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転生貴族になったので、一念発起して家宝の聖剣『ヘルファイア』で最強無双目指します

作者: 海老川ピコ
掲載日:2026/05/06

■1.転生


 俺の名前は――いや、だったのは佐藤健太、36歳、サラリーマン。

 正直に言うと、俺の人生はクソだった。

 毎日が同じ繰り返し。

 朝起きて出社し、スマホをスクロールし、適当にコンビニ弁当を食い、夜はまた布団に沈む。

 母親には「いつまでそんな生活してるの」と小言を言われ続け、俺は「うるせえな、考えてるんだよ」と返すのが精一杯だった。

 考えてるつもりはあった。

 いつか何か、でかいことを成し遂げてやるって。

 でも結局、何も変わらず、時間だけが無情に過ぎていった。

 その日も、いつもと変わらない一日のはずだった。

 夜、ようやく重い腰を上げて二階から階段を下りようとした。

 手すりにつかまりながら、ぼんやりと「今日こそ転職の履歴書でも書くか……」なんて思っていた瞬間――足が滑った。

 いや、正確には踏み外した。

 次の瞬間、世界がぐるりと反転し、背中から頭にかけて強烈な衝撃が走った。

 痛みは一瞬だけ。

 すぐに視界が真っ暗になり、意識が急速に遠のいていく。


(……ああ、死ぬのか俺)


 最後に浮かんだのは、自分への苛立ちと、ほんの少しの後悔だった。


「もっと、まともに生きておけばよかった……」


 それが、俺の最後の独白だった。

 ――そして、目が覚めた。


「……ん?」


 柔らかい布団の感触。

 鼻腔をくすぐる、甘く上品な花の香り。

 カーテンの隙間から差し込む陽光が眩しくて、思わず目を細めた。


(ここ……どこだ?)


 体を起こそうとして、すぐに違和感に襲われた。

 手が小さい。腕が細い。

 体全体が、明らかに俺のものじゃない。

 慌てて周囲を見回す。

 豪華な天蓋付きのベッド、高級そうな木製の家具、壁には複雑な家紋が彫られた装飾。

 窓の外には手入れの行き届いた庭が見える。

 俺のボロアパートとは次元が違う。


「バルド様、お目覚めでございますか?」


 ドアが静かに開き、メイド服を着た若い女性が入ってきた。

 20歳前後だろうか。

 丁寧に一礼し、俺の方へ歩み寄ってくる。


「……バルド?」

「はい、バルド・アーカンソー様。本日はお加減はいかがでしょうか?」


 反射的に頷いたが、頭の中は大混乱だった。


(転生……? マジで転生したのかよ、ラノベか)


 次の瞬間、大量の記憶が雪崩のように流れ込んできた。

 俺は今、伯爵家アーカンソーの三男、バルド・アーカンソー。

 年齢は19歳。

 貴族社会では成人済みだが、15歳の成人式以降、ほとんど部屋に引きこもってニート同然の生活を送っていた。

 剣術も魔法も一通り習ったが、どれも中途半端で投げ出した。

 やる気が出なかったからだ。

 親は呆れ、兄たちは冷ややかな視線を向け、使用人たちは陰で「三男様は……」と囁き合っていた。


(……俺と一緒じゃねえか)


 苦笑いが漏れた。

 死んで転生したというのに、今度は引きこもりニートの人生、最低の生活が続いているようなものだ。

 メイドが心配そうに俺を見つめている。


「バルド様、本当にご気分はよろしいのですか? 顔色が優れなくて……」

「ああ、大丈夫だ。ちょっと頭がぼーっとしてるだけ」

「そうですか……。では朝食の支度をいたしますね」


 メイドが退出すると、俺はベッドから立ち上がり、部屋の隅にある大きな姿見の前に立った。

 そこに映っていたのは、金髪に澄んだ青い瞳の美青年――と言っていいだろう。

 19歳とは思えないほど幼さが残る顔立ちだが、確かに貴族らしい整った容姿だ。

 身長は元の俺より10センチ以上低く、筋肉もほとんどついていない。

 細身で、どこか儚げ。


「……ははっ。俺、こんなイケメンだったのかよ」


 自嘲気味に笑う。

 元の俺は腹が出て、髪は薄くなりかけ、鏡を見るのも嫌だった。

 それが今や、絵に描いたような貴族の三男坊だ。

 でも、それだけじゃ意味がない。


「この体で、また何もせずにダラダラ生きるつもりか?」


 鏡の中の自分が、俺を睨んでいるように見えた。

 いや、違う。

 俺自身が、自分に問いかけている。

 36年間、何も成し遂げられなかった。

 死んでさえ、まともな人生を送れなかった後悔だけが残った。

 だったら――。


「今度こそ、違う生き方をする」


 声に出して呟いた瞬間、胸の奥で何かが熱くなった。

 やり直せるチャンスが、こんな形で与えられたのなら、絶対に無駄にはしない。

 俺は深呼吸して部屋を出た。

 まずはこの屋敷の中を歩いて、自分の置かれている状況を把握しよう。

 使用人たちが俺を見て驚いた顔をする。

 普段はほとんど部屋から出てこない三男様が、突然廊下を歩いているのだから無理もない。


「バルド様……?」

「ん? ああ、ちょっと散歩だ」


 適当に答えて進む。

 階段を下り、中庭に出た。

 そこには色とりどりの花が咲き乱れ、小さな噴水が涼しげな音を立てている。

 そして――。


「あれ?」


 中庭の隅、芝生の上に、一振りの剣が突き刺さっていた。

 古びた石の台座のようなものに、柄まで深く埋まっている。

 小さい頃に遊んでいた記憶が、ぼんやりと蘇る。


「そういや……子供の頃、よくここで剣の真似事して遊んでたな」


 近づいて、柄に手を伸ばす。

 興味本位だった。

 どうせ抜けるはずがないと思っていた。

 なのに――ズンッ重い手応えと共に、剣がするりと抜けた。


「!?」


 次の瞬間、剣身が眩い黄金色に輝き始めた。

 まるで太陽の欠片を握っているかのような光。

 炎のような赤と金の粒子が剣の周囲を舞い、俺の全身を包み込む。


「な、なんだこれ……!」


 思わず剣を握りしめる。

 熱くも冷たくもない、不思議な温かさが手に伝わってくる。

 そして、頭の中に直接響く声。

 ――我が主よ。

 ようやく……目覚めたか。


「!? 誰だ!?」


 ――我はヘルファイア・ソード。

 古の勇者が振るった聖剣なり。

 汝の血に反応した。

 今より、汝こそが我が主である。


「……は?」


 呆然とする俺。

 聖剣? 勇者? 俺が?

 でも、剣は確かに俺の手の中で静かに輝いている。

 まるで、ずっと俺を待っていたと言わんばかりに。


「はは……ははははっ!」


 笑いが止まらなかった。

 36年間の無為な人生。

 死んでさえ、何も残せなかった俺に。

 こんなものが、待っていてくれたのか。


「よし……決めた」


 俺は剣を高く掲げた。

 黄金の光が中庭全体を照らし、花々がざわめく。


「俺は、もうニートなんかやらない。この剣を持って、最強になる。無双してやる」


 胸の奥で燃えるような闘志が、初めて本物のように感じられた。


「冒険者になるぞ。まずは、この体を鍛え上げて……世界を変えてやる!」


 剣を握りしめたまま、俺は屋敷の中へと戻った。

 これから始まる、新しい人生。

 バルド・アーカンソー――いや、俺の物語が、今、幕を開ける。


■2.冒険者生活


 剣を抜いてから三日が経った。


 あの黄金の輝きはすぐに収まったが、ヘルファイア・ソードは今も俺の手の中で静かに存在感を放っている。

 抜き身のまま持ち歩くわけにもいかないので、屋敷の鍛冶師に頼んで新しい鞘を作ってもらった。

 黒革に金糸の刺繍を入れた、シンプルだけど高級感のあるやつだ。

 聖剣の柄にぴったり収まると、なんだか俺自身も一段階格好良くなった気がする。

 もちろん、家族には大騒ぎになった。


「お前……あの剣を抜いただと?」


 父上――アーカンソー伯爵は目を丸くして俺を見つめた。

 普段は三男の俺にろくに目を向けない男が、珍しく動揺している。


「子供の頃から誰も抜けなかったはずだが……」


 兄貴たちも訝しげに見てくる。

 長兄は「まさか本物の血が……?」と呟き、次兄は「偶然だろ」と鼻で笑った。

 でも俺はもう決まっていた。


「俺、冒険者になる」

「……は?」


 一同が凍りついた。

 貴族が冒険者になるなんて、聞いたこともない。

 いや、聞いたことはあるが、大抵は家を勘当された落ちこぼれか、よほど変わり者の話だ。

 ましてアーカンソー家は王国でも名の知れた伯爵家。

 体面を重んじる家系で、そんなまねは許されない――はずだった。

 だが、父上は意外にも渋い顔をしただけで、深く追及しなかった。


「……好きにしろ。ただし、家の名を汚すような真似はするな。無様に死ぬのも許さんぞ」


 それだけ言って、話は終わった。


(意外とあっさりだな……)


 多分、俺がこれまで何もせずに19年を無駄にしたせいだろう。

 もう期待すらされていない。

 だったら、好きにやらせてみようって腹なんだろう。

 まあ、いい。

 俺はもう、後戻りする気はない。

 翌朝、俺は王都の冒険者ギルドに向かった。

 ヘルファイアを腰に下げ、軽い革鎧を着て、ブーツを履いて。

 鏡で見た自分の姿は、完全に異世界の冒険者そのものだ。

 金髪碧眼の美青年が剣を携えているだけで、道行く女の子たちがチラチラ見てくる。

 ちょっと照れるが、悪い気はしない。

 ギルドの建物は王都の東側、市場から少し入ったところにある。

 木と石でできた頑丈な建物で、入り口には「冒険者ギルド」の看板が掲げられている。

 中に入ると、酒と汗と鉄の匂いが混じった空気が鼻を突いた。

 受付は若い女性だった。

 20代半ばくらいか。

 笑顔が営業スマイルっぽい。


「冒険者登録をお望みですか?」

「ああ。今日からよろしく」

「ではこちらの用紙に……お名前は?」

「バルド・アーカンソー」

「……アーカンソー? あの伯爵家の?」


 受付嬢の目が一瞬鋭くなったが、すぐにプロの笑顔に戻った。


「貴族の方ですか。珍しいですね。登録料は銅貨10枚ですが……」

「金貨でいいだろ」


 俺は懐から金貨を一枚取り出して置いた。

 彼女は少し驚いた顔をしたが、すぐに処理を始めた。


「Fランクからのスタートになります。初心者向けの依頼は、薬草採取やゴブリン討伐あたりがおすすめです。王都近郊に初心者ダンジョンもありますよ」

「そのダンジョン、詳しく教えてくれ」


 彼女は地図を広げて説明してくれた。

 王都の南西、徒歩で半日ほどの場所に「初心者迷宮」と呼ばれる小型ダンジョンがある。

 1階から10階まであり、モンスターはゴブリン、オーク、ウルフ、たまにスケルトンくらい。

 10階のボスはグリフォンらしいが、初心者には到底無理な相手だという。


「でも、たまに無謀なパーティーが挑んで全滅してるんですよね……」

「へえ。面白そうだな」


 俺はニヤリと笑った。

 登録を済ませ、プレートを受け取る。

 銅色のFランクプレート。

 まだまだ底辺だが、ここから這い上がるんだ。

 さっそく初心者ダンジョンへ向かった。

 入り口は丘にぽっかり空いた洞窟のような穴。

 近くに簡易的なキャンプがあって、冒険者たちが焚き火を囲んでいる。

 俺が入っていくと、チラチラ視線が集まった。


「なんだ、あの金髪の坊ちゃん……貴族か?」

「剣一本で来てるぞ。死にに来たんじゃねえの?」


 無視して中へ入る。

 1階は薄暗い通路。

 すぐにゴブリンが三匹、棍棒を振り回しながら襲ってきた。


「グギィ!」

「来いよ」


 俺はヘルファイアを抜いた。

 ――シュンッ剣を軽く振るだけで、赤い炎が尾を引くように舞った。

 一閃。

 ゴブリンの首が飛ぶ。

 残りの二匹も、怯む間もなく斬り捨てた。

 剣が通った跡から、炎がぱちぱちと燃え上がる。


「ははっ……すげえな、これ」


 切れ味が異常だ。

 しかも炎が勝手に敵を焼き、ダメージを上乗せしている。

 元の世界でゲームをやりまくっていた俺でも、こんなチート武器は見たことがない。

 2階、3階と進むごとに敵が増えていく。

 オークが出てきたときは少し手こずったが、ヘルファイアの炎で焼き払った。

 ウルフの群れはスピードが速くて面倒だったが、剣を薙ぎ払うだけで炎の斬撃が飛び、まとめて焼き尽くした。


(体が軽い……いや、慣れてきてるのか?)


 元の記憶では、バルドは剣術の基礎はあったらしい。

 体が覚えている動きが、自然に出てくる。

 プラスして俺のゲーム知識と、36歳の精神年齢が加わっている。

 意外と戦えてる。

 5階あたりで、少し息が上がってきた。


「ふう……やっぱこの体、まだ鍛えが足りねえな」


 でも、気持ちいい。

 汗をかいて、敵を倒して、強くなってる実感がある。

 36年間味わえなかった感覚だ。

 その日、俺は7階まで潜って引き返した。

 レベルとかステータスは見えないが、体感で確実に強くなっている。

 ギルドに戻って素材を売ると、銅貨がざくざく入ってきた。

 依頼をこなさなくても、ドロップ品だけで十分儲かる。


「へえ、貴族の坊ちゃん、結構やるじゃん」


 受付嬢が少し見直した目で俺を見てきた。


「明日も来るよ。もっと奥まで行く」

「無理はしないでくださいね?」

「心配すんな。俺、最強目指してるんだ」


 そう言って笑うと、彼女は苦笑いした。

 その夜、宿屋のベッドに寝転がりながら、俺は天井を見つめた。

 ヘルファイアを枕元に置いて、そっと触れる。

 ――主よ。

 汝の剣捌き、悪くはない。

 だが、まだまだだ。


「わかってるよ。もっと鍛える」


 ――良し。

 共に最強を目指そうぞ。

 剣が、まるで頷くように微かに熱くなった。


(仲間も必要だな……魔法使いとか、回復役とか)


 一人じゃ限界がある。

 初心者ダンジョンを制覇して、名前を売って、強い奴らを引き寄せる。


「次は8階、9階……そして10階のグリフォンか」


 胸が高鳴る。

 36歳、無職、人生終了と思っていた男が、今、異世界で無双への第一歩を踏み出している。


「楽しみだぜ……本当に」


 俺は目を閉じた。

 明日から、本当の冒険が始まる。


■3.ダンジョン踏破


 初心者ダンジョンに通い始めてから二週間が過ぎた。

 毎日、朝早く起きてダンジョンに潜り、夕方に戻ってギルドで素材を売る。

 その繰り返し。

 最初は7階で息切れしていた体が、今では9階の奥まで余裕で到達できるようになった。

 ヘルファイアの炎が敵を焼き払うのもさることながら、俺自身の動きが明らかに変わってきた。

 剣を振るタイミング、足運び、敵の動きの先読み――バルドの体に残っていた基礎と、俺のゲーム脳が噛み合って、どんどん効率が上がっている。

 レベルとかステータスは見えない世界だけど、体感でわかる。

 筋肉が少しずつついてきて、息が続かなくなった。

 腹筋も薄っすら割れ始めてる。

 鏡を見るたび、元の36歳のダメ中年とは別人だ。

 でも、まだ足りない。

 10階のボス、グリフォン。

 あいつを倒さないと、このダンジョンは「踏破」したとは言えない。

 ギルドの受付嬢――名前はエリナさん――が、最近は俺を見る目が完全に変わった。


「バルドさん、今日も9階まで行ったんですか? 本当にすごいですよ。Fランクでここまで来る人、ほとんどいないです」

「まだボス倒してないからな。今日こそ行く」

「グリフォンですよ? 羽が生えてて、空から急降下してくるし、爪も牙も鋭いんです。パーティー推奨って書いてありますけど……」

「一人で十分だ」


 俺は笑ってヘルファイアの柄を叩いた。

 エリナさんはため息をつきながらも、どこか楽しげに目を細めた。


「じゃあ、生きて帰ってきてくださいね。報酬、倍にしてあげますから」

「約束な」


 そう言って、俺はダンジョンへ向かった。

 9階を抜け、階段を下りる。

 10階は広大な円形の部屋だった。

 天井が高く、ところどころに岩が突き出していて、グリフォンが止まれる場所がいくつかある。

 中央に宝箱が置かれているのが見えた。

 ――来たか。

 風圧と共に、翼の音が響く。

 上空から、黄金色の羽を持つ巨大な獣が舞い降りてきた。

 体長は5メートル近く、鷲の頭と前足、獅子の後ろ足。

 典型的なグリフォンだ。

 鋭い眼光が俺を捉える。


「ギィィィィィ!!」


 咆哮と共に急降下。

 爪が俺の頭上を狙う。


「遅い!」


 体を捻って横に飛び、ヘルファイアを振り上げる。

 一閃。

 炎の斬撃がグリフォンの左翼をかすめた。

 羽が燃え、焦げ臭い匂いが広がる。


「効いてるな!」


 グリフォンは怒りの咆哮を上げ、再び上昇。

 次は岩の上に止まり、こちらを睨みつける。

 賢い。

 単純に突っ込んでこない。


「なら、こっちから行くぜ」


 俺は走り出した。

 岩を蹴って跳び上がり、ヘルファイアを振りかぶる。

 グリフォンが翼を広げて飛び立とうとした瞬間――「喰らえ!」剣を振り下ろす。

 炎の軌跡が弧を描き、グリフォンの首元に直撃。

 ズシャアアッ! 炎が爆ぜ、首から血が噴き出した。

 だが、まだ死なない。

 グリフォンは狂ったように暴れ、爪で俺を引っ掻こうとする。

 俺は後ろに飛び退き、距離を取った。


「しぶとい奴……!」


 息が上がる。さすがボス。

 普通のモンスターとは耐久力が違う。

 グリフォンが再び急降下。

 俺は今度は真正面から迎え撃つ。

 剣を構え、タイミングを計る。

 ――今だ!

 剣を突き出す。

 グリフォンの胸に深く突き刺さり、炎が内部から爆発した。

 ゴオオオッと燃え上がる炎が、グリフォンの体を包む。


「ギィ……ィ……」


 最後の悲鳴を上げ、巨体が地面に崩れ落ちた。

 ドスン、という重い音が部屋に響く。


「……終わった」


 俺は剣を抜き、息を吐いた。

 全身が汗でびっしょり。だが、胸の奥が熱い。

 達成感が、初めて味わうほどの大きさで押し寄せてきた。

 宝箱を開けると、中には銀貨の袋と、青く輝く魔石、それに古びた指輪が入っていた。

 指輪は鑑定に出さないとわからないが、魔石は高く売れそうだ。

 階段を上がり、出口へ向かう。

 外に出た瞬間、キャンプにいた冒険者たちが一斉に俺を見た。


「……マジかよ、あの坊ちゃん、グリフォン倒したのか?」

「一人で? 嘘だろ……」


 俺は軽く手を上げて、ギルドへ戻った。

 エリナさんが目を丸くして迎えてくれた。


「生きて……! しかも、グリフォン討伐の証拠!? バルドさん、本当に……!」

「約束通り、報酬倍にしてくれよ」

「もちろんです! これでEランクに昇格決定です! ……すごい、本当にすごいですよ」


 その夜、いつもの酒場で祝杯を上げた。

 今日は珍しく、一人で飲むつもりはなかった。

 数日前から、俺に声を掛けてきた二人の女の子が一緒に来ていた。

 一人は魔法使いのクレア。

 黒髪のポニーテールで、眼鏡をかけた知的な雰囲気。

 20歳くらい。

 炎と風の魔法が得意らしい。

 もう一人はヒーラーのマーナ。

 金髪のショートカットで、明るい笑顔の18歳。

 回復魔法と軽い補助魔法を使える。


「バルドさん、ほんとに一人でグリフォン倒したんですか!? 信じられない!」


 マーナが目をキラキラさせて言う。


「見たかったなあ。私たちも10階行きたかったのに、いつも途中でビビっちゃって……」


 クレアが少し悔しそうに呟く。


「じゃあ、次は一緒にどうだ?」


 俺が言うと、二人は顔を見合わせた。


「え、私たちでいいんですか?」

「貴族の坊ちゃんに誘われるなんて、光栄すぎる……」

「坊ちゃんはやめろ。バルドでいい」


 俺は笑って杯を掲げた。


「これからよろしくな。俺、最強目指してる。ついてこれる奴だけ、ついてこい」

「は、はい!」

「もちろんです!」


 三人の杯がカチンと鳴った。

 酒場の喧騒の中、俺たちは笑い合った。

 初心者ダンジョン踏破。

 これで、俺の冒険は次のステージへ。

 仲間もできた。

 聖剣も本気で振るえるようになった。


「次は……もっとでかいダンジョンだな」


 俺は静かに呟いた。

 ヘルファイアが、腰で微かに熱を帯びる。

 ――良き主よ。

 次なる戦場を、楽しみにしておるぞ。


「ああ。俺もだ」


 杯を空け、俺は立ち上がった。

 まだ始まったばかり。

 本当の無双は、これからだ。


■4.王国史の聖剣


 初心者ダンジョンを踏破してから一週間が経った。

 俺の名前は、もう王都の冒険者たちの間で少しずつ知れ渡り始めていた。


「金髪の貴族剣士」

「一人でグリフォンを倒した奴」

「ヘルファイアって剣持ってるらしい」


 ――そんな噂が、酒場やギルドのあちこちで囁かれている。

 Fランクから一気にEランクに昇格したのも珍しいらしく、受付のエリナさんからは「これ以上目立つと、貴族社会から目をつけられますよ?」と心配されたが、俺はもう止まる気なんてなかった。

 そんなある日の朝。

 屋敷に王都からの使いが来た。

 黒いマントに銀の紋章を付けた王宮騎士団の男。

 俺の部屋の前に立って、恭しく頭を下げる。


「バルド・アーカンソー殿。国王陛下より、ただちに謁見を賜りたいとの仰せにございます」

「……国王?」


 一瞬、耳を疑った。

 三男の俺が、国王に呼ばれるなんて。

 しかも、急に。

 父上は顔をしかめながらも、すぐに馬車を手配させた。


「何をやらかしたんだ、お前は」

「さあ? でも、悪いことじゃないはずだ」


 俺はヘルファイアを腰に下げ、軽い礼装に着替えて馬車に乗り込んだ。

 王都の中心、王宮は白大理石でできた壮麗な建物だった。

 高い塔がいくつもそびえ、庭園には噴水と彫像が並んでいる。

 門をくぐると、騎士たちがずらりと並んで俺を出迎えた。

 謁見の間へ通される。広大なホール。

 赤い絨毯が敷かれ、天井には巨大なシャンデリア。

 玉座には、白髪交じりの壮年の男――国王レオニス三世が座っていた。

 厳つい顔だが、目は優しげだ。


「バルド・アーカンソー。よく来てくれた」


 国王の声が響く。

 俺は片膝をついて頭を下げた。


「恐れ多くも、陛下にお目にかかれ光栄に存じます」

「顔を上げよ」


 俺が顔を上げると、国王は静かに微笑んだ。


「そなたが初心者迷宮のグリフォンを単独で討伐したと聞いた。しかも、あの剣を携えて」


 国王の視線が、俺の腰のヘルファイアに注がれる。


「その剣を見せてくれぬか」


 俺はゆっくりと剣を抜いた。

 シュンッ――剣身が再び黄金色に輝き、炎の粒子が舞う。

 王宮の空気が一瞬で熱を帯び、騎士たちがざわついた。

 国王は立ち上がり、ゆっくり近づいてきた。

 目を細め、剣をじっと見つめる。


「……間違いない。ヘルファイア・ソード。古の勇者、エルドランが振るった聖剣だ」


 周囲がどよめく。


「聖剣……?」


 俺も思わず呟いた。

 国王は頷き、静かに語り始めた。


「三百年前、王国は魔王の軍勢に蹂躙された。滅亡寸前まで追い込まれた時、一人の若き剣士が現れた。名をエルドラン・アーカンソー。そなたの先祖だ」

「……俺の?」

「そうだ。アーカンソー家は、元々勇者の血統だった。エルドランはヘルファイアを手に魔王を討ち、王国を救った。しかし、戦いの後、彼は剣を故郷の庭に刺し、『真の後継者が現れるまで眠れ』と命じた。以後、三百年。誰も抜けなかった剣が、そなたの手で目覚めた」


 国王の言葉が、重く胸に響く。


「つまり……俺が、勇者の末裔だってことか」

「その通りだ。血が証明した。ヘルファイアは勇者の血にしか反応せぬ。そなたは、まぎれもなく勇者の再来だ」


 周囲の貴族や騎士たちが、息を呑む。

 俺は剣を握りしめた。

 熱い。

 まるで、剣自体が喜んでいるように。


「……ははっ。マジかよ」


 笑いが漏れた。

 前世では36歳、ギリギリのサラリーマン、階段で死んだだけの男が、勇者の末裔? 聖剣の持ち主?

 でも、嘘じゃない。

 この剣が、俺の血に呼応してくれたんだ。

 国王は優しく笑った。


「そなたのこれからの活躍を、期待しておる。だが、無理はするな。勇者とはいえ、まだ若い。仲間と共に、王国を守ってくれ」

「はい。……陛下」


 俺は深く頭を下げた。

 謁見が終わると、国王からいくつかの贈り物が下された。

 魔力増幅の指輪、軽量で頑丈な鎧、そして――王宮専用の鑑定士によるヘルファイアの正式な鑑定書。


「これで、そなたの剣が本物の聖剣であることが証明された。堂々と振るえ」

「ありがとうございます」


 王宮を出て、馬車に揺られながら、俺は窓の外を見た。

 王都の街並みが、いつもより鮮やかに見える。


「勇者の末裔か……」


 俺はヘルファイアの柄に触れた。

 ――主よ。

 ようやく、真実を知ったか。

 剣の声が、頭の中に響く。


「ああ。……でも、俺はただの転生者だ。血統とか関係ねえよ。俺は俺の力で、最強になる。それだけだ」


 ――ふふ。

 良き心意気だ。

 ならば、次なる試練へ進もうぞ。


「次は……暗黒迷宮、だな」


 迷宮都市ランバル。

 あそこは初心者ダンジョンとは桁違いの難易度。

 ゴーレム、サイクロプス、ドラゴン種まで出現するという本格的な迷宮。

 でも、俺には仲間がいる。

 クレアとマーナ。

 そして、この聖剣。


「帰ったら、二人に話すか。……一緒に来てくれるかな」


 胸が高鳴る。

 王宮の謁見で、俺の肩書きが変わった。

 ただのニート貴族から、勇者の末裔へ。

 だが、俺の本質は変わらない。

 最強を目指す、ただそれだけ。

 馬車が屋敷に着いた頃、夕陽が空を赤く染めていた。

 俺は剣を握りしめ、静かに呟いた。


「次は、本物の戦場だぜ」


 ヘルファイアが、炎のように熱く脈打った。

 ――待て、主よ。

 我と共に、歴史を刻もう。


「ああ。行くぞ」


 俺の物語は、まだ序章に過ぎない。

 これからが、本当の始まりだ。


■5.暗黒迷宮


 王宮での謁見から一ヶ月が過ぎた。

 俺はもう、ただの貴族の三男でも、ただの新人冒険者でもなかった。


「勇者の再来」

「ヘルファイアの継承者」


 ――そんな呼び名が、王都を超えて広がり始めていた。

 街を歩けば視線が集まり、酒場に入れば誰かが声をかけてくる。

 クレアとマーナも、俺の仲間として一緒に注目されるようになった。


「バルドさん、もう有名人ですよ」


 マーナが笑いながら言う。

 クレアは眼鏡を直しながら、静かに頷く。


「でも、まだ序の口だろ。俺たちは本当の強さを証明しに行く」


 俺たちは迷宮都市ランバルへ向かった。

 王都から馬車で三日。

 巨大な石壁に囲まれた都市は、まるで要塞のようだ。

 街の中心にそびえるのは「暗黒迷宮」――王国最大級の迷宮で、深さは確認されているだけで100階以上。

 出現するモンスターはゴーレム、サイクロプス、ワイバーン、さらには古代の守護獣まで。

 攻略パーティーは数百を超えるが、完全踏破した者はまだ一人もいない。

 俺たちはギルドで正式にパーティー登録をし、迷宮の入り口へ立った。


「準備はいいか?」

「はい! バルドさんとなら、どこまでも!」

「私も……全力でサポートします」


 二人の目には、迷いがない。

 俺はヘルファイアを握りしめ、深呼吸した。


「行くぞ。歴史を、俺たちで刻む」


 迷宮の扉が、重々しく開いた。

 1階から10階までは、初心者ダンジョンの延長のようなものだった。

 ゴブリン、オークの群れを、俺たちは息もつかずに蹴散らした。

 ヘルファイアの炎が通路を焼き払い、クレアの火球と風刃が援護し、マーナの回復が絶え間なく俺たちを支える。

 20階を過ぎると、敵が変わった。

 石でできた巨人のゴーレム。

 拳の一撃で地面が砕ける。

 俺はヘルファイアを振り回し、炎の斬撃でゴーレムの関節を焼き切った。

 クレアが弱点を分析し、マーナが俺の傷を即座に癒す。

 連携が、日に日に冴えていく。

 30階。

 サイクロプス。

 一つ目の巨人が棍棒を振り下ろす。

 俺は跳び上がり、剣を額の目に突き刺した。

 炎が内部から爆発し、巨体が崩れ落ちる。


「やった……!」

「まだまだです!」


 40階、50階……階を下るごとに、敵は強くなり、罠も増えた。

 毒の霧、落とし穴、幻影のモンスター。

 だが、俺たちは止まらなかった。

 疲れを知らず、笑いながら戦った。

 70階。

 ワイバーンの群れ。

 空を埋め尽くす翼の音。

 俺はヘルファイアを高く掲げた。


「来い! 全部まとめて焼き払ってやる!」


 剣を一閃。

 炎の嵐が巻き起こり、ワイバーンたちが次々と墜ちていく。

 クレアの巨大火球が援護し、マーナの聖なる光が俺たちを包む。

 群れは壊滅した。

 そして――最深部、100階。

 そこは広大な円形の闘技場のような空間。

 中央に、黒い鱗に覆われた巨大なドラゴンが鎮座していた。

 古の守護獣「アビス・ドラゴン」。

 迷宮の最終守護者。


「ギィィィィィィィ!!」


 咆哮が空間を震わせる。

 黒い炎が吐き出され、地面が溶ける。


「来るぞ!」


 俺は突っ込んだ。

 ヘルファイアを構え、ドラゴンの首を狙う。

 爪が振り下ろされるが、俺は体を低くしてかわし、剣を振り上げる。

 一閃。鱗が割れ、血が噴き出す。

 だが、ドラゴンは倒れない。

 尾の一撃で俺を吹き飛ばし、壁に叩きつけられる。骨が軋む。


「バルドさん!」


 マーナの回復魔法が即座に届く。

 クレアが風の障壁を張り、黒炎を防ぐ。


「まだ……終わらせない!」


 俺は立ち上がった。

 体中が痛むが、胸の奥の炎は消えない。


「ヘルファイア……お前と俺で、最後まで」


 ――良き主よ。

 全力で応えようぞ。

 剣が、黄金の光を放ち始めた。

 今まで以上に強く、熱く。俺は走った。

 ドラゴンの口から黒炎が吐き出されるが、俺は炎の中を突き進む。

 ヘルファイアが俺の体を包み、炎を相殺する。


「これで……終わりだァァァ!!」


 剣を振り下ろす。

 黄金の炎が爆発し、ドラゴンの首を貫いた。

 ズドオオオン! 巨体が崩れ落ち、迷宮全体が震える。


「……倒した」


 俺は膝をついた。息が上がる。

 だが、笑みが止まらない。

 クレアとマーナが駆け寄ってくる。


「バルドさん……!」

「やりました……本当に!」


 三人は抱き合い、叫んだ。

 喜びの叫びが、迷宮の闇に響く。

 迷宮の最深部に、光の柱が立ち上った。

 出口への転移陣だ。

 外へ出ると、ランバルの街は大騒ぎになっていた。


「暗黒迷宮、踏破された!」

「金髪の剣士と、二人の女性……あれが勇者のパーティーか!」


 人々が俺たちを取り囲む。

 拍手と歓声が鳴り止まない。

 俺はヘルファイアを空に掲げた。

 剣は静かに輝き、まるで満足したように熱を帯びていた。

 ――主よ。

 よくやった。

 我が役目は、果たされた。


「いや、まだだ。俺たちはこれからも、最強を目指す」


 ――ふふ。

 ならば、共に歩もうぞ。

 永遠に。

 俺は仲間たちを見た。


「これからも、よろしくな」

「もちろんです!」

「ずっと、一緒ですよ!」


 夕陽が街を赤く染める中、俺たちは笑い合った。

 36歳で死に、転生した男。

 ニートだった俺が、聖剣を手に、仲間と共に、暗黒迷宮を踏破した。

 勇者の末裔として、世界に名を刻んだ。

 でも、これは終わりじゃない。

 まだ、まだ、まだ――俺の無双は、続く。


(完)

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