夢の始まり
プロットを小説風?にしてます^^
第一章
澄み切った青空に白雲が映えて、強い日差しが乾いた大地をより一層焦がしていた。風が砂を舞い上がらせ時折視界から空を遮る。
この枯れ果てた赤褐色の世界に唯一の群青の世界。そんな空を眺めるのが俺は好きだった。そのまま、吸い込まれそうな青の世界に手を伸ばしてみる。すぐ傍らでこんなにも無限に広がっているのに手に届きそうで届かない。どこまでも遠くて、どこまでも高い。
そんな限りない世界を引き裂くが如く、突き破るは一本の黒ずんだ巨大な塔。届くはずのない空を本当に突き破っているのか、その頂上はまるで見えない。
これが全ての元凶の始まり―――。
生まれた時にはもう何もなかった。荒れ果てた大地に聳え立つ一本の巨大な塔とそれを守るロボットが既にこの世界を支配していた。
周りは一面、岩と砂しかなく、雑草一つ生えない過酷な状況で、明日の食べる物さえ困る始末だ。
俺は生まれてこの方、この空腹感が十分に満たされた事はない。空を眺める事は、そんな時間を無駄な体力を削らずにやり過ごすには丁度良かった。
岩肌の剥き出しとなった小高い丘にいつもの様に寝そべって、風がしっかりとした黒髪を悪戯っぽく、さらさらと撫でていく。
「やっぱり、ここに居たのね?」
聞き慣れた女性の声がして、重い身を起こす。俺はそれが羽清だと確認すると軽く返事した。緩やかな明るい栗色の長い髪を風になびかせて、大きな青色の瞳を細めて優しく微笑んでいる。そして、そのまま俺の傍らに同じように寝そべった。二人して同じ光景を楽しむ。
ふと目に付くのは、やはりあの黒い塔だった。そして、塔の周りで忙しく動き続けるロボットに目をやる。本当は憎むべき存在なのだが、今となったらそんな感情すら起こらない。絶望と諦めが先に込み上げてくる。
「なぁ~?羽清・・・。」
「どうしたの?」
「・・あのロボットの奴等は塔をどこまで高くすれば気が済むんだ?」
答えが出ないと分かっていても、わざと聞いてみる。
「天国に辿り着くまでだって・・・。」
「・・天・・国?」
意外にもすんなりと答えが返ってきて、驚きを隠せない。しかし、答えに納得が行かず、首を傾げた。
「遥か昔、文明が栄えていた頃の先人の夢で、死者といつでも逢えるように天国まで続く塔を建てる事にしたの。けど、どんなに歳月が経っても天国は遠くて、だから天国に届くまで半永久的に動くロボットを作って、塔を建てさせる事にしたんだって。」
「その先人の夢は、今となっちゃ~悪夢だけどな。このままだと天国じゃなくて地獄に続くっちゅうの!そんなモンのために今、俺たちはどれだけ酷い生活をしているのか分かってんのかよ!」
無駄な事だと分かっていても、ロボットを睨み付けては舌打ちをする。
「けど、・・私は幸せよ。樹がいつも側にいてくれるから・・・。」
羽清は優しく微笑むと、樹の手を握り締めた。樹はその羽澄の笑顔に顔を赤らめて、無言になった。
「・・照れ屋さん」
羽清が笑いながら見透かしたように言った。彼女には樹の事なら何でもお見通しだ。急に無言になるのも、怒りっぽくなるのも、全てが樹の彼女への照れ隠しだった。羽清はそんな不器用な樹が大好きだった。
図星をつかれた樹は更に顔を赤らめ、状況に耐え兼ねて無理やり話を戻した。
「・・で、いつになったら天国に届くんだよ?」
「そこまでは分からないわ・・・けど私、もう塔は天国に届いていると思うの。」
「はァ~っ?! アイツ等、止まってないじゃん!」
「誰も塔を登って、死人と逢ってないからよ。実際、天国がどういう所かなんて誰も分からない。扉を開いたその先が天国だなんて、ロボットに理解出来るのかしら~?」
羽清が明るく笑顔を返す。
「じゃあ、もう天国に届いてるのにそれを認識出来ないロボットは、未だにこの塔を積み上げてるって事かよっ?どっちにしてもバカげた話だぜっ。」
樹は付き合い切れないと言わんばかりに羽清に背を向けた。
「ねぇ~?・・・もし私が死んだら、塔を登って逢いに来てくれる?」
羽清は樹の顔を覗き込んで微笑んだ。樹はその笑顔との距離にかなりの動揺を見せた。
「いっ・・・行かねぇ~よっ!死んでからの事まで知るかっ!大体、何で俺より先にお前が死ぬんだよ!そんなヘマは御免だね!」
照れると怒りっぽくなる樹は普段から口が悪いにも関わらず、羽清に対する言葉も更に荒さが増す。照れ隠しとは言え、言い過ぎだと反省はするが謝罪の言葉が出ない。
いつも悪いと思っているのだが・・・。
「もう、すぐ怒るんだから・・・。」
羽清は飽きれながら、軽くため息をついた。しかし、全てを分かっている彼女はそのまま優しく話を続けた。
「私は死んだら鳥になるの。そこで真っ白い大きな翼を広げていつでもどこでも自由に天国を飛び回るのよ。・・・ほらっ、素敵な話でしょ?絶対、見に来る価値あるわよ!」
羽清が約束を取り付けようと譲歩しても、それでも約束してくれない樹に、羽清はめげずに約束をせがんだ。 別に本当に塔を登って来て欲しい訳ではない。ただ、形だけでも樹に約束して欲しかった。
樹は普段から羽清に何も言わない・・・というより、言えないに近い。照れ隠しにいつも怒ってばかりだった。今となれば、自分が嫌われている訳でないのは分かっているが、たまに意地悪をしたくなるのだ。
「私の事、嫌いなんだ!だから、約束出来ないんでしょ?」
羽清は樹から目線を外して、背を向けた。
昔は機嫌の悪くなる樹にその本当の理由が分からず、自分のせいだと思い込み、よくこのまま泣いていた。するといつも、樹が焦って必死に弁解しようとするが、上手く言葉に出来ず、結局そのまま何も言わないで抱き締めてくれていた。それが樹の精一杯だった。
「違う!・・・そうじゃなくて、・・その、何て言うか・・」
樹の慌て振りに羽清は吹き出しそうになるが何とか堪える。その堪えた背中を見た樹は完全に誤解して、泣かせてしまったと思い込んだ。
ただ一言、好きだと言ってやればいいのだが、人間そんなに変えられる物でもないらしい。
樹はそっと羽清を抱き締めた。
「ぷっ・・・」
羽清は思わず吹き出してしまった。
聞こえるはずのない笑い声に樹は羽清の顔を覗き込んだ。そこには涙一つない笑顔の羽清がいた。完全に騙されていた事に気付いて、抱き寄せていた手を放した。
「樹は変わらないねぇ~」
羽清が笑いながら言う。
腹の虫が治まらない樹は何も答えなかった。
「約束してよ・・・。」
羽清は不貞腐れている樹に小指を差し出した。
すっかり騙されて機嫌の悪い樹は、約束などするつもりはなかった。黙り込んで羽清と目も合わせようともしない。
「今度こそ、泣くわよ!」
羽清のキツイ一言が飛ぶ。
「・・・・・。」
何も言い返す事が出来ない。
はっきり言って、泣かれるのは御免だ。樹は羽清には敵わないと言わんばかりの表情で頭を抱えた。
「ね?・・約束」
そんな状況の樹を見て、羽清は満足気に小指を差し出した。樹は渋々とは言え、ここは素直に指切りをした。
「・・・で、お前は俺が死んだら、逢いに来てくれるのかよ?」
「そんなヘマは致しません♡」
「なっ・・・!!」
この塔は先人の夢の欠片。
夢を引き継いだロボットは叶えるまで動き続ける。
天国とはそんなにも遠いモノなのだろうか?そんなにも・・・儚いモノなのだろうか?
塔は人の為の物であって、ロボットは味方のはずだった。しかし、いつからかそれが脅威の沙汰となる。
気の遠くなるような昔から塔は造られていた。それはこの地球上の全ての資源を使い果たしても叶う代物ではなかった。それでも、精密に入力されたロボットは塔の完成を止めようとはしない。少しでも資源を得る為に遂に人々を襲うようになり、生活を脅かしていった。ロボットによる殺戮は日を追う毎に増していくようになった。生きている人間はひっそりと見付からないように隠れながら、貧しい生活を強いられていた。昨日まで隣で笑っていたはずの人間が今日になったら死んでいるなんて事は、別に珍しい事ではなかった。
いつ死んでもおかしくない世の中だったけれど、俺は少なからず幸せだった。どんなに苦しくても羽清さえ居てくれれば、本当にそれだけで幸せだった。
『俺には羽清が居て、羽清には俺が居る・・・。』
これがお互い何よりの救いだ。
そんな毎日の中、俺は羽清に少しでも楽な生活をさせてやりたくて、もともと体の弱かった羽清を残して、独りで隠れ家を出た。
――――ほんの数時間の出来事だった。
帰り道、焦げ臭い嫌な臭いがして見上げると、一本の黒い煙が筋になって上がっていた。その煙の方向を見て、俺は全身が凍りついた。
「羽清ーっ!!」
その煙は羽清の居る隠れ家の方を指していた。
一気に不安で心が埋め尽くされる。
―――羽清は無事だろうか?
嫌な予感が頭から離れない。
苦労して仕入れた物も地面に投げつけて、どんどん増大する不安を振り切るかのように、とにかく全速力で走った。堪らずに心の中で何度も何度も羽清の名前を呼び続けた。
いつも見慣れていたこの道が羽清の待つ隠れ家に近づくに連れて、足の踏み場もない程に荒れ果てて、見る影もなかった。
「羽清ーーーっ!!」
俺は力の限りに叫んだ。辺りは瓦礫の山になっていて、もはや方向感覚も当てにならなくなっていた。早く羽清の元へ行きたくても、自分がどこにいるのかさえ分からない。
「羽清ーーーーっ!!」
どんなに叫んでも返事はない。元気な羽清の姿を探しても、目に入ってくるのは瓦礫ばかりで、その悲惨な状況にどんどん呑み込まれて、体の震えが止まらない。
頭の中は羽清の事だけだった。
羽清を失ってしまったら、生きていく事など出来ない。羽清は俺の全てなのだから・・・。
今にでも崩れてしまいそうな心を必死に奮い立たせて、瓦礫の中を掻き分け進む。
こんな歪んだ世界に神の存在なんて信じた事はない。そんな取るに足りない神でも羽清さえ守ってくれるのなら・・・・・。
俺は必死に祈った――――。
そして、無理矢理でも神に羽清の無事を約束させる。
そうでもしなければ、もう壊れていってしまいそうだった。
考えたくなくても、勝手に嫌な方向へ考えてしまう。不安で押し潰れそうな心に、必死に首を振って羽清の無事を願った。
しかし――――。
隠れ家を目の前にして、愕然とした。その不安が的中してしまったのだ。
隠れ家は赤い炎に包まれ、凄まじい威力で炎上し、今にも崩れ去りそうだった。そして目の前にはあまりにも信じ難い悲惨な光景が樹の瞳に映し出された。そこには白い洋服を赤く染めて、変わり果てた姿の羽清がいた。
「羽清ーっ」
駆け寄って、血まみれの羽清の手を取り、優しく体を抱え込む。
「・・・樹?」
羽清は薄っすらと目を開けた。薄れていく意識の中にぼんやりと浮かんだ樹が恋しくて、震わせながらも必死に手を伸ばす。樹はそんな覚束ない手をしっかりと握り締め、自分の頬に当てた。
「羽清っ・・俺はここだよっ・・ここに居る!」
「逢えて良かった・・・。このまま独りで死んじゃうかと思った・・・。」
「何、言ってるんだよ・・・死ぬ訳ないだろう!」
否定はしたものの、その声が弱い事に自分でも気付く。じわじわと涙が込み上げてくるのが分かった。羽清の前で今、涙を見せる訳にはいかない。いくら、自分に言い聞かせても、瞼が熱くなって、自然と顔が強張って来る。堪えるのが精一杯で、もう羽清の手を握る事ぐらいしか出来なかった。
「大・・丈夫よ。すぐに逢えるわ・・約束したでしょ?」
息をするだけでも苦しいはずなのに、樹の不安を取り除くかの様に優しく笑って見せた。
「約束・・・?」
「・・・そう、約束したでしょ?」
羽清はあの塔を指差した。樹は羽清とした約束を思い出した。あの時、ふざけ合ってした約束がこんなにも悲惨な現実となって降りかかって来るなんて思いもしていなかった。
「私・・鳥になります。・・・自由に・・天国を飛び回って・・・。」
羽清の声が段々と弱々しくなっていくのが、ひしひしと伝わって来た。
ロボットに貫かれた体からは夥しい血が流れ、顔は血の気を失い、息をするだけでもやっとだった。そんな状態でも樹に向けられる顔は笑顔で、その無理でも作る笑顔が痛々しくて、こんな時でも自分を気遣ってくれる優しさが苦しくて、重く心に滲み込んだ。何かしてやりたくても、どうする事も出来なくて、自分の無力さを嘆く。少しでも温かい言葉を掛けたくても、何も頭に浮かんで来ない。我慢の限界を超えた涙が溢れ出すばかりだった。
「嫌だ!! 羽清、死ぬな!! 死ぬなっ 死ぬな、死ぬな・・・。」
まともに現実を見る事が出来なくて、ただ縋り泣く事しか出来なかった・・・。そんな情けない俺に、羽清が優しく頭を撫でて慰めてくれても、子供のように羽清にしがみ付いて泣くだけで、
「愛しているわ・・樹・・待っているから・・・。」
羽清は最後にそう言い残すと、ゆっくりと目を閉じた。目尻から涙が一筋となって流れ、樹の頬に添えられていた手が力なく落ちた。
「羽清ー!!」
必死に羽澄の体を揺り起こす。
「・・・羽清ー!!・・・羽清っ・・・」
樹がどんなに体を揺すっても、再び彼女が目覚める事はなかった。
激しく燃えていた炎が隠れ家を焼き尽くしても、悲しみを含んだ空が雨を降らせても、樹はいつまでも彼女を強く抱き締め、放そうとしない。
一層の事、このまま一緒に死んでしまいたかった――――。
こんな歪んだ世界に真っ直ぐに生きてこられたのも、汚れた世界に光を見失わずに前を向いて歩けたのも、全てに羽清が居たから・・・・・。
絶望が渦巻き、悲しみが充満する世界。
毎日誰かが死んで、大切な人を失ってすすり泣く声が聞こえる。
誰かを失う悲しみに耐えられないのなら、初めから何も手に入れなければいい。失う物がなければ何も怖くない。独りの方が強くなれると思っていた。
羽清に出会うまでは・・・。
羽清の温もりが心地よくて、俺の近くで笑ってくれるだけでバカみたいに嬉しくて、会いたくて、会いたくて・・・。
きっと、『愛おしい』っていうのはこんな気持ちを言うのだと思う。
素直に大切にしたいと思った。俺の宝物―――。
生きていきたいと初めて願った。羽清を悲しませたくないから・・・。
羽清の笑顔が好きだ。輝いた瞳はいつも見上げる空と同じ色。
「羽清・・・笑ってくれよ・・・、いつもみたいにさ・・・ウソだって言ってくれよ!!」
樹の願い虚しく、羽清の目は固く閉じられたままだ。青空色の綺麗な瞳を覗える事は出来ない。一気に世界が灰色へと染まり、色褪せていく。
彼女が居なくなった今、色のないこの世界に自分が生きる場所など、もうどこにも存在しない。
悲しみに打ち拉がれ、生きる気力を失くした樹は護身用に忍ばせていた短剣を取り出すと、自分の首元に突き立てた。
しかし、その短剣が血に染まる事はなかった。最後に羽清と交わした約束が彼を止めた。手から力なく短剣が落ちて、天を仰いで大声で泣き叫んだ。
自分だけ生きている事が苦しくて、切なくて、悲しみで胸が押し潰れそうだった。身が引き裂かれる思いがした。
絶望から解放されたくて・・・。
早く楽になりたくて・・・。
けど――――。
約束を果たすまで死んではいけない。
もう一度、彼女に逢うまでは死ぬ事は許されない。
羽清が俺を待っているのだから・・・。
ふと気が付く時と、あの塔の前に立っていた。ここまでどうやって来たのか、記憶がない。手には羽清が常に身に着けていたドロップ型の小さなペンダントが握り締めてあった。羽清の瞳と空と同じ、青色の透き通った石に優しい羽清の笑顔が重なる。もう向けられる事はないと思うと虚ろな心に悲しみが滲み出てくる。耐え切れなくなって樹はその場に力なく膝から崩れ落ちた。
『もし私が死んだら、塔を上って逢いに来てくれる?』
頭に浮かんでくるのは羽清の言葉。
最後に交わした約束が絶望の淵から救いの手を差し伸べる。
本当にこの塔が天国に届いているかどうかは定かではない。今の樹にはそれを判別出来るだけの冷静さはない。ただ、羽清に逢いたい一心でここに辿り着いたのだろう。
羽清にまた逢えるのなら、どんなに小さな可能性でも今の樹は縋ってでも放さないだろう。
それが彼女の願いだから・・・。
「羽清・・・今、行くよ。」
樹はペンダントを握り締めて羽清が待っている塔を見上げた。
塔は異常なまでに高く聳え立ち、途中で灰色に染まった雲が塔を中心に渦巻いて暗雲を漂わせていた。空はどす黒く濁り、雷鳴を轟かせ、激しく雨を降らせていた。雷光が塔を不気味に映し出す。いつも塔の周りにいるロボット達は雷に過剰反応を示す為、その姿を見せない。異様なまでに静まり返り、雨の落ちる音だけが響き渡る。
樹がゆっくりと塔に近づいた。今までこんな近くで塔を見た事はない。その不吉さに誰も近寄る者などいなかった。いつも遠くから眺めるだけだった塔は想像を遥かに凌いで巨大だった。その大きさをまじまじと見せ付けられ、威圧感が重々しく圧し掛かる。しかし、樹には不思議と恐怖心はない。恐怖と絶望しか齎さなかったこの塔は、今は樹に希望を齎してくれるたった唯一の存在だからだ。
樹は塔の扉に手を置いた。その固く閉ざされた扉はひやりと冷たく、何だか侵入を拒んでいるかのように思えた。
胸の鼓動がどんどん早くなって、指先の震えが止まらない。ロボット以外、人が初めて扉の向こうに足を踏み入れるのだから、震えが止まらないのも無理はない。
樹は意を決し、扉を押した。
「くっ・・・。」
見るからに重そうな扉に力一杯の体重を掛ける。
ギィー・・・。
扉は不気味な音を立てながらも、少しずつ開いた。樹は更に歯を喰いしばって、力を込める。
しかし、扉が急に軽くなって、
「―――!!」
勢い余って、一気に中へと転がり込んでしまった。辺りは暗くて、何も見えない。時折、雷が中を照らし出すが、何の役にも立たない。ただ、気味の悪さを露呈させるだけだった。広いのか、狭いのか、分からずに手をばたつかせながら、覚束ない足取りで一歩踏み出す。
すると、
ガッシャン・・・。
同時に扉が勝手に閉まった。その見計らったような鋭い音に樹は跳び上がり、反射的に後ろを振り向いた。
「えっ・・・?」
しかし、思いもよらない光景が広がる。
扉が閉まったと同時に隣にあった松明に火が灯り、優しく辺りを照らし出す。松明の火は次か次へと壁伝いにあるろうそくに火を燈していった。暗闇の中に赤く一筋の線となって浮かび上がり、行く手を明るく照らし出してくれた。
「凄い・・・。」
その幻想的な光景に息を飲んだ。真っ暗で何も見えなかったのが、嘘のように周りを温かく照らし出してくれた。
塔の中はとても静かで外の嵐など嘘のような静けさだった。ろうそくの優しい光は樹の心も自然と落ち着かせてくれた。
樹はろうそくの指し示す光に導かれながら、ゆっくりと歩き出した。暫くして、ろうそくの火が幾重にも重なって朧気に浮かび上がる一つの光が見えてきた。何故だか、その光が自分を強く呼んでいる気がした。
「羽清・・・。」
羽清が呼んでいる気がして胸が締め付けられた。居ても立ってもいられなくなって、光の方へと走り出した。
「階段・・・?」
その光の先には大きな螺旋を描いた階段があった。階段の上り始めに大きな松明が飾られており、灯りはどうやらその松明だけのようだった。階段がどこまで続いているのか全く予想も付かない。先も見えない暗闇に底知れぬ恐怖が湧き上がる。
もしかしたら、天国なんて存在しないかも知れない。ただの夢物語に魅せられているだけかも知れない。けど・・・きっとそれで良いのだ。幻想に過ぎない夢でも夢見る事に今は確かな意味がある。それが羽清に会える唯一の俺の現実なのだから・・・。
樹は松明に手を伸ばした。しかし、もう少しのところで届かない。
「くそっ!・・・。」
それでも腕を伸ばせるだけ伸ばして、背伸びして指先まで力を入れて、必死に松明に手を伸ばした。
すると――――――
「えっ・・・?!」
樹は我目を疑った。松明の火が自分の指先に近づいて来る様に見えた。樹は驚いて反射的に伸ばしていた手を急いで引っ込めた。熱いのか熱くないのかも分からなかったが、手のひらを強く握り締めて更に反対の手で包み込むように抑えた。特別、握り込めた手に違和感はない。
やっぱり、自分の見間違いだったのではないだろうか。何の火種も無い所で、ましてや宙に浮きながら燃えるなんて、今まで自分が見てきた世界では到底有り得ない。
頭の中で自分の常識が勝り、自然と落ち着きを取り戻して再び、松明に目をやった。やっぱり松明の灯りが必要だと思ったのだが、灯していたはずの炎が消えていてどこにも見当たらなかった。
「仕方ないか・・・」
軽く肩を落とし、ため息をついたが、とにかく先に進まなければ何も始まらない。握り込めていた手の力を抜いた時、手のひらの中で温もりを感じた。見ると指の隙間から光が漏れていて、直接何かを握っている感じはないのだが、温かみのある何かがあるのは分かった。樹は恐る恐るゆっくりと手を開いた。もはや、言葉は出なかった。一瞬にして自分の常識が覆った。開いた手のひらの上で炎がゆらゆらと揺れながら静かに燃えていた。焼ける様な熱さはなくて、優しい灯りが手のひらから作り出されていた。信じられない光景だが、それが逆に本当に羽清に会えると信じさせてくれた。