第3話
「グレン。アシュタルト……様ですか」
「ええ」
私が言った名前をディーンはゆっくりと復唱する。それはまるで、自分の記憶とすり合わせる作業の様なモノを感じた。
――まぁ、ディーンは私よりも早くこの世界に来ているし。
実はこの少年の名前を聞いた後すぐに「アシュタルト家なんてあったっけ?」と疑問に思っていたのだ。
だからこそ、今ディーンに話したと言っても過言ではない。
――お父様に聞いても良かったのだけど。
ただ、それで父に「娘が男の子と仲良くなった」と思われてしまうのもそれはそれで避けたかったのだ。
「……お嬢様すみません」
「そう、分かったわ」
言葉少なに謝られ、私はその謝罪が何を指しているのか察し「いいのよ」と言わんばかりに答える。
――と、なると……。
考えられるのは「カーヴァンク家があまり明るくない分野で台頭してきた貴族」という事が考えられた。
「でも、あのお茶会にいたという事は少なくとも伯爵家以上のご子息って事でしょうね」
「おそらく」
ディーンは私の専属執事という事もあり、私に関わりのありそうな貴族の家については一通り調べている。
――だからまぁ、ディーンが知らないって言うのは珍しいとは思うけれど。
「ところでお嬢様」
「ん?」
「その方とは……」
そこで言葉を止めた事に意図を感じつつ、私は笑顔を見せた。
「大丈夫、特に何もないわ。ちょっとお話をしただけ」
「お話……ですか?」
「ええ、お菓子のね」
自分の事を「グレン」と名乗った少年は、実はスイーツが好きないわゆる「スイーツ男子」だったらしく、街にある美味しいお菓子屋を色々と知っていた。
――どれも前世で聞いた事のある様なモノばかりだったけれど。
ただ、そのお菓子の名前までは一緒ではなかった。
――でも、話で聞く限り特徴は似ているのよね。
「お父様から街に出ても良いってお許しももらったし、行ってみようと思ってね」
その事は行きと帰りの馬車で既に許可はもらっている。
「そうですか。それではその方とお友達になられた……という事でしょうか?」
「お友達……そうね」
最初はどことなくお互いに遠慮がちだったが、色々と話をしていく内に楽しくなってしまったのは事実だ。
――そういえば……。
「また美味しそうなお菓子の情報を教えますって言っていたわね」
お茶会が終わる少し前に少年がそう言っていた事を思い出した。
「それはそれは……」
どことなくディーンがニヤニヤしている様に見え、私は思わず怪訝そうな顔でディーンの方をジーッと見る。
「……何よ」
「いえ」
しかし、私の表情に反してディーンはパッと視線をそらす。
「でもまぁ、ひとまず良かったではありませんか」
「え?」
「少なくともお茶会に参加しても殿下の婚約者になる事はなかった様ですので」
「……あ」
ディーンに言われて私はようやく「そうだ、このお茶会がきっかけで王子の婚約者になるかもって思っていたんだ」という事に気がついた。
――だからあんなに緊張していたのに!
あまりにもお菓子トークに花が咲きすぎて、そんな事は当の昔に頭の隅から消え去ってしまっていた。
「随分と楽しまれたようで」
「……そうね」
決して嘘ではないのでそこは肯定しておく。
――でも……。
そこでふと挨拶をした時の王子の様子……いや、言葉遣いが違った事を思い出した。
「どうかされましたか?」
「ううん。ちょっと……気になった事があってね」
「気になる事……ですか?」
「ええ。王子の言葉遣いがちょっと……気になってね」
私はそう言いつつ考え込む。
――あれはてっきり王子がまだ子供だから……って思ったけど。
むしろ子供の時からこういった言葉遣いや態度は普段から気を遣わないといけないところだろう。
それを踏まえて考えると……やはりあの王子の態度と言葉遣いはやはり引っかかる。
「確かに、言葉遣いなどはその場で取り繕っても簡単にボロが出てしまいますからね。それを考えると……今の内からしっかりとするはずです」
「ええ。今はまだ良いにしても……ね」
「そうなると……少しおかしいですね」
「それでね。それに対してちょっと『ある可能性』があるんじゃないかと思ってね」
「――と、言いますと?」
不思議そうに尋ねるディーンに対し、私は「水魔法を応用したモノを王子ではない誰かに使って、誰かが化けていたのではないか」という可能性の話をした。




