ショパンは必死に逃げ道を頭の中で組み立てていた。
(ここの出入り口はあそこだけ……となると、窓から逃げるしかないか……)
現在ショパンがいる位置から背後にある窓までの距離は、およそ7メートルほど。学生たちは今もじりじりと彼との距離を詰めてきている。迷っていられる時間はなかった。
「OK、君たちの言い分はよーくわかった。
いいよ、自由にしたらいいさ」
周囲を漂う空気に全神経を集中させる。
ふと、自分がたくさんの猫に狙われる一匹のネズミのように思えた。ここから一歩でも動けば、彼らは一斉に襲いかかってくるだろう。
絶体絶命だ。
(でもそれも、普通のネズミであればの話だ)
自らを鼓舞するようににやりと笑い、ショパンは生徒たちに言い放った。
「知恵のあるネズミは、賢く逃げさせてもらうとするよ」
その言葉を言い終わるや否や、リストが合図の手を挙げた。一斉にショパンへ飛びかかる生徒たち。その動きはまるで矢のように素早かった。
(早っ……!)
一人の生徒が、ショパンの服の裾に触れる。
その手から逃れるように、ショパンはのけぞるようにして身体を勢いよく後ろに倒しながら、跳んだ。
ぐっと首を返して床に着手し、更に両腕で身体を押し上げ窓に横付けされた大きなテーブルの上に着地する。そして即座に机の上にある水晶の置物を掴み、窓に叩きつけた。
「窓だ! 行けっ!!」
リストが怒鳴り、自らもテーブルに向かって走り出した。
「先生、馬鹿な真似はよしましょうよ。
ここ、5階ですよ? 落ちたらだいぶ、痛いと思いますが」
その顔には依然として笑みが張り付いていたが、口の端が若干引きつっている。
余裕がなくなってきているのだろう。ショパンはどことなく愉快な気持ちで、歪な微笑を浮かべながら窓の縁に腰かけた。
「いいね、お前のその顔は嫌いじゃない」
そして、リストがテーブルに手をかけたタイミングで両足をテーブルにかけ、ずっしりとした重さを足の裏に感じながら渾身の力でそれを押し倒す。そのまま自らの身体を、窓の外へと投げ出した。




